113話 裁きの手
兜を被った天使が二人。
エルファノに、小太りの男。
それに彼女まで加われば勝ち目はない。
杖をヘルミーナさんの背中に向ける。
戦い始めれば詠唱の隙をくれるとは思えない。
だから、この初撃は不意打ちしか無かった。
『凡てをーー』
喉が千切れそうなほど魔力を圧縮した。
その場の全員がピクリと僅かに動く。
だが、魔力を練る段階までは出来た。
天使が動き終えるまでの一瞬に賭けている。
大丈夫だ。間に合うに決まってる!
私はもう一人前の魔導士だ。
学校で何度も練習してきた。
立ちはだかる敵を何度も退けてきた。
その上、詠唱の短い初級魔法。
『焼く炎となれ!初ーー』
だが、分かってしまう。
天使の矢の方が何倍も速い。
流麗な手つきは弓を引き縛り終えていたーー
『飛打』
地面から僅か五センチの位置から声が聞こえた。
フレイは何かを飛ばした。
それは私の火球よりも早い。
天使の放とうとした裁きの矢よりも早い。
真正面のエルファノへ向かって飛んだ。
一人を除いて、誰も反応すらしなかった。
バリンッッ!!!
地面に座っていたヘルミーナさんが消えていた。
飛来る何かを撃ち落とした音だった。
パラパラと破片と粉が舞う。
「どう言うつもりだ…?レイ。…いやフレイか?」
「…おしゃべりするほども余裕は無いですよ。」
状況に、私は青ざめた。
不意打ちは失敗どころか、ヘルミーナさんの逆鱗に触れた。
今の動き、その立ち上がりすらこの場の誰も追えていなかった。
迷いを止めた彼女に勝てる策はない。
「……エルファノさんに手を出すんなら、私の敵だ。」
「あぁ、勘違いしてます?」
フレイはうつ伏せのまま不敵に笑って見せた。
「アンタだよ、おしゃべり余裕すら無いのはさ。」
胸元に手を突っ込む!
素早い動き。
だが、正確に何かを取り出す。
火のついた小さな何か。
「マッチ棒……!」
爆発のイメージが迸る。
魔界で入手した戦術爆薬の小瓶が思い出された。
「じゃあこりゃ火薬かぁァァァァ!!!?」
小太りの男が叫ぶ。
天使二人は跳び退く。
ーー粉塵が舞う。
ヘルミーナさんはフレイに組み付いた。
投げつけられた粉末を纏わり付いていた。
手元から溢れた火は、地面に落ち始める。
フレイごとぶっ飛ぶつもりだ!
耐えられる訳ない!死んじゃうよ!
やばいやばいやばい!
マズイに決まってる!
はぁ!?私はどうすれば!?
逡巡の最中も、か細い火は落ちていく。
ポトリ、
マッチは地面に落ち切った。
「ハッタリですよ…。」
地面を足が滑る。
体勢をわざと崩したフレイは、粉塵を巻き上げる。
彼女の目に入って、本当に僅かに隙を作る。
フレイが、逆にヘルミーナさんを捕らえていた。
掴まれた手で、彼女の祈り木を掴んでいたから。
全員の混乱。
その一瞬の隙に、シアが跳ぶ。
蒼き剣が天使の羽に掠る。
「貴様っ!」
彼女は精鋭部隊。
長い戦いの経験値があるからこそ、シアの間合いから立ち去る。
いや、逃げてしまう。
「イザベラ!エルファノさんはよろしくね!」
シアは道を開けたのだ。
立ちはだかっていた天使は慌てるが、もう遅い。
「ハァッ!!」
杖を、思いっきりの全力で振り下ろした。
「ッ!」
だが、止められた。
左目から黒い涙が、彼女から溢れていた。
肩までドロリと垂れ落ちる。
「……してやられたわね。」
涙は怨念を形取り、手となって杖を押さえていた。
追撃。
私は蹴りをブッ放す。
エルファノは人差し指で右目を拭う。
飛び散らせた雫は教会の壁まで辿り着く。
そして、黒い手が扉を掴む。
指を木の扉にめり込ませて力を込めた。
蹴りが着弾する前に、伸びた手がエルファノを引き寄せた。
彼女が入り込むと、教会は締め切られる。
私は駆けた。
走りながらに後ろをチラリと見る。
気絶した小太り以外は戦いを始めている。
天使の矢は地面を消し去り、
聖教騎士の神剣は炎でフレイを襲う。
目線を教会へと戻す。
大股で三歩。
全力で足を前に投げ、身体を強引に進める。
エルファノは笑っていた。
教会の中に、私は誘い込まれているのだろう。
あの女は、僅かに笑っていた。
上等だ。
タイマンまで持ってきてくれた。
私が勝って終わらせる。
教会の中は木で覆われている。
だが今日は子供たちの声は無い。
石造りの壁からは生気を感じられはしない。
「“これ“のことは隠してたのよ。」
異質な反響音だ。
普段は有り得ない場所からの声。
「ヘルミーナには不信感持ってほしくは無い。だからわざわざ天使の二人を寄越してもらったのよ?」
天井を見上げる。
黒い二組の腕に支えられ、彼女は張り付いていた。
「時間稼ぎは無しよ!フレイとシアが危ないんだからね……。」
「……じゃあサッサと始めなさいよ。」
上に立つエルファノは、当然のように見下していた。
杖を構えた。
黒に覆われた上空から、手が降りて来ていた。




