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四神戦隊レイジュウジャー  作者: 沢木佑麗/雲月
第二章 カーマイン王国編
25/103

『微妙なずれ』

 セドリックは焼け落ちた建物の瓦礫を眺め、手にはパレードの順路が記された羊皮紙を手に考え深げに俯いていたのだが、突然にびくっと身じろぎをした。

 幸運にも周りに職人たちや護衛の衛兵もおらず、彼の挙動不審な様子に気付く者はいなかった。

 検分は概ね終了していた。この火事の現場は残念ながら順路にかかっており、景観を損ねるのと瓦礫などが崩れる危険性も考えられたので、この区域は除外し、少しパレードの長さが短くなることになった。

 セドリックはそそくさと書類を丸めて腰に下げたホルダーに挟むと、近間にいた職人頭に言った。

《私は城に急用ができた。経路から外すとは言え、多くの見物人が詰めかけるだろうから、大きな瓦礫はできる限り撤去するよう、努力してくれ》

 王子直々の言葉に、職人頭が平身低頭承っているのもろくに見ず、セドリックはふんわりとした金髪をひらめかせて城に足早に戻っていた。

 セドリックのもともと色白の顔が、紙のように白くなっている。彼本来の柔和な表情はかけらもない。ぴりぴりとした空気をまとって街頭を走り抜けていく彼が何者か気付いた住人たちが首をかしげて囁き合う。《なんだかセドリック様は面変わりなされたなあ》《そりゃあ明日がパレードだっていうのに火事なんか起きたんじゃあ、穏やかじゃいられないさ》《最近は国王様のお姿も見られなくなったし、セドリック様も同じ病気にでもかからんといいがなあ》《マリー姫もなんだか物騒な目にあったらしいじゃないか? ほんとに明日は大丈夫なのかね》

 セドリックの心の中でも、住人と似たような危惧を抱いていた。とは言え、目的の方向性は全く異なってはいたが。

 息も切らさず王城まで駆け戻ったセドリックは、魔道士ユースフの部屋に直行した。

 ドアノブに手をかけると、開いている。一般人には危険な薬草なども持っているという理由から錠をおろすことになっているはずなのに開いていることの重大性と、彼が感じたユースフとの魔力的な接合の分断の理由が一つにつながり、彼は何気ない素振りながら、内心は激しい動揺をかかえて室内に滑り込んだ。

 真っ先にユースフが床に昏倒しているのが目に飛び込む。

 セドリックは、魔道士にしては大柄なユースフを抱え起こし、肩を揺すった。

《ユースフ、目を覚ませ。何が起きた?!》

 魔道士はぴくぴくと眉根をひきつらせながら、ようやくその奥まった瞼を開け、自意識を取り戻した。そしてセドリックを見止めると、様々な思惑に心を迷わせるような口調で言った。

《こんなに早く戻ってきて、お前まで不審を買うようなことをしなかったのか》

 セドリックはユースフが首筋を撫でさすりながら立ち上がるのを助けながら、

《概ね検分作業は終わっていたから問題ない。むしろあんたの方がこの時に至って大きなミスをしたんじゃないのか?》

 ユースフは自尊心を傷つけられたような眼差しをじろりとセドリックに向けたが、バスルームの壁にぽっかりと開いた隠し穴を見ると、心なしかその不遜な態度が萎えたようになった。

《そこを見つけるとはなかなか敵もさるものじゃないか》

 セドリックがどこか魔道士のことをあざ笑うような物腰で言った。その時の彼の表情を兄や妹が見たら、完全に別人だと確信したに違いないような、彼に備わっていた気品や優雅さ、温和さなどが全く抜け落ちていた。

 ユースフはきりっと歯噛みをすると、つかつかと床に散乱したままの部品を一つ一つ確認しながら袋に戻し、セドリックのどこか他人事のような視線を背中に感じつつ言った。

《王女の勘を見くびったのが失策だった。もっと早く始末しておけば、あの小僧に邪魔だてされずにすんだものを…それにしても、あの者らは何者だ? 我らの刺客をことごとく撃退できるなど、並大抵の者共ではない》

《それも、この王城に白昼堂々忍び込んで、帝国の指折りの魔道士の部屋から逃げおおせるんだから》

 とここで、セドリックは何かに思い至ったかのようにユースフを見直して続けた。

《ここに侵入した者だが、顔は見たのか?》

 魔道士は部品をきちんとしまうと、穴の中にしまうことはせず、取り除かれた石レンガをはめ戻しながら応えた。

《侍女に変装していたが、一人は男だ。赤毛と黒髪。歳は若い。私の衝撃波を受けても気絶しなかったな》

 これを聞き、セドリックは青い眼を険悪に細めた。

《侍女! なるほど、どうも不自然な感じがしたはずだ。その者らを俺も見ている。そして城へ手引きした者もわかっている。ユースフ、やはりマリーを殺せなかったのは痛手だったな。あのおてんばが俺に対する疑惑を全部オクタヴィアに話したんだ。あの女、おそらく元盗賊だ。そのコネでギルドから助けを借りたのかもしれない。いずれにしても、あの女は邪魔になったな。手を打たないと……うっ?》

 セドリックは急に胸苦しさを覚え、口元に手を当てた。

 ごぼり、と気味の悪い色をした塊が手の中に溢れ、同時に鼻からも粘っこい体液が滴り落ちた。

《…くそっ、こんな時に…!》

 ユースフはセドリックを洗面器の前でひとしきりげえげえと嘔吐させると、綺麗な布で口元を押さえさせながら、彼を支えて王子の部屋へと足早に向かった。

 それまでの、様変わりしているとはいえ、生気に満ちていたセドリックとはまるで異なり、すっかりげっそりとなってしまった彼をベッドに横たえたユースフは、傍らの小机の引き出しから、先刻朱音が見つけ出した袋を取り出し、中からラディウム鉱石を手に取ると、それをセドリックの枕元に置いて言った。

《最近不安定な日が続くな……やはり完全体はまだ無理なのか…》

 これを聞き、顔色の悪いセドリックがさらに表情を自嘲に歪めて言った。

《どうせ帝国に戻れば、俺の代わりができあがってるんだろう? ふん、所詮使い捨ての木偶人形なのさ、俺は》

 ユースフは感情のこもらない眼差しを投げ、

《だからと言って、この時期に「崩壊」してもらっても困る。いくらお前が造られたモノだとしても、「おまえ」として仕上げるのにどれだけの研究が要されたか。その身体、もっと大切に扱ってもらわんとな》

《そちら側の都合なんぞ、俺の知ったことか。毎日気味の悪い皮が剥がれて吐き気と戦って、身内連中にはいい顔する身にもなってみろ》

 ユースフはセドリックの愚痴を聞き流し、

《鉱石の力だけでは足りなくなるかもしれん。強めの「薬」を調合してくる》

 そして最後に苦々しく付け足した。

《これであの赤毛の侍女を捕らえ損ねたな。おそらくすでに城から出奔しておろう》

《それまで俺のせいにされちゃかなわないね。俺はあくまで手ごま。お前たちの言う通りに動いてやってる操り人形さ。ちゃんと手抜きしないで造らなかったお前たちの責任だ》

 ユースフは小さく舌打ちをすると、セドリックの居室から出て行った。

 残されたセドリックはじっと格子天井を見つめていたが、ひとつため息をつくと、瞼を閉じて独り言ちた。

《……セドリックって奴は幸せ者だよ……目を閉じると楽しい記憶ばかり浮かんできやがる……このがらんどうな俺の中で、それがゴムまりみたいに飛んでは跳ね、そしてはじけるんだ……うう…くそ…この俺は一体何のためにこうして「生きて」るんだ?》

 しかし、その虚しく哀しい存在に涙を流すという感情的行動は組み込まれていなかった。

 セドリックはただじっと横たわるしかできなかった。

 その間に、オクタヴィアが城から脱出していたのは言うまでもない。


*****


 オクタヴィアが秘密のトンネルから身を屈めて姿を現すと、そこで繰り広げられていたのは予測していた緊迫した光景ではなく、呆れ返るほど滑稽なワンシーンだった。

 彼女はそれほどこの風変わりな冒険者たちを見知ったわけではなかったが、彼女の習い性となっている直感を交えての人間観察から、この黒髪の細身な人物がここまで子供のように心を湧き立たせ、それを表に出すとは思ってもみなかった。

《あ、あなたたちは、ほ、本物のエルフなんですか?! そ、その耳、付け耳じゃないですよね?! エルフ語、喋れるんですか?! 長生きだと聞きますが、一体何年生きてるんです?! えっと、ちょっとその耳、触ってもいいですか?!》

 龍児は傍目など気にならなくなっているらしく、逃げだす時に切り裂いた不格好なドレス姿のまま、何かにとりつかれたような仕草でゆらゆらと手を伸ばそうとしている。

 と、その手をアルディドがやんわりと、だが断固とした強さで握りしめ、どこかからかうような表情を浮かべて彼を抱き寄せていた。そしてその薄い唇を龍児の耳元に寄せ、意味深な口調で言った。龍児の背筋にひゅうっと、感じたことのない感覚が滑り落ちる。

《君もぞくっとするだろ? 僕たちの耳はね、いろんな意味で急所になってるから、触られたくないんだよ》

《兄さん、からかうのはかわいそうですよ》

 ざわざわとした感覚に放心気味の龍児を離しながら、アルディドは名残惜しそうに彼の長い黒髪に指を梳き入れると、傍らで控えめに佇んでいた弟エリアスにため息を投げ、言った。

《ついでにエルフは嘘を付けないし、だから冗談も理解できない。まっ、この僕は例外だけれどね。で、オクタヴィア、間一髪だったんじゃないか? 脱出できてよかった》

《何かあちら側に不都合なことが起きたと思われる。でなければ、私の脱出は間に合わなかった》

 とオクタヴィアは淡々と応え、視線をエリアスに向けて続けた。

《せっかく王都まで足を運んでもらっても、国王陛下のご病状を診てもらうのは厳しい状況だ》

 〈銀狐〉がテーブルの上に置かれた小振りの芋ほどの魔晶石らしき物体を手に取りながら、

《そのことはおいおい考えることにして、にしても、こいつは一体なんだ? 普通の魔晶石とは形が違うが…》

 玄人がぼそっと言った。

《なんだか弾丸に似とるのう。銃の部品みたいなもんもあったんやろ?》

 朱音が頷き、

《ばらばらになってたけど、まさにそんな感じだったわ》

《「銃」とは、何かの圧をかけて物質を遠くへ飛ばす武器のことかい?》

 アルディドが魔晶石よりも金属部分の多い物体を観察しながら尋ねた。ようやく夢心地から覚めたような龍児が眼鏡の位置を直しながら応えた。

《そうです。この「弾」を発射すると、爆発なり、対象物を貫通して負傷させたりできるのではないかと推測しています》

 すると、二人のエルフは深刻に顔を見合わせてしまった。〈銀狐〉が、いつも陽気なアルディドまでが黙り込んでしまったので、意気を上げるような声音で言った。

《おいおい、まさかこいつが最新兵器で俺たちには打つ手がねえとか言わねえよな》

 しかし〈銀狐〉の期待を裏切るように、エリアスが静かに応えた。

《打つ手がないとまでは言いませんが、私たちの予想が外れなければ、かなりの苦戦を強いらるのではないかと》

《…狙撃ですか?》

 龍児が、エリアスとよく似た細い眉をぎゅ、と寄せ、言った。エリアスは頷き、じっとテーブルの上の「弾」を見つめながら話した。

《…かつて、人間とエルフが戦争を繰り広げた時代をさかのぼること数百年、我らの文化や技術は最盛期を迎えていました。その際に様々な魔道具が発明されたのですが、その中の一つに魔力を圧縮して魔晶石の弾を飛ばすという武器がありました。これは掌に収まるものから、大砲のような大きなものまであったのです。その後起きた戦争の裏には、こういったエルフの魔法技術を狙ってのこともあり、我々はすべてを破壊処分しました。ですが、こうして今かつてのエルフの武器に似たものが存在するということは、どこかにエルフの武器が残っていたか、あるいは魔道帝国がエルフの技術のレベルにまで追いつこうとしているということになります》

《どのくらい遠くから狙撃できるかにもよるのう…そんでも、遠距離攻撃は守りにくいわい》

《どこからでも狙えるし、隠密性も高い》

 一同が「うーむ」と唸った時、朱音がテーブルの上の「弾」を手に取り、中にうっすらと陽炎のように揺らめくものを示して言った。

《これ、きっと魔法よね。これを手掛かりに追尾できないかしら》

 アルディドが困ったように首を振る。

《僕たちの魔法感知はそこまでは広くないよ。それに僕たちは飛んだり跳ねたりできないからね、残念だけど。近くにいればすぐに特定できる自信はあるけれどね》

 朱音は勇ましい表情を崩さず、

《あたしたちにもエルフの秘密兵器みたいなものがあるのよ。それを使ってこの魔法の特性を覚えさせるの。敵は必ずパレードの見物人の中か、その周辺に潜んでいるはずだから、パレードの進む方向を見張っていれば、きっと反応が出るはずでしょ。そこをひっくくるのよ》

《でも、エルフの武器だとしたら、「弾」が発射されたら、止めるなんてことは無理だよ》

 アルディドが朱音の意見は短絡的だと言いたげに言うと、彼女は少年のようににやっと笑い返した。

《それがね、あたしならきっとできると思うのよ》

 そして一つ、「弾」を手に取ると、

《一つ、借りていくわね。でもその前に、この服、着替えさせてほしいんだけど。もうね、動きづらくてたまらないの》

 見れば、朱音のドレスもひどいものだった。足元などに気を遣わずに下水路を利用したトンネルを走り抜けてきたものだから、裾はぐっしょり、悪臭を放ち、胸元の紐は無理に「弾」を押し込んできたので緩んでいたし、結い上げていた髪もほどけ始めていた。

 オクタヴィアがさすがに苦笑を口元にうっすらと浮かべ、同様に悲惨な龍児の姿にも目をやってから、二人を別室へと連れて行った。

 残された者たちに〈銀狐〉がワインを振る舞っていると、玄人が思いついたように言った。

《王宮に入り込む方法なんじゃが》

 先を促すように三人が間を開ける。玄人は密かに美味いと思っている赤ワインをごくりとやってから、続けた。

《あんさんらが情報伝達をするのに鳥を使うのとおんなじように、わしらも鳥を使うんじゃ。それを王宮に飛ばそうと思う。それで、王子さんに直接コンタクトをとれば、中から開けてくれるやろ。実際、王子さんはあんさんとこ、行こうとしてたわけやし、たとえ敵さんに見つかっても、咎められることはないと思うんじゃ》

 玄人の言っているのはキリルが操るジルコンのことである。もちろん同時にキリルには通信を入れていた。返答は「了解した」。

 〈銀狐〉が「ふーむ」と感心したように大きく息をつき、腕組みをして玄人を見た。

《やっぱりただの冒険者にしとくには惜しい。惜しすぎる》

 するとエリアスが控えめに、だがずっと気にかかっていたような様子で言った。

《先ほどからとても強い「水」の波動を感じているのですが、これは君なのですか? それとも、何か持っていますか?》

 玄人は細い眼をやや見開き、あたかも忘れていたかのような物腰でバックパックをテーブルの上に置き、中から楕円形のものを取り出した。

 これを見ただけで、エリアスは強い衝撃を受けたように胸元をおさえ、アルディドはエルフらしくなく低く口笛を鳴らした。

《おい、顔色が悪いぜ? こいつは呪われた鏡か何かか?》

 と〈銀狐〉が言うほど、エリアスの動揺は強かった。エルフの癒し手はさらさらとした直毛の銀髪を揺らして首を振ると、大きく深呼吸をしてから言った。

《むしろその逆です。この鏡はエルフの魔法遺物の一つ、『封魔の聖鏡』です。エルフ族と精霊界が近かった太古の昔、正義の精霊の力を借り、造られたものと伝えられています。邪なものを看破し、力を封じ、時にはその存在さえも滅するという、清らかながら、正義の厳粛さも兼ね備えた秘具です。まさかこのような完全な遺物を目にするとは思いませんでした。エルフの遺物は離散しており、エルフにとっても今や伝説に近いものになっています。そのような稀有なものをどこで手に入れたのですか》

 玄人が説明をすると、エリアスは表情に乏しい白皙の顔を陰らせた。

《とするとつまり、そのすり替わった変身を暴露するためにこの鏡を使うというのですね。しかし、それをすれば、偽物の姿は元に戻り、あるいは最悪の場合、死にますね。一体どのような術をかけて偽物を作り出したかわかりませんが、術がとけるということは、術者にも被術者にも影響を与えることになるので、どこに監禁されているか不明ですが、本物の王子の身にも危険が及ぶかもしれません》

《王子には悪いけど、僕はもう死んでると思うよ》

 アルディドが冷酷にも聞こえる平坦な口調で言った。

《本物のシェイプシフターじゃないんだろ? だったらどうやって記憶や外見をそっくりにできたかということだよ。帝国の内情は僕にも詳らかじゃないけど、奴らが人の身体をつぎはぎにするのが好きなのは知ってる。奴らは魔法が全能だと勘違いしているからね。だから目的のためなら、その「材料」になるものの存命なんてこれっぽっちも重要視しちゃいないさ。僕なら、ここは何が優先されるべきか考えて、その鏡を使うことにためらわないね》

 同じ血を引いているはずなのに、全く性質の違うエルフの兄弟を見ながら、玄人は言った。

《偽王子の今後も気になるにはなるが、やっぱり守るべきはまっとうに生きとるもんじゃのう。まずはこの弾丸から守らんと》

 と、ここで、キリルから連絡が入った。

『クロト、王子との連絡がとれた。念のため、その癒し手に護衛をつけて城まで来させるんだ。王子が待っているはずだ』

『ラジャ。わしは目立つけえ、残っとることにするわい』

『その方がいいな。それで、鏡は役に立ちそうなのか』

『わしにはようわからん。ものすごい魔法の遺物だっつうのはわかったんじゃがの』

『それと、ジルコンは城に残していく。明日は、空から監視させるつもりだ』

『それなら、あとでアカネからあるデータを送らせるけえ、トラッキングデータに使えるんじゃないかと思うんじゃ。敵はどうやらスナイパーを抱えとるようでの』

『幻想世界にライフルか。なんとも奇妙な世界だな、全く』

『わしも混乱しとる。じゃが、敵はあなどれん。あくどいし、卑劣じゃ』

『正しく穏やかに生きる者たちを脅かすものは退けねばならん。それが君たちの使命であるし、義務だ』

『わかっとるよ、ボス。わしゃ、ちぃっと腹がたっとるんよ。じゃから、容赦はせん』

 玄人は内線通信を終えると、何の前置きもなく言った。

《城に入れるよう、わしらの方で手配したけえ、早いうちに行った方がええと思う。国王さんの病気がどんなもんかわからんが、明日のパレードに何とか出られるようにせんとならんのやろ?》

 するとアルディドが肩をすくめ、

《ほらね、一体どんな神通力を使いこなしてるんだか。君たちの種族が何者なのか、ほんと、不思議でならないよ》

 と言ったものの、彼はそれ以上追及はせず、弟の肩を押し、続けた。

《ほら、さっさと行っといでよ、エリアス。帝国の魔道士と、間違ってもやりあったりするなよ。いくらお前に魔力が有り余っていても、火の玉一つ飛ばせないんだからな》

《城まで配下の者を護衛につけよう。念のためだ》

 〈銀狐〉が、玄人が進言するまでもなく提案し、エリアスの腕を引っ張った。

 エルフの癒し手は灰色のフードを上げて尖った耳を隠すと、壁にたてかけてあったねじれよじれた長い杖と薬籠を手に、残る一同に声をかけた。

《火の玉は出せませんが、意識を奪う魔法はできますからご安心を。では行ってまいります。あなた方もどうぞお気をつけて。明日はひょっとするとパレードでお会いするかもしれませんね》

 ローブに包まれた細い後ろ姿が扉の外に消えると、入れ替わりにオクタヴィアに連れられて朱音と龍児が戻ってきたので、玄人はすでにテーブルの上に広げられていた王都の地図を示すようにしながら言った。

《〈銀狐〉の親父さんが明日の段取りをつけておいてくれたんじゃ。とりあえず経路の確認をせんと》

 元の姿に戻ってリラックスしているような二人を交え、まもなくエリアスを送り出す手配をしてきた〈銀狐〉が地図を指差し、明日の動きについて話し始めた。


*****


 とりたてて何事もなく王城の大門に上がる大階段までたどりついたエリアスは、その階段を降りてくる二つの人影をみとめ、フードを被り直しながら、それでも足取りはゆったりしたままで、淡々とステップを上がった。

 先に降りてきた者たちが追いつき、大きな安堵と、それ以上に何かに対する強い信心を感じさせる表情で彼を迎えた。

《あなたが西の森の癒し手殿か。こうしてこの時期に、わざわざ足を運んでいただけたことに感謝し、この奇跡に対しすべてを見守りし大いなる御霊に敬意を表さねばならない》

 エリアスは、その森のような緑色の視線を一投げしただけで、この体格の良い王子を気に入った。繊細ではないが、日当たりのよい大地にしっかりと根付いている若木のような印象を受けたからだ。

 そしてその傍らで好奇心と期待と、その裏にある大きな恐怖心を抱えている愛らしい王女が自分を見つめているのを感じ、そちらに意識を移す。

 と、ふわり、とエリアスは魔力の流れを感じ、再び金髪の幼さと大人の女の狭間の真っ白な美しさにあるような少女を見直した。

 しかし今は魔力保持者の発掘に集中する時ではなかった。彼は王族に敬意を払うように軽く手を胸に当てて一礼すると、

《風が報せてくれたとでもいいますか。あなた方にも、その風が吹いたようですが》

 と、エリアスはマクシミリアンの肩に飼い鳥然としてとまっている赤い羽根をした鳥をちらりと見、言った。王子の凛々しい眉に説明に困ったような影が浮かんだので、エルフは白い手を振って自分から階段を上がりながら言った。

《まずは国王陛下のご様子を拝見しましょう。すべてはそのあとです》

 王子は頷き、妹の手をとって城に戻り始めながら言った。

《すでに聞いているとは思うが、父の傍には帝国の魔道士がついている。危険な人物であると今では確信している。どうかご用心を》

 癒し手はフードの陰で低く笑い、

《ご安心を、殿下。私はただの癒し手。攻撃的な心は持ち合わせておりません。ただ、あちらが何か仕掛けてきましたら、あなた方を護りましょう》

 この言葉の裏に、連綿と受け継がれたエルフの絶対的な魔力に対する誇りと自信が隠れていることに、当然のことながら王子は気づかなかった。

 第一王子自ら招じた人物に対し、誰も疑いの目を向けることはなかった。一つ危惧していたことと言えば、城内でセドリックと対面することだったが、幸運にも彼らは誰にも見咎められずに国王の居室の前まで到着したのである。今セドリックがなぜ自室から出ていないのかということをこの時目撃していたら、今後の展開もまた違っていたのであろうが、マクシミリアンにはこの期に及んでまだ弟の存在の真偽に対して望みをつないでいた部分があった。

 国王の居室の前には、さすがに先刻侵入者があったということで衛兵がいつもより多く立ちふさがっていたが、マクシミリアンがやってくると、最敬礼をして扉の前から退いた。

《陛下はお休みになられていると思いますが》

 衛兵の一人がフードを目深にかぶった長身の人物を伺いながら言った。

 マクシミリアンはわかっていると一つ頷きながら、大きな扉を押し開けて応えた。

《その方が都合がいい。最近の父上は頑固に拍車がかかっているからな》

 冗談なのかそうでないのか、衛兵が応えに困っているうちに、彼らは静かに室内へと入り、ぴったりと扉を閉ざした。

 先日、この部屋に入った時に感じられた胸苦しくなるようなにおいはなく、細く開けられた窓から初夏の風が流れ込んでいるのが、白い紗のカーテンが揺れるのでわかる。

 エリアスはすでにここに足を踏み入れた時から、ベッドで軽いいびきをたてて眠っている人物がどのような処方を受けていたかを感じていた。

 癒し手としての本能にスイッチが入ったかのように、彼は無意識の動作でフードをとりながら大股で国王の枕元に歩み寄った。

 その銀糸のような髪の間からのぞく尖った耳を、マリーの方が先に見つけ、口元を押さえながら呟く。

《お兄様、あの方、エルフですわ…エルフって大昔に西の果てに消えて行ったのではなくって?》

 言われて初めてそのことに気付いたマクシミリアンは、納得もしつつ、首を傾げた。

《なるほど、エルフなら腕が良くて当然だ…しかしこれほど人里近くにエルフが住み着くということは今まで聞いたことがない》

 これを聞いていたエリアスは、国王に昏睡の魔法をかけながら、冗談とも思えない口ぶりで言った。

《私もそのような前例は聞いたことがありませんが、破天荒な兄が何をしでかすか放っておけなかったものでしてね。しかし慣れればこの変化に富んだ世界も興味深くなりましたよ》

 そして国王が意識を深く閉ざしたところで、エリアスはおもむろに触診を始めた。これを後方から兄妹が心配げに眺めている。

《……もともと、心臓がお弱くなっていらしたようですね。まあそれは年齢と共に生じる仕方のないものですが、その後、精神高揚をもたらす薬物が用いられていますね。これでは心臓に逆効果だ。元気になったようには見えますが、それは最初のうちだけで、次第に脳が侵されてしまいます。幻覚や譫妄、錯乱などの症状が出ているはずです。それに、ここではラディウム末が使われていましたか? 残り香のようなものを感じますが》

 マクシミリアンは強く頷き、

《数日前にようやくそのことに気付き、取り除かせたところだ。手遅れでなければいいのだが》

 エリアスは国王の額に白い掌をおき、しばらく目を閉じた。マリーは、その掌の辺りがうっすらと緑色に発光しているのを見た気がし、それと同時にこの部屋にわだかまっていたようなもやもやとしたものが押し流されていくような感覚を受け、心地が良くなった。

 マリーの青い瞳が、あまりの安逸感にとろん、とまどろみ、くたっと兄の身体によりかかってきたのを、マクシミリアンが驚いたように受け止めたところで、エリアスの深緑の瞳が開いた。

《一度の癒しでは浄化できないようですね…だいぶ時間をかけて蝕ませてきたようです》

《では、父は…》

 やや落胆した声音になって聞き返した王子に、癒し手は首を振り、持ってきた薬籠から何種類かの小瓶を取り出して応えた。

《とりあえずは明日の行事に御父上を無事な姿でお披露目できれば良いとのことでしたよね。根本的治療は後々考えるとして、今は対症療法でいきましょう。御父上ご自身がお持ちの魔力を増幅させ、一時的に自浄作用を持たせるような薬を使おうと思います》

 エルフの癒し手が、手際よく薬瓶の中身を混ぜ合わせていくのを見ながら、マクシミリアンはあることに気付いた。

《おかしいな…父上が昼寝をしている最中も離れたことがないのに…》

 ユースフのことである。

 彼は必ず邪魔をしにくると確信していたのだが、いい意味で裏をかかれた気分だった。

 するとエリアスが試験管のようなガラス瓶に入れた薄青い液体の様子を見ながら言った。

《帝国の魔道士ですか? その者なら先ほどまで近くにその魔力の波動を感じていましたが、どこかに離れて行きましたよ。きっと向こうも私の存在を感知したでしょうが、それ以上に優先すべき何かがあったのでしょうね》

 セドリックがユースフの魔力に頼らねばならない状態に陥っていることを、当然のことながら知らないマクシミリアンは、首をひねりつつも、好機を逃さぬ優れた戦士らしく、言った。

《ユースフがいないのなら、その間に彼奴の部屋を調べて見ようではないか。あの冒険者たちが見つけ出せなかった何かを見出せるかもしれん》

《それは名案ですね。どのような薬剤を使用しているかわかるだけで、私の癒しの方向性も絞ることができます》

 三人は何気ない素振りで国王の居室を後にし、国王付きの使用人が使う部屋の一つに向かった。

 扉には鍵がかかっていたが、マクシミリアンは王族の特権としての鍵を持っていたので、何の気なしに鍵穴に差し込もうとしたのだが、同時にエリアスとマリーが声を上げたので、運動神経の良さを垣間見せるような反応で動きを止めた。

《どうした、二人とも?》

 エリアスは、蒼ざめて兄の身体の後ろに隠れるようにしている王女を見下ろしながら、淡々と応えた。

《危ないところでした。かなり高度な罠が張られています。『蛇の穴』という、触れた者に毒を噴霧する仕掛けです。姫君、あなたは感じたのですか? それとも見たのですか?》

 とエルフの癒し手は手の中に魔力を溜めながら尋ねた。華奢な王女は、エルフが発する魔法の力場と魔道士の部屋のドアノブとを見比べながら、おそるおそる応えた。

《…なんだか、とても嫌な感じがいたしましたの。お兄様に牙をむくような、恐ろしい感じもしましたの。それにその扉の向こうからはもっともっと嫌なものを感じますわ》

 緑色に発光した掌をドアノブに近づけると、反発し合うものがはじけ飛ぶような音がし、王族の二人を驚かせた。エリアスは邪悪な魔法残滓で煤のようなものがこびりついているドアノブに触れないように袖口の布でそこを回しながら、

《どうやら姫君には魔力が備わっていることは確かなようですね。それもかなりの潜在能力をお持ちのようです。その力を汚したくないのなら、この部屋には入らない方が良いかもしれませんね》

《あたくしに、魔力が…?》

《もしかすると、あの冒険者が持ち込んだ『封魔の聖鏡』を使わずとも、第二王子の真贋を見極められるかもしれません》

《どういうことだ》

 マクシミリアンが尋ねる。エリアスは扉を開けるのを躊躇いながら応えた。

《姫君は兄君の異変に真っ先に気が付いておられましたね。シェイプシフターの変身を見抜くことは至難の業です。変身するその時を目撃するか、あるいは魔道具、ないしは破魔の魔法で術の効果を打ち消す必要があります。姫君は無意識にその破魔の魔力を使い、兄君の変装を見破っていたことになります。この破魔の魔法ですが、術者が少ないわけがあります。それは属性が限りなく聖なる力に近いため、純潔が求められるからです。姫君の場合、まだ魔力を完全に開花させているわけではありません。邪悪な魔力に対する防御の方法もわからないでしょう。聖なる魔力は邪を祓いますが、それは術者本人の魔法結界が完全でなければできないことです。ですから、蕾の状態の姫君は、この部屋の中に入るべきではないと思われるのです》

 これに応えたのは、マリーが先だった。今の話を聞き、どことなく芯が通ったような物腰に変わっていた。

《あたくし、何かの役にたてるのかしら? お父様を、お兄様を、助ける力になれるのでしょうか?》

 エリアスは、自分のところにやってくる街人から聞く噂から、この王女がおてんばであることを知っていたので、彼女の意気込みを見込んで応えた。

《それは未知数ですが、魔力は本人の意志の強さ次第です。それに、その力は相手方も気づいていない、いわば懐剣のようなものです。ひょっとすると、ひょっとするかもしれませんね》

 とここで、エリアスは言葉を切り、宙を仰ぐようにして目を閉じた。その拍子にするり、とフードがとけ、白い額に困惑の皺が寄っているのが見えた。

《……その魔道士の波動が遠ざかっていきます……罠を解除したことを感知し、万事休すと逃げ出したか、あるいはあの冒険者がもたらした魔法武器のようなものを殺し屋に渡しにでも行ったのか……》

 マクシミリアンが迷うことなく言った。

《この城から出ることのなかったユースフがいなくなったというのならちょうどよい。二度と城に入れぬようにしてやろうではないか。理由はいくらでもある。私は衛兵に指示を出してくるので、癒し手殿、あなたは魔道士の部屋を調べるなり、父の癒しをするなり、全て任せる。マリー、お前はオクタヴィアがいなくて寂しいだろうが、自分の部屋でじっとしているんだ。用事がすんだら、すぐに一緒にいてやるからな》

《あたくし、なんだか元気になった気がしますの。だって、あたくしも悪い者たちをこらしめる手助けができるのですもの。それに、あたくしには御使い様がいてくださいますから、大丈夫ですわ》

 それまでじっとマクシミリアンの肩に止まっていたジルコンを見上げたマリーの肩に、ばさっとその鳥は飛び移った。そして「クックッ」と鳴きながら彼女のふんわりとした金髪に嘴をこすりつける仕草をした。

 この鳥を改めて見たエリアスがエルフらしからぬ驚きの表情を見せた。そして一人慨嘆すると、

《今日という日は幾たび驚かされるのやら……その鳥は鳥の形をしていますが、命のない空の器。かつて栄華を誇ったエルフの遺物の中にも似たようなからくり人形があったと言われています。なんのために造られたかはすでに記録から失われていますが、こうして実際に目にするとは思いもよりませんでした》

 今までの会話を全てファンロンのキャプテンズシートで聞いていたキリルは、失笑気味に唇を歪めて一人呟いた。

「…神の使いの次はエルフの遺物か。にしても、エルフとは本当にいたのだな。これではリュウが狂喜乱舞するのもわからないではない」

 三人がそれぞれ分かれて動き出したのを機に、彼はレイジュウジャーたちに通信を入れた。

『こちらキリルだ。たった今、どういう理由かは不明だが、問題の魔道士が城から出た。王子はその者を城に戻れないように手配しているため、明日のパレードには敵方として姿を現す可能性がある。発見した武器による攻撃もあるが、魔法による攻撃にも備えよ。以上』

『ちょ、ちょ、ちょっと待ってや、ボス』

 口を挟んだのは大牙である。

『俺、いい加減捕まってんの、飽きたんだけど。そのクソ魔道士とか、ぶちのめしてえんだけど』

『バカじゃないの、タイガ。あんたがそこから出たら、脱獄者になっちゃうでしょ? 今回はそこでおとなしくしてるのが、あんたの役目なの』

 朱音が立て板に水のような口調で言い返したので、キリルは深刻なシチュエーションにも関わらず、思わず苦笑を浮かべずにはいられなかった。

『いや、君には申し訳ないと思っているよ、タイガ。だがアカネの言う通り、君にはもう少し我慢してもらうしかない。明日のパレードが終われば、おそらく君の疑いは完全に晴れる』

 しかし大牙の重点は、その問題ではなかった。彼はがん、と格子を足蹴にし(すでに真っ直ぐに残っている部分は少ない)、暗がりの中で見えなかったが血走った眼差しで言ったものだ。

『もう昼飯時はとっくにすぎてんのに、なんであの赤毛女、メシ持ってこねえんだよ!! クソむかつくんだげど!』

『あ、すまない、タイガ。オクタヴィアさんは今ここにいて、お前に食事を持って行くことはできない』

 龍児が全く謝罪感のない口調で言うと、大牙のいらいらに拍車がかかった。

『なっ、おい、お前ら、俺に報告してねえこと、たくさんあるんじゃねえか?』

『いろいろありすぎてのう』

 のんびりとした玄人の一言に、大牙は再び格子を蹴りつけた。いびつな音がし、その部分が外側にかくん、と折れる。

『お、ま、え、ら、あとでぜってー、ぶちのめす』

 この後しばらく若者らしい奔放な言葉のやり取りが続くのを聞きながら、キリルは魔道帝国という国家の危険性について考え込まざるをえなかった。そして漠然と、レイジュウジャーたちの存在は帝国の標的になりうるのではないかとも危惧し始めていたのである。


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