108話 盗賊団
森の中。
だが、妖精の森のような明るさは無かった。
先人が踏み分けて出来た道には影が射し、どこか鬱屈とした空気が留まっていた。
「三十人ほどの規模らしいんだけど…………依頼を受けた冒険者がかなり失踪している。
確か、魔法を使えるんだよね?自衛は出来るの?」
前を行くヘルミーナさんの声は木々に吸い込まれ、周囲に染み渡る。
「……土を操る魔法が得意なので、ゴーレムも作れます。
森の中の近距離戦も多少は出来るかと。」
「よし。魔法使えるってのはいいもんだね。」
私と彼女だけで出発してから数時間。
盗賊団の掃討依頼を取り下げ、教団としての聖務として当たることになったらしい。
「かなり被害が出ていてね。
冒険者だけじゃなく、商会の馬車が消えている。」
”これ以上は見過ごせない”
その思いが目から読み取れた。
………彼女の真っ直ぐさから目を逸らしつつ、私は言葉を紡いだ。
「………ヘルミーナさん。あなたの戦い方も聞いておいていいですか?」
「ん、そうだな。連携できた方が良いしな。」
彼女を僅かとは言え、疑っている。
教会にはフレイとシアに、ミロさんが残ってくれている。
その上、エルファノは本部教会に向かったらしい。
だから、個として警戒すべきは彼女だけだ。
ヘルミーナさんは祈り木をつまんでから、話を始めた。
「私は剣を振るしか出来ないんだ。」
その声はどこか遠く、誰かに向けたようなものだった。
「教団に拾ってもらうまで教育を受けてこなかったから、呪文も操れない。
拾ってもらってから、どんだけ祈っても女神様の声は聞こえやしなかった。」
「ヘルミーナさん………。」
「あぁ、同情は要らないよ?逆に言えば、私は剣が振るえた。」
背負う大剣を抜いて、言葉を紡ぎ続ける。
「ちょっとした手柄を上げられたから、神剣を賜った。
私自身に才能は無かったが、ミロから加護を受け取っている。」
「加護を受け取った………ですか?」
森の中を睨みながら、彼女は胸を張って答える。
「声が聞こえようが聞こえまいが、救われるべき者は多い。
女神様の教えに従ってそれらを救うのが聖職者の役割だ。」
彼女の大きく息を吸う。
私ではなく、森の中へ声を届けた。
「今降伏するのなら、教団へ掛け合うことを約束しよう!」
女騎士が剣先を向けると、肌で緊張が感じられた。
「断る!」
轟いた声は若い男のものだった。
赤いスカーフを巻いたひげ面の大男。
鞘を持たない背中の剣はその恰幅を超えている。
粗雑な刃先は持ち主の気性の荒さを表すようだった。
「総路商会の連中に騙されて………土地を奪われた!!」
森を震わすほどの大声に合わせ、次々と男たちが現れる。
「………総路商会は教団とも関わっている。だから、断るのか?」
その人数は想定を軽く超えている。
だが、情報の二倍以上の人数が現れてもヘルミーナさんは引かなかった。
「アンタは教団に救われたらしいが、それはアンタが無辜の民だったからだろう?」
大剣の刃がこちらに向けられる。
棟梁らしき男は、血の錆びを私たちに見せつけた。
「俺らはスデに大勢を襲った。法に照らせば当然罪人だ。」
「…………。」
「教団も、金持ちも、貴族も、商人も、…………民衆もだ。
全員が俺らを許すつもりは無いだろう。」
男の静かな叫びだけがこだまする。
私たちも口を挟むことは出来なかった。
「俺らが飢えていたなんてどうでもいいんだろうなぁ。」
ヘルミーナさんは、黙って剣を強く握りしめた。
全員が武器を構えている、静かな緊張。
「理不尽でならねぇ!」
それを打ち破る声があった。
「テメェの判断なんざどうでもいい。どうせ負けりゃあ全滅だろ!?」
その声には怨念が詰まっていた。
衣食住に困ることの無かった私では、到底共感できていないのだろう。
その叫びは。
感じるより、ずっともっと深い慟哭だったはずだ。
「──分かった。」
騎士は大剣を構え、飛び出していた。
打ち付ける金属音は、けたたましく響いている。
盗賊の頭は振り下ろされた一撃を何とか止めていた。
「…………聖教騎士団・雲剣のヘルミーナ。」
背中だから彼女の表情は見えない。
大男は歯を嚙み鳴らしながら耐えている。
「その名において、貴様らを掃討する………!」
「やってみろよ!クソ女がぁ!!」
周囲からの雄叫びが、戦闘の始まりを合図する。
『土塊よ……大いなる重さを以て、万象を歪めよ』
「あの女を黙らせるぞ!ついて来い!!」
詠唱する私に向かって駆ける男たちは、多種の武器を掲げていた。
だが、地面が揺らいで立ちふさがった。
「クソッ──」
そして、それは静かに倒れた。
『………中級土魔法・地丘隆波』
五人。
その咆哮も土の底へと掻き消える。
「怯むなァ!俺たちは生き残るぞ!」
ナイフを携えた男が逃れ、私へ向かってくる──
『神剣・ケネットの白大刀』
一瞬の火柱。
だが、焼ける臭いは消えた後も鼻にこべりついた。
「てめぇ………!よくもラウルを……!」
まだ頭と拮抗していた彼女へ、槍の刃が突かれた。
彼女はただ、左腕を突き出した。
「刺さって、ねぇ……?」
誰かが上げた声と同時に、
頭は蹴り飛ばされて、槍の男は両断された。
切り裂かれるその瞬間に、白が混じる火が彼を焼いた。
遺体は黒く焦げている。
庇われた頭は小さく呟く。
「…………加護と神器……か。」
女騎士の持つその神器は、炎を纏い続ける。
白く、清く、美しい刃が輝いていた。




