第1話:アウグストゥスの目覚め
「――バルト様! バルト様、しっかりなさってください!」
鼓膜を揺らす悲痛な叫び声で、俺の意識は強引に覚醒へと引き戻された。
(……うるさいな。ここはどこだ?)
ひどい頭痛に眉をひそめながら、俺はゆっくりと目をあける。
視界に飛び込んできたのは、見たこともない大理石の天井と、アンティーク調の豪華なシャンデリア。
そして、俺の顔を涙目で覗き込んでいる、見知らぬ老紳士の姿だった。
「おお……! お気がつきになられましたか! 神の御加護を!」
「あんたは……?」
「何を仰るのです、ハンスにございます! 高いベッドから転落された衝撃で、記憶が混乱されているのですか!?」
ハンス。その名を聞いた瞬間、俺の脳内に、自分のものではない濁流のような記憶がドッと流れ込んできた。 ここは地球ではない。
数千の星系を支配する人類最大の国家『ガルガニア神聖帝国』。
その最果てにある、大気が薄く資源も枯渇したゴミ溜めのような辺境惑星『レムス』。
そして俺の今の身体は、帝国の権力闘争に敗れてこの地に追いやられたアウグストゥス家の嫡男――わずか5歳の幼子、バルト・フォ・アウグストゥス。
(嘘だろ……。俺は確かに、29歳の冬に野垂れ死んだはずだ)
前世の最期が脳裏をよぎる。 他人のために尽くし、騙され、全てを失って冷たいアスファルトの上で息絶えた、あの惨めな夜。
そして――闇の中で出会った、ストライプの燕尾服にシルクハットをかぶったあの案内人の不敵な笑み。『未回収の因果を逆転させましょう。今世ではどうぞ、ご自身の為だけに我が儘に生きてくださいませ』
(あいつの言っていたことは、現実だったのか……!)
俺は自分の手を見た。
ふにふにとした、あまりにも小さく短い、5歳児の子供の手だ。
だが、その小さな身体の内側には、前世の自分よりも明らかに強大な魔力の萌芽が静かに息づいていた。
「バルト様、大変な事態にございます!」
ハンスが青ざめた顔で、宙を指さした。「貴方様が倒れられている間に、我が領民の生命線である『大気精製魔導プラント』が完全に沈黙いたしました! 帝国の型落ち品ゆえに予備パーツもなく、このままでは数日でドーム内のマナ(魔力)と酸素が枯渇し、我々は全滅いたします!」
「魔導プラント……?」
俺が戸惑うのも無理はなかった。
ハンスが操作したホログラムディスプレイには、歯車と魔法陣が刻まれた、巨大な「工場」の映像が映し出されていたからだ。
(待て。剣と魔法のファンタジー世界じゃないのか? なんだよこのホログラムや宇宙時代のテクノロジーは……!)
小さな身体を揺らしながら窓の外を見遣ると、そこには息を呑むような光景が広がっていた。
漆黒の宇宙空間。きらめく星々の間を、巨大な「宇宙戦艦」が光の尾を引きながら巡航している。
だがその船体には、煌々とした魔法陣の光がエフェクトとなって浮かび上がっていた。
ここは、剣と魔法が息づく世界でありながら、その魔法技術で宇宙進出を果たした「星間国家」の時代なのだ。
エルフもドワーフも宇宙船に乗り、魔導師たちが人型機動兵器を駆って星の海を駆ける、とんでもないスペースオペラの世界――。
「大公家からこの死地に追いやられ、わずか5歳のバルト様にこのような重荷を背負わせるなど……アウグストゥス家は、本当にここまでなのですか……」
ハンスが絶望に肩を落とす。 29歳で理不尽に死んだ俺。
5歳にして、実家から使い捨ての駒としてこの最果てに捨てられたバルト。
二つの不条理な運命が、俺の中で一つに重なった。
(ふざけるな。二度も理不尽に殺されてたまるか。5歳だろうが何だろうが関係ない。今度こそ、俺は俺のために、我が儘に生き残ってやる……!)
小さな拳を強く握りしめた、その時だった。
『――ポーン。対象の精神的覚醒を確認。【因果システム】を起動します』
脳内に、案内人の声をどこか思わせる、無機質な電子音が響いた。
『貴方様の前世における【善行ポイント】を計上します……トータルスコア:999,999,999ポイント。システム最高ランクを検出。固有スキル【因果応報】を開放します』
(これだ……あいつが言っていた力!)
『【因果応報】の効果:貴方様が過去に受けた不条理な害意、および未回収の善行をエネルギーに変換し、現実を書き換えます。ポイントを消費し、あらゆる事象を『最適化』できます』
視界の端に、カンストした莫大なポイント数が表示される。
前世の俺の善意は、決して無駄ではなかった。
宇宙のシステムは、俺の徳をすべてカウントしていたのだ。 この圧倒的な「貯金」があれば、5歳の子供だろうが、銀河の果てだろうが、なんだってひっくり返せる。
「ハンス、案内しろ。大気精製魔導プラントへ行く」
「えっ? しかしバルト様、まだ5歳のお身体でそのような場所へ行っても修理の方法など――」
「いいから行くんだ。アウグストゥス家が、この程度で滅びると思うな」
俺は幼い身体に力を込め、大人のように不敵に微笑んでみせた。
前世で優しすぎて死んだ男は、もういない。
ここからは、俺の、俺による、俺のための新しい人生の始まりだ。




