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四神戦隊レイジュウジャー  作者: 沢木佑麗/雲月
第二章 カーマイン王国編
23/103

『確かな手ごたえ、だがしかし』前編

 龍児は小さな窓から差し込んだ曙光で目を覚ました。

 こういった世界では、一日が夜明けとともに動き出すことを知っていたので、彼は反対側の壁際のベッドで熟睡している朱音を起こしに立ち上がった。

 白い朝日に床の塵がくっきりと浮かび上がり、その中で、朱音が引いたラインが妙に子供っぽく目立っていた。

 彼はやや考えてから、その線のぎりぎりに立ち、声をかけた。

「アカネ、起きろ。僕たちは召使なんだ。朝寝坊なんかしていられないぞ」

 「うーん」とむずがるような声とともに、朱音が身じろぎをする。

 と、唐突にパッとその眼が開き、朝日にその明るい瞳がますます透明感をもって輝いたのを、龍児は見た。

「うー、眩しい」

 目を細めて身体を起こした彼女はいつものくせなのか、髪の毛をくしゃくしゃとかき回そうとしたが、そこが見慣れぬ形に整えられていたことに思い当たり、ため息をついた。

「あー、だからなんか肩が凝ってるっていうか、寝心地が悪かったんだわ……あ、リュウ、おはよ」

 龍児は返答もそこそこに、注意を扉の外に向けて言った。

「予想通りだ。誰か来る」

 強いノック音と共に、こちらの否応もなく扉が開けられ、早朝にもかかわらずぱりっとした容貌のマクシミリアンが、軽い朝食の盆を持つオクタヴィアとマリーを連れて入ってきた。

 王子が何か言いかける前に、オクタヴィアの陰に隠れていたようなマリーがタッとばかりに前に出、好奇心と感動とに打ち震えるような物腰で言った。

《ひょっとして、あなたはあの御使い様なのですか?!》

 これが誰に向かって言われたかに気付くまでに数秒かかった。

 先に察した龍児がカンペを渡すような口調で朱音に内線で伝えた。

『彼女はジルコンと話しているんだ。そのお前の紅い髪の毛で勘違いされているみたいだね』

『はあ? 御使いって一体何よ』

『僕らの世界の産物がどうやら彼らには奇跡的なものに映ったらしい。説明も面倒だし、適当に合わせて話すしかないね』

『もう、他人事だと思って』

 微妙に困惑の表情が浮かんでいたのだろう、オクタヴィアが察して王女の腕を引き、そっとたしなめた。

《今は滅多なことでそのようなことをお口にされてはなりませんよ、姫様。先ほども言いましたように、この者たちはあくまで私の元で働く新しい使用人です。そのように接してもらわなければなりません》

 と、彼女はパンとポタージュのようなスープの簡単な食事を彼らに渡した。

 マクシミリアンが言った。

《セドリックは朝食後、火事の現場に向かうことになっている。おそらく戻るのは昼過ぎになることだろう。国王の散歩は昼前に小半時ほど、奥庭を回る。この時、私も同行することにして、できるだけ引き延ばすから、君たちはその間に魔道士の部屋に入り込み、何か不審な物がないか探してみてくれ。魔道士の部屋も奥庭に面しているから、一人が外を見ていれば、国王が私室に戻るのがわかるはずだ》

《今まで、その魔道士のことは疑いもしなかったんですか》

 向かい側のベッドに腰掛け、王子と言うやんごとなき存在がいるにも関わらず、朝食のパンをぱくつき始めた朱音を尻目に、龍児は食事の盆を持ったまま、尋ねた。

 王子は仕方がないと言いたげにため息を返し、

《何と言っても隣国の友好使節だ。無下に扱うことはできない。なおさら、何かの陰謀を企んでいるなどと考えることもなかった。むしろ、1000年前の大戦争の際、オーカーの祖となった者たちとの共同戦線の先頭に立ったのはカーマインの諸侯だったのだ。ゆえにオーランジュ大陸での国土の広さはオーカーに引けを取らぬ。しかし、もちろん、すでにあの戦争から1000年。オーカーは北方諸島と何やらごたごたとやっているが、次第に増えてきたモンスター共の制圧に関わることの方が増え、人間同士の争いごとから遠ざかってきている。改めて最も恐ろしいのは人間なのではないかと、今になって痛感している》

《その、オーカーっていう国って、そんなに謎めいた国なわけ?》

 ぺろりと軽い朝食を平らげた朱音が素直な疑問を投げた。マクシミリアンはそんな彼女を微笑ましいような面白がるような眼差しを向けて応えた。

《魔道士と言う存在自体が、人口の一割ほどしかいないのだよ。そのおおよそ半分がオーカー帝国の出身で、そのほとんどが帝国内から出ることはない。帝国の中枢は魔道士が握っている。帝国、と言っているが、強力な魔道士の集団が国を牛耳っているという方が正しいだろう。一般人ももちろんいるが、魔力の有無は血に受け継がれるものであるから、普通の国のように、働いて金を稼いだり、職人技を磨いたりして地位を上げる、ということがほぼできない。なんにせよ、魔力至上主義の国なのだ。逆に、魔道士として生まれた者にとっては、生まれながらに高い地位が用意されている。別の国で魔力を高く持ったものがオーカーに移住するという話はよくある話だ。冒険者になるよりずっと優雅で贅沢な生活が保障されているからな》

 龍児はあまり食欲がないらしく、盆をベッドの上に置き、考え深げに言った。

《それだけ魔道士を優遇しているということは、国家として、なにがしかの見返りを彼らに求めているのでしょうね》

 すると、これにはオクタヴィアが応えた。

《私がバーミリオンにいた時に漏れ聞いたことだが、あの国の魔道士たちは結社のような組織に組み込まれていて、一度オーカーに立ち入ったら、出られないということだ。別に逃げ出す必要もないのだろうが、何かしらの秘儀が行われているのではないかと推測した。彼らは1000年前の大魔道士の力を取り戻そうと目論んでいるのかもしれぬ》

《つまり、戦争を起こしたいってこと?》

 朱音がふつふつと感情を昂らせているような口調で聞き返した。マクシミリアンは曖昧に首を振り、

《わからん。だが、我が国に何がしかの悪影響をもたらしていることは感じ取れる。もう手遅れかもしれんが、まだ一日ある。私たちの目では探しきれないものを、なんとか手に入れてほしい》

《もちろんよ。その可愛い王女様のためにも、絶対うまくやってみせるわ》

 と気合をこめて言った朱音だったが、これが勇み足となってしまうのである。


*****


 セドリックはすでに昨晩の火事の現場に出張っており、室内はがらんとしていた。

 表向きの用件は、セドリックの蔵書をマリーが借りに来たということにした。いずれにせよ、第一王子が同行しているのだから、誰も不審に思う者などいなかったのだが、用心のためだった。

 セドリックの部屋は、マクシミリアンのところとは違い、どことなく圧迫感が感じられた。

 それが、壁三方を埋め尽くす書棚に収められた書籍のせいなのは、すぐにわかった。

《城には図書室もあるのだがね、セドリックはよほど本が好きと見えて、自分で古文書屋や、冒険者ギルドを通しての古書や少々いかがわしい書きつけなど、文字が書かれていればなんでも興味を持つたちでなあ。ふむ、これまた1000年戦争に関する本が随分あるな。当時の英雄となった諸侯の血筋でも遡って、マリーの婿候補にでも考えていたか?》

 マクシミリアンは窮状に立たされても決してユーモアを忘れない人物のようだった。王女はパッと顔を赤らめると、書棚を睨みつけるようにして言った。

《あ、あたくしはお嫁にいくつもりなんか、ありません! そんな、見たこともない人なんかと…!》

 と、この時、彼女の頭の中に、まるで電光石火のように閃いた顔は、地下牢で不便を強いられているだろう、大牙の粗野な顔だった。ぱぁっとみるみる彼女の顔の赤みがピンク色に染まり、これを見ていた朱音がこっそり話しかけた。

《ねえ、あなた、もしかして、誰か好きな人でもいるんじゃない?》

 マリーは、心の動揺をごまかすために適当な一冊を手に取ろうとしていたのを、ぴくりと止め、朱音を振り返った。

《あたくしにはそんな人……》

 朱音は探索を龍児に任せきりにし、このフランス人形のような王女とひそひそ話を続けた。

《まあ確かに、王女様とかそういう偉い人たちが自由恋愛で結婚とかってできないんだろうけど、好きな人がいるんなら、自分の気持ちを貫かないと。だって、一度きりの人生よ。あたってくだけろよ》

《あたってくだけろ…? 死んでしまうんですの?》

 きょとんと青い眼を見開いて聞き返したマリーの表情は、本当に純粋で、女の朱音から見ても、思わずぎゅ、と抱きしめてしまいたくなる愛らしさだった。

《違うわよ、こうなんていうか、自分の気持ちをどーん、と相手にぶつけて、それがうまくいかなくても後悔しないっていうくらいの意気込みってことよ。それとも、マリーちゃんは何もしないで自分の気持ちを閉じ込めたままでいいの?》

 マリーの金茶色の眉が困ったようにしかめられる。

《……まだ自分でもよくわからないんですの……でも、お顔を見たい…手を握ってほしい…そう思うんですの》

《そういうのが、恋っていうのよ。マリーちゃん、一体、どんな人なの、その超絶ラッキーな人は》

 マリーの頭の中に大牙の姿が浮かび上がる。それを表現しようとした時、龍児の声がその場の者たちの注意を喚起した。

《ちょっとこれを見てくれ》

 彼の声は、別室になっているバスルームから聞こえた。

 彼らは、龍児が洗面用の水が張ってある陶器の盆の中に手を差し入れ、何やら透明の薄膜のようなものを差し上げているのを見た。

《なんだ、それは》

 マクシミリアンが怪訝に太い眉をひそめて尋ねた。龍児はすでにスキャナで走査していたが、余計に困惑を覚えながら応えた。

《これは皮膚組織のようです。例えれば、脱皮のあとの薄皮のようなものでしょうか。殿下はシェイプシフターというモンスターのことは聞いたことがおありですか》

《いや、私はない。だがセドリックなら知っているかもしれんな。オクタヴィア、お前はどうだ?》

 侍女は、龍児が水の中からすくってみせている薄膜を真摯に凝視しながら、記憶を遡るように言った。

《それは、自由に姿を変えられる能力を持つ者の呼び名ではないか?》

《そうです。別段人間に悪意を持つ存在ではありませんが、その能力からして犯罪を容易に犯せることから、どちらかというと怪物的な扱いにされる超能力保持者ですね。あなたは知っているのですか》

《知っているというか、知らずに接していた気がする。盗賊ギルドに協力する情報屋の中に、やたら変装に長けている者がいたのだ》

 ここで、王子と侍女は顔を見合わせた。

《セドリックはそのシェイプシフターだというのか?》

 龍児は薄皮を水の中に戻し、首を振った。

《僕の知っているシェイプシフターは、別の人間に姿を変える時にこうした「脱皮」のような現象が起こるというものです。しかし、セドリック殿下は別の人間になる必要はない。むしろなったら疑われるだけです。でも、この薄皮はあまりに異常です。シェイプシフターの亜種のようなものが存在しているのかもしれません》

《では、セディは……》

《はい、ほぼ間違いなく別人でしょう。しかし、正体を暴くには骨が折れます。それほどシェイプシフターの変装は本人と寸分たがわず、記憶さえもコピーしてしまうので、厄介です》

《殿下ご本人は一体どこに?》

 オクタヴィアがさすがにぞっとしたような口調になって尋ねた。

《おそらく、いまだオーカーにおられるのではないかと……》

《安否は?!》

 龍児の表情が曇る。

《…ここまで大掛かりな計画をしてのけた以上、あまり期待はできないですね》

《…なんということだ…》

 マクシミリアンが気の抜けたような慨嘆を漏らすと、いつの間にか居間兼寝室に戻っていたらしい朱音の声だけが彼らの耳に届いた。

《ねえ、これも見てよ》

 彼らが居室の方へ戻ると、朱音がベッドサイドの小机の引き出しを開け、掌にいくつかの鉱石の塊のようなものをのせていた。

 これを見たオクタヴィアが、慌てた様子で言った。

《娘、早くそれを元の袋の中にしまえ、早く!》

《は?》

 朱音は彼女の慌てぶりを理解できなかったが、薄青い照りを見せるヘマタイトのような金属を分厚い革袋の中に戻して言った。

《こんなところに妙な石がしまってあるからと思っただけなのよ》

《妙などころか、それはラディウム鉱石そのものだ! 常人が接すれば、脳を侵され、廃人になる危険な代物だぞ》

《ということは、セドリックはそのラディウムを浴びても支障のない身体になっているということだな?》

 マクシミリアンがさらなる残酷な現実にうちのめされながらも、すでに気概を回復しつつある口調で言った。

《そういうことになりますね。どういう目的で使用されているかは、僕にはわかりかねますが、想像できることは、そのラディウム鉱石が魔力を多く含んでいるということ、セドリック殿下がシェイプシフターのようなものにすり替わっているという推測から、これが生命維持のために不可欠であり、その結果、脱皮のような現象を引き起こして身体の劣化を防いでいる、ということです。先日、僕たちは魔晶石にこめられた生命活性の魔法で強力な再生力を持った魔法生物と戦いました。なんとなく、それを彷彿とさせるパターンなのです》

 と龍児が説明をすると、マリーが突然にマクシミリアンの元に駆け寄り、涙を流しながら抱き付いた。

《やはりセディ兄さまはお兄様ではなかったのですね?! ああ、今本物のお兄様はどんなにか苦しんでいらっしゃるかと思うと、あたくし、心が飛び散ってしまいそう…!》

《マリー、大丈夫だ。セディは私が助ける。約束する》

 マクシミリアンは妹の美しい金髪の頭を撫でながら、本心では望めないことにもかかわらず、力強く言った。そして朱音と龍児、そしてオクタヴィアを見回しながら続けた。

《もちろんこれだけの証拠で十分元のセドリックではないことは明白だが、やはり完全に本人ではないということをこの目で見、セドリック本人にも認めさせないことには、私はただの弟殺しになってしまう。それこそ敵側の思うつぼになろう。何かよい手立てはないか。私は魔法には疎い。魔物の生態にも詳しくはない。お前たちが頼りだ》

《昨日お話しした私の馴染みの薬師ですが、見聞が広い故、そのものならシェイプシフターなるもののことも、我々よりも知っているかもしれません。のちほど聞きに行ってまいります》

 と、オクタヴィアが進言した時、城内に銅鑼のような鳴り物の音がごぉん、と響いた。ハッとマクシミリアンが顔を上げ、抱き締めていたマリーを離しながら言った。

《父上の食事の時間だ。次の銅鑼の音で、散歩に出る。私は父と同行し、魔道士が突然に部屋に戻らぬよう引き留めるつもりだ。散歩の時間はおおよそ半刻。あまり時間はないので、十分気を付けてくれ。オクタヴィアはマリーを連れて部屋にいるように。どこに誰が潜んでいるかもわからん。あくまで我々は普段通りの生活をしていると見せかけねばならん》

 オクタヴィアは忠実な物腰で一礼すると、涙をためた目をした王女を連れて先に出て行った。

 王子は、二人を先に室外へ出すと、ぱたん、と弟の部屋の扉をしめ、呟くように言った。

《…帝国への使節に私がなっていれば良かった……セドリックよ…すまん…》

 だが彼はすぐに気を取り直したように顔を昂然と上げると、二人に一つの鍵を手渡し、念押しした。

《国王の部屋は中央階段を上がった三階にあり、その隣の扉が魔道士ユースフの部屋だ。この鍵は使用人の部屋の扉を全て開けられるマスターキーになっている。探索時間は限られているが、是非にも決定的な発見をしてもらいたい。頼んだぞ、冒険者たちよ》

 朱音と龍児が頷くと、マクシミリアンは心強そうに頷き返し、絶望の底にあるにもかかわらず、颯爽とした足取りで階段を上がっていった。

 これを見送った二人は、どちらともなく言った。

「シェイプシフターも合成できるんだろうか……そんなものが溢れたら、それこそ大混乱だ」

「王女様の好きな人って誰だろう…」

 互いに互いの呟きには耳を傾けず、二人は時間まで待つために、一旦自分たちに割り当てられた部屋へと戻った。


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