第十九話「旅立ち」
新しい命というのは、見ているだけで時間が過ぎる。
ミコ、メノ、マイ、ゴンベイ、ゴンドン。五人はそれぞれ個性があった。
ミコは一番おっとりしていて、いつもメイコの傍にいた。泣くことも少なく、じっとこちらを見ている時間が長い。静かだが、その目はいつも何かを観察しているようだった。
メノは好奇心が旺盛で、村中を這い回っては色々なものを口に入れようとした。土も、木の実も、ゴンザブロウの名札も、とにかく手当たり次第だ。ゴンザブロウが名札を必死に守っている場面を何度か目撃した。
マイは五人の中で一番声が大きく、泣くと村中に響き渡った。最初のうちはゴブリンたちも慌てていたが、今では「マイ、ナイテル」と誰かが言うだけで、誰も動じなくなっていた。そういうものだと学習したのだろう。
ゴンベイはゴンタにそっくりで、常に何かを食べていた。口に入れるものを選ばない点もそっくりだ。幼虫でも土でもなんでも、とりあえず食べる。父親の血だと思う。
ゴンドンは一番小さく生まれたが、なぜか一番動き回るのが早かった。よちよちと歩き回る姿は頼りなさそうに見えるが、転んでもすぐ立ち上がる。そういう粘り強さが、なんとなく頼もしかった。
俺はその成長を眺めながら、旅立ちの準備を進めた。
まず食料だ。
スマホで調べながら、干し肉を作った。獣の肉を薄く切り、塩代わりになる鉱物を擦り込んで、風通しのいい場所に吊るして乾燥させる。この辺りの塩がどういうものかはまだよくわからないが、ゴンタが「コレ、ショッパイ」と持ってきた白っぽい石は岩塩の一種なのだろう。村では定期的にこれを舐めるように言われているらしい。
出来上がった干し肉は固くて噛みごたえがある野性味あふれるものだったが、腐らないし腹も膨れる。十分だ。
……出来上がった第一弾の干し肉は、試食と言う名のもとに、全てメイコたちに食われてしまったのは余談である。
「タベタ」
「知ってる」
「ウマカッタ」
「知ってる」
ゴンタが悪びれる様子もなく言った。リラが「えへへー」と笑っていた。お前まで笑うな。
気を取り直して第二弾を作り、今度はしっかり管理した。
ゴブリンたちは干し肉が食えないことにガッカリしていたが、作り方を教えると猛烈な勢いで肉を集めて作り出した。
その後干し肉は常備されるようになり、俺にも分けてもらえるようになった。
勿論自分で作った干し肉はみんなに分け与えた。
「ケイスケノツクッタヤツノホウガ、ウマイ」
「あんま変わらんだろ」
「ウマイ」
「そうかい」
俺は旅立ちの前に燻製肉でも作ってみようかと密かに画策している。きっとみんな驚くはずだ。
次に武器だ。
ゴブリンたちが使っていた短剣を一本もらった。石を削って作ったもので、鉄の刃物には遠く及ばないが、それでも十分な切れ味がある。腰に下げると、少しだけ冒険者らしくなった気がした。
『ケイスケ、かっこいいねー!』
「そうか?」
『うん! なんかたくましい感じがするよー』
「そうでもないけどな」
ゴンタが俺の腰の短剣を見て、「ケイスケ、ジョウズニツカエルカ?」と聞いてきた。
「まだあんまり自信がないな」
「ナライエバ、ヨカッタノニ」
「誰に?」
「ゴンタ」
「お前、使えるのか?」
「ウン、チョットナラ」
ゴンタが短剣の扱いを教えてくれるらしい。
確かに狩りや普段の生活の中で使っているのを見ていたのに、俺はしっかり教わろうとしていなかった。
「教えてくれるか?」
「ダイジョウブ、ミチナガラ、オシエル」
「頼むよ」
そして何より重視したのが、魔法の会得だった。
光の玉を出せるようになったのはいい。夜間の明かりとして使えるし、練習を重ねるうちに持続時間も伸びてきた。最初は三十秒も保たなかったのが、今では一時間は維持できる。だが、正直なところ派手さがない。
「リラ、俺って他の魔法は使えないのか? 火を出すとか、水を出すとか」
その二つがあれば、旅がもっと楽になるはずなのだ。
だが、リラの答えは非情なものだった。
『んーとねー、今のケイスケだと、まだ難しいと思うよー』
「どうして?」
『火とか水とか風とか、そういうのはその素の同期率が低いからー。光素が飛び抜けて高いから光魔法はできたんだと思うけど、他はまだ全然足りてないんだよねー』
「……魔石はなかなか取れないんだよな」
スマホのステータスを確認すると、確かにその通りだった。光素の同期率だけが際立っていて、他は数パーセントにとどまっている。
「魔石を持つ獣って、やっぱり強いのか」
「ツヨイ。キケン」
ゴンタが真顔で答えた。魔石を体内に持つ獣は魔獣と呼ばれていて、普通の獣より格段に強く、狂暴になっているものが多いのだという。中には知能が高くなっている個体もいるらしいが、それはそれで別の意味で厄介だ。
「命がけで倒して、やっと同期率が少し上がる、と」
『そういうことだねー。でもケイスケには光魔法があるから、それを磨く方がいいと思うよー? 光ってね、使い方次第でいろんなことができるんだよー』
「どんなことが?」
『んー、いろいろだよー。物を温めたりだってできるんだからー』
「なるほど、赤外線か?」
確かに光と一言で言っても、赤外線や紫外線や、エックス線だってある。
それらを魔法で扱えるようになれば、かなり幅は広がるだろう。
『そのうち教えてあげるよー。それにそういうのは楽しみにとっといた方がいいじゃないー?』
リラはそう言って笑った。影なので表情はわからないが、笑っているのは声でわかった。確かにまだ光球すらも極めた感じはしないし、焦っても仕方ない。旅の中で少しずつ鍛えていけばいいだろう。
それから更に三ヶ月が過ぎた。
五人の子供たちは、よちよちと歩き出せるまでに成長していた。
人間の赤ちゃんが歩き始めるのは生後一年ほどだ。それがゴブリンはたった三ヶ月で同じことをやってのける。
成長速度は人間の三倍か四倍といったところだろうか。
「流石ゴブリンだな……」
『すごいねー』
ゴンドンが村の中をよちよちと歩き回っているのを眺めながら、俺は感心した。一番小さく生まれたくせに、やっぱり一番動き回るのが早い。メノはそのゴンドンを追いかけ回し、マイはそれを見て大声で笑っていた。ゴンベイは相変わらず何かを食べており、ミコはメイコの傍でおとなしくしていた。
「なんかもう、それぞれの個性がより際立ってきたよな」
「ソウ。ゴンドン、オレニニテル」
ゴンタが誇らしげに言った。
「どこがだ」
「ウゴキマワル」
「それだけか」
「ソレデジュウブン」
まあ、ゴンタらしい評価だ。
「ゴンベイは?」
「ゴンベイモ、オレニニテル」
「食べてるからか」
「ウン」
ゴンスケが「ゴンベイ、オレニモニテル」と割り込んできた。
「お前も食べてばっかりだからな」
「ソウ、タベルノダイジ」
ゴンザブロウが静かに「ミコ、メノ、マイ、オレニニテル」と言った。
「お前の何に似てるんだ」
ゴンザブロウは少し考えてから、名札を触った。
「……シズカ」
「ミコはそうだな。メノとマイは全然静かじゃないけど」
「……マダコレカラ」
信じてるんだな、と思った。
これを見届けてから、行こう。そう思っていた通り、俺は旅立ちの日を決めた。
旅のメンバーは、俺とゴンタ、ゴンスケ、ゴンザブロウ、そしてリラの五人だ。
実を言うと、もっと多くのゴブリンが付いてこようとした。ゴンスケの仲間たちが「オレモ!」「オレモイク!」と競うように名乗りを上げてきたのだ。気持ちはありがたいが、大所帯になりすぎても動きにくい。俺は丁重に断った。
「キモチダケモラウ」
「エー」「エー!」「ウー!」
断られたゴブリンたちが不満そうな声を上げた。なかなかの迫力だった。
「その分、村を守ってくれ。メイコを頼む」
「……ワカッタ」
渋々だったが、引き下がってくれた。
ただし、ゴブリン三人衆がついてくるのは、この森と人間の支配する領域の手前まで、という取り決めになった。ゴブリンは人間からすると敵性亜人とされているらしく、人間の目に触れるのはよくないとメイコが判断したからだ。賢い判断だと思う。俺も同意した。
「そこまで一緒に来てくれるだけで、十分助かる」
「アタリマエ!」
ゴンタが胸を張った。ゴンスケは「オレモ!」と続いた。ゴンザブロウは名札を確認してから、静かに頷いた。いつも通りだ。
旅立ちの前日は俺の旅の無事を祈願しての宴が開かれた。
まだ料理と言うには拙いが、塩や香草を練りこんでからこんがり焼かれた肉や木の実などが並べられ、それは豪勢なものだった。
「オンガク、ヤルゾ!」
「オウ! レンシュウ、イッパイシタナ!」
そして音楽が始まる。
以前、音楽という概念をみんなに教えたことから、彼らは簡単な音楽を奏でるようになっていた。
手拍子や木や石を打ち鳴らし、リズムに合わせて声をあげる。それだけでちゃんとした音楽のように聞こえるから不思議なものだ。
食べて歌って、音楽に合わせて踊って。そして笑って。
楽しい時間はあっという間に過ぎていった。
翌朝。空は快晴。
村のゴブリンたちが全員出てきて、俺たちを見送ってくれた。子供たちも、メイコに抱えられたり、ゴンスケの仲間に抱っこされたりしながら、揃っている。
俺は五人のところへ行き、一人ずつ抱っこして別れを告げた。
ミコはおとなしく抱かれていた。じっと俺の顔を見ていた。その目が少し大人びているように感じて、この子はきっとメイコに似るんだろうなと思った。
メノは俺の鼻をつかもうとしてきた。指先がぴったりと鼻の頭に触れて、「あ、つかまえた」とでも言いたげな顔をした。
マイは最初ぐずったが、すぐに落ち着いた。泣き止んでからは、俺の肩に顔を押しつけてきた。なんとなく、行くなと言っているような気がした。
ゴンベイは俺の干し肉の匂いを嗅いで手を伸ばしてきた。食い気だけは一人前だ。
ゴンドンは抱き上げた瞬間、俺の顔をじっと見つめて、それから小さく笑った。この子の笑い方はゴンタにそっくりだと思った。
「また帰ってくるからな」
五人に向かって言ったつもりだったが、メイコにも届いていたと思う。
メイコは静かに頷いた。
「ケイスケ、キヲツケテ」
「ああ」
村を出るとき、俺は一度だけ振り返った。
ゴブリンたちが手を振っていた。マイが大声で何か叫んでいた。ゴンドンがよちよちとこちらへ歩こうとして、ゴンスケの仲間に抱き上げられていた。
俺も手を振った。
そして、前を向いた。
みんなの姿は木々に遮られ、すぐに見えなくなった。
森の中に分け入っていく。
村の周囲は比較的開けていたが、一歩奥に進むごとに木々が密になり、光が差し込みにくくなる。
「人間の領域まで、どれくらいかかるんだ」
「ヒトツキ、イジョウ」
ゴンタが答えた。
「一か月以上か」
「ミチ、キケン。マワリミチスルカモ」
「了解」
まあ、急ぐ旅でもない。
『楽しそうだねー!』
リラが軽い調子で言いながら、木々の間を縫うように飛び回っている。旅に出てまだ一時間も経っていないのに、もう何かを見つけては「あれは何ー」と聞いてくる。
『あれは何ー?』
「あれは木だ」
『キは知ってるよー! その横のあれー!』
「あれは蔓だな」
『ツル? 食べれるの?』
「ゴンタ、食べれるか?」
「タベレルケド、マズイ」
「食べれるけどまずいらしい」
『そっかー!』
ゴンタが「リラ、ヨクキク」と言った。
「感心するところがそこなのか」
「アレハタベレルカ、コレハキケンカ、タイジナコト」
「それは確かに大事だな」
行きの道中はずっとこれが続くのだろう。覚悟しておこう。
ゴンスケが「ケイスケ、ナニタベタイ?」と歩きながら聞いてきた。
「まだ出発したばかりだぞ」
「タベモノ、サガシナガラ、イクカラ」
「それはありがたい。イモムシ以外なら何でも」
「ウン、ワカッタ」
ゴンスケが食料調達モードに入った。歩きながら周囲の草や木の実を目で追い始めている。ゴンスケの食への執念はある種の才能だと思う。
しばらく歩いたところで、ゴンザブロウが立ち止まった。
「ドウシタ、ゴンザブロウ」
ゴンザブロウは空を見上げていた。俺も釣られて空を仰いだ。
木々の隙間から見える青空の中に、何かが飛んでいた。大きい。鳥ではない。翼を広げたシルエットが、遠く高いところをゆったりと旋回している。
「リュウか」
「ウン。リュウ」
ゴンタも空を見上げながら静かに言った。怖れるような様子はなく、ただそこにあるものを確認するような目だった。
「あのときとは違うリュウだな……」
「ウン……」
あの黒いリュウのことを、俺はふと思い出した。ゴブリンたちを蹂躙して、俺を吹き飛ばして、そして去っていったあのリュウ。思い返してみると焦っているような気配があった、と感じた何故だろうか。
あのリュウは今、どこにいるのだろう。
『ケイスケ、何考えてるのー?』
「ああ、お前に会う前に会った、リュウのことをなんとなく」
『ふーん……。ケイスケを助けたんだよね? それならまたいつか会うんじゃないかなー』
「……それは少し遠慮したいな」
『大丈夫だよー。きっとー』
「大丈夫の根拠を教えてくれ……」
空の龍は、やがて木々の向こうへ消えていった。
『行っちゃったねー』
「ああ」
東へ向かう道が、森の奥へと続いている。一ヶ月以上の旅。人間の領域。まだ見ぬこの世界。
胸の中に、静かな高揚感があった。不安がないわけじゃない。でも、それより先へ行きたいという気持ちの方が、今は強かった。
「行くか」
「オウ!」「オウ!」「……ウン」
ゴンタ、ゴンスケ、ゴンザブロウが順番に答えた。リラが『行くよー!』と声を上げて先頭を飛んでいった。
「あいつ、光ってるな」
普段は光の精霊なのに闇の精霊っていわれても不思議じゃないくらい、黒くて光を放たないのに。
「リラモ、タノシソウ」
「だな」
俺たちは歩き始めた。
後ろを振り返ることなく、光を放つリラを追いかけるように。
最後までお読みいただきありがとうございます!
ちょっとでも楽しんでいただけたなら、何よりです!
もし「いいな」と思っていただけたら、
お気に入り登録や評価をポチッといただけると、とても励みになります!
コメントも大歓迎です。今後の執筆の原動力になりますので、
どんな一言でも気軽に残していただけたら嬉しいです。
これからも【悠久の放浪者】をどうぞよろしくお願いします!




