第6話 『波乱の班決め』
林間学校の班決めをすることになった蓮たち。しかし女子が蓮のもとへ殺到し、急遽くじ引きに。美咲、凛、そして高橋と同じ班になり、波乱の予感が漂い始める。
月曜日。
「……蓮!」
学校へ向かって歩いていると、後ろから聞き慣れた声がした。
振り返る。
「……美咲」
「お、おはよ」
「おはよう」
白石美咲が小走りで僕の隣までやってくる。
「…………」
「…………」
そして、沈黙。
声をかけてきたのは美咲なのに、なぜか何も話さない。
「……どうしたの?」
「え?」
「いや、何か用があったんじゃないの?」
「用っていうか……蓮見つけたから」
「そう」
「…………」
「…………」
また沈黙。
気まずい。
一年前なら、こんなことはなかった。
登校中に会えば自然と隣を歩いて、学校に着くまでどうでもいい話をしていた。
でも今は、そのどうでもいい話すら何を話せばいいのか分からない。
「じゃあ、僕先――」
「あ! そうだ!」
「……何?」
美咲が慌てたように声を上げる。
「結衣ちゃん!」
「結衣?」
「う、うん!」
なんだ急に。
「昨日、結衣ちゃんとちょっと話したんだけどさ」
「へえ」
「土曜日、蓮と遊びに行ったって聞いたよ」
「ああ」
「ルミナモール行ったんでしょ?」
「うん」
「……二人で」
「そうだけど」
「そっかぁ……」
美咲が少しだけ俯く。
「何?」
「別に?」
「そう?」
「うん」
少し歩く。
「……いいなぁ」
「え?」
「な、何でもない!」
「今いいなって――」
「言ってない!」
「いや言ったでしょ」
「言ってません!」
なんなんだ。
明らかに言ったと思うんだけど。
「……私も」
「ん?」
「私も久しぶりにルミナモール行きたいなって思っただけ」
「そう」
「…………」
「…………」
美咲がちらちらとこちらを見る。
なんだ?
もしかして。
――僕と行きたいってことか?
「…………」
いや。
やめろ。
まただ。
また勝手に都合よく考えている。
『あんなデブで醜い奴、好きなわけないでしょ!』
あの日の言葉が頭をよぎる。
美咲はこの前、あれは本心じゃなかったと言った。
僕を傷つけたことも謝ってくれた。
だけど。
だからといって、何でも自分に都合よく受け取っていいわけじゃない。
「……蓮?」
「ん?」
「どうしたの?」
「何でもないよ」
「……そっか」
そのまま二人で歩く。
結局、学校へ着くまで、美咲が「一緒に行きたい」と口にすることはなかった。
そして僕も。その意味を聞くことはなかった。
「はい、お前ら席つけー」
朝のホームルーム担任が教卓を軽く叩く。
「今日は来週から始まる林間学校について説明するぞ」
その瞬間、教室がざわついた。
「やっとか!」
「楽しみ!」
「二泊三日だよね?」
「夜絶対寝ないわ」
「先生ー! スマホ持ってっていいんですかー?」
「その話は後でするから黙れ」
先生が呆れたように言う。
林間学校。
そういえばそんな行事があった。
来週から二泊三日。
山間部にある宿泊施設へ行き、自然体験やレクリエーション、飯盒炊爨なんかをするらしい。
一年前の僕だったらこういう行事は嫌いだった。なにせ班決めでは余る。
バスでは誰の隣になるかで嫌そうな顔をされる。自由時間になれば1人なのは確定、楽しい思い出なんて、できるはずもない。
「…………」
でも。
今はどうなるんだろう。
「それで今日は、向こうで行動する班を決めてもらう」
教室がさらに騒がしくなる。
「先生! 男女混合!?」
「そうだ。四人一組。男女比は別に指定しない」
「好きな人同士でいいんですかー?」
「最初はそのつもり」
「よっしゃ!」
男子たちが一斉に立ち上がる。
「ただし!」
先生が声を張った。
「揉めたら俺が決める。いいな?」
「はーい!」
「じゃあ十分やる。決めろ」
その瞬間。
教室中の生徒が動き始めた。
「一緒組もう!」
「あと二人誰にする?」
「こっち一人空いてる!」
僕はというと。
「…………」
とりあえず座っていた。
正直、誰と組めばいいのか分からない。
一年前なら、誰かから誘われることなんてなかった。
だから。
今回も適当に余った班に入ればいい。
そう思っていた。
――一分後。
「月島君、一緒に組まない?」
「蓮君、こっち入ろうよ!」
「うちあと一人空いてるよ!」
「月島君!」
「…………」
あれ?
――三分後。
「私が先に声かけたんだけど!」
「まだ決まってないんだからいいじゃん!」
「蓮君、誰と組むの?」
「私たちの班来てよ!」
「…………」
待って。
――五分後。
「月島君、私と組も!」
「こっち来て!」
「蓮君!」
「…………」
僕の机の周りが。
女子だらけになっていた。
「……なんで?」
思わず声が漏れる。
クラスの女子のほとんどが、僕の席の近くに集まっていた。
そして。
「…………」
その外側。
男子たちから向けられる視線が。
痛い。
ものすごく痛い。
男子生徒1「……月島」
男子生徒2「……あいつ、帰ってきて一週間経ってないよな?」
1「…………」
2「なんでだよ」
1「顔だろ」
2「顔か」
1「顔だな」
「聞こえてるんだけど」
僕が言うと、二人が同時に目を逸らした。
「月島君」
今度は正面から声がする。
「ん?」
陽菜だった。
「私と組も」
「桜庭まで?」
「陽菜」
「今そこ重要?」
「重要」
相変わらずだな。
「蓮」
「今度は何?」
美咲。
「私も……一緒の班がいい」
「…………」
さらに。
「月島君」
「黒崎?」
凛までいた。
「私もまだ決まってない」
「……もしかして黒崎も?」
「何?」
「いや」
なんだこれ。
「ちょっと待って」
僕は周囲を見る。
女子。
女子。
女子。
女子。
その向こうから僕を睨んでいる男子。
「…………」
帰りたい。
「おい」
担任の声が聞こえた。
全員が止まる。
「月島」
「……はい」
「お前の班、何人いる?」
「分かりません」
「四人班って言ったよな?」
「僕に言われても……」
先生が僕の周囲を見る。
「…………」
そして。
「ダメだこりゃ」
頭を抱えた。
「一回全員席戻れ!」
「えー!」
「まだ決まってない!」
「私月島君と――」
「四人班に十人以上入れる学校がどこにある!」
先生の一喝で女子たちが渋々席へ戻っていく。
「……助かった」
僕は机に突っ伏した。
「お前のせいで予定変更だ」
「僕悪くないですよね?」
「知らん」
「ひどくない?」
「というわけで!」
先生が箱を取り出す。
「もうくじ引きで決める!」
「えええええ!?」
教室中から不満の声。
「文句言うな! お前らに自由に決めさせた結果がこれだ!」
先生が僕を見る。
「特に月島周辺!」
「なんで僕を見るんですか」
「原因の中心だからだ」
「理不尽すぎる……」
こうして、僕たちの班は、くじ引きで決められることになった。
数分後。
「よし、全員引いたな?」
手元にある紙を見る。
『三班』
「三班か」
「三班のやつ、前に集まれー」
先生に言われ、立ち上がる。
誰と一緒なんだろう。
「私、三班」
「……黒崎」
凛が紙を持って立っていた。
「同じだね」
「そうみたい」
そして。
「…………」
もう一人。
ゆっくりこちらへ近づいてくる。
「……私も」
「美咲?」
美咲の手元にも。
『三班』
「…………」
「…………」
美咲。
凛。
僕。
なんだこの組み合わせ。
「あと一人誰だ?」
先生が名簿を見る。
「三班、高橋!」
「っしゃあ!」
教室の後ろから、やたら元気な声が聞こえた。
「俺三班!」
一人の男子生徒がこちらへやってくる。
高橋悠斗。
同じクラスなのでもちろん顔と名前は知っている。
短めの茶髪に人懐っこそうな顔立ち。身長は175センチくらいだろうか。明るくノリがよく、男子の中心でよく騒いでいるタイプだ。
一年前の僕とはほとんど接点がなかった。
高橋は僕たちの班へやってくると。
まず美咲を見る。
次に凛を見る。
そして。
「…………」
両手で小さくガッツポーズした。
「先生」
「なんだ高橋」
「俺、今日くじ引いた自分の右手、一生大切にします」
「大袈裟だ」
「だって白石と黒崎ですよ!?」
「本人の前で言うな」
「いやでも先生! クラスどころか学年トップクラスの美女二人と三日間同じ班って――」
そこまで言って。
高橋が僕を見る。
「…………」
止まった。
「何?」
「いや」
僕の顔を見る。
美咲を見る。
凛を見る。
もう一度僕を見る。
「…………」
「だから何?」
高橋が自分の顔を触る。
「俺、場違いじゃね?」
「は?」
「待て待て待て」
高橋が僕たちから一歩離れる。
「月島」
「何?」
「お前ちょっと白石と黒崎の間立ってみて」
「なんで?」
「いいから」
「嫌だよ」
「確認したいことがある」
「何を?」
「顔面偏差値」
「やめろ」
美咲が吹き出した。
「ふふっ」
凛まで口元を押さえている。
「笑うなよ!」
高橋が二人を見る。
「いやマジで! 三人並んだ時のオーラおかしいって!」
「大袈裟だよ」
「お前が言うな月島!」
「なんで」
「鏡見ろ!」
「毎朝見てるけど」
「そういう意味じゃねえ!」
なんなんだこいつ。
「先生!」
「今度は何だ」
「班変更できます?」
「さっき喜んでただろ」
「俺この三人の横に三日間いたら自尊心なくなるかもしれません!」
「知らん。仲良くしろ」
「そんなぁ!」
教室に笑い声が広がった。
僕も。
「……ふっ」
思わず笑ってしまった。
「あ!」
「何?」
高橋が僕を指差す。
「月島笑った!」
「笑うでしょ」
「お前なんかもっとクールな奴だと思ってたわ」
「そう?」
「だって帰ってきてからずっと女子に囲まれてんのに全然嬉しそうじゃねえし」
「嬉しいっていうか……疲れる」
「…………」
高橋の笑顔が消えた。
「月島」
「何?」
「それ俺の前で言わない方がいいぞ」
「なんで?」
「殺意湧くから」
「怖っ」
「冗談だよ」
「顔が冗談じゃなかったけど」
「ははは!」
高橋が僕の肩を叩く。
……変なやつ。
でも。
嫌いじゃないかもしれない。
「それじゃあ班も決まったし、役割も決めとけよ」
先生が黒板に書いていく。
『班長』
『副班長』
『食事係』
『レク係』
「四人だから一人一個な」
高橋が即座に手を上げる。
「はい! 月島班長!」
「なんで僕?」
「一番強そうだから」
「班長に強さ関係ないでしょ」
「じゃあ一番背高いから」
「もっと関係ない」
凛が小さく笑う。
「私は月島君でいいと思う」
「黒崎まで?」
「意外と真面目そうだから」
「意外は余計だよ」
「私も蓮でいいと思う」
「美咲まで……」
「昔からこういう時ちゃんとやるじゃん」
「…………」
「何?」
「いや」
昔の僕を知っている。
何気ない言葉。
それだけなのに、少しだけ胸がざわついた。
「じゃあ決定!」
高橋が勝手に紙へ書き込む。
『班長 月島蓮』
「ちょっと」
「多数決三対一」
「僕に拒否権は?」
「ありません」
「横暴すぎる」
「次、副班長!」
「私やる」
美咲が手を上げた。
「じゃあ白石」
「うん」
「食事係は?」
「私でいいよ」
凛。
「じゃあ残りは……」
三人の視線が高橋へ向く。
「…………」
「高橋」
「待て」
「レク係よろしく」
「待てって!」
「何?」
「なんで俺だけ余り物みたいに決まってんの!?」
「実際余ったから」
「黒崎さん!?」
凛が平然と言う。
「ふふっ」
美咲が笑う。
「ひどくない!?」
「まあ頑張って、高橋」
「班長が一番他人事じゃねえか!」
また笑い声が起こる。
気づけば。
さっきまでの妙な緊張はなくなっていた。
高橋がいるからなのかもしれない。
美咲と二人だけなら、まだどうしても昔のことを意識してしまう。
凛と二人なら落ち着くけれど、それとはまた違う。
四人だと。
不思議と普通に話せた。
放課後。
「……疲れた」
鞄を肩に掛ける。
今日は朝から色々ありすぎた。
「蓮」
「ん?」
美咲がこちらを見る。
「林間学校、同じ班だね」
「そうだね」
「……楽しみ」
「まだ来週だけど」
「いいじゃん。楽しみにしたって」
「まあね」
美咲が嬉しそうに笑う。
すると隣から。
「月島君」
「黒崎?」
「明日、林間学校で持っていく物の相談するんでしょ?」
「そうらしいね」
「忘れないで」
「忘れないよ」
「月島!」
「今度は何?」
高橋が勢いよくやってくる。
「連絡先交換しようぜ!」
「いいよ」
「っしゃ!」
「何でそんな嬉しそうなの?」
「同じ班なんだからグループ作るだろ」
「ああ、なるほど」
「それに」
「?」
高橋が僕の肩へ腕を回す。
「お前とは普通に仲良くなれそう」
「…………」
少しだけ驚いた。
「嫌?」
「いや」
なんだろう。
女子にそういうことを言われると。
どうしても一度考えてしまう。
本当に?
何か理由があるんじゃないか?
見た目が変わったからじゃないか?
でも。
高橋に言われると。
「……僕も」
「お?」
「高橋なら普通に話せそう」
「マジ?」
「うん」
「よし!」
「うるさ」
「親友第一号な!」
「早すぎるでしょ」
「いいじゃん!」
「まだ連絡先すら交換してないけど」
「細かいこと気にすんな!」
高橋が笑う。
僕も少しだけ笑った。
その様子を。
美咲と凛が近くから見ていた。
「……よかった」
美咲が小さく呟く。
「何が?」
凛が尋ねる。
「ううん」
美咲は笑った。
「なんでもない」
帰国してから。
女の子に囲まれることは増えた。
美咲との関係も。
凛との関係も。
陽菜との関係も。
そして結衣との関係も。
少しずつ変わり始めている。
でも。
もしかすると。
僕に必要だったのは。
こういう。
何も考えず馬鹿なことを言い合える相手だったのかもしれない。
「じゃあ月島、帰ろうぜ!」
「なんで一緒に帰ることになってるの?」
「いいじゃん。同じ方向だろ?」
「知らないよ」
「途中まで確認すれば分かる!」
「無茶苦茶だな」
「ほら行くぞ!」
「ちょ、引っ張るなって!」
高橋に肩を組まれ、そのまま教室を出る。
廊下へ出たところで。
「なあ月島」
「何?」
「一個だけ聞いていい?」
「うん」
高橋が少しだけ真剣な顔をする。
「白石と黒崎」
「うん」
「どっちが好き?」
「…………」
「…………」
「は?」
「いやだから――」
「さっきまでの話全部返して」
「なんで!?」
「親友候補から降格」
「早すぎるだろ!」
後ろから。
美咲の笑い声が聞こえた。
凛まで小さく笑っている。
「冗談だって月島!」
「知らない」
「待てって!」
結局。
帰国してから初めてできそうだった男友達は出会って数十分で一度、親友候補から降格した。(冗談だけど)
そして来週。
僕はこいつと。
美咲と。
凛と。
二泊三日を過ごすことになる。
「…………」
嫌な予感しかしない。
林間学校まで。
あと一週間。
第6話 終
6話です。林間学校自分の学校でもありました。僕たちの場合早くクラスに馴染めるようやるといった目的で行われていたそうです。効果は絶大でした。




