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四神戦隊レイジュウジャー  作者: 沢木佑麗/雲月
第二章 カーマイン王国編
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『救世主の御使い』

《オクタヴィアの石頭! どうしてあたくしの話を信じてくれないの?! もう! ここから出して! あたくしはタイガを助けなくてはならないのです! あなただって見ていたでしょ?! タイガはあたくしを助けてくれたのですよ! 決して悪い人なんかじゃありません!》

 マリーは、外から鍵をかけられた自室の扉の前で、おそらく部屋の前に陣取っているであろう、侍女のオクタヴィアに向かって喚いていた。

 しかし、分厚い樫の木の扉の向こう側からは何の返答も戻っては来ない。こんなことを小一時間も続けていたマリーの喉はからからに乾き、痛みさえ伴っていた。

 彼女はティテーブルの上にある水差しから、グレートシルバー山脈の泉から湧いている貴重な水をグラスに注いでごくごくと飲むと、子供っぽくふかふかの天蓋付きベッドの上に座り込んだ。

 マリーは、大牙の身柄が危機的状況にまで落ち込んでいることを知らなかったが、自分が狙われたわけをおおよそ推察していたので、彼にも自分たちが原因になっている事態の火の粉が降りかかるのではないかと危惧していた。

(そんなことは絶対にだめ。このことはあたくしたちの問題なんだもの。あの人を巻き込むわけにはいかない。そうよ、あたくしのために美味しいものを買ってくれて、毎日退屈で怖くて哀しくて仕方なかったあたくしを笑わせてくれて、ちょっと驚かされもしたけれど、手も繋いでくれて…すごくあったかかった…見たこともないお洋服を着ていたけれど、すごく強くて……)

 自分を投げナイフから守ってくれた時の、大牙の鋭い眼差しを思い出し、マリーは一人、顔を火照らせた。

 七日後には15になるマリーである。本来ならとっくにどこかの貴族と結婚していてもおかしくない年頃であったが、生来のはねっかえり気質が邪魔をしているのと、長兄二人が彼女を猫かわいがりしているのも手伝い、いまだ婚約者も決まっていない状況にあった。

 また、この数年、国王であるダリウス・ド・モンテクレールが床に伏しがちになり、この半年はそれがさらにひどくなったこともあり、マリーの婚儀は二の次になっていた。

 しかし、七日後の彼女の誕生日は久方ぶりに大規模な祝賀行事が催されることになっている。というのも、第二王子セドリックが父王からの言葉として、王家に立ち込めた暗い影を払う意味も込めて、是非にも会を開けと言ったとのことから、当の主役であるマリーを差し置いて、久しぶりの明るい行事に、周囲は底意なく歓迎ムードで一杯なのだった。

(こんなことがあって、誰が楽しめるというの…お父様も臥せってらっしゃるのに……セディ兄さま、何をお考えになっているか、わからないわ……)

 と考えた時だった。

 扉がコンコン、とノックされる音がし、まさに今頭に浮かんでいた者の声が聞こえたので、マリーは一人ぎくりとしてベッドから立ち上がっていた。

《…マリー? 入っていいかい?》

 優しいセドリックの声が厚い扉の向こうからくぐもって伝わる。

 彼女はこの半年余り感じ続けている、漠然とした疑念を頭から締め出すように首を振ると、自分で扉を開けた。

 そこには、緩い長めのチュニックを幅広のベルトで締め、飾り気のないブーツを履いた、普段通りの兄セドリックが気づかわし気な眼差しで立っていた。その背後に、予想通り、オクタヴィアが頑固な物腰で控えているのが見える。

 マリーは兄を室内に招き入れると、オクタヴィアに思い切りしかめ面を投げてから、自分とよく似た目の色をした兄に言った。

《どうなさったんですの? 今日は大聖堂の修復工事に立ち会われるはずだったのでは?》

《そんなことより、お前の危難を知り、駆け付けたのだよ。無事で何よりだった》

 なんとなく、マリーの口元に反発のこわばりが浮かぶ。

《あたくしのことはオクタヴィアがついていますから、大丈夫です。それに、今回はあたくしを助けてくれた者がおりましたの。その人はあたくしの恩人なのです》

《恩人? 聞いていないな。誰だね、それは》

 再びマリーの小さな心の中が大牙の姿と、それに伴う自分でもどうにもできない感情、そして彼の身を案じる思いで一杯になりながら、彼女は両拳を固めるようにして言った。

《オクタヴィアの頑固頭が一方的に衛兵に連れて行かせてしまったのですわ。確かに少し変わった身なりはしていましたけれど、あたくしははっきりあの人があの短剣から守ってくれたと断言できます。ねえ、お兄様、衛兵のところへ行って、彼を出してあげて?》

 セドリックは金褐色の髪を掻き上げながら、困ったように応えた。

《だから衛兵隊本部が騒然としていたのだな……久しぶりに処刑の通達が出たということとかで、慌てて処刑台を組みに行っていたよ》

《処刑?!》

 マリーの顔色が一気に蒼ざめた。セドリックはそんな妹の様子には構わずに続けた。

《お前の誕生披露パレードが終わってからだとか言っていたな。だから私も言っていただろう? 城の外は何が起きるかわからないからむやみに出るなと》

《処刑だなんて、そんなこと、嘘です! やめさせて?! あたくしを連れて行って、衛兵たちに証言しますから、ねえ、お兄様、あたくしを彼のところに連れて行って!》

 セドリックは穏やかながら冷淡に首を振った。

《処刑の命令は国王が出すものだ。お前の一存じゃどうにもならないよ》

《でしたらどうしたらいいの?!》

《精神不安定な父の後見人になっているマックスがいれば取り消せたかもしれないけれど、あいにく兄は今外出中だ。父の心の病を癒せる薬を処方できるという薬師のもとを訪ねているはずだからね》

《いつ戻ってくる予定ですの?!》

 セドリックは肩をすくめ、

《急いで馬を走らせても、戻るのは明後日くらいにはなるんじゃないかな》

《そんなに待っていられませんわ! あの人は絶対に無実です! やめさせなければ! お兄様、あたくしを連れて行って! こんなことが起こるとわかっていて、あたくしの誕生のお祝いができて?!》

《落ち着きなさい、マリー。もう決まってしまったことなんだ。証拠もあるし、父上がむやみに断を下すとでも思うのかい? お前ももう15になるのだ。悪事が正されることは当たり前のことなのはわかるはずだ。もしたとえそれがお前が私的に関わっている者だとしても、そこに私情を挟むことは許されない》

 確かに、処刑は必要なものではあった。だがそれは信賞必罰の概念のもとにたって初めて、処刑と言う残酷な最高刑が容認されているのであり、決して無実の者が処刑台に散るような間違いは起きてはならないのである。

 それがまさに起きようとしている、それも華やかな祝賀会のあとに、とマリーは背筋が寒くなった。そして、眼前の柔和な顔立ちをした兄の表情の中に、彼女が違和感を抱く何かを見つけ、絶望感に目の前が白くなりかけた。

 彼女はくるりと背中を向けると、兄に言った。

《…気分がすぐれませんの。少し休みたいので、お兄様、マリーはこれでお暇したいですわ》

《そうだね、今日は大変な一日だったのだし、ゆっくりお休み。七日後にはお前の祝賀会があるのだからね。それまで十分に身体をいとえよ》

《…はい、セディ兄さま》

 背後で立ち去る気配がし、扉が静かに閉まると、彼女はわっとばかりにベッドに飛び込み、絶望と焦燥と怒りと自らの力不足に駆られて、泣きじゃくった。

(あたくしには何もできない! 何も! あたくしを救ってくれたあの人に何もしてあげられない! 王女がなんだというの?! ただの無力な女の子でしかないじゃない! ああ! あの人のあったかい手にもう二度と触れないなんて?! 聖アウロラ様! あたくしのできることならなんでもいたします、だからもう一度あの人の手に触れさせてください!)

 繻子織のベッドカバーがぐっしょりと濡れるほどに涙を流して泣き疲れたマリーの耳に、微かな、ガラスをつつくような音が聞こえてきた。彼女の部屋は城の小さな尖塔の一角にあり、窓を外からたたくには相当に優れたローグでも困難な場所にあったから、空耳かもしれなかった。

 しかし、その時のマリーはどんなものでもすがりつきたい心境だったので、涙で腫れ上がった眼で窓の方を見た。

 パッと目に飛び込んだのは、真っ赤な色だった。そしてそれがハトや山ガラスなどよりもずっと大きな鳥であることがわかった。それが窓の縁に止まり、こつこつ、とその太い嘴でガラスをつついているのである。

 マリーはがば、と飛び起き、窓を開いた。さっと新鮮な空気が流れ込むのと同時に、極彩色の羽根を持った鳥が軽く羽ばたいて室内に入り、手近にあったティテーブルの上にとまった。

 窓をきちんと閉めたマリーは、初めて見る鳥に目を丸くしていたが、その鳥が言葉を発したので、ますます仰天して何歩か後ずさった。

《突然にこのような真似をすることは不躾とは思ったのだが、他に方法がなかったのでね、許してほしい》

 それはジルコンだった。だが声はジルコンではなく、キリルのものだった。

 これがキリルの方策であった。ジルコンならば自由に動けるし、本体自体にも人工知能が有されている。そしてその陽電子脳とファンロンのメインコンピュータを接続し、そこにキリルのコマンドが反映されるようになれば、こうしてまるでキリル本人がそこにいるかのようにジルコンを操ることができるわけだ。

 マリーはまだ驚きで身体を強張らせていたが、キリルはジルコンの目を通して彼女が味方になると確信して話を続けた。

《私は、今、牢につながれている者を救いたいと考えている。彼に聞くところによると国王勅令が下りたようだね? それを取り消すにはどうしたらいいか、君は知っているか?》

 マリーは、相手が人語を正確に操る不可思議な鳥であるにも関わらず、まるでそれが救世主であるかのように思われ、咄嗟にひざまずいて手を組み合わせていた。

《あなたはアウロラ様の御使いですか?! あたくしの願いが届いたのですか?! ああ! なんでもいたします! あたくしの知っていることならなんでもお話しいたします! あの人が助かるのなら、なんだって!》

 ファンロンのメインビューアにジルコンの視覚に映るマリーの、熱のこもった懇願の表情と向き合っていたキリルは、場違いな思いに苦笑したくなった。

(まるで古い映画のパロディのようだが……こちらは命がかかった大問題だ)

 キリルは慎重に言葉を選んで続けた。

《先に君の兄君に会おうかと思ったのだが、どこを探しても見つからなかった。今、不在なのかな?》

《セディお兄様はつい先ほどまでここにおりましたけれど…》

 と彼女は言葉を尻つぼみにした。その顔色の中に、深刻さと恐怖、そしてそれを乗り越えようとする気概を読み取ったキリルは、彼女に言葉の先を続けさせるようにジルコンの頭を傾げさせた。

 マリーはぐ、と唇を引き結ぶと、これまで誰にも話したことがなかった自分の恐ろしい推測を小さな声で話し出した。

《セディお兄様にはお会いにならないで。もしお会いになったら、もっと悪いことになるような気がしていますの……これはあたくしだけの秘密なんですけれど、御使い様には隠しておくことはできませんわ。それに、きっと信じてくださいますわね? あたくし、決して嘘はいいません。こっそりお城は抜け出しますけれど……。御使い様、セディ兄さまは、いいえ、あの人は、お兄様ではありません。わかるんです。姿かたちは同じです。声も表情も同じです。でも、わかるんです。あの人の心臓にはおがくずか何かが詰まっているような、そんな感じがするのです。なぜお兄様がそんなことになっているのか、あたくしにはわかりません。でも、お父様の御病気が重くなられたのと、お兄様の御様子がおかしくなったのが同じころなのです》

 キリルは片眉を上げてこの告白を聞いていた。

 すぐに考えたのは、クローン人間である。そしてこれがこの幻想世界そのものの中でも可能であろうことは、先日のキマイラ的生物との戦闘のデータを『霊獣チェンジャー』から抽出していたので、十分に想像できた。

 王族の首のすげ替えをして王国の転覆、ないしはのっとりを企んでいる者共がいるのではないかと、この国に垂れこめる問題が単なる骨肉を争う王位継承問題ではない気がし、キリルはほんの思い付きでレイジュウジャーたちをこの王都に行くよう勧めたことを少しだけ後悔していた。しかし、逆に、彼らがいなかったら、この可憐な王女は殺されていただろうし、王国も得体の知れない魔の手で崩壊させられていたかもしれなかった。

 そんな正義にもとるような行為を見逃しておけるはずはなかった。キリルもレイジュウジャーの『麒麟』なのである。

 マリーは相変わらず告解をするように続けた。

《あれは半年くらい前でしたわ。北のオーカー帝国が、お父様のご容態をお見舞いする書簡を送ってきたのです。それには、癒しの技に長じた魔道士を一人紹介したいとのことで、ぜひ一度会ってほしいと書かれておりました。あたくし、オーカーの魔道士は好きじゃないのですけれど、どこの国より魔法には詳しい国ですから、あたくしたちは喜んでその申し出を受け、セディお兄様が特使として帝国に迎えに行ったのです……そして戻ってきたお兄様を見て、あたくし、妙な気分になったのでした。でもそのことに気付いているのはあたくしだけのようなのです。マックス兄さまもお父様も、使用人の誰も、セディ兄様がお兄様じゃないなどと、考えてもいないようなのです。ひょっとするとあたくしの思い違いなのかもしれないと何度思ったか知れません。でも、今日の襲撃で……》

《君が気付いていると勘づかれて、口封じをしてきた、と思ったんだね?》

 とキリルが言葉を挟むと、マリーは瞳に涙をためながら頷いた。

《でも、むしろあたくしが死んでいた方がよかったと思いますわ……! だって、無関係な人を巻き込んで…》

《君は死んではならない。いや、誰も死んではならないのだよ。安心しておいで。私がなんとかするから。そのためには、君の協力が必要だ。君の一番上の兄君の行方は知っているかね?》

 マリーは肩を落とした。

《わかりません。ただ、都から離れた薬師のところに向かっているということだけしか…でもマックス兄さまなら、きっとどうにかしてくれると思います。いえ、してもらわなければなりません。マリーの一生のお願いです》

 純朴そのものに手を組み合わせ、祈るように言った王女を見、キリルは思った。体よく長兄を追い払って、その間に妹を消しにかかるとはなんと卑劣な仕業かと。そしてもし今回のように失敗しても、国王の次に権威のある長兄がいない間に物事を処理できるよう、三日という猶予を持たせる場所にわざわざ向かわせたわけだ。つまり、処刑の期日は七日後だが、悪くすれば、この三日のうちになんらかの闇工作がなされる可能性があるということになる。

 だが彼は諦めなかった。めまぐるしく思考が回転する。

《ならば、何か兄君の持ち物を持っては来れないかね? ブラシでも、スカーフでも、マントでもなんでもいい》

《……だめですわ…あたくし、今日の外出ですっかり叱られて部屋に閉じ込められてますもの…》

 と、しょんぼりとなったマリーは、突然ハッと顔を上げ、ベッドサイドの小机の引き出しから小さな護身用と思われる短剣を持ってきた。そしてその柄の尻の部分の丸いガラスのようなところを指し、言った。

《思い出しましたわ! この中に、マックス兄さまの髪の毛が入っておりますの! あたくしの12歳の誕生日に贈ってくれたものですの。あたくしの無事安全を祈願して祝福してもらった髪を入れてくれたんです。これが御使い様のお役に立てますでしょうか?》

 毛髪とはまさにうってつけだ、とキリルは内心で快哉を叫び、言った。

《その短剣を少しの間貸してはくれないかな?》

《もちろんです! あたくしにできることならなんでもいたします!》

《ではしばし借りていくよ。そして君の兄君を連れ戻し、地下牢につながれている者を解放するよう、なんとかしてもらおう》

《ああ、感謝いたします、御使い様! あたくしにできることがあればなんなりとお申し付けください。あたくし、あの人を救いたいのです!》

《わかっているよ。ではできるだけ早く報せを持ってこよう》

 キリルはジルコンにその短剣を両足に掴ませると、マリーが開けてくれた窓から再び飛んでいかせた。小さくなる窓辺にいつまでも佇んで見つめる王女の健気な眼差しが、キリルの印象に残った。


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