『あにいもうと』前編
マクシミリアン・ド・モンテクレールは、王都から南西にある森の中に住むという、街でひそかに評判になっている薬師のもとへと馬を早駆けさせていた。
その表情にどことなく焦燥感が漂っているのは、七日後に控えた可愛い妹の誕生披露の場に、今の父王の姿を晒したくないと思っていたからである。
確かに数年前から体調がすぐれなくなり、かつての剛健なところが失われはしたが、今ほど弱ってはいなかった。
だが、ここ数か月、父王は見るからにおかしくなった。
元気にはなった。だがその様子は、あまり病気や薬などに知識のない彼でも、どこかおかしいと感じるものだった。
というのも、陽気に振る舞っていたかと思うと、突然「自分は誰だ、ここはどこだ」と喚き散らしたり、死んだ后がまるで生きているかのように独り言をつぶやいたり、物に当たり散らしたかと思えば丸一日眠り込んでしまったりと、まるで昔の父の面影がなくなっているのである。
マクシミリアンは、あの豪胆な父が脂汗を額に浮かべ、震える手で物を食し、時折涎をたらしながら薄ら笑いを自分に向ける表情がたまらなくつらかった。特にその針のように狭まった瞳孔の青い目で見られると、滅多なことではものに動じない彼でも、心が騒ぎ、落ち着かない気分にさせられるのである。
半年前に弟セドリックが北の帝国から友好使節も兼ねて伴ってきた薬師でもある魔道士ユースフ・ハジブは、歳のせいもあると診立て、なにやら細々とした食事の材料の指示や、薬の処方をして父王に服薬させていたが、結果、今のような状態になってしまっており、マクシミリアンは納得がいかずにいた。
本音を言えば、あのユースフという魔道士は気に入らなかった。いや、魔道士全般が、彼にとっては気に入らない存在だった。半年前の帝国との交渉も、彼自身はあまり乗り気ではなかった。帝国の評判があまり良くないからというのではなく、単純に魔道士とつきあいたくなかったからだ。だがグレートシルバー山脈を挟んでいるとはいえ、隣国同士、没交渉でいるのは具合が悪いのも理解できた。それに、あちら側から友好の手を差し伸べてきたのを無下に断ればどうなるかくらい、肉体派のマクシミリアンでもわかった。
父の奇妙な症状をどうにかしてくれとユースフにはしつこく言ってはいるが、魔道士は「このようなお加減になってしまったら、気長に治療していかねばなりません」と言うばかりで埒があかない。そうこうしているうちに、いつの間にか妹の誕生披露の会の日程が組まれ、王室主催の会に国王不在というわけにもいかぬと、こうして彼が別の薬師に頼るべく馬を走らせることになったのである。
最悪、その当日だけでも健常な状態にできれば良い、とマクシミリアンは考えていた。すでに国王の身体が思わしくないことは知れ渡っていたし、そこに何の根拠もなく尾ひれがつき、王室内がもめているというような噂がまことしやかに広まっていることも知っていた。そのような中で、奇矯な振る舞いを国王がすれば、何となるか、と彼は暗澹とした心持になるのだった。それも、彼が愛してやまない妹の15歳の誕生日という、晴れの日なのだ。決して愛しい妹に哀しい思いをさせるわけにはいかなかった。
彼はあまり物思いにふける性質ではなかったが、こと、マリーのこととなると我が身よりも深く思い込んでしまうのが常だった。歳が離れているせいもあるのだろうが、あの愛くるしくもおてんばな妹は彼の掌中の珠だった。彼女の頼みならなんでもきいてやった。甘やかしすぎたかもしれなかったが、あの笑顔を見れば、どんなことでもできる自信と勇気が湧いた。そう、彼女は彼の生き甲斐に近かった。
と、マクシミリアンの心が最愛の妹に馳せていた時、彼の本能的な感覚が何かを告げ、思考を止めさせた。
群青色の視線が森に続く雑草と小石だらけの整備されていない小道の先に向いた。
そこに何があったか。
マクシミリアンは凛々しくもすずしい目元を驚きに刮目させ、慌てて手綱を引いた。同行していた衛兵たちもそれを目撃し、馬をとまらせていた。
《なんだ、あれは…!》
マクシミリアンが畏敬と驚愕のこもった呟きを漏らす。
彼らが立ち止まった場所から10メートルほど先に、天から虹色の輝きが降り注ぎ、その中に人影がうっすらと浮かんでいた。その人影は虹色の輝きを吸収するようにして輪郭を形作り、彼らが息をつめて見守る中、はっきりとした姿でそこに現れたのである。
それは教会の教父が着ているようなスタンドカラーの長めの上着を着ていたが、色は黒ではなく明るい灰色だった。そして何より際立っていたのが、神々しいほどに輝くその豊かな髪と快晴の空のような色をした眼差しだった。
忽然と現れたその者は静かに彼らの方へ近づいてくると、穏やかな低い声音で話しかけてきた。
《貴殿がマクシミリアン第一王子殿ですね?》
マクシミリアンが頷くと、その者は丁寧な手つきで手にしていた短剣を差し出し、言った。
《唐突なことで驚かれるとは思いますが、貴殿の妹君が何者かに襲撃され、無事ではありますが、現在、大変困った状況に陥っています。これは妹君からの預かりものです。どうかこの短剣にかけて妹君の頼みをきいていただけるよう、言付かってまいった次第です》
《襲撃だと? それはまことか?!》
《はい。詳しい話はご本人からお聞きになられた方がよろしいかと》
マクシミリアンは、差し出された短剣を受け取り、ウェーブした髪を肩に垂らした人物をじっと見つめながら、
《確かにこれはマリーに私が与えたものだ…しかしなぜこれをそなたが持っている?》
《…妹君の正義と私の正義が相通じたからでしょう。ではどうか妹君のことをご案じくださいますよう》
と、その者は言い残すと、今度は目の前で虹色の輝きの中に吸い込まれ、まるで空気にとけるようにして消え去ってしまった。
しばし、誰もが動けずにいた。今のはなんだったのか。魔法と言う現象には馴れてはいたが、人間があのように現れ、消えるなどということにはであったことがなかった。
不意に、マクシミリアンの脳裏に愛しい妹のことが想起されると、この不可思議な現象の理由が腑に落ちたように、彼は表情を敬意に輝かせて天を仰いだ。
《これは天啓なのだ! 聖イグナーツが私に報せてくれたのだ! 我が愛する妹が危難に遭っていると! こうしてはおれぬ! 妹が悪しき手に二度と触れられぬよう、私は守らねばならぬ!》
マクシミリアンは迷うことなく馬首を巡らすと、やってきた道のりを王都に向かって引き返すために、馬に鞭を入れた。
さて、一方のキリルがファンロンに転送されて帰艦すると、ジルコンが転送室のコンソール盤の上にちょこんととまっており、開口一番に言ったものだ。
「あの王子、単純馬鹿だなあ? 天啓だとよ!」
キリルはジルコンが肩に飛び移るのに任せてブリッジのある階層へ上がるためにエレベータに乗りながら、優秀な陽電子脳を持ちながら口の悪いドロイドをたしなめた。
「そんなふうに言うものではないよ、ジルコン。そのおかげで私たちの存在を深く疑われずにすんだのだからね」
「まっ、そうなんだけどな」
とジルコンがいやいや肯定する間に、エレベータはブリッジに到着し、キリルは音声コマンドでコンピュータに指示した。
「コンピュータ、先ほどのDNAデータを引き続きトラッキングしておくこと。艦は先に王都上空に引き返す」
「了解」
馬なら半日以上はかかる道のりを、ファンロンであればほんの一瞬である。
しかし、キャプテンズシートに収まり、指を組み合わせたキリルの表情はどことなく冴えなかった。
「なんだい、うかねえツラしやがってよ。短剣の毛髪でDNAサンプルを採って、そいつでトラッキングできたんだ、大成功じゃねえか」
「そのことではないよ、ジルコン」
キリルの蒼い眼差しがすうっと細まる。
「…あの王女が話していたことが気になる…第二王子が本人ではないという、彼女の直感のことだ。もし仮にそのようなことになっていたとしたら、いくら第一王子が国王の勅令を取り下げようとしても、第二王子が邪魔をするかもしれない。いや、第二王子は傀儡で、その背後の者がすでに王家に入り込んでいる可能性もある。国王の勅令自体も偽装、ないしは強制して書かせたものかもしれない。この事件は意外に根が深いというか、大規模な陰謀のような気がしているよ」
「そんなに気になるなら、またおいらを使って、そのクローンくせえ野郎をスキャンすりゃいいじゃねえか」
キリルは微苦笑をドロイドらしくない短絡的な応えに投げた。
「相手は完璧に近いクローン人間を作り出せるのだぞ。もちろんこの世界は科学的世界ではないが、その代わりに魔法と言う、我々の論理にはあり得ない超常現象がある。むやみに私たちの手の内を晒してしまうのは危険だよ」
「でもよ、そういう類のことは、連中、てんでだめじゃねえかなあ? 怪人相手におっぱじめるのは得意でもよ、スパイだの陰謀だの、人間の欲得ずくの問題にはむいてねえ」
キリルはレイジュウジャーたちのことを思い浮かべ、「くすっ」と笑い、
「確かにお前の言う通りかもしれんが、今回ばかりは辛抱強くなってもらうしかないな。特にタイガにはつらいことだろうが、我慢してもらうしかない」
「あの脳筋チビ野郎が何日もつか、賭けるか? キリル」
「…さあて、何日かな…」
と応えたキリルだったが、その実、獄につながれる大牙のことを非常に心配に思っていたのである。キリルにとって、レイジュウジャーの誰もが大切な存在だった。だからあの王子がろくに自分の存在に疑心暗鬼にならず、一目散に王都へと戻った気持ちがよくわかるのだった。
人を想う心がうまく作用すればいいのだが、とキリルは考えながら、キャプテンズシートに深々と座ると、しばし目を閉じた。
*****
予定よりずっと早く帰還したマクシミリアンを驚きの様子で王城の衛兵たちが見送り、その血相に王城内の召使いたちがとびのくほどの勢いで、彼は妹の居室へと大股で向かった。これを、ひっそりと伺う者の存在があったことに、彼は気づくことはなかった。
扉の前に、侍女オクタヴィアが質素な椅子に腰かけ、護衛用の軽鎧姿ではなく、城内で着る薄墨色のドレス姿で殊勝でいて断固とした顔つきで刺繡をちくちくとやっていたが、大股でこちらに近づいてくるマクシミリアンに気付き、刺繡枠を置いて立ち上がり、少しの意外性をこめて言った。
《どうなされたのですか、殿下。今日は薬師のもとに…》
《薬師も大切だが、マリーの方が大切だ。襲撃されたと聞いたが?》
オクタヴィアはここで初めて驚いた。
《どうしてそのことをご存知ですか》
マクシミリアンは奇跡に遭遇したからだなどと言って、現実主義のオクタヴィアの小言めいた言葉にかかずらわっていたくなかったので、彼女にも来るようにと手で示しながら、
《虫の知らせと言うものだ、オクタヴィア。どうせお前のことだ、妹の話などきちんと聞かずに禁足させているのだろう? 一緒に彼女の話を聞こうではないか》
と、彼らしい乱暴なノックをした。
《マリー、入るぞ》
先方の許可など聞かずに、彼は樫の扉を押し開いた。
その途端に飛び込んでくるようにマリーの華奢な身体がマクシミリアンの広い胸に抱き付いてきた。
《お兄様…!! ああ、マリーの願いは届いたのですね!》
マクシミリアンは懐にしまっていた、彼女の短剣を見せると、言った。
《輝ける髪をした者からこれを渡されてね。お前が危難に遭っていて、困っているから助けろと言われたのだ。お前もあの輝ける髪をした者に会ったのか?》
マリーは大切そうにその短剣を胸に抱くと、小さく首を振った。
《あたくしのところへは赤い御使い様がやってまいったのです。見たこともない大きな鳥のお姿をしてましたが、あたくしの願いを知っていらっしゃいました》
《お前の願いとは?》
マリーは、兄のまっすぐな視線からやや顔をうつむけ、少しだけ恥ずかしそうに応えた。
《…今牢に入れられている者を助けたいのです……あの人は無実です。あたくしは知っているのです。でもきっと誰もあたくしを信じてはくれないわ……オクタヴィアだってあの人を助けようとはしてくれないのですもの…》
オクタヴィアは無表情で言った。
《国王様の決断が下りたのです。それ以上に正しいことがありましょうか?》
マクシミリアンはひとまずマリーをベッドに腰掛けさせると、自分は椅子を傍に引っ張ってきて座り、尋ねた。
《信じるも信じないも、話してくれなければ始まらないよ、マリー。さあ、落ち着いて、一つずつ話してごらん》
マリーは兄と侍女の顔を見比べてから、恐る恐る打ち明け始めた。セドリックのこと、父王の病気のこと、魔道帝国のこと、そしてそのことに気付いているのは自分だけで、誰も疑っていないこと。そして今日の襲撃は同行していた者ではなく、自分を狙ったということ。
すべてを聞き終えたマクシミリアンは、「うーん」と唸って腕組みをした。
《セディの奴が偽物だとは、少々突飛なように聞こえるが、確かに魔道帝国の使節がやってきてから父上の様子が顕著におかしくなり始めたとは思う。本当にお前が狙われたのか? オクタヴィア、お前は傍にいたのだろう?》
侍女は無表情のまま応えた。
《毒付きのナイフは屋根の上から投擲された模様でした。その時姫様は見知らぬ若者と一緒に歩いており、どちらを狙っていたかまでは定かではありません》
そして思い出したように付け足した。
《その若者ですが、見た目に寄らずかなりの使い手で、襲撃者6名をあっという間に昏倒させました。冒険者というには妙ななりをしていましたが、あの動きは相当の腕利きと見ました》
《…ふむ》
マクシミリアンは綺麗に剃った顎を撫でながら、
《その襲撃者はどうしたのだ》
オクタヴィアは首を振り、
《私はずっと姫様のおそばにおりましたゆえ、衛兵の方でどう処分したか、関知せぬところでございます》
《そのことについては、私が答えられると思うよ、兄さん》
いつの間にいたのか。マリーの居室の扉が開き、そこに寄りかかるようにしてセドリック第二王子が立っていたのである。
この兄弟は対照的だ。
兄マクシミリアンは褐色の髪を短く刈り込み、太い眉の下の目は群青色で涼やかだが、一度こうと決めたら完遂するまで諦めない芯の強さがあった。長身で体格も良く、王族にしては剣の腕もたつ武闘派だった。
一方の弟セドリックは母に似たか、どこか影の薄いところがある。金褐色の髪は緩く波打って肩の辺りで切りそろえられている。背が高いのは似かよっていたが、線は細く、剣よりも本をたしなむ方を好み、多少の魔法を操れた。
共通しているのは、この歳の離れた妹を愛する心だった。いや、今は違う、とマリーは思うかもしれなかったが、とにかく、以前はそうだった。
セドリックは遠出姿のままの兄を意外そうに見ながら続けた。
《兄さんの過保護振りが高じてこうなったのかな? にしても、戻ってきたのは奇跡のようなものだよ。なんといっても妹が狙われたのだからね》
マクシミリアンはタイミングよく姿を現した弟を問いただすこともなく、話題を引き戻すように言った。
《それで、その襲撃者はどうなったのだ。当然牢に繋いであるのだろうな》
セドリックは肩をすくめ、
《詳しくはわからないけれど、自白したということで何等か刑が減刑されたらしくて、国外追放になったようだよ》
《王族に刃を向けたと言うのに、たったそれだけの刑ですませたのというのか!》
《私に怒らないでくれよ、兄さん。彼らは逆に、首謀者によって口封じをされそうになったのだということらしい。その首謀者が、今牢につながれている、妙ななりをした若者ということになっている》
ここでマリーがベッドから飛び降り、セドリックの方に駆け寄ると、チュニックの胸元を掴んで必死に言った。
《セディ兄さま! マリーは断言できます! あの人は絶対にそんな人ではありません! あの人は濡れ衣を着せられているのです! 御父上は、御父上は、間違っておいでなのだわ!》
セドリックは穏やかながら、どことなく冷めた青い眼差しで妹を見下ろすと、
《お前は父上を嘘つきだと言いたいのかい? 父上が間違ったことなど、これまでにあったかい?》
マリーは黙らざるを得なかった。彼女の記憶の中の父は常に正しき国王であり、自分を愛してくれる存在だった。
だけど、とマリーは思った。今の御父上に、正しいご判断ができるのかしら、と。
彼女の疑問を代弁するかのように、マクシミリアンが言った。
《一体どんな根拠で今回のような成り行きになったかまだつかめんが、あまりに性急な処刑決定だと感じる。父上にじかに尋ねるしかあるまい。セドリック、お前は衛兵隊本部に行って、その襲撃者の自白を聞き取った衛兵と、国王の勅書をもう一度こちらの手に戻すよう、隊長に伝え、その衛兵と共に出頭するように、言ってきてはくれないか。マリー、オクタヴィア、私たちは国王の元へ行くぞ》
マリーには、セドリックの表情が硬くこわばったように見えたが、目の錯覚かもしれなかった。彼はマリーの涙のたまった瞼にそっと唇を寄せてから、言った。
《全く兄さんは人使いが荒いよ。マリーのこととなると目の色を変えるんだから》
《お前は心配ではないのか》
《もちろん気がかりだよ。こんなに身体を震わせるほど怖がっている妹を誰が心配しないと思う?》
《では早く行ってきてくれ。我が国が無実の罪の者を処刑したなどと言う汚点を残すわけにはいかんのだ》
肩をすくめて出て行くセドリックをじっと見送ったマリーに、マクシミリアンがそっと近寄り、肩をゆする。その拍子に彼女はぎくりと大きく身じろぎをして長兄を見上げた。その青い、涙をためた両眼が恐怖のせいで見開かれていることに気付いた彼は、眉を寄せて尋ねた。
《どうした、マリー?》
マリーは凍えた小鳥のように兄の身体に身を寄せると、掠れた声で言った。
《……セディ兄さまの唇……》
《それがどうした》
《……死人のように冷たかったのですの……凍り付くほど冷たかったのですの…》
《まさか》
《……マリーにもわかりません……でもやはりセディ兄さまは昔のお兄様ではありませんわ…ええ、絶対に》
マクシミリアンは妹をしっかりと抱きしめると、断言した。
《大丈夫だ。私がついている。お前が悲しむようなことは決してしない。だから安心するのだ。私たちには奇跡の力がついている。きっと今もどこかで聖人様がお見守りになっていてくださる。だから泣くな。そして私を信じろ》
《……はい、お兄様》
マクシミリアンは、妹の肩を抱くようにして彼女の居室を後にした。その背後からオクタヴィアが足音もなくついていく。
この一部始終を、例の短剣にこっそり取り付けておいた小型送信機からモニタしていたキリルは、「ふーむ」と考え込んでいた。
「……とりあえず国王との話し合いにはなったが、あの第二王子の現れ方はかなり怪しい……やはり城内に別の潜入者がいるとみて間違いなさそうだ……短剣もそのまま持って行ってほしかったが、それは叶わず、か……あとはあの第一王子がどこまでやれるかにかかっている……」
そしてキリルは通信チャンネルを開き、言った。
『タイガ、私の予想が当たれば、時間をおかずして君に危険がふりかかる。牢内で襲撃もできないだろうから、おそらく毒だ。何か食事のようなものが運ばれても、決して手をつけないように』
『ひえっ、なんだよ、それ! 死刑宣告されてんのに、もっと早く死ねってか?!』
大牙が怒りと驚きの声を返してくる。キリルは冷静に続けた。
『君の存在はスケープゴートでもあるが、陰謀の目撃者でもあるからな。今、第一王子が戻ってきたことによって、陰謀者の計画にはずれが生じている。君の存在自体もずれの原因になっているのだがね。そのずれを修正するには君を殺すしかない』
『くそっ、わかったよ、ボス。『スニッパーズ』を出されてもぜってー、食わねーから。つか、マジでこんな状態、サイテーでクソッタレなんだけど』
『わかっている。だが今は辛抱する時だ。動く時は必ずくる』
『わかってる、畜生、わかってるよ、ボス。っと……言ってる傍から誰か来やがったぜ』
『食い意地張らないようにね、タイガ』
朱音が真剣さ半分、茶化し半分で言葉を挟む。
『ちぇっ、俺、何日断食すりゃいいんだ?! ボス、『スニッパーズ』、転送してくんねえか?』
『考えておこう。それと、他の三人だが』
キリルは、何も知らずに大牙への毒入り食事(時間経過的にも自然ななりゆきだった)を運ぶ牢番の姿を想像しながら、続けた。
『王城内にはすでに王室を転覆させようとする一味が潜入していると推測される。だが、すべての手勢を城内に潜ませることは難しい。ということは、外部に潜ませていることになる。タイガを襲った連中もそういった者共だろう。となれば、外部と接触を持つ必要性が生じるはずだ。その人物の特定をしてもらいたい。最も疑われるのは第二王子セドリックだが、王子と言う体面上、表立っての行動は控えるかもしれん。とにかく、王城から出入りする者のチェックと、疑わしいと思った者のトラッキングをしてくれ。刻限は決められている。君たちの眼力と直感が頼りだ』
『悪党には鼻が利きますから任せておいてください、ボス』
朱音が胸を張って応えているのが見えるようだ。
すると、大牙が奇妙な声を発したので、通信していた仲間たちが息を飲んだのが感じられ、キリルはやや身を乗り出して言った。
『どうした、タイガ? まさか、何か食べたのではないだろうな?』
『食べるもんかよ、こんなもん。毒入りじゃなくてもぜってー食わねえ!なんだよ、このゲロみてーな食いもんはよ!』
『…囚人相手にフルコースが来るとも思わないけれど』
龍児の冷淡にも聞こえる声が聞こえ、朱音のくすくすという笑い声が大牙の堪忍袋の緒をぶっちぎった。
『お前ら、ひそかに俺の置かれてる状態を面白がってるだろ? くそっ、お前ら、ちゃんとボスの言うこと聞いて悪党をひっくくってきやがれ!』
『お前も王女様のためにそこでおとなしくすきっ腹をかかえとるんじゃな』
玄人もこんな具合である。大牙の誰彼構わずに喚き散らす通信を切ったキリルは、静かになった中でもう一度残りのレイジュウジャーたちに言った。
『タイガの気持ちもわからなくはない。だからできるだけ早くこの問題を解決できるよう、我々は王族の人々に手を貸さねばならない。単純に怪物を倒すという状況でないのは君たちにとっても忍耐を求められることになるが、こうなってしまった以上、この王室を襲う闇を完全にはらいのけなければならないのだ』
『了解してます、ボス』
と龍児が応え、
『とりあえず僕らは宿を決め、そこを拠点に城と宿、それから、毒が多用されていることから、そういった類のものを売る店を重点的に当たってみます』
『うむ、それでいい。私は引き続き王城内のモニタと、危急的な問題が起きた場合は、ジルコンを飛ばそう。何か気付いたことがあれば即連絡を取り合うように。では通信終わり』
「ふう」とため息をついてキャプテンズシートに身体を預けたキリルに、ジルコンが言った。
「お前のポーンどもは、きちんと動くかな」
キリルは微苦笑を浮かべてオウム型ドロイドを見やり、胸の上で手を組み合わせ、応えた。
「確かに今回はチェス盤に似ている……キングには今にもチェックメイトがかかりかけ、ナイトは一つ黒にとられている…白のクイーンは頭の固いルークに守られて身動きが取れない…だが切り札が残っている…我々のポーンが一つ、敵陣地に到達している。つまり、プロモーション(昇格)ができるということだ。ふふふ…タイガを捕らえたのはあちら側のミスだったかもしれんな」
キリルの蒼い眼差しが不敵にきらめいた。こういう表情は、レイジュウジャーたちがいるところでは滅多に見せたことのない彼である。
「…残るもう一つの白のナイトがどんな動きをするか楽しみだ…動線は少ないが、他の駒を飛び越えられる…そのようなことをしてくれると、こちら側にぐっと有利に働くのだが…」
このキリルの期待は、白黒どちら側にも反映されることになる。




