『英雄か災禍の根源か』
ここはいつ来ても薄暗くて地下書庫のようなにおいがしている、とイーディアス・グラントは、都市連邦評議会の席上にあって考えていた。
都市連邦評議会の本部はグレイウォールの東側、職工都市ブリックレッドの衛士隊詰め所の隣に、大理石に彫刻を施されたファサードを持つ美しい建物の中にあった。
評議会は12人の各都市から三年ごとに選出される4人ずつの評議員からなっており、定期会議は30日に一度開かれ、各都市の現況報告や、三都市で解決せねばならない議案などの論議のなされる場だった。
衛士隊のイーディアスがここに来ているのは、事実上、都市の舵取りをしているのは衛士隊だからである。都市の治安と防衛を担い、各都市間の通行税や許可証などの手続きを行い、各ギルドの総括も取り仕切っている。それに衛士隊は住人にとって、街の外にモンスターがうろつく世の中、最も身近で頼れる存在であり、お仕着せの白と金のローブを着た評議員などより、ずっと信頼のおける存在だった。
彼の隣には、魔道士のバーナード・マクレガーが座っている。白っぽい金髪を無造作に後ろで束ね、無表情で先ほどからコツコツとスタッフの先を石の床に打ち付けている。それが無性にイーディアスの神経に障っていた。
と、コーン、と木づちが叩かれ、議長が宣言した。
《では、都市連邦評議会今より開会といたす》
知らずのうちにイーディアスの口からため息が漏れる。
その何気ない拍子に、向かい側に座るマウリツィオ・ボリエッロの顔が見え、あちらも気づいたらしく、目顔で合図を送ってきた。彼も退屈しているらしい。イーディアスは肩をすくめ、口を捻じ曲げてその気持ちに同意することを示して見せた。
《第一の議題、モーヴ沖合で頻発していたマーフォーク族との衝突について、衛士隊長ボリエッロ殿より報告があるとの由、発言を願う》
マウリツィオは、いつになく磨き上げられた板金鎧を薄暗い照明の中にほんわりと輝かせて立ち上がると、報告をした。
《マーフォーク族が街や漁船に破壊活動をしていたのは、沖合の海中に怪物が現れ、彼らの漁場となっていた海域を荒らし回り、彼らは生き延びるために仕方なく我々の領域に手を出さざるを得なかったということが判明しました。しかし現在は、海は今までの平穏さを取り戻し、マーフォーク族との関係はより強く良好なものになりました。後日、彼らとの会談が開かれることになっており、モーヴが建都されて初めて、マーフォーク族との交易について話し合われることになっています》
評議員の一人が手を挙げて発言をする。
《その怪物とは一体何であったのか?》
《はい。私はその討伐に参加しておりませんので実際には目撃はしておりませんが、その後マーフォークの族長自らから聞いたところによると、頭に蛸足が幾本も生え、身の丈は我々をはるかに凌ぎ、信じられないような再生力を持っていたとか》
モンスター退治などとは縁のない評議員たちが恐ろし気な吐息をつく。
また別の評議員が言った。
《衛士隊が戦いに参加しなかったということは、冒険者が討伐にあたったのかね?》
《はい、そうです。四人の若い冒険者とマーフォーク族が協力して討伐しました。この四人がまた一風変わった冒険者でして、武器や防具を一切持ち歩いていないのです。ですが、いざ戦闘となると、何と言いますか、物質召喚とでも言うのでしょうか、いきなり彼らの手に、身体に装備されるのです。そしてその強さたるや、名だたる冒険者など足元にも及ばないほどの手練れなのです。なおかつ、その強さを全く奢ることなく、こちらが恐れ入るほど謙虚で慎ましやかな姿勢を貫いているのです。英雄とはまさにあのような者たちのことを言うのではないかと、感服した次第です。マーフォーク族との交易のきっかけを作ったのもかの者たちらしく、我々にとっては街の救い主であると同時に、友好の使者にもなったのです》
これを聞いた評議員たちが、顔を突き合わせて何やら話し込み始めた。
マウリツィオは自分の報告に満足しているように胸を張っていたが、ふと、自分にイーディアスの視線が注がれていることに気付き、彼は言い忘れていたように言葉を継いだ。
《冒険者全般に通達していたマーフォーク族との紛争の鎮圧に対する報酬として、彼らには相応のディナルを支払いましたが、そのほかにカーマイン王国との通行証を発行しました。と言うのも、彼らはグレイウォールでも同様の報酬を得ていたらしく、衛士隊長認可の都市連邦の通行証を所持していたからです。もちろん私も通行証を発行することは妥当だと考えた結果です》
この時ようやく、マウリツィオは薄暗い議場の中で、イーディアスが渋面を作って自分を見据えていたことに気付いた。だがそのような顔をされる理由がわからない彼は、議長に座れと言われるまで立ち尽くしていた。
マウリツィオが腑に落ちない顔つきで着席すると、議長は卓上の羊皮紙の束をめくりながら、言った。
《グラント殿、今のボリエッロ殿の言葉に相違はないか?》
イーディアスは、議場の空気がイライラとし始めるくらい間をおいてから立ち上がると、傍らで怪訝に自分を見やるバーナードを気にしながら、気の乗らない口調で応えた。
《…確かに通行証を直々に発行した冒険者たちのことは覚えています。街に現れたアンデッドのモンスターを討伐するのに尽力したので、その報酬の一つとして与えました》
議長は報告書の文字とイーディアスを見比べるようにしながら続けた。
《それはこの報告書にある、街道沿いの廃教会再建に関わる諸事項として記載されている、二件の魔物討伐であるな?》
《はい、そのとおりです》
議長の顔つきが奇妙にしかめられる。
《その討伐に、件の冒険者が関わっていたのであれば、貴殿も同様の現象を目撃しているはずであろうな? 何故、この点に関しての記述がないのか? それとも貴殿は目撃しなかったのか?》
イーディアスは肩で息をついてから、応えた。
《…いいえ、私も見ました。ですが、敢えて、報告書には記載しませんでした。する必要がないと思われたからです》
評議員の一人がこの言に異を唱えようとするのを、イーディアスは掌で制するようにしながら、続けた。
《確かに彼らの戦いは、今までに経験したことのないものでした。ですが彼らは決してその力を誇示することなく、むしろ秘しているようでした。もちろん、私は、職務ですから、彼らに問いました。その答えを聞き、私は決めたのです。彼らの意思を、目的を遂げさせようと。彼らは決して名を馳せるために旅をしているわけではなく、ただ故郷のしきたりのために旅し、そして再び故郷に戻るために歩き続けているのです。それに、彼らは確かに異質ではありますが、一介の冒険者、そのことについていちいち記載していたら、日々どれほどの報告書を書かねばならなくなるとお思いですか。冒険者は千差万別、どんな技を持っていてもおかしくはありません。むしろその技こそが彼らの「商売道具」なのですから、そのことで必要以上に尋問されたり、ましてやこのような場で議論の的になるとすれば、多くの冒険者がその腕を街のためにふるうことを控え、結果、彼らの手を借りねばならない事態に陥った際、自分の首を絞めることになりかねません。そのような状況をお望みですか、皆さん》
すると、ここで発言したのは、意外にも評議員側ではなく、隣に座っていたバーナードだった。魔道士はさっと手を挙げて発言の許可を得ると、イーディアスの存在など目に入らないかのように話し始めた。
《その件の冒険者のことですが、先日臨時会議で報告しましたエルダー村付近で目撃された謎の光源を探索に行った際のことですが、報告書にもある、第一発見者とされている冒険者、これがこの件の四人であると、私は確信しています。あの時は、謎の光の調査に気を取られ、その者たちに注意を向けることが疎かになりましたが、今となっては悔やまれてなりません。と言うのも、あの光源が生じた場所には大規模な衝撃波が襲った跡があり、魔力の痕跡は感知されませんでしたが、あのような痕跡を残すには、ほぼ間違いなく魔力のパワーが必要であると推測されます。そしてその件の冒険者が、物質召喚のような技を持つとすれば、第一発見者とされる彼らとその光源との関連性が一気に強く浮き彫りになるのです》
イーディアスは、まるであの四人を告発するかのように発言するバーナードの声を、目をつぶり、腕組みをして座り、苦々しく聞いていた。確かに、あの謎の光と彼らとの関係は、彼自身、全く疑っていなかったとは言えない。だが、彼らの振る舞いや人となりなどを見るにつけ、もし関係があったとしても、それが自分たちに何か悪影響を及ぼしているかと思えば、否であると彼は思ったのである。衛士隊長としてはもしかすると職務に忠実ではなかったのかもしれないが、彼はそれ以前にイーディアス・グラントという人間であり、あの四人に対して好感を持ったのだった。だからこういう事態を避けたかったのだが、と、渋り切っている自分を困ったように見ているマウリツィオに対し、余計なことを言ったことを責めたくてならなかった。
《その衝撃波については、貴殿の補足として、魔道帝国の関与をにおわせていたが、まさか、その冒険者たちが魔道帝国の者という可能性はないのか?》
議長がそう問いかけると、バーナードは頷きながら応えた。
《不明であるとお答えするしかありませんが、可能性がないとは言えません。物質召喚は高度な魔法の一つです。魔道帝国には強力な魔道士が多数います。何かしらの実験の最中、グレートシルバー山麓で不具合が生じ、あのような大規模な痕跡を残し、そこにあの四人も残されたと考えれば、腑に落ちるのです》
イーディアスは頭を抱えたくなった。最悪の展開だと思う。
評議員の一人が言った。
《今、その冒険者たちはどこにいるのか? まだモーヴにとどまっているのか?》
マウリツィオが弾かれたように立ち上がり、応える。
《いいえ。すでに街からは立ち去った模様です》
《どこに向かったかは?》
《街の北橋から出て行ったことは衛士から報告を受けてはいますが、その後の足取りについては全く…》
するとバーナードが我が意を得たりといった様子で言った。
《北の山脈を抜けて帝国に戻るつもりかもしれません》
さすがにこの決めつけに、イーディアスは座ったまま反論した。
《モーヴで王国の通行証を出したのなら、そちらに向かった可能性もあります。それに、彼らを帝国の者という前提で物事を運ぶのは時期尚早でしょう》
《しかし、魔道帝国は我々の北側にのしかかる大きな暗雲である》
議長はそう言い、評議員の者たちとしばらく話し合っていたが、一つ頷くと、簡潔に宣言した。
《件の冒険者については、その足取りを追うべく、グレイウォールとモーヴの衛士隊は調査隊を派遣することとする。では次の議案に移る》
議長がブリックレッドの鍛冶ギルドからの鉱山での諸問題について読み上げ始めたのを、イーディアスは暗澹とした思いで半ば聞き流していた。こういう事態になるのを避けたかったのに、より彼らにとって不利な状況になってその存在が明らかになりそうだった。隣で、自分の義務を果たして誇らしげにも見える魔道士に罵倒を浴びせたい気分である。そしてマウリツィオにも。
いっそのこと、衛士隊のことはこのバーナードにしばらく任せて、自分がその調査隊として出向こうかとまで考えながら、淡々と続く会議をやり過ごすイーディアスだった。その脳裏には、あの四人の全く冒険者然としていない姿が思い出され、ますます彼らの自由が守られなければならないという気持ちが強まっていくのだった。




