第十六話「復興」
村に戻って最初にしたことは、現状の確認だった。
以前の村の場所まで足を運んでみると、大雨と洪水の爪痕は想像以上にひどかった。
地面はぬかるみ、以前ゴブリンたちが暮らしていた住居の跡は、泥と流木の下に埋まっている。使えないことはないかもしれないが、ここに一から建て直すのは骨が折れそうだった。
残っていたのは、村の広場の中心に鎮座していた丸い石だけ。ゴブリンたちが崇めていたあの石だ。洪水にも流されず、泥にも埋まらず、ただそこに佇んでいた。妙に生命力のある石だと思う。
「妙に頑丈だな、あの石」
思わず呟くと、隣でゴンタが「スゴイイシ」と真顔で頷いた。そうだな、すごい石だ。
メイコはすでに判断を下していた。
村を移転する、と。
新しい場所は、以前の村から少し東に位置していた。今回の洪水によって木々がなぎ倒され、偶然に開けた場所だ。緩やかな高台になっていて、見通しがよく、再び洪水が来ても水が溜まりにくい地形をしている。倒木や流木が周囲に豊富にある点も、建材として使えて好都合だった。
「よく考えてるな、メイコ」
「アタリマエ」
メイコは短く答えて、また指示を出しに行ってしまった。
なるほど、メイコは頭がいい。被害を受けた場所に固執せず、最善の場所を即断できる。村長というより、優秀な軍師みたいだ。
新しい村の予定地が一望できる高台。俺がその場所から見渡していると、いつの間にか隣に立ったメイコが言った。
「ここに家を建てるのか」
「ソウ、ここ、ケイスケのイエ」
「俺の?」
「ソウ。イチバンイイバショ」
確かに、ここは村全体を見渡せる一等地だ。見通しがよく、風通しもいい。高台のてっぺんに近い位置で、何かあればすぐに察知できる。
でも。
「俺よりも、指導者のメイコの家にしたほうがいいと思うぞ」
「ダメ。ケイスケのイエ」
即答だった。
俺が何か言おうとすると、メイコはもうくるりと背を向けて、他のゴブリンたちに指示を出し始めていた。聞く耳を持つ気がまるでなさそうだ。
これはもう、村全体の総意なのだろう。俺の家をここに建てる、それが決定事項になっている。俺の意見を聞く段階はとっくに終わっていたようだ。
メイコの後姿を眺めながら、なんとなく頭を掻く。
『ここがケイスケの家になるのねー』
いつの間にか隣に浮いていたリラが、軽い調子で言った。
「そうみたいだな」
『いい場所じゃないー。私も気に入ったよー』
「お前は家がいるのか?」
『いらないけどー、ケイスケのそばがいいもんー』
「そっか」
『えへへへー』
そう言ってリラはまたふわりと飛び立ち、作業を始めたゴブリンたちの周りをくるくると飛び回り始めた。最初はリラを見るたびにびくりとしていたゴブリンたちも、今ではすっかり慣れた様子で、リラが近づいても作業の手を止めなくなっていた。慣れるのが早い。
俺も手をこまねいているわけにはいかない。
ゴンタ、ゴンスケ、ゴンザブロウの三人は食料調達の中心を担っていた。ゴンタが先頭に立ち、ゴンスケとゴンザブロウが後に続く。息の合ったチームだ。
ゴンザブロウは首から名札を下げたまま森へ入っていくので、遠くからでもすぐわかる。
「あの名札、本当に大切にしているな……」
『ゴンザブロウ、名前が気に入ってるんだよー』
「お前にはそのへん、わかるのか」
『なんとなくー』
リラの「なんとなくわかる」は、いつも妙に正確だ。俺にはわからない、何か感情の機微を察する能力でもあるのだろうか。
俺は罠の作成で貢献することにした。
木の枝と蔓草を使った簡単な罠だが、森の中に設置していくと、それなりに機能した。翌朝確認すると、小動物が二匹かかっていた。
「オオ、ケイスケ、スゴイ!」
ゴンタに褒められた。素直に嬉しかった。
『ケイスケ、えらいえらいー!』
リラも褒めてくれた。ゴンタとリラに同時に褒められると、なんだか複雑な気持ちになるが、ありがたかった。
「ありがとう。でも、運が良かっただけだよ」
「デモ、スコイ!」
リラは食料調達には関わらないが、たまに道中で危険な生き物を光で追い払ってくれた。頼んでいないのに「えーい!」とやってくれるので、そのたびにゴンタが「タスカル!」と言い、俺が「ありがとう」と言う。それがだんだん定型文のようになっていた。
夜は焚火を囲んで、魔法の練習だ。
教えてくれるのはメイコとリラ。
まずメイコが俺の手をそっと取り、自分の魔力を俺の体に流し込んでくれる。
最初はまったくわからなかった。何かが流れ込んでくる感覚はあるのだが、それが魔力なのか、単なる体温なのか、区別がつかないのだ。
「ムズカシイ?」
「むずかしいな」
「ケイスケ、チカラハアル。アトハカンジルダケ」
力はある、と言われても、感じられなければどうしようもない。
そこでリラが助け舟を出してくれた。
『私には魔力の流れが見えるから、今どこが強く動いているか教えてあげるよー』
リラの指示に従って意識を向けると、確かに体の中に何か流れているような感覚がある。川のようなものではなく、もっとぼんやりとした、靄のようなものが体の内側に漂っている感じだ。
「これか?」
『そうそう! 今ね、右手のあたりが一番動いてるよー』
言われて右手に意識を集中すると、確かに何かがあった。熱いわけでも冷たいわけでもない。ただ、そこに「何か」が存在しているという感覚。
「……なんとなく、わかった気がする」
『わかってきたじゃん! えらいえらいー!』
リラに頭を撫でられる、という感覚はないのだが、ふわりと影が揺れて何かしてくれた。頭を撫でようとしてくれたのだと思っておく。
メイコが満足そうに頷いた。
「ケイスケ、スゴイ。ハヤイ」
「そうか?」
「フツウハモットモット、ジカンカカル」
それはありがたい。スキルの言語習得速度上昇と同じように、魔力の感知にも何か補正がかかっているのかもしれない。
ちなみにリラによれば、俺の魔力はかなりの量があるらしい。
『ねえ、ケイスケって魔力めちゃくちゃあるよ? メイコちゃんの百倍くらいあるんじゃないかなー』
「百倍……」
『いや、もっとかも? よくわかんないや、多すぎて』
「よくわかんないくらい多いのか……」
『うん!』
よくわかんないくらい多い、というのも大雑把な話だが、リラが言うなら本当なのだろう。
これは異世界チートが期待できるかもしれない。
ただ、いかんせん、量があっても使い方がわからなければ意味がない。魔力を感じることはできるようになってきたが、それを外に出して何かを起こすというのが、まだまったくできなかった。
「魔法って、どうやって出すんだ?」
「アタマデイメージスル。ナニカヲシタイト、オモウコト」
「イメージか」
「ムズカシクカンガエナイ。タダ、オモウ」
ただ、思う。
俺は右手に意識を集中させ、火を出したいと思った。
何も起きなかった。
「……」
『あははは! ケイスケの顔、おもしろいー!』
「笑うな」
「ケイスケ、カオ、ムズカシイ」
ゴンタまで言ってくる。
「お前たちは黙っていてくれ」
『えへへー』
まあ、一朝一夕でどうにかなるものでもないだろう。焦らずやっていこう。
練習が終わると、俺は少し気になっていたことをメイコに聞いてみた。
「メイコ、魔法って、ゴブリンはみんな使えるのか?」
メイコは少し考えてから答えた。
「ツカエルモノ、ツカエナイモノ、イル」
「適性みたいなものがあるのか」
「ソウ。メイコ、チョットダケツカエル。ゴンタ、ツカエナイ」
「俺がわかるのは、魔力の流れを感じることだけだから、そのへんはよくわかってないんだよな」
「ケイスケ、スグニツカエルヨウニナル。ゼッタイ」
『そうだよー! ケイスケは絶対使えるようになるよー!』
リラが自信満々に言った。その根拠はよくわからないが、まあ、信じておこう。
そうして一か月が経った。
気づけば村は様変わりしていた。
建ち並ぶ住居は竪穴式のもので、昔の教科書に載っていた縄文時代の絵を思い出すような造りだ。だが実物を目の前にすると、その完成度に素直に感心する。洪水のときの流木や倒木を巧みに利用しているので、木をわざわざ伐採する必要もなかった。ゴブリンたちの建築センスは、俺が思っていたよりずっと高い。
『簡単に家ってできちゃうんだねー』
「だなあ」
リラが感心したように言いながら、村を見渡した。俺も同じ気持ちだった。
俺の家は高台の中心に完成した。他の住居より少し大きく、入り口には例の丸い石が移動されて置かれていた。どうやら俺の家の前に置くことにしたらしい。
「石まで持ってきたのか」
「ケイスケのイエのまえ、イチバンイイ」
メイコが誇らしそうに言った。
こうなったら何を言っても無駄だと学習した俺は、ありがとうとだけ言った。メイコはうれしそうに頷いた。
完成した家の中に入ってみると、藁を敷いた床と、木材で組んだ簡素な棚がひとつあるだけだった。窓はなく、天井も低い。それでも雨風を凌げるし、壁があるというだけで全然違う。
「いい家だな」
「ケイスケノタメニ、ミンナ、ガンバッタ」
「……ありがとう、本当に」
メイコが照れくさそうに目を逸らした。照れるのか、メイコは。
『ケイスケの家、いい感じだよー!』
「そうか。お前も住むか?」
『住まないけど、影があるからいつでもいられるよー』
「そうだな」
見渡せば、ゴブリンたちが思い思いに動いている。食料を運ぶ者、住居の仕上げをする者、子供のゴブリンが走り回っている。ゴンザブロウは名札を誇らしげに胸に下げたまま、何やら荷物を運んでいる。ゴンスケはゴンタの隣でいつものように何か食べている。
一か月前、俺はドラゴンに吹き飛ばされていた。
それが今は、こうして村の復興を見守っている。
なんだかんだで、この村は俺の居場所になっているんだなと、そんなことをぼんやりと思った。
「メイコ」
「ナニ?」
「この村、大きくなっていくな」
「ウン。モットオオキクナル」
メイコは確信を持った顔で言った。
「そうだな。大きくなるな」
『ケイスケのおかげだねー』
「俺は何もしてないけどな」
『それでもだよー』
リラがそう言って、俺の肩のあたりをふわりと漂った。
『ねえ、ケイスケ』
「なんだ?」
『ここ、いいところだねー』
俺は少し考えてから、頷いた。
「そうだな」
焚火の煙が、夕暮れの空へゆっくりと立ち上っていった。
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