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悠久の放浪者 ~俺はいつの間にか異世界に転移した!?~  作者: 神田哲也(鉄骨)


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第三話「遭遇とゴブリンの歓迎」

 目が覚めた。


 寝転がったまま、ぼんやりと空を見上げる。昨夜の疲れはすっかり取れていた。よく眠れたらしい。

 青い空に白い雲が流れている。その光景はどこか懐かしく、同時に違和感を覚えさせるものだった。


 なぜなら――。


 空の向こうには、月。それが三つも浮かんでいたからだ。


 遠い目をしながら、しばらくそれを眺める。


「まじか。異世界、確定だなあ……」


 小さく呟いた言葉は、すぐそばを流れる急流の音にあっさりと掻き消されていく。


 異世界転移。現実ではありえない状況に放り込まれたにもかかわらず、妙に落ち着いている自分がいる。

 すでに腹を括ったからか、それともまだ実感が湧かないのか。


 それよりも。


「葉っぱの布団ってのも、割と温かいものなんだな」


 いつの間にか、自分の体はふかふかとした葉っぱの山に埋もれていた。昨夜は火を起こしてそのまま寝落ちしてしまったはずだが、無意識のうちに体が冷えないよう葉っぱをかき集めたのかもしれない。葉の匂いは独特だが、森の自然の匂いと思えば悪くない。

 日はまだ昇ったばかりで、木々の影を長く引いている。


「――よし、起きよう!」


 大きく伸びをして、体をほぐす。筋肉痛もなく、慣れない環境にしては意外と順応できているらしい。

 昨夜苦労して起こした火は、完全に消えていた。薪もすっかり灰になっている。


「はあ……また最初からか」


 自然の中での生活は、何をするにも手間がかかる。

 それにしても、昨日から妙に独り言が多い気がする。


「ま、いいか、誰も聞いてないし」


 そう思いながら、火起こしの準備をしようとした、そのときだった。

 俺は何かの気配を感じて、顔を上げた。


 すると。


「…………」


 岩陰から、何かがじっとこちらを見ている。

 それと目が合った。

 一瞬、時間が止まったように感じた。


 小柄な人影。いや、人ではない。緑色の肌、尖った鼻にぎらついた大きな目、大きな口。腰ミノひとつに、手には棍棒。


「う、うわああああ!?」


 驚いて叫ぶ俺。


「ギャ、ギャギャギャ!?」


 同じように驚き、甲高い声で叫ぶ緑色の生物。


「ゴ、ゴブリンっ!?」


 まるでファンタジー作品から飛び出してきたような、典型的なゴブリンがそこにいた。

 俺の悲鳴か、あいつの悲鳴か、どちらの声に反応したのかはわからないが、それを聞きつけてさらに二匹のゴブリンが現れる。


 まじかよ! 増えるのかよ!?


 必死に逃げ道を探すが、見つからない。三匹に囲まれ、死を覚悟する。


「ギャギャ」「ギャッ」「ギャギャ、ギャー」


 俺を警戒しながら、何やら会話をしている様子のゴブリンたち。

 どうやって襲うのか相談しているのか。残念ながら言語翻訳チートはなかったよ、ちくしょう。


 俺にわかるのは、こいつらが明らかに敵対的で、すぐにでも襲いかかってきそうだということだけだ。

 川に飛び込むしかないか。激しい急流に飛び込んで助かる確率と、ゴブリンと戦う確率、どちらが高いだろうか。どちらにせよ、生存確率は低い。


 迷っていると、さらに状況は動いた。


「ギャギュー!」


 さらに増えた。三匹以外の少し甲高いゴブリンの声。


「マジかよ……」


 さらなる絶望感に襲われる。


 姿を現した四匹目は、明らかに雰囲気が違った。

 一見してわかる、地位の高そうな個体。

 他のゴブリンたちと違って、髪は長く、腰ミノだけでなく毛皮をまとっている。肌の露出も少なく、見えているのは手と足先、鼻と目の周りくらいだ。

 手に持った頑丈そうな木の棒は、ゴブリンの身長と同じくらいの長さで、杖という表現が近い。


 ゴブリンメイジ――そんな言葉が頭に浮かんだ。もしこいつが魔法を使えるとなったら、勝てるわけがない。


 やはり川に飛び込むしかないか。


 俺は四匹の動きに注意しながら、じわじわと重心を後ろへ移動させた。


「ギュ、ギュキョ!」


 しかし今にも飛びかかろうとしていたゴブリンたちは、ゴブリンメイジの一喝で動きを止める。


「……?」


 ゴブリンたちは顔を見合わせ、俺を見て、目に見えて落ち着いた様子になった。

 ゴブリンメイジが俺に向けてスッと手を上げる。


 まさか魔法か!? とびくっとして後ずさる俺。しかし何も起きず、そのまま五秒ほど場が固まった。


 緊張の中、ゴブリンたちがとった行動。それはまさかの平伏だった。


 四匹のゴブリンが武器を放り出して地面に正座をして、額を地面に擦り付けている。

 それは見事な土下座だった。


「ど、どういうことだ?」


 俺は混乱するばかり。


 ゴブリンたちは額を地面にこすりつけ、まるで俺に何かを乞うかのように身をかがめている。

 襲ってくる気配は微塵もない。むしろ何かを懇願しているようにすら見えた。


 目の前で平伏するゴブリンたちを前にして、俺はどう反応すればいいのかわからずにいた。


「……お、おーい?」


 声に出してみるものの、ゴブリンたちは動かない。ただひたすらに地面に額を擦り付けている。


「と、とりあえず、顔をあげてくれないか?」


 恐る恐る声をかけると、ゴブリンたちは恐る恐る、一斉に顔を上げた。

 その表情からは敵意が感じられない。警戒心はあるかもしれないが、さっき囲まれたときのような殺気らしきものはなかった。


 ゴブリンメイジらしき個体立ち上がるのを見て、少し体が強張るが、なんとかこらえる。

 ゴブリンは一歩前に出て「ギャギャ!」と元気よく鳴いた。


「……わかるのか?」

「ギューギャッ!」


 歯を見せて、にこやかに返事をするゴブリンメイジ。どうにも微妙な返答だ。


 しばらく考えていると、腰ミノゴブリンの一匹が立ち上がり、森の方へ向かった。

 何をするのか目で追っていると、すぐに何かを持って戻ってきた。テニスボールほどの大きさの、緑色の卵のような丸い木の実だ。


「これは……食べ物か?」


 恐る恐る受け取る。表面はざらついていて、強く握れば潰れてしまいそうな柔らかさだ。


「俺にくれるのか?」

「ギャー!」


 嬉しそうなゴブリンの表情を見る限り、食べても問題なさそうだ。その瞬間、俺の腹が大きく鳴った。


「……そういえば、昨日から何も食べてなかったな」


 恥ずかしさに頬をかきながら木の実を見つめる。毒はないのか、という迷いを見抜いたのか、ゴブリンメイジが自ら別の木の実を掴み、豪快にかぶりついた。


 ……なるほど、食えるってことか。


 俺も意を決して口を開けた。


 ガブリッ。ブシュッ。


 口の中に広がる酸味。皮は厚くて渋いが、果肉にはほんのりとした甘みがある。


「……うまい!」


 思わず声が出た。

 俺の反応を見てゴブリンたちが「ギャギャギャギャ!」と歓喜の声をあげる。

 俺のリアクションが気に入ったらしい。


 一つ、また一つと口に運ぶ。


 気がつけば俺の前には木の実の小さな山ができていた。

 腹は素直だった。積まれた木の実を夢中になって食しているうちに、ほとんど食べ尽くしていた。


「ごちそうさま。うまかったよ」


 その言葉を聞いて、ゴブリンたちは満足そうな顔をする。


「襲われると思って、勝手に怖がって……ごめん。偏見だったな」


 俺は苦笑しながら目の前のゴブリンたちを見渡した。

 今まで触れてきたファンタジーの知識では、ゴブリンはただの下等モンスターで、問答無用で倒される存在だった。

 でも今目の前にいる彼らは、意思疎通を図り、食べ物まで分けてくれた。


「……少なくとも、敵じゃなさそうだな」

「ギャー!」


 ゴブリンたちの好意を受け入れ、俺は彼らの集落へと向かうことになった。

 腰ミノのゴブリンが先頭を歩き、ゴブリンメイジを含む他の三匹が周囲を固めるようについてくる。


 歩きながら改めて彼らを観察する。

 確かに体は小柄で肌は緑色、顔立ちは少し人間離れしているが、目はどこか知性を感じさせるし、動きにも獣じみた乱暴さはない。むしろ、どこか愛嬌がある。

 それに、最初に感じた彼らの匂いの正体は、汗や汚れではなく植物由来のものだとすぐに気づいた。

 

「そういえば、虫があまり寄ってこないな……」

「ギャ?」

「いや、なんでもない」

「ギ!」


 昨日、あんなにも鬱陶しかった虫が、近寄ってきていないことに気づく。

 もしかしたらゴブリンたちの匂いを嫌がっていたりするのだろうか。


 森の中を進んでいくと、やがて小さな集落が見えてきた。


 竪穴式の住居が九つほど点在し、その周囲では数十人のゴブリンたちが活動している。

 大人が四十人ほど、小柄な子供が十人ほどか。


 俺の姿を見て一瞬警戒した彼らも、腰ミノのゴブリンが何かを叫ぶと次第に緊張を解き、興味深そうに俺を眺め始めた。

 ふと、足元の土の匂いに混じって、青臭い香りが漂ってきた。

 周囲を見渡すと、ゴブリンたちがせっせと草をすり潰し、体に塗りつけている光景が目に入った。


「なるほど、そういうことか……」


 彼らの肌の緑色は生まれつきではなく、この草のせいだったのか。

 見ていると本来の肌の色は黒に近いようだ。体に塗る理由は、虫除けやカモフラージュ――あるいはその両方だろう。

 彼らは単なる野蛮な生き物ではなく、環境に適応し工夫を凝らして生きているのだ。


 俺も試しに少し塗ってみる。独特の匂いが鼻につくが、悪くない。慣れてしまえば気にならなくなるだろう。

 顔と腕に塗り付ける。鏡がないのでわからないが、これで見た目だけは、少し彼らに近づいたはずだ。


 ゴブリンメイジの住居に案内された俺は、そこでしばらく世話になることになった。

 他の住居と比べて一回り大きく、しっかりした造りをしている。集落のリーダー的な存在なのだろう。


 ゴブリンたちの生活は意外にも整っていた。

 狩りをする者、果実を集める者、腰ミノや毛皮を加工する者。それぞれが役割を持ち、協力して暮らしている。


 俺は狩りや採集に少しずつ同行し、彼らの生活に馴染んでいった。


 初めての異世界生活は、思ったよりもずっと穏やかなものだった。


最後までお読みいただきありがとうございます!

ちょっとでも楽しんでいただけたなら、何よりです!


もし「いいな」と思っていただけたら、

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コメントも大歓迎です。今後の執筆の原動力になりますので、

どんな一言でも気軽に残していただけたら嬉しいです。


これからも【悠久の放浪者】をどうぞよろしくお願いします!

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