第四話「ゴブリンたちと」
「……朝、か」
日の出とともに目が覚めた。
身を起こし、寝床代わりの草むらの上で伸びをする。
すでにゴブリンメイジのメイコの姿はない。
彼女は毎朝早く起きて、集落の準備や見回りをしているようだった。
メイコという名前は、不便だったので俺が勝手につけたものだ。
本名がどんな発音なのか、いまだにさっぱりわからない。
しかし彼女はその名前をひどく気に入ったらしく、名付けたときには盛大な平伏とともに感謝を送られた。
顔を洗うために集落近くの湧き水へ向かう。冷たい水を手ですくい、顔にかけると一気に目が覚めた。
広場へ足を運ぶと、ゴブリンたちが中央の石に向かって平伏し、何かを唱えていた。人の頭ほどの大きさの丸い石が祭られている。
その行為が彼らの日課らしい。郷に入っては郷に従えということで、俺も適当に真似をしてみる。
「……なんか、だいぶ慣れてきたな」
この集落での生活も、もう既に一週間が経った。
最初は戸惑うことばかりだったが、徐々にわかってきたことも多い。
この世界の一日は二十四時間で、今は春らしい。
そして、もうひとつ最近知ったこと。
それはゴブリンメイジのメイコが女性だったということだ。
集落の中で唯一の女性であり、子供たちはすべて彼女の子らしい。
つまり彼女はこの集落の「女王」なのだろう。
確かによく見れば、メイコはゴブリンにしては割と女性らしい愛嬌のある顔をしている。
夜になると俺の隣に身を寄せてくることもあるのだが、俺はそのたびに曖昧な対応をしていた。
ゴブリンという種族の生態がまだよくわからない以上、人間の価値観を押し付けるのも違うだろうというのが、俺なりの落としどころだ。
それから、腰ミノゴブリンの三人にも名前をつけることにした。「ゴンタ」「ゴンスケ」「ゴンザブロウ」だ。
石のナイフで木を削り、それぞれの名前を刻んだ丸い板を作り、蔓を通して首にかけてあげると、三人は驚いたような顔をした後、感激したように地面に平伏してしまった。
ちなみに、ゴンザブロウの受けが一番良かった。
なぜなのかはわからないが、彼は一日中、何度も自分の名札を撫でていることが多い。
「……そんなに嬉しいか、ゴンザブロウ」
「ギャッ!」
力強く頷くゴンザブロウ。
目がきらきらしていて、なんだか犬みたいで、ついつい頭を撫でてしまった。
すると今度は尻尾でも生えているかのように、体全体で喜びを表現し始めるゴンザブロウ。
周りのゴンタとゴンスケが羨ましそうにこちらを見ている。
「……はいはい、お前たちもな」
二人の頭も撫でると、今度は三人まとめて俺の足元にすり寄ってきた。
「お前ら、もしかして犬か?」
そんな穏やかな日々の中、俺はいくつかの「文明の利器」を集落に持ち込んだ。
まず、水を汲むための器だ。倒木を加工し、深めの器を作って蔓を通しただけのシンプルなものだったが、それだけでゴブリンたちは歓声を上げた。どうやら今まで手や葉っぱで水を運んでいたらしい。
「いやいや、そんなに驚くことか?」
次に、狩猟用の罠を作った。スマホの辞書アプリで仕掛けを調べ、それを応用したものだ。
見事にウサギを捕らえると、またしてもゴブリンたちから歓声が上がった。
「ギャギャー!」
「罠という概念、なかったのか……」
捕らえたウサギを俺に差し出してくるゴブリンたち。「自分たちで食べてくれ」と言うと、その場で生肉を頬張り始めた。
「うおお……マジか……」
魚ならともかく、獣の生肉はさすがに無理だ。俺は試しに火を起こし、焼き肉という概念を教えることにした。
しかしゴブリンたちは最初、火を怖がって誰も近づこうとしない。
俺が一人で肉を炙り、美味しそうに食べてみせると、彼らは恐る恐る集まってきた。ゴンタが代表して一口かじると――。
「ギャギャー!」
目を見開き、うまいぞー! というゴンタの大きなリアクションが起こった。
それを見たゴンスケとゴンザブロウも続けて口に入れ、二人同時に目を見開く。
「ギャ! ギャギャ!」「ギャー!」
「お前ら、そんなに感動するなよ……」
だが、嬉しそうに焼き肉を頬張るゴブリンたちを見ていると、なんだか誇らしい気分になった。
人類が火を使い始めた瞬間というのは、もしかするとこんな感じだったのかもしれない。
ところが問題が起きた。
翌朝、目を覚ますと、集落のあちこちで火が焚かれていたのだ。
「なんで朝から全員で火起こしてんだよ!」
ゴンザブロウたちは得意げな顔をしている。
覚えるのは早い。ただ、彼らは楽しくて仕方がないらしく、火を起こしては消し、また起こしてを繰り返していた。
「火遊びするな! 危ない!」
こんな森の中だ。火が燃え広がったらとんでもないことになるのは明白だ。
俺が叱ると、三人揃って子供のようにしょんぼりした顔をする。
「……まったく」
それを見て、思わず苦笑が漏れた。
それから俺は火の危険性をメイコをはじめとして全員に伝え、しばらくの間は火の始末を監視する羽目になったのだった。
そんなある日、突然遠くから低い咆哮のような音が聞こえた。
空を見上げると黒い影がはるか上空を飛んでいた。
飛行機のようなシルエット。しかし明らかに違う。
動きは明らかに生物。鳥にしては巨大すぎる。
思わず口を半開きにして、しばし眺めること数秒。
俺は呆然と口にする。
「……ドラゴンだ」
巨大な翼を広げ、悠々と空を滑るように飛んでいる。その圧倒的な存在感に、言葉を失った。
「おいおい……マジか……」
しかしゴブリンたちはそれほど驚く様子もなく、ただ見上げるだけ。
まるで「おっ、今日も飛んでいるねー」くらいの反応だ。
子供たちにいたっては指をさして歓声を上げ、はしゃいでいる。
「そんなに危険じゃないのか……?」
どうやら彼らにとっては日常の風景らしい。
確かに、現代人が遥か上空を飛ぶ飛行機をみつけても、いちいち驚かないのと同じようなものか。
ドラゴンはそのまま悠然と飛び去っていった。
それから気づけば二日に一度は空を飛ぶ姿を見るようになり、俺もそのうち慣れてしまった。
それからまたしばらく経ったある日、狩りに出たゴブリンたちが妙なものを持ち帰ってきた。
普通のウサギより倍以上の大きさの個体の獲物だ。
「マジか、でかすぎだろ、ウサギ」
かなり苦労したようで、獲物を持っていたゴンタが誇らしげな顔を浮かべている。
ウサギの大きさはゴンタたちの体の半分ほど。通常のウサギに比べて明らかに大きい。
思いがけない獲物に、村は少しの間大きく盛り上がった。
確かにあれなら、かなりの人数にウサギの肉が行き渡るだろう。
ウサギはすぐに解体されていった。
毛皮を剥ぎ、肉を切って内臓を取り出す。
その過程を、現代人である俺は最初は気持ち悪がってしまったが、今では慣れて、手伝いをすることもできる。
頭さえ落としてしまえば、あとは割と肉の塊にしか見えなくなってくるものだ。
しかし解体の過程で、普段とは違うことが起きた。
心臓の近くから緑色に輝く結晶が取り出されたのだ。
「これは……?」
「ギョギュ!」
ゴブリンたちは驚いておらず、明らかにこの結晶を特別なものとして扱っている。
明らかに大きな特別な個体、体内から出てきた結晶。ゴブリンがいるようなこの異世界。
導かれる答えはひとつだ。
「……まさか、魔石とか?」
「ギャ!」
冗談半分で呟いたが、どうやら本当にその類らしい。するとメイコがその緑の結晶を、迷いなく飲み込んだ。
「えっ!? 飲むの?」
目を瞑ってしっかりと嚥下するメイコ。
メイコは腹に落ちたことを確認するかのように、下腹部に手を当てて目を閉じる。
目を開けるメイコ。
「……キギャ、キュ」
呟くように声を発し、手の平を上に向ける。
すると、メイコの手元にふわりとそよ風が巻き起こった。
「え?」
明らかに自然の風ではなかった。
小さなつむじ風のようなそれはすぐに散っていったが、屋内にそんな風が起こることはあまり考えにくい。
「まさか、魔法……!?」
驚く俺を見て、魔法という単語に、得意げに頷くメイコ。
「マジか、魔法はやっぱりあったのか!?」
もしかして魔法なんてものはないのかも? と薄っすらとがっかりしていた俺だったが、ここにきて魔法の存在が確認できた。
俺は興奮が止まらなくなってきた。
「魔石を体に取り込むことで魔法が使えるのか? 他にはどんな魔法があるんだ? 俺にも使えるのか? 詠唱が必要なのか? どんな条件が必要なんだ!?」
言葉は通じていないのかもしれないが、俺の質問は止まらない。
メイコは目を白黒させながら、声を発するだけで、俺には意味が通じない。
質問する俺、困るメイコ。
メイコは困って、やがて俺にも小指の先ほどの緑色の結晶が手渡された。
魔石だ。
「俺も飲むの?」
「ギャ!」
メイコが力強く頷く。
「マジか……。これで俺も魔法が使えるのか?」
固形の、宝石のようにしか見えないそれを飲み込むには少し抵抗がある。
メイコの様子を見る限り、大丈夫なんだろうが……。
悩んだ末、俺は意を決して魔石を飲み込むことにした。
ゴクリ――。
腹に落ちていく魔石。
俺は思わずさっきメイコがしていたように、下腹部に手を当てていた。
不意に下っ腹から、ホワンッとした温かさが広がった。
「おお……?」
何か変わった気もするが、魔法が使えるようになったかどうかはわからない。
ゴブリンたちが期待の目でこちらを見ているが、メイコのように手を翳したりするも、とりあえず今のところ何も起こらない。
「ダメか……」
もしかしたら、魔石を一個のみこむ程度じゃあ、ダメなのかも?
「まあ、ゆっくり試してみるか……」
その晩、夕食の時間になった。
テンションの高いゴブリンたちが、俺の前に今日の収穫を並べ始める。焼いた肉、木の実、それから――。
「いや、ちょっと待ってくれ」
目の前には大量のイモムシ。プニプニとして体液が滴るそれらを、ゴブリンたちは美味しそうに頬張っている。
「これは……俺には無理だ……!」
一匹一匹が親指ほどの太さの、まるまると太ったイモムシ。
確かにこんな環境だ。虫も貴重な食料なのは理解できる。だが、理解できるのと食うのは別だ。
ゴンタが「食え」とばかりに一匹差し出してくる。
「いらん! 俺はいらん!」
ゴンスケが別の一匹を持って回り込んでくる。
「だからいらんって!」
ゴンザブロウが後ろからこっそり近づいてくる。
「ゴンザブロウ! お前もか!」
三人がかりのイモムシ攻撃をかわしながら、俺は必死で首を振り続けた。
メイコだけが少し離れたところから、呆れたような、それでいてどこか楽しそうな顔でこちらを眺めていた。
「笑うな、メイコ!」
異世界の文化に馴染むのはいい。しかし、さすがに限度というものがある。
俺はそっと顔をそむけ、ウサギの肉と木の実を黙々と口に運んだのだった。
最後までお読みいただきありがとうございます!
ちょっとでも楽しんでいただけたなら、何よりです!
もし「いいな」と思っていただけたら、
お気に入り登録や評価をポチッといただけると、とても励みになります!
コメントも大歓迎です。今後の執筆の原動力になりますので、
どんな一言でも気軽に残していただけたら嬉しいです。
これからも【悠久の放浪者】をどうぞよろしくお願いします!




