111話 黒衣で高位な魔法使い
目を開けると光が迫っていた。
魔力の塊。
何が起こるかは分かりはしない。
だが、漠然と死だけを理解した。
「起きたか………」
飛来する光が、切り裂かれた。
私に向かっていた死は遠ざけられる。
いつの間にか、騎士がいた。
「ごめんけど、呆けている時間はあげらんないよ………」
彼女には雷撃痕がいくつもあって、周囲の木々はそれ以上に焼け焦げていた。
小雨の降る大地に、蒸気が吹きあがる。
骸は私たちを見下ろしていた。
ヘルミーナさんは大剣を片手で持ち直す。
──そして………。
「痛っ!」
げんこつを振り下ろされた。
「だから、時間無いから他人事みたいに呆けないでよ!」
「はい、すみません。」
チラリと空を見る。
出方を伺っていた今の間も、あの骸に隙は無い。
私は、魔力を練っている。
いや、私が知る限りの全員が魔力を練る。
空の化け物は常識とは違っていた。
魔力は流れだ。
魔力を練るというのは、その流れを溜めてから放つことだ。
だが、あれは魔力を高圧で循環し続けている。
人類が溜めることで実現する魔力出力を、いや、それ以上の力を。
あいつは常時、いつでも放つことが出来るのだろう。
「………援護は頼むからね」
ヘルミーナさんは白太刀を振るっていた。
骸の賢者はそれを紙一重で避け、だが逃げることはしない。
私は杖を向けた。
『凡てを焼く火種となれ!初級火球魔法・日火!!』
『■■■』
骨の手は雷球を操る。
私の火球を打ち消しつつも、まだ余りある魔力をヘルミーナさんへ押し付ける。
それを彼女は大剣で受ける。
雷を纏う拳は重く、踏ん張り切れず彼女はのけ反った。
数メートル。地面に足を滑らせた。
「キツイねぇ………」
この攻防は僅か数秒。
だというのに、私の残存魔力は半分を割っていた。
誰も言葉は発さない。
だが、私は誰よりも畏れていた。
魔道士の高みを肌で感じ取っていたからだ。
重なって聞える声は詠唱速度を向上させ、私では追いつけない。
淀みない魔力の流れは剣を弾くほどの攻防力を実現していた。
何より、剣士相手に接近戦をこなせる経験値。
………賢者、その名に偽りは無い。
正に怪物だった。
「ヘルミーナさん、その”神剣”での浄化だけが勝ち筋なんですけど………?」
「………エヴァンの水球を喰らってここ一帯が湿地に変えられた。」
彼女の顔は曇っている。
額に滲む水滴は、雨粒だと信じたい。
「神剣は”着火”するんだ、最初の火花が出せない………」
………実力では、私の方が圧倒的に弱い。
私が起きるまで、ヘルミーナさんは明確な痛手を与えられていない。
何もしなければ勝利は無い。
だが、魔法は魔道国の高めた技術、人間の英知そのものだ。
「時間をください………!私が何とかします………!」
魔法の威力は出力と詠唱量の積!
出力で負けても、詠唱の時間さえ稼げればチャンスはある!!
隣にある口角があがった。
「何秒?」
「四十二秒」
彼女は目を細めて声を絞り出す。
「キッツゥ………!」
白太刀を手に、彼女は跳んだ。
音が遅れて走るような速攻が、骸を掠める。
私は叫ぶ。
『血流よりも熱く、空の星よりも輝く炎よ!』
振り下ろした大刃を返し、真上へと切り上げる。
『■■』
雷ではない。
一瞬、両者の周りが歪んで見えた。
雨粒がやけに速く落ちていた。
気が付けば、ヘルミーナさんが。
地面に圧し潰されている。
「………重力!」
彼女のうめき声に僅かに怯んだ。
だが………!
『聖滝をも干上がらせ!異界の目をも潰し!
太陽神をも退ける傲慢な炎よ!我が願いに応えよ!!』
今は信じるしか無いッ!
ヘルミーナさんが時間すら稼げないなら最初から勝機は無いだろう!?
『あらゆる不条理も、あらゆる災厄も………!』
彼女が伏せた地面へ、死者の手が延びていく。
地面は泥。
最初に私が気絶させられたみたいに、地面から通電する。
今!何とかしてくれないと二人共死ぬ!!
地面に引き寄せられ、彼女は沈んでいっている。
「あぁぁッ!もう!!」
地面の泥を彼女は口に含んだ。
割れた携帯用の小瓶が散らばっていることに、私は遅れて気が付いた。
『あらゆる因果をも消し飛ばせぇ!!!』
剣は振るえない。
だから、彼女は骸の足へと縋り付いた。
鍛えられた騎士を振りほどけるほどのパワーは、骸の身体には無い。
ブゥウッッツ!!
泥にまみれながら、聖水を拭きつけた。
「………!」
骸の賢者は右手を空に掲げる。
骨の拳は、自身の足へと振るわれた。
空を舞い、亡者は初めて逃げた。
「………そうしなきゃ死んでたから?」
口の中に残った泥水を吐き出しながら、女騎士は立ち上がった。
『顕現せよ!今こそ栄光の時が来た………!』
剣を構えて、私との間に立ちふさがってくれている。
左腕はダラリと垂れさがり、右瞼は落ちている。
満身創痍の最後のあがき。
だが、私の詠唱ももうじき終わる。
あと数秒。
「来いッ!!」
片腕で掲げた大剣に、亡者の姿が映る。
『■■』
すれ違った。
そう思った瞬間に、光が世界を照らす。
轟音は、比喩では無く、本当に森を大きく揺らした。
雷が落ちた。
そして、理解してしまった。
間に合わない。あちらの方が速い。
『最高位──』
賢者を睨んだ。
魔道士としての高みを手に入れながら、
やることは弱者の日常を奪うこと。
理不尽さへの憎しみは、私の魔力を高めていた。
その時、初めて亡者の顔が見えた。
──笑っている?
『ッ…………!最上位火炎魔法!!』
『■■■』
魔道士としての戦いにおいて、決着。
それは、真正面からの魔法のぶつけ合いだ。
上等だ………。
一片残さず消し飛ばす!!!
『■■■■■』
『魔道霊の王炎!!!』
迸る魔力はぶつかり合い、小細工無く決着をつける。
「…やっぱり、これでも届かない………。」
私の全てをかけた炎を、雷が貫いた。
自分の身体が焦げていく感覚だけがある。
私の負けだ。
放たれた熱は、一気に森を覆った。
雨をも退かせる規模の衝突だった。
「………ありがとうね」
火球に空けられた穴から、人影が見えた。
「聖水であそこまでダメージがあるなら、この”聖炎”なら消し飛ばせるよ………!」
『■■──』
賢者は身を翻し、雷撃を放とうとした。
泥まみれの騎士は、剣を空に掲げた。
『偉大なる女神よ!神剣・ケネットの白大刀へ力を与えよ!!』
遥かなる天空で、火花が散った。
雲の切れ目から、最初の炎が降臨した。
『■■………■…………………………………』
刀身は炎を纏い、亡者を焼いた。
「私たちの勝ちだな………。」
目の前の英雄は泥まみれで微笑んだ。




