112話 ぐるり
泥をかき分ける。
遺体をまとめるためだ。
聖教団は、幾度も大戦を経験したからこそ死者のための祈りを大切に想う。
戦いの余波は大きく、一部傷つけてしまっていた。
「よし………これで全員だろう?シャロン。」
「えぇ、合計五十人だったはずです。騎士様。ありがとうございます。」
ヘルミーナさんはスコップを木々に立てかけ、手をはたいた。
傍には村長の娘さん。
髪は短くそろえられていたが、傷んでいた。
洞窟に潜んでいた元村民たちの中でも、特に荒んでいるように感じたのを覚えていた。
既に夜が二度も過ぎ去っていて、私とヘルミーナさんが動けるようになるまでそんなにかかってしまった。
教団への掛け合いは終わり、私たちが立ち去ってから保護されることになっている。
村長の娘として、シャロンは彼女らをまとめることを約束した。
そして、シャロンだけが倒れた者たちに別れを告げることを許された。
盗賊として彼女たちを食わせようとした男、エヴァン。
戦える者を切り捨てる判断をしたかつての村長、ギャロン。
どちらも、善良であると断ずることは出来はしない。
大々的に見送ることは出来ず、それはシャロン含め全員が分かっていた。
『偉大なる女神よ。貴女に賜りし神剣を通じ、この者たちを弔いたまえ………。』
ヘルミーナさんが剣を天にかざすと、火花が降る。
亡骸たちを包み込み、白き炎は煙を上げていく。
聖教団は火葬を古くから用いていた。
土地を転々としなければならない者のため。
墓を用意できない貧しい者のため。
現世を恨み、生ける屍に成り得る者のため。
多くの合理的な理由もあるが、かつての信徒たちが付けた意味は別にある。
「………本当に、ありがとうございます。」
気づけば、シャロンは泣いていた。
罪の意識と皆を守ること。
その狭間で気丈に振舞っていた彼女が泣いていた。
その首元には木彫りのネックレスがあった。
彼女が自ら彫った祈り木。
それは聖教団にとっての根幹。
貧しい中での支えであり、
誰かを想うための祈りであり、
女神と自身に対して立てた誓の証。
死んでしまった者のために、その祈り木を燃やして天に送る。
火葬にここまでの意味があるからこそ、私たちは二日も待ったのだ。
黙祷を止め、二人の姿をチラリと見る。
………私の沈黙は、二人とは違っていた。
この儀式は当然だが尊重している。
だが、それ以上に大切な物もあった。
エルファノは教団本部から戻ってしまっているだろう。
あの賢者の亡霊は彼女の策略か?
穢典庫にいた黒い手の正体は?
………教会に残ったフレイとシアは無事だろうか。
ぴしゃり。
平手で軽く、自身を打った。
頭に浮かんだ考えを押しのける。
大丈夫、私の嫌な予感は当たらないものだ。
死んだはずのフレイは生きていたし、
死ぬと思った戦いもなんだかんだ生きていた。
だが、ヘルミーナさんの腰には手紙があった。
教団からの指令文。
女神様の紋章が浮かぶそれには、早急の帰還命令が記されていた──
馬はけたたましく道を踏み鳴らす。
それは馬をめっぽう速く走らせている証で、魔物すら逃げる勢いだった。
馬車は途中で切り捨て、馬一匹に二人が跨る。
手綱を取るヘルミーナさんには汗が浮かんでいた。
………傷が痛むわけじゃない。
「何があるんだ………!?」
街には人の気配が消えていた。
私たちの教会の付近、十数分の範囲には生活音が一切無い。
私も唾を飲み込んだ。
感じたことの無い大きな気配。
それも二つの魔力を肌で感じてしまっていた。
馬はけたたましく道を踏み鳴らす。
教会を目視で捉えた。
子供たちの気配は無く、数人が庭に立っている。
「何が……何があったんですか!?」
張り上げられた声は、一人に向けられていた。
彼女は無表情で、数人を見下ろす。
聖教団の衣装に身を包んだ女性。
教会を支え続け、擦り切れた祈り木をかけた女性。
しわがある手で働き続け、優しい騎士を育てた女性。
「おかえりなさいヘルミーナ。」
エルファノは自分の子供に微笑みかけた。
私は周囲を一瞥した。
私とエルファノの間。
そこには三人が地に伏せていた。
シアは剣を辛うじてで握っている。
フレイは血を流し、膝を着いている。
そして──
「なぜ………なぜ、ミロが倒れているのですか!!」
ヘルミーナさんは馬を降り、友人を抱きしめた。
私は、静かに杖を握った。
「ミロは悪魔を崇拝していたのです。だからこそ教団から援軍を要請しました………。」
エルファノは傍にいた者を指し示す。
白い翼に、女神から与えられた神弓を携えた二人。
聖教望天団の精鋭天使──
騎士団は人々を守る剣。
司教団は人々を導く教え。
──天使族から構成される望天団は、人々を裁くための女神の矢だ。
「ヘルミーナ。大儀は、正義はこちらにあります。」
「私は信じられません!エルファノさん!!」
ごほん、ごほん、ごふッ。
教会の奥から、咳払いが聞えてくる。
小太りの男は緑色の書を指し示しながら歩き寄って来た。
「わたくしは拝聴司祭、フィルミーノ!これは罪人ミロが執筆した悪魔崇拝の書でございます!」
「本部からお越しいただいたのよ。他に証拠が必要なら筆跡やら物的証拠やら、なんでも持ってくるけれど?ヘルミーナ。」
騎士は、怯えた目で見上げていた。
両腕を掲げたエルファノは我が子を見下ろし、諭していた。
「シア、フレイ、イザベラは教団を裏切った罪深き者!共に裁きを下すとしましょう!」
私は、魔力を練り始めた。
戦いは避けられないだろう。




