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四神戦隊レイジュウジャー  作者: 沢木佑麗/雲月
第二章 カーマイン王国編
21/103

『潜入、そして潜伏』前編

 ほとんど表情を崩さない龍児の、その時の様子はしばらく笑い話に持ち出されたくらい、面白いものだった。大牙などは、その場にいなかったことを悔しがったほどだ。

《お前は薬草の分量を量る以外でも器用なのだな》

 と〈銀狐〉が龍児の「仕上がり具合」をにやけた顔で眺めながら言うと、アルディドが刷毛や練り粉の入った薄い入れ物を箱の中に戻しながら、形の良い、だがどこか酷薄なイメージのある唇をきゅ、と吊り上げて笑い、応えた。

《僕の美的センスが優れているとほめてもらいたいね》

 そう言って、彼は満足げに龍児を見やった。

 彼は盗賊ギルドの変装道具で女装させられていたのである。と言うのも、オクタヴィアから城内の実情を聞き、〈銀狐〉が「中」にももう少しこちら側の人間が入り込むべきだと提案したからだ。

 いくら長く平和が続くカーマイン王国であろうと、いきなり見知らぬ人間を、それも彼らのような風変わりな身なりをした者たちをすんなり通してくれるはずがなかったので、どうやって忍び込ませるかという段になり、ここでアルディドが事もなげに言ったものだ。《オクタヴィアが連れて帰る侍女に化ければなんとかならないかな》と。

 真面目なオクタヴィアだったが、逆に正々堂々表から入った方が余計な詮索を受けないかもしれないとこの案に乗り気になった。

《侍女の顔を一人一人覚えている衛兵もおらぬはず。それに、先に侍女を用事に出していたと私が言えば、どうにか言い抜けができるだろう》

 そういうわけで、体格的に女装に無理がある玄人は除外され、朱音と龍児が城に潜入することになったわけだ。

 朱音は、もちろん女なので、その紅い髪を侍女らしく結い上げ、ギルドに備えてある変装衣装の中から王城の侍女に見える質素なドレスを着ればすんだ。

 だが龍児はそうはいかない。男にしては色白で線は細く、ドレスもすんなりと着ることができたが、凛々しい黒い眉と肩幅に違和感を覚えたアルディドが、化粧箱を持ち出し、美容師並みのわざで彼を変身させたのである。

 そして今その龍児がいる。不機嫌に黒目が細められている。

『写真をとるなどと言うなよ、アカネ』

 内線で先に釘を指す。言われた方の朱音は今にも荷物からコムパッドを取り出さんとしていた。ぷぅ、と朱音は頬を膨らませると、代わりに彼の周りをぐるぐると回り、最後にアルディドに向かって言った。

《どこから見ても男だなんて思えないわ! こういう変身も面白いわね!》

《彼の色の白さとその見事な黒髪に助けられたよ。眉を整えて少しの白粉で、まるでオクタヴィアがもう一人できあがったみたいだ》

 龍児の長い黒髪はほどかれ、薄手の綿のフード型スカーフでふんわりと包まれて背中に垂れていた。少し深めに被ったフードのおかげで、きつい目元もうまくカモフラージュされている。ほんの少し塗られた桜色の紅が、妙に色めかしく、〈銀狐〉のにやにやは止まらなかった。

《いよいよもってお前たちをギルドに引き入れたくなるね。女装できる男は色々と便利…》

《親父さん、悪い癖だよ。彼らは別の目的で僕たちに協力してくれてるんだし、彼らには彼らの進む道があるんだから、余計なちょっかいはだめだよ》

 とアルディドはたしなめ、オクタヴィアに頷いて見せた。

《もう辺りも暗いし、これで十分衛兵の目はごまかせるよ。むしろ君が二人もこんな美しい侍女を連れて戻っただけで奴らの目は眩むこと間違いなしだね》

《しかし、二人を城に入れるのはともあれ、何かあった場合どうやってそちらと連絡を取る? 昔のようにハトを飛ばすようなことはできないぞ、私には》

 オクタヴィアが懸念を示すと、玄人が平然と言った。

《それは任せてくれてええ。わしらには特別な連絡の取り方があるんじゃ》

 〈銀狐〉とオクタヴィアが驚いたように瞠目するが、なぜかアルディドだけは了解しているといった表情で頷いた。

《そういうことなら、緊急の際は彼らに任せていいと思うよ、親父さん。でも、さっきも話していたとおり、次に動くのはパレードの時だと思うから、それまではこの事件の背後にあるものを探り出すことに専念することになるだろうね》

《あまり遅くまでオクタヴィアさんが城を空けるのも不審がられるでしょうし、そろそろ戻った方がいいのでは?》

 足首まであるドレスの裾と踵のある靴を気にしながらの龍児が言うと、オクタヴィアが賛同し、アルディドに向かって言った。

《それで、国王陛下のご病状を改善するのに、お前の弟は役に立つんだろうな?》

 問いかけられた彼は曖昧に肩をすくめ、

《症状を聞いた限りではできると思うけれど、その魔道士がいるところに乗り込むのは厳しいと思うよ。とにかく、食事を別のものに取り換えた方がいいことは確かだね。毒物だけでなく、魔法も使用されているとしたら、術者本人も排除しないとならないだろうから、パレードに間に合わせるのはちょっときついかなあ……とりあえずエリアスにはハトを飛ばしておくよ》

《パレードの経路にはギルドの者たちを配置するし、外のことは心配するな、オクタヴィア。お前はあのお姫様をしっかり守るんだ》

 と〈銀狐〉は、教え子であり、養い子でもあった彼女の尖った肩をぽんと叩き、

《帰りはトンネルを使って行け。いや、さっきの出口のところのじゃない。俺の部屋から直結してるやつさ。ははは、ここを使うのは何十年ぶりだろうか。出口の蝶番が錆びついてないといいがな》

《まさか、王城に通じてるとか言わないよね、親父さん》

 アルディドがその青い眼を見開いて尋ねた。〈銀狐〉はにやりと大きく顔を歪めて笑いながら、季節柄使っていない暖炉の内側に手を突っ込み、何かを引っ張った。すると、壁の一面がかたり、と音をたてて、向こう側に人が身を屈めて通れるほどの扉が開いたのである。

《昔馴染みのために作った、俺とそいつだけの秘密のトンネルさ。出口は王族専用の馬車庫の裏手だ。途中は下水路を利用してるから、足元だけは気を付けろよ。じゃ、お互いに気を抜かねえでいこうぜ》

 オクタヴィアは多くを尋ねず、小さく頷いてその秘密の抜け道に姿を溶け込ませた。続いて朱音と龍児が消えると、〈銀狐〉はぱたん、と扉を閉め、一つため息をついた。

《あのダリウスがそこまでくたばってるとはなあ……こいつは本気出さねえと、とんでもねえことになりそうだ》

《明日朝一番でエリアスには連絡を入れるよ》

 アルディドがそう言った時だった。

 部屋の外の廊下を騒々しく駆けてくる足音が室内にまで聞こえ、慌ただしいノックの音を待たずに盗賊ギルド長は扉を開いて問うた。

《何事だ?!》

 駆け込んできた者は、〈銀狐〉の顔を見ると人心地ついたように大きく肩で息をついてから、後方の小部屋の一つを指さしながら報告した。

《あそこにあった死体をとりあえず「地下の井戸」まで運ぼうと思ったんですが、担ごうとした途端、こう、なんつうか、ぐすぐずと死体が崩れちまって……あんなの、初めてですぜ、頭》

 これを聞いてハッとしたようにアルディドが言った。

《その死体に直接触れたりしなかっただろうね?》

 盗賊は柄にもなくぞくっと身じろぎし、

《気味が悪いんで、すぐにおっぽり出しちまったんで触ってません》

《何か腐食性のものでもあったんかいな》

 と玄人が意見を挟むと、すでに歩き出していたアルディドが彼の慧眼に感心したように頷きながら、

《薬品か魔法かはわからないけれど、随分念入りに死体の始末をつけたものだね》

 三人が先ほど地下トンネルから出てきた小部屋の仕切りの布切れをめくる前から、ツンとした異臭と急速に強まる腐敗臭が彼らの鼻腔をついた。

 中に入ると、そこは床一面に三人分の溶解した血肉の汚泥のような溜まりができ、その最中にまだ溶け切らない臓物を骨の狭間に残す人間だったものがあった。

《ここまで徹底的に始末をつけるアサシンギルドにはちと心当たりはねえな》

 〈銀狐〉が真っ直ぐな眉をぎゅ、としかめ、この凄惨な光景に閉口したように言った。

《いくらアサシンが掟に絶対服従だとしても、この手口は行き過ぎだ。しかし、どうやってこんなことができたんだ? アルディド、何か感じたか?》

《いや。特に何も。時限性の魔法がかけられていたら、僕が気付いたはずだしね》

 玄人は彼らの会話の最中、迷っていたのだが、せっかくの手がかりをなくすよりはと、バックパックからスキャナを取り出すと、無言でみるみる骨格だけになっていく死体に向けて走査した。

 自分たちの世界では感知しきれないデータが暗号のような文字の羅列になって流れていくが、その中ですでにこちら側の世界の物質をデータ化したものがところどころにハイライトされたように小さなモニタの中に表示される。

 彼はそれが何かわかり、見慣れない銀色の道具をかざしている自分に好奇と困惑の表情で凝視する二人に言った。

《その原因が見つかったようじゃ。じゃが早くしないと溶けてなくなってしまう。そこの一番近い死体の肋骨の間じゃ。小さなガラス容器のようなもんが紛れとる》

 〈銀狐〉の行動は早かった。腐食性の毒物にまみれているにもかかわらず、おそらく掏りの腕前のたまものであろう目の良さと勘の良さ、そして素早さで玄人が示す場所に手を滑り込ませ、目的のものを取り出していた。アルディドが彼の手が焼けないようにと手近の布だった自分の頭に巻いていた異国風のスカーフを解いて渡す。

《これは…魔晶石の容器か?》

 手早く布で拭ったにもかかわらず、やや赤くなっている手をさすりながら、〈銀狐〉は発見したものに意外な声をあげた。

《たぶん、そいつの中に毒が仕込まれておって、心臓が止まるか何かの拍子にそれが作動するような仕掛けにでもなっとったんじゃないやろか。わしは魔法には詳しくないけえ、よくはわからんが》

 と、玄人はアルディドを振り向いて見解を求めようとしたが、その白っぽい金髪から尖った耳がのぞいていることに気付き、彼にしては心を動かされた。そして思う。この場に龍児がいたらどれだけ感激するかと。

《あんさんはエルフやったんか》

 すると応えたのは、今にも骨格まで崩れてしまいそうな死体の傍に屈みこんでいた〈銀狐〉だった。

《エルフはエルフだが、こいつははぐれエルフさ。何が面白くてエルフの里を飛び出したんか知らんが、こっそり人間に紛れ込んで暮らしてやがるんだ。っと、こいつは……『紅髑髏』の奴らじゃないかな、アルディド、見てみろ、こいつの歯の裏を》

 〈銀狐〉がその死体の、歯列が丸見えになっている口の中を示して見せた。玄人も一緒になって覗き込む。

《ふむ……前歯の裏にもう一本細工された差し歯があるね……確かに『紅髑髏』の一味が使う指笛は特殊だ。ドワーフやエルフにしか聞こえない周波の音を出せるから、どうやってるのかと思ってたんだけれどね。こういう仕掛けだったのか》

《『紅髑髏』は確かに優れたアサシン集団だとは思うが、こういう仕事を請け負うほど落ちぶれちゃいないと思うんだがな》

 と〈銀狐〉が力づくでその差し歯を引き抜くと、それにつられて脆くなっていた顎の骨がかくん、とはずれ、同時に頸椎が折れた。この状態に、彼は重々しく、それでいてうんざりとしたため息をついた。

《アルディド、お前の持ってきた「薬」を使わなくても死体の始末はつけられそうだな。床の掃除は大変だが》

 そして初めてその場に満ち満ちる悪臭に気付いたかのように顔をしかめ、手の中の小さな穴があけられた差し歯を見つめながら言った。

《たとえ金づくで動くアサシン共だとしても、こんな得体の知れねえやり方で最期を迎えるいわれはねえ。お前らはその妙なものをもう少し調べていてくれ。俺はこの歯を証拠に、今見たことを本部に報せる。階上に行って、こんな鼻が曲がりそうな臭い消しに一杯やっていろ》

 と、即行動に移った〈銀狐〉をあとに、アルディドは玄人を先導して地上にある居間に連れて行った。

 そこは意外にも居心地のよい雰囲気で、多めの蝋燭がともったプラケット型燭台と天井から下がる二重のシャンデリアからの明かりで、だいぶ夜も深くなってきたにもかかわらず、そこはオレンジ色に染まっていた。

 使い込まれて黒々とした楕円形のテーブルの上には幾種類かの酒瓶やデカンタが置かれ、豪勢にも色どりの良いフルーツまで盆に盛られていた。

《君は何を飲むのかな? 私は赤ワインに目がなくね。里では農耕をする者はいないから、森の鹿たちから分けてもらった乳の酒くらいしかないんだ。私が里を出たのは酒好きだったせいもあるのかもしれないね》

 凄惨な場面を見てきたにもかかわらず、アルディドは鷹揚な態度で赤ワインをグラスに注いでいる。龍児がいれば、エルフとはなんぞやと滔々と弁じたのだろうが、玄人はそこまでこのエルフと言う幻想世界の種族に対して関心をもったわけではなかった。むしろその素っ気なさに助けられていると彼は思いながら、簡単に応えた。

《同じものでええ》

 アルディドは続けて別のグラスにワインを注ぐと、それを彼に手渡しながら尋ねた。

《僕はエルフのはみ出し者だけど、君もどこの里から飛び出してきたんだい? 君はドワーフではないのに魔力を感じられないし、その身なりはあちこち放浪してきたこの僕でも目にしたことがない。それに、先ほどの銀色の道具。あれは一体どんな秘装具なんだ?》

 渋みの強いワインを一口飲んだ玄人は、幅も厚みもある肩をすくめて応えた。

《わしらもあんさんと似たようなもんじゃ。じゃが、故郷がどこにあるかはわからなくなってしもた。空間移動の罠にはまってしまってのう》

《なんだって?! 君たちは『エルヴィアンの扉』を使ってここにやってきたのかい?!》

《なんじゃ、そのなんとかっつう扉は》

 アルディドは玄人が出会って初めて感情らしきものを露わにして応えた。

《エルフの失われた遺産の一つだよ。1000年前の人間との戦争の時に、その絶大な力を人間に奪われないためにすべて破壊した、空間だけでなく、無意識世界ともつなぐ扉のことさ。実はね、僕はそれがどこかに残っているのではないかと思って、里を出たんだよ。今ではエルヴィアンの扉のことはエルフの間でも禁忌とされているから、大っぴらに扉のことに関心を寄せているなんて言えないからね。これでも200年ほどはあちこち探し回ったけれど、まだ見つけられない。それを、君たちは偶然行き当たったというのか》

 龍児の捏造話が現実の、それも1000年も遡る秘められた遺跡になってしまったとは、当の本人が聞いたらどう思うだろうかと玄人は内心で苦笑しながら、彼らしい紋切口調で言った。

《わしにはようわからん。ただ、気付いたらエルダー村のそばにおった、というだけじゃ。それがあった場所は、この大陸ではなかったことは確かじゃがな》

 アルディドは大きく肩で息をつくと、

《さすがに僕だけではグリアナンの砂漠地帯を越えるのは難しいし、海は内海と北海くらいしか渡ったことがない。シークレストの冒険船は遥か東方まで船を出したことがあるらしいが、いずれも戻ってきたという話を聞かない。君たちはそんな場所からやってきたのかい?》

《そうじゃ》

 ぐい、とワインを飲み干した玄人を見つめ、アルディドは別の懸念を浮かべた。

《ということは、どこかに扉があるとなれば、それを誰かがまた見つけて、悪用される可能性があるわけだ》

《悪用?》

《そうさ。エルヴィアンは現実世界もつなぐが、無意識世界にもつながれる。なんて言えばいいのかな、人々の夢の世界が全部つながっているような場所に行ける、ということだよ。夢は無限大だ。どこにでもつながれる。ということは、非物質なものの世界、つまり精霊界ともつながっているんだ。精霊にもいいのと悪いのがいてね。この悪いのを呼び出されたりしたら、この世界は阿鼻叫喚の真っ只中におとされるよ》

 玄人は、こういった領分の話にはちんぷんかんぷんだったが、実際に死体が解けるように細工された道具を発見し、数日前には合成獣とでもいうべき怪人と戦ってきたばかりだった。彼は手の中に握り締めたままだった魔晶石の容器のようなものをテーブルの上に置き、言った。

《こういう道具を平気で人の身体の中に埋め込めるような連中に、そのなんとかっつう扉が見つかったらまずいっつうことじゃな》

《そのとおり》

 アルディドは自分と玄人のグラスにワインを注ぎ直しながら、その容器を手にして言った。

《こんなことをするのは一部の黒く染まった魔道士か、北の帝国の魔道士連中くらいしか考え付かないね。奇しくも、1000年前の戦いと言うのも、オーカーの祖となった大魔道士たちを主軸とした混成軍との戦いだったんだ。残念ながら僕たちエルフは人間たちのしぶとさに負けてね、結局この大陸の領地をほぼ奪われ、生きる場所も西の果てに追いやられてしまったわけだけれど。ま、エルフはすでに黄昏の中に生きる種族なのかもしれないね。確かに長命であることは、とびぬけた文化を築き上げたかもしれないけれど、逆に限られた時間の中で懸命に生きるエネルギーから生み出される進歩の速度についていけなくなっていたんだろうね。おっと、話が横道にそれてしまった。少し考えてみれば、この国にオーカーの魔道士が、それも城の中にいること自体からして、警戒しなければならなかったのかもしれないな。ま、今となっては後の祭りだけどね》

《限りなくその魔道士が黒ということじゃな?》

《他にこの国で騒動を起こす動機を持つ存在を考えにくいしね。この容器のこともある。これはあまりにオーカー的だ。国王が弱っていることを口実に、山脈の防壁の隙間をかいくぐるような手を使ってきたとしか思えないね。もし、王子がすり替わっているとしたら、それこそオーカーの魔道技術が格段に進歩していることになるし、これはカーマインだけでなく、このオーランジュ大陸全体にとっても脅威だ》

《その王子のすり替わりじゃが、どうやったら正体を暴露することができるじゃろうかのう?》

《そのことは僕も悩んでいるところだよ》

 額にかかっていたおくれ毛を撫でつけながら、アルディドはため息をついた。

《残念ながら僕はそれほど魔法の鍛錬をしてきたわけじゃないし、弟もそういった方面には通じていない。破魔か解呪の魔法ができるか、それともその魔法に似た魔道具でもあればどうにかなるかもしれないが…》

 この時、玄人の頭の中に、キリルがとったような方法が浮かんでいた。つまり、かつてのセドリックのDNAを入手し、それと現在の王子のDNAを比較しようというのである。だが、敵もここまで堂々と人間の入れ替えをしてくるからには、それだけの自信があるのだろうし、本物(オリジナル)と比較されないように細心の注意を払っているはずだ。朱音と龍児が城の中に潜入できたとは言え、たとえセドリックの居室に忍び込めたとしても、すでに半年という時間が経過している以上、なかなかに困難な課題だと、玄人は頭を悩ませた。

 もしこれが龍児であったらもっとこちら側の世界的なアイディアを思いつけたかもしれなかったが、残念ながら玄人の思考回路にそういった要素が入り込む余地はなかった。

 玄人は空になったグラスを置くと、

《いずれにしても、城に戻ったもんたちが何か見つけるか、あちらさんがまた何か仕掛けてこんと、わしらにはできることがないのう。ひとまずわしは宿に帰ろうかと思うんじゃが》

《それはやめておいた方がいいな》

 と、不意に〈銀狐〉の声がその場に割り込んだ。彼は性に合わない報告書を書いてきたせいか、首の辺りを撫でさすりながら続けた。

《『紅髑髏』は一流のアサシンを揃える集団だ。オクタヴィアをやれなかった理由がお前にあることくらい、すでに知っているはずだ。邪魔者は消せ、の法則だよ。お前は大丈夫でも、周りにいる民間人が巻き添えになる可能性がある。だからお前はここに留まるか、アルディドのところへ行け。アルディド、お前もしばらく表の錠を解くなよ》

《わかってるよ。どうする、君。僕と来るかい? ここほど上等じゃないけど、酒も食べ物も用意できるよ。エルフ自慢の発酵乳と果実のお菓子も出してあげられる》

 玄人はそれを聞き、『フルーチェリー』という地球の子供向けのデザートのロングセラー商品を連想していたが、すぐに現実に立ち返り、アルディドのもとに行くことに決めた。というのも、相手も異種族であり、同時に自らの社会から逸脱した立場にあるということから、マイノリティ同士からの共感と互いの不可侵の領域に対する暗黙の了解が得やすいと考えたからである。

 するとエルフは立ち去り際に、〈銀狐〉の脇腹小突いて言った。

《残念だったね、親父さん。彼がここに留まると決めたら、まるで呪文のようにギルド員になれと言い続けるつもりだったんだろう?》

 〈銀狐〉は「ふん」と顔をそむけて腕組みをし、

《有能だと見込んだからこそだ。最近の若いのは楽することばかり覚えやがって、基本がなってねえのよ。派手に戦いたけりゃ、剣と盾に鞍替えしろってんだ》

 と、ここで、〈銀狐〉はあることに気付き、玄人を振り返った。

《そういや、お前、得物はなんだ? 鎧は宿に置いてきてるにしても、武器くらいは持ってるだろ、冒険者なら》

《えーっと、それは…》

 玄人が言い淀んでいるのを、アルディドがどういう察しの良さでか、彼のがっしりとした手首をひっぱり、言った。

《ローグ同士で得意な武器はなんだ、なんて野暮なこと聞かないだろ? 一流の冒険者だって同じだと思うよ。さ、行こう。いつまでもここにいると、親父さんがしつこくてかなわない。またトンネルを使わせてもらうけど、床は綺麗になったのかい?》

 〈銀狐〉はやれやれと言いたげに嘆息してから応えた。

《これだからエルフって連中は嫌だね。俺の世話になってるくせに、この態度だ》

《それはお互い様じゃないか。じゃ、行こう》

 金髪の三つ編みを翻すようにして歩き出したエルフのあとに続きながら、玄人は軽く〈銀狐〉に頭を下げた。

 これを見送った〈銀狐〉は腕を組み直し、つくづく惜しいと言いたげに独り言ちた。

《『紅髑髏』を簡単にのせる技を持ってるってのに、ただの冒険者にしとくのはもったいねえ限りだぜ…》


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