第十五話 うるさい作者がまた帰ってきた!!
第十五話 うるさい作者がまた帰ってきた!!
夜の街。
涼太と蓮は肩を並べて歩いていた。
街灯に照らされた二人の影が、長く道路に伸びている。
時折、車が横を通り過ぎていく。
二人は学校であった出来事を話しながら、のんびりと帰り道を歩いていた。
そんな時だった。
「なあ、涼太」
「ん?」
蓮がふと思い出したように尋ねてきた。
「お前さ、前はちょっと寂しかったりしたのか?」
「……え?」
涼太はきょとんとして、蓮のほうを向いた。
「なんで急にそんなこと聞くんだよ?」
「別に寂しくなんかなかったけど」
「いや、なんとなくさ……」
蓮は少し考えてから続けた。
「前のお前って、よく誰もいないところに向かって喋ってただろ?」
「……」
涼太の表情が固まった。
「でも最近、そういうの見なくなったからさ」
「急に普通になったなって」
「おい! 急に普通になったって何だよ!?」
蓮は思わず吹き出した。
「ははっ、悪い悪い」
「ちょっと気になっただけだって」
「……」
涼太は気まずそうに頭を掻いた。
——まずい。
——こいつ、ずっと気づいてたのか!?
どう説明すればいいんだ?
まさか、本当に作者と喧嘩してましたなんて言えるわけないし……。
「そ、その……」
「実は、小説のこと考えてたんだよ」
「小説?」
「ああ。俺、小説書いてるんだ」
涼太はできるだけ平然とした顔を作った。
「たまにキャラの会話を考えてると、つい声に出しちゃうことがあってさ」
「……そんなに変か?」
蓮は納得したようにうなずいた。
「へえ~、小説書いてるんだ」
「面白そうじゃん」
「じゃあ、別に変じゃない?」
「初めて見た時は、正直かなり変だと思ったけど」
「やっぱり変なんじゃねえか!」
「はははは!」
蓮はひとしきり笑ってから、また口を開いた。
「でも、もう慣れたよ」
「クラスのみんなも、だいたいそんな感じじゃないか?」
「……マジで?」
涼太はため息をついた。
「それ、なんか面倒くさいな……」
「だったら、みんなに言えばいいじゃん」
「何を?」
「小説書いてるってこと」
蓮は当たり前のように答えた。
「そうすれば、別に変だと思われないだろ?」
「……」
涼太は想像してみた。
教室の前に立ち、クラス全員に向かって堂々と宣言する自分。
『みなさん! 実は俺、小説を書いてます! だから誰もいないところに向かって喋ってたんです!』
「……」
いや、無理だ。
想像しただけで恥ずかしい。
「やっぱやめとく」
涼太は慌てて手を振った。
「クラス全員に知られるのはちょっと……」
「余計に面倒くさくなりそうだし」
「そっか」
蓮は軽く肩をすくめた。
「まあ、お前がそう言うならいいけど」
「小説、頑張れよ」
「……ありがとな」
涼太は少し照れくさそうに笑った。
二人は再び歩き始めた。
そして、しばらくすると。
いつの間にか、交差点まで来ていた。
蓮が足を止め、片方の道を指差す。
「俺、こっちだから」
「涼太は?」
「俺はあっち」
涼太も別の道を指差した。
「じゃあ、ここでお別れだな」
「ああ」
蓮は手に持っていた買い物袋を持ち直した。
「じゃ、また明日学校で」
「おう、また明日!」
二人は軽く手を振り合い、それぞれ別の道へ歩き出した。
涼太は一人、夜の街を進んでいく。
その時だった。
どこからともなく。
妙に哀愁漂うBGMが流れ始めた。
「……ん?」
涼太は足を止める。
そして、顔を上げた。
前方の街灯の上に、一人の男が立っていた。
灰色のコートが夜風に揺れている。
月を背にした男は、眼下の涼太を静かに見下ろしていた。
次の瞬間。
聞き覚えがありすぎる声が、涼太の頭の中に響き渡る。
『あの男はいったい何者なのだろうか……』
『なんと凛々しく……』
『そして、なんと孤独なのだろう……』
『背後から差し込む月光が、その雄大な姿を照らし出す……』
『うわっ!』
『かっこよすぎるだろ、あの男!!』
「……」
涼太の肩から、一気に力が抜けた。
「……降りてこいよ!」
「何やってんだよ、そんなところで!?」
「それより、小説の清書は終わったのか!?」
『ふっふっふ!』
作者は街灯の上から勢いよく飛び降りた。
着地すると、ずかずかと涼太に近づき、その肩に腕を回す。
『もちろんだとも~!』
『全部書き写し終わったぞ!』
『これでようやく、愛しの主人公のもとに帰ってこられたってわけだ!』
「誰が愛しの主人公だよ!」
涼太は作者の腕を振り払った。
しかし作者はまったく気にした様子もなく、ふと思い出したように読者のほうを向いた。
『あっ、そういえばさ~』
『僕たち、また一か月くらい更新してなかったよね』
「……は?」
『いや~、仕方なかったんだよ~』
『ちょうど台湾の中秋節があって、そのあと体調も崩しちゃってさ』
『おまけに仕事まで忙しくなっちゃって』
『もう次から次へと大変だったんだから~』
「……ちょっと待て」
涼太がゆっくり振り返る。
「今、何て言った?」
『仕事が忙しかったって?』
「そこじゃない!」
『……中秋節?』
「それでもない!」
涼太は作者を指差した。
「また一か月も更新してなかったのか!?」
『……』
作者はぱちぱちと瞬きをした。
『えへっ』
「可愛くごまかすな!!」
涼太は思わず声を張り上げた。
「まったく、毎回毎回!」
「そんなんじゃ、読者さんたちにちゃんと更新してるって信じてもらえないだろ!?」
『いやいや~、そこはちょっと大目に見てよ~』
作者は両手を合わせ、いかにも申し訳なさそうな顔をした。
『下書きはちゃんと進めてたじゃん?』
『まだ整理できてなかっただけなんだって~』
「下書きしてたのは俺だって知ってるよ!」
涼太は腕を組んだ。
「でも、読者さんたちは知らないだろ!」
「せめてお知らせくらい出せよ!」
『それがさぁ……』
作者は気まずそうに頭を掻いた。
『あのサイト、いまいち使い方が分かんないんだよね』
『日本語の画面を翻訳しても、よく分かんないところがあってさ……』
そう言いながら、ポケットからスマホを取り出す。
画面を何度か操作すると、涼太の目の前に差し出した。
『ほら、これってどういう意味?』
「……」
涼太は画面を見つめた。
そして、ゆっくりと作者へ顔を向ける。
「なあ」
『ん?』
「俺って今、日本の高校生だよな?」
『そうだね』
「じゃあさ」
「俺が読めるのは日本語と中国語、どっちだと思う?」
『……』
作者は黙り込んだ。
そして、そっとスマホを引っ込める。
『……確かに』
「お前、何考えてんだよ……」
作者は再び頭を掻いた。
そして突然、読者のほうへ向き直る。
『と、とにかく!』
『みんな、許してね~!』
「ふん!」
涼太は不満そうに鼻を鳴らした。
「毎回そればっかり!」
「読者さんたちだって、もう聞き飽きてるって!」
『うぅ……』
「今回はちゃんと説明しろよ!」
作者はうつむいた。
『うーん……』
数秒ほど考え込む。
そして、ぱっと顔を上げた。
満面の笑みを浮かべて。
『不定期更新です!』
ゴンッ!
『痛っ!?』
涼太が容赦なく作者の頭を小突いた。
「『不定期更新』の一言で済ませるなって言ってんだよ!」
『えええっ!?』
作者は頭を抱えた。
『じゃあどうすればいいのさ!?』
「簡単だろ!」
涼太は腰に手を当てた。
「予定どおりに更新できそうにないなら、前もってお知らせを出す!」
「最近忙しいから更新が遅れそうですって、それだけでもいいんだよ!」
「何も言わずに、読者さんたちをずっと待たせるなってこと!」
『……』
作者は目をぱちくりさせた。
『それだけ?』
「それだけって何だよ!?」
『いや、てっきり毎週一本は書けって言われるのかと……』
「お前が仕事してることくらい、俺だって知ってるよ!」
涼太はため息をついた。
「病気だって、好きでなったわけじゃないだろ?」
「でも、そういう事情は読者さんたちには分からないんだからさ」
『……』
「前にも更新予定を発表したことあっただろ?」
「結局、守れなかったじゃん」
「ああいうのって、気まずくないのか?」
『……めちゃくちゃ気まずい』
作者は小さな声で答えた。
涼太はそんな作者を見つめる。
「だからさ」
「守れるか分からない約束は、無理にしなくていいんだよ」
「本当に何かあった時は、前もってみんなに伝える」
「それでいいだろ?」
作者はしばらく黙っていた。
やがて、頭を抱えていた両手をゆっくり下ろす。
『……分かったよ』
『ちゃんとするってば』
涼太はまだ何か言おうとした。
けれど、珍しく素直な作者の様子を見て、結局その言葉を飲み込んだ。
涼太だって、本当は分かっている。
作者が忙しいことくらい。
仕事も、体調のことも。
ほかにも、現実にはやらなければならないことがたくさんある。
何もかも予定どおりに進むわけじゃない。
それに。
以前、読者に更新予定を伝えておきながら、結局守れなかったこともあった。
あれは涼太自身も、少し気まずく思っていた。
だけど……。
「……せめて、読者さんたちには伝えようよ」
涼太はぽつりと呟いた。
「だって、みんな本当に時間を使って、俺たちの物語を読んでくれてるんだから」
作者が少しだけ顔を上げた。
『……』
涼太は作者を見ずに続ける。
「忙しくて更新できない時だってさ」
「ちゃんと一言、伝えたほうがいいだろ?」
『……うん』
今度の作者は、ふざけなかった。
ただ、小さくうなずいた。
『分かったよ』




