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四神戦隊レイジュウジャー  作者: 沢木佑麗/雲月
第二章 カーマイン王国編
20/103

『ルーク、動く』

 王城の前は広い広場になっていて、芝生や季節ごとの花々が整然とした配置とデザインで植え込まれていた。その合間に糸杉のようなひょろ長い木が植えられ、何か白っぽい花か実のようなものを緑の葉の中に色を映えさせている。

 その広場が城へと続く道となり、玄人の座る石のベンチから遠く、それは階段につながり、その上にどっしりとした扉がぴたりと戸を閉ざしているのが伺えた。

 かれこれ二時間ほど、玄人は座るベンチを変えながら王城の様子を見張っていたのだが、特に怪しまれることはないと感じていた。というのも、初日に街歩きをしていても気づいたことだが、この王都は冒険者や旅の商人も多かったが、近隣の街や村から観光や大きく美しい教会への参拝などの旅行者が目立ち、こうして彼が漫然と王城前の広場で焼き菓子の入った袋を持って、時折その中身をぽりぽりとやっていても、似たような物見遊山な者たちがたくさんいたので、なんら不自然なところはなかった。

 城は遠目から見ると、本当に均整の取れた美しい外観をしている。白亜の城という形容がぴったりだ、と玄人はその端麗さを認めたが、その中では現在も人知れず残酷な企みが進行しているのかと考えると、その美しさも無意味なものだと、彼は達観者のように眠っているようにも見える細い眼をさらに細くさせて苦々しく思ったのだった。

 時刻はそろそろ日暮れ時である。

 にもかかわらず、王国一美しい建物を見に来た者たちの数は減らない。おそらく街場の方ならば、夕食を食べに出たり夜の街を楽しむ者たちで昼間以上ににぎやかになっているだろう、と玄人は焼き菓子の最後の一枚を食べながら思った。昼間より、今時分の方が人ごみに紛れやすい。出るなら今だ、と彼が考えていると、まさにその予想が的中した。

 動きのなかった王城の大門の脇にある通用門が開き、身体にぴったりとした黒い服装の人物が姿を現したのである。

 玄人は立ち上がると、広場から街中に通じる幾筋かの通りを全て見通せる場所に移動し、その人物が優雅ながら、敏捷な筋肉を連想させるような歩き方でこちらへと近づいてくるのをじっと伺った。

 武装はしていない。いや、していないように見えた。身体にぴったりとしたドレスは薄暮の中ではほぼ黒に見え、長い首元まで襟が立っていて、肌は顔と手くらいしか露出していない。装飾品の類は一切なかったが、その黒の衣装と対照的な燃えるような赤毛と白い肌がその女を際立たせていた。

 背は高い。髪を結い上げているので、さらに高く見える。面長の顔にくっきりとした黒っぽい眉がまっすぐに伸び、その下の彫りの深い切れ長の目はおそらく濃い青をしているのではないかと、玄人は観察した。鼻梁は狭く、小振りで、薄い唇には紅もなく、吃と引き結ばれていた。

 彼女は背筋を伸ばして観光客の間を風のような動きで歩き抜け、一つの通りに向かった。そのあとを間隔を開けて玄人は尾行し始めた。


*****


 オクタヴィアは早足で雑踏で溢れる通りをすり抜けるようにして歩きながら、この数日で起きたことを頭の中で整理していた。

 時間軸的に最も早いと考えられるのは、国王の容態が悪くなり、王子たちとも滅多に顔を会わさなくなったことだ。

(いや、そうではない。あの魔道士は別だ。三食の管理監督をし、容態を診て薬の調合していたのだから、ほぼ毎日国王には会っていたはず)

 オクタヴィアは今更ながら自らの平和ボケにも似た油断にほぞを噛みたくなる思いだった。

(あの魔道士は帝国の友好使節としてやってきたのだ。腕前もあるはず。にもかかわらず国王陛下の容態は良くなるどころか、先日半年ぶりにお会いした時にはひどい有様であった…あれはまるで「ヘブンズマッシュルーム」を常用させられ幽閉されたある貴族にそっくりだ…まさか?)

 その毒キノコの名前を思い出したことで、彼女のローグとしての誇りはますます傷ついた。

(私はこの王国の北側に謎の多い大国がのしかかっていることをいつから失念していたのだろうか? ああ、もう遅いかもしれない。この王国は北の脅威はグレートシルバー山脈が防いでくれると信じ切っている。だが、北はその細い山道をつたうようにして毒を送り込んできた。そしてそれは見事に成功しかけている。つまり、北はこの王国をつぶしにかかっているということなのだろうか)

 王女が必死に訴えていたことが思い出される。

(第二王子殿下が別人などということがありうるのだろうか? しかし、殿下は帝国にあの魔道士を迎えに行っている。そこでなにがしかの秘儀が行われ、入れ替わっていたとしたら? 大陸中の盗賊ギルドの情報網をもってしても、あの国の内情はなかなかに知れないのが実情だ。魔法の領域ともなればなおのこと。もしセドリック殿下がご本人でないとしたら、これは一大事だ。そして姫様の暗殺計画。これは闖入者のおかげでとん挫したが、今度はその闖入者が毒殺されかけた。今になってみれば、この者の処刑の裁可の速さもおかしかった。そして衛兵隊長を始めとする数名の衛兵の失踪。彼らは姫様襲撃の際に駆け付けた者たちだ。あの襲撃者たちは結局何者だったのだ? 一体誰の裁可で国外追放になったのか? いや、どうやってこの都の盗賊ギルドの目を盗んであのような襲撃を堂々とやってのけられたのか?)

 ここでオクタヴィアは一人納得がいったように大きくため息をついていた。

(ああ、そうか。早々に国外追放になったのは、この街のギルドの追及を免れさせるためもあったのだろう。〈銀狐〉も王室付きの衛兵が乗り出してきては手の出しようがない。つまり、一連の事象は大きな企みの中のひとつひとつの事件であったということになる。では、その首謀者は? 目的は?)

 ここで、彼女の思考は止まらざるを得なかった。

 目の前には人ひとりが下りれるほどの階段があり、特に何の看板もかかってはいない。だがその階段の片側の壁に誘うように蝋燭がともり、それが地下へと続いているのである。

 彼女は躊躇わずその階段を降りた。そして降りきったところを左に曲がったところで、地上の入り口に顔をのぞかせた玄人の存在には気づかなかった。

 彼女のローグの勘が鈍っていたせいではない。

 と言うのも、玄人はオクタヴィアの外見をスキャンし、そのデータを元に尾行していたので、かなり距離をおくことができたのである。

 したがって、彼は別の存在もキャッチしていた。彼女をつけていたのは自分だけではなかったのだ。

 このことは予測がついていたことだった。彼女には申し訳ないが、街に紛れ込んだ異分子をあぶりだすのに、彼女の外出はうってつけだった。つまり誘蛾灯である。

 それは三人いた。周りに溶け込むような身なりをしていたが、玄人の戦いを潜り抜けてきた者の目には、彼らが一般人とは違う気配をまとっていることを看破していた。それに、彼には自分たちの世界のツールがあった。スキャナで彼らを走査すると、火薬の詰まった手投げ弾のようなものや、巧妙にブーツや懐に隠した刃物が手に取るように露呈した。

 玄人はひとまず夕闇に紛れるようにしてその場から離れると、その体躯に見合わない身軽さで屋根の上に飛び乗り、目星をつけていた者たちの動きを見はることにした。

 できればその者たちを捕らえ、一連の事件の黒幕について聞き出したいところだった。それができなくても、彼らがどこに逃げ帰るのかつきとめられれば、次の一手を打てるというものだった。

 と玄人が考えていると、その三人に動きが現れた。

 何気ない素振りで三人が下り階段をおりていく。しかし、その手に火薬弾が握られているのを、玄人は見逃さなかった。

 彼は人通りの少ない通りに飛び降りると、足音を忍ばせて階段を降りた。

 狭い。

 先頭の一人が左に曲がった。続いて二人目、三人目が。

 あの火薬弾をこの狭い空間で使われれば、威力は小さいにせよ、負傷者が出ると考えた玄人は、瞬時に行動に出ていた。

 彼はほとんど飛び降りるように最後の何段かをおりると、まさに扉を開けようとしていた怪しい者たちに向かって気迫のこもった声音で言った。

《お前たちの相手はまずわしじゃ!》

 手投げ弾を使われる前に、と、玄人は、意表を突かれた様子で彼を振り返った三つの顔の前を通り抜けるようにしながら、後方二人の頭を鷲掴みにして狭い通路の壁に打ち当てた。それだけで二人の暴漢たちの足腰はふらついた。

 さすが相手もプロらしく、残りの一人が自分たちの任務を思い出したように扉を押し開こうとしているのを、玄人はあと少しの間髪で引き止めることができなかった。

「ぬ!」

 が、扉の中にいた者もプロだった。

 扉は内側から勢いよく開かれ、暴漢はまたも裏を突かれたように身体のバランスを崩した。そこへ鋭い手刀が侵入者の首筋に叩き込まれる。意識を混濁させたのだろう、手に持っていた素焼きの丸い手投げ弾がぽろりと床に落ちそうになるのを、長い金髪を三つ編みに背中に垂らした人物がひょうきんな物腰で受け止めた。

《おっとっと、こんなものをここで爆発されちゃ、大事な店が滅茶苦茶になってしまうよ》

 すっかり気絶した侵入者を見下ろしているオクタヴィアは、店の外から似たような暴漢を二人、引きずって入ってきた玄人をじっと見つめ、唐突に尋ねた。

《貴様はもしやあのタイガとかいう若者の仲間か?》

 玄人は乾燥ハーブの束や壁面にしつらえてある薬品棚を背にし、カウンターに寄りかかるようにしてこちらを伺っている、異国風の房飾りのたくさんついた布で頭を覆う端正な顔立ちをした男を気にしながら頷いた。

《そうじゃ。だがこのことはあちらさんにはわかられたくないんじゃ》

 オクタヴィアの凛々しい眉がぴくりと動き、

《随分事情を知っているような口ぶりだが? そのなり、ただの冒険者ではないな?》

 と、その時、玄人の足元で昏倒していた者の一人が意識を取り戻し、身じろぎをした。

 オクタヴィアはつかつかとその者の傍によると、女とも思えない力でむんずと侵入者を立ち上がらせると、詰問した。

《貴様、誰に頼まれて私を狙った? 言え! 言わぬと、もっと苦しい思いをすることになるぞ!》

 襲撃者は無感動に視線をオクタヴィアに据えていたが、不意にカウンターの中の男が身を乗り出し、手振りを添えて叫んだ。

《オクタヴィア! そいつから離れろ! 毒を吐くぞ!》

 玄人も何かを噛み潰すような音を聞いた気がしていた。それをこの金髪の男は聞いたというのだろうか。

 オクタヴィアは言われてみてその危険性があったことに気付いたように、乱暴にその男を突きのけていた。

 男はカッと口を開き、最期の一息に自らの自殺用の毒を含ませて吐きかけてきたのである。

 一瞬遅ければ、彼女はその毒息を食らっていただろう。

《「キス・オブ・デス」だね。アサシンがほぼ強制的に仕込まれる最期の手段さ。おてんば姫のお守りばかりで、ちょっとなまったんじゃないかい? オクタヴィア。他の連中からももう何も聞き出せないみたいだよ。不吉な毒のくせに、匂いだけはなんとも甘いんだから、全く「死の接吻」とはよくいったものさ》

 金髪男は手近にあった手洗い用の壺の中に火薬玉を落とし込むと、床に転がる自殺した三人の死体を事もなげに見下ろしながら言った。

 そして、玄人の方にも意識を向けながら、その人物はどこか他人事のような軽い口調で続けた。

《オクタヴィア、君がわざわざ僕のところへ来たくらいの用向きなのならば、かなり切羽詰まった状況にあると思われる。それにこの変わった服の兄さんにも事情がありそうだ。そして、この僕は、このアサシンの死体のことで衛兵と面倒なことになりたくない。この三つを同時に片付けるには、〈銀狐〉の親父さんのところに行くのが一番だと思うけれど、どうかな》

 オクタヴィアはこの期に及んで盗賊ギルドと直接かかわることを避けようとするかのように、薄い唇から否定的な言葉を発しかけたが、それは淡々とした玄人の一言で上書きされてしまった。

《その〈銀狐〉じゃが、今こちらに向かって来とる。わしの仲間も一緒じゃ。何か別の場所で起きたようじゃ》

 この言葉に、薬草店主があからさまに驚いた。

《兄さん、念話でもできるのかい? 僕の耳でもまだ何も……あ、待って。ふむ、この気配の消し方は、親父さんだね。あとは君のお仲間なのかな? 一人は若い女性らしい》

 店主は自分の推測に確信を持った足取りで入り口の扉を引き開けると、はたして、息までも殺しているような〈銀狐〉が龍児と朱音を従えてそこにいた。

 〈銀狐〉は余計な挨拶などせずに中に入ると、察しよく店主が入り口にいくつもの錠をおろすのを見計らってから、一つため息をつき、床に転がる死体と、久しぶりに対面するかつての教え子であり養い子であったオクタヴィアを見比べ、口を開いた。

《なぜここまで事態が大きくなるまで俺のところに来なかった?》

 オクタヴィアは自分を恥じるようにうつむいた。

《…まさかこのカーマインで陰謀が目論まれるとはと、油断していたのは確かです…この清水のように穢れのない国に一滴の毒が垂らされたことに気付けませんでした。それに、私がギルドと関わりがあるとわかれば、陰謀者に警戒されます。ひょっとすると私の存在を消しにかかるかもしれません。私の命がどうなろうと構いませんが、そのせいで姫様に危険が及ぶのは私の職務としてあってはならないことです》

 と、すん、と玄人が仲間たちの衣服から漂うわずかな異臭に鼻を鳴らし、言った。

《きな臭いな…火事にでも行き当たったんか?》

 すると、朱音が頷き、足元の死体を睨みつけるようにして言った。

《東側の薬草店を当たっていたのよ、あたしたち。そうしたら、その中の一軒でタイガの食事に使われた毒…えっとなんだっけ》

《「愚者のあしあと」だ。なぜそのことを知っている、娘?》

 オクタヴィアが応えながら、疑念を差しはさんでくる。これを、意外にも薬草店主が、やはりどこか達観したような口調で軽くいなして、朱音に先を続けるように言った。

《君の知る世界が全てではないということだよ、オクタヴィア。その放火された店だけど、『ジルベルト薬草堂』じゃなかったかい、赤毛の娘さん?》

 朱音は記憶を手繰るように宙を見据えながら、

《ええ、確か、そんな名前だった気がする》

すると店主は合点がいったように言った。

《なるほど、敵もなかなかやってくれるね。ジルベルトのところからは、王城の使用人たちが使う薬や、調理場や倉庫で使っているネズミ捕りなんかを卸してるんだ。ネズミ捕りの中にはかなりの含有量で「愚者のあしあと」が配合されている。入手経路についても、もともとジルベルトのところは王室御用達だ、何か書きつけでもあれば、すぐにその毒を手に入れることは可能だよ。それも、「正当な理由」でね》

《でも、本当に「正当」なら、こんなことにはならないわ》

と朱音がぴったりとしたシャツについていた煤を指先で弾き飛ばしながら言った。

《誰が買いに来たか、あるいは誰の命令で買いに行かされたかを知られたくなくて、放火したに違いないわ。放火犯を追えなかったのが残念で仕方なくって!》

《犯人の追及も大事だけれど、店には別のお客さんもいたんだから、あの人たちを救うのを優先してよかったと思うよ》

と龍児が不機嫌に頬を紅潮させている朱音をなだめるように言ったのだが、彼女の不満は鎮まらず、口早にここに来る顛末を語った。

《いきなりドアが開いてリンゴみたいな球がいくつか投げ込まれたと思ったら、ボンッ! あたしとリュウはお店の人を助け出すだけで手いっぱいで、犯人の顔なんか見てる暇なんかなかったし、すぐに火が店の建物中に広がっちゃって、やじ馬は来るしで、そのうち衛兵まで来るんじゃないかって思ってたら、〈銀狐〉さんが来てくれて、とりあえずクロトのいるところに向かうことにしたのよ》

《俺も街に出ていたんだがね、屋根の上から火の手が上がってるのが見えてな。あの辺りに薬屋があるのも知っていたし、もしやと思って駆け付けたら、まさに間一髪、別の通りから衛兵がやってくるのも見えたんでね、とりあえず二人をあの場所から連れ出したわけさ。にしてもお前たち、その身軽さ、一体どこで身に着けたんだ? この俺の屋根伝いについてこれるなんざ、この大陸のギルド中探したって、何人もいないぜ》

 〈銀狐〉はそう言ったものの、一流のローグらしく、他人の氏素性を詮索するつもりはないようだった。彼は床に転がっている暗殺者の死体の脇にしゃがみこむと、だらしくなく開いた口に鼻を近づけ、においを嗅いだ。

《…「キス・オブ・デス」か。典型的なアサシンギルドの連中だな。オクタヴィア、バーミリオンにいた頃、こいつらのような連中を雇っていた輩はいたか?》

《いました。私は直接関連を持ったことはありませんが》

 と言うオクタヴィアに、金髪の店主が白皙の相貌をやや曇らせて言った。

《もしかすると、この襲撃が失敗しても、アサシンギルドと関わりを持つ者としてオクタヴィアが排斥されることになっているのかもしれないね。それに、この使われた毒だけれど、僕のところにもおいてるんだよ。脳足りんな衛兵がこんな死体を見つけたら、アサシンの捨て身の必殺技じゃなくて、僕が毒を盛ったように見られてしまうよ》

 〈銀狐〉は場違いにユーモアのこもった微苦笑を浮かべ、一つの死体を肩に担ぎ上げながら言った。

《お前の弟を見習え、アルディド。せっかくの癒しの業を疎かにして人を殺す薬ばかりに手を染めて》

 アルディドと呼ばれた店主は、これもまた現実とはかけ離れた陽気さで肩をすくめ、

《エリアスの堅物なんかと一緒にしないでほしいね。僕は僕の人生を楽しみたいだけなんだ。あんな狭い世界でなんの変化もなく生き続けるなんて、ハッ、まっぴらごめんだね。それに〈銀狐〉、あなただって、僕が変人なのをいいように利用しているくせによく言うよ。君たちも気を付けるんだね。この人は風変わりでなおかつ利用価値があるとわかれば、とことんこき使う悪い癖があるんだ》

 顔はにこやかに、だが言葉では辛辣になじられた当の本人は、逆に開き直ったように小柄な身体をそらすようにして歩き出しながら言い返した。

《能力ってもんは何かのために役立ってこそ、持って生まれたことの真の価値をいかせるってもんよ。それを引き出すのにこの俺が少し手を貸してやってるってえのに、この変人は感謝の「か」の字もねえんだからしょうもねえ。そこのでかいの、お前なら二人くらい担げるだろ? 確かにこいつらを始末しとかねえと、あとあと面倒なことになるな》

 と、玄人に目で指示した盗賊の長に、龍児が言った。

《僕も運びますよ。でもこんな死体、街中でどうやって…》

 〈銀狐〉は、アルディドの体格と似たり寄ったりの線の細さをした龍児を眺めすがめつすると、薬草店の店主にからかい気味の失笑を投げて言った。

《こんな若いのでもできるってのに、かたや分銅の重しでも折れそうな指をしてる奴もいるんだからな》

 しかし自分の非力さを恥じることなく、アルディドは薬品棚からいわくがありそうな無印の大きな薬瓶を何本かカウンターに取り出しながら言った。

《適材適所という言葉をそのままお返しするよ、親父さん。僕の薬のおかげで、格段に色々と「始末」しやすくなったのは確かなんだから》

 この二人の会話を聞き、龍児は自分のイメージの中でしか存在しなかった盗賊ギルドなるものが、非常に生々しい組織であることを実感し、思わず生唾を飲んでいた。これをアルディドが気付き、勝手知ったる足取りで店の奥にある廊下を進む〈銀狐〉に続きながら、面白がるように言った。

《一応君たちも冒険者と名乗っているのなら、盗賊ギルドには便利な井戸があることくらい、知っているだろう? そこで僕の腕前が役に立つのさ》

 龍児は、この背の高い、絶世の美男子と言える面立ちをした人物が、その人懐こい物腰の中に、何かが乖離しているような印象を受け、なんとなく警戒心が働いた。

 が、先頭を行く〈銀狐〉の声で、龍児の用心深い観察は途切れた。

《ここから地下トンネルに潜る。たいした距離じゃないが、暗いから気を付けろ》

《だいじょうぶよ、夜目はきくの》

 朱音が、死体を担ぐ〈銀狐〉と玄人に挟まれ、やや閉口気味だったが、歯切れよく言った。〈銀狐〉は小気味よく笑うと、

《お前はもうすぐにでもローグとして一流になれるぞ、娘。オクタヴィアよりもうわてかもしれんな》

 廊下の突き当りの壁にかかる燭台の一つを動かすと、きい、ときしむ音がして、壁の一部分があちら側に動いた。暗い穴倉がぽっかりと開いたような中にためらわず一歩を踏み出した朱音が、〈銀狐〉にも劣らない気風の良さで言い返した。

《あたしはこそこそ動き回るより、どーんと派手にやる方が性に合ってるの。だからせっかくのスカウトだけど、お断りするわ》

 死体を背負っているにもかかわらず、〈銀狐〉は明朗に大笑いしながら、

《面白い娘だ。さすが「闇騎士」を倒してきただけあるな。それに今じゃグレイウォールではお前たちは英雄扱いだぜ》

 だがここで〈銀狐〉は、暗くて見えなかったが、眉をひそめて続けた。

《そうだ、あとで聞こうと思っていたんだが、だんまりで行くのもなんだし、今話すが、都市連邦評議会はお前たちの捜索を命じたようだぞ。お前たちの戦い方が一風変わってるっていう理由と、俺は報告しか受けていないから見ていないんだが、グレートシルバー山麓に落ちて消えたっていう巨大な謎の光の傍に、お前たちがいたという理由かららしい。衛士の一人が、お前たちのことを北の帝国の魔道士で、何かの研究についていたんじゃないかって言いだしたそうだ。で、真実のところはどこにあるのか、ということになる》

 龍児の記憶が原点回帰する。

 ダイジンオーの不時着地点にグレイウォールの衛士隊を連れて行った時のことだ。衛士の中にいた魔道士が、魔道帝国との関連について力説していたことを思い出す。

 グレイウォールでもモーヴでも、衛士隊とはうまくやってきたとは思っていたが、やはりあのクレーター痕をごまかしきれなかったかと考え込んでいると、背後からアルディドが笑い飛ばすような口調で言った。

《この若者たちがオーカーの魔道士?! まずあり得ないから安心しなよ、親父さん。連邦評議会の目は節穴なのかなあ?》

《随分断定的なのだな、アルディド。確かにこの者らの風貌身なりは特筆すべきものがあるが》

 オクタヴィアの声が暗がりの中から淡白ながら、拭いきれない疑念のしこりを感じさせながら聞こえた。

 アルディドは両手に下げた籠の中の薬瓶をかちゃかちゃと言わせながら、やや心証を害したように言った。

《この僕が嘘をつくと思うのかい?》

 オクタヴィアは、〈銀狐〉の前に行って数段のステップを上がり、出口となっている羽根戸を押し開けながら応えた。

《…いや、お前は嘘をつけない。さあ、足元に気を付けて》

 レイジュウジャーたちが羽根戸から顔を出すと、そこは盗賊ギルドの地下の小部屋の一つだった。

〈銀狐〉が言った。

《ひとまず死体はここにおいていけ。まだ少し調べたいこともあるからな。その前に、オクタヴィア、お前の話を聞こうではないか。俺の部屋へ行こう》

 とギルド長は柔軟ながら隙の無い、ローグらしい物腰で自室へと一同を引き連れて行った。


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