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107話 VS黒い手

息ができないというより、血が巡らない不快感だった。

力が指先から抜けていく。


私は斜め後ろへぶっ倒れた。


壺が叩き割れて、床が濡れる。

本棚にも染み込む。


周囲に聖水が撒かれた。


「く………ッ、はぁぁ!!」


首を絞めていた粘体は聖水に溶けていく。


服ごと叩きつけて床へ叩きつけてやったら、腕はのたうち回る。


刺さった破片を投げつけつつ、血と酸素を体に巡らせた。


飛び散った黒い液体は床の上で繋がっていく。


だが、気配は小さく、体積は縮み、迫る速さも鈍っていた。


『凡てを焼く火種となれぇ!』


本棚にぶつけて痛む身体を起こして、とにかく距離をとった。


やはり鈍い!

……小さい空間とは言えど、十分な時間はあるか!?


『初級火球魔法………くうおぉ!!』


机の陰から忍び寄っていた手を避けて、右手に魔力を溜めた。


『初級火球魔法・日火!!』


着弾は早く、火が弾ける音が籠る。


その音と煙は分厚い蓋に閉じ込められていた。

状況が分かるまで、わずかな時間差があった。


両足が、


いや、全身が握り締められて捕まった。


確かに、炎は根元まで両断していた。


その塊は二本の手となり、

飛び散った部分も小さな指を足へ食い込ませる。


魔法は効いていない。


そう理解した瞬間に右こぶしを振り下ろす。

最も大きい腕の手首へ深々と突き刺した。


ザクリというべきか、グサリというべきか。


溶けた身体では実際には音が出なかったから分からない。


とにかく、無意識に掴んでいた刃を振り下ろした。


壺の中にあったそれは、黒を啜るように自身を染める。


魔法の破壊力に比べれば、大したことはない。

そんな乙女の攻撃だというのに、黒い腕は暴れている。


周囲の品へぶつかるほど暴れた。

声があれば悲鳴になっていただろう。


”感情”……だ…!


もがきながらも集まる影を睨みながら、そう浮かんだ。


聖水は祈りの力が宿っている。

穢典庫の品には怨念が籠っている。


実体を持とうが、魔法で散ろうが関係ない。


──黒い腕は刃を投げ棄てて向かってきていた──


”感情”…を!

そのパワーを打ち消しあわなければ、こいつには勝てない……!


黒い手は溶けきって、流水のように床を伝って向かって来る。


頭を抱えつつ、私は壁際へ走った。


腕が棚を叩きつけるが、緩くなった実体はその反動で崩れる。


小さな木箱を手に取って投げつけると、

手のひらを完全に打ち消せた。


チェスボードの破片とその駒からも嫌な気配が消えていく。


あとちょっとの、あの世への道へ背中を押してやろう。


そう思い別の箱へ手をかける。

手に焼けるような痛みが走った。


自分の指先を見れば、ガタガタと震えていた。


長居しすぎたか?

呪いに耐えられなかった私は金縛りにあった。


手は動きを速めて私の肌を走る。


ぎゅぅっ……。


傷の刻まれた男の指。

根元だけに縮んだそれは、私の頸動脈を正確に締めた。


私は背中から落ちる。


今回はなんの打算もない。


あと、死ぬまでは数秒程度だろう。


「死んでたまるかァーーーーーー!!!」


掠れた喉を必死で震わせて、最後の叫びをあげた。


太いその指に爪を立てて抵抗した。


もがいた。


抗った。


復讐できずに終わる無念だけを、指先へ込めた。


ぐちゃり。


そんな感触と共に、案外あっけなく。


ボロボロというべきか、サラサラというべきか。


私は生き残ったらしかった。


数秒は動けなかったと思う。


「イザベラ!早く上がってきてよ!?」


音のない暗闇は開かれた扉によって終わった。


「フレイ………やっぱりエルファノさんは──

「そう!帰って来てるんだよ!」


開かれた隙間から覗く目は、疑問を浮かべていた。


──戦うのか?…白状するのか?──


私は押し黙って差し出された手を取り上がる。


確かに、馬車が車輪を鳴らしていた。


ミロさんは子供たちを寝かしつけていた。


これから起こることは子供たちには伝わらない。


フレイの腰から木筒をひったくって、聖水に口をつける。


胸を一度叩いて、己を鼓舞する。

荒れた息も、震える身体も、どうにか押さえ込む。


「…………どうするの?」


フレイはとうとう抑えられず疑問を投げた。


「………ちょっとだけ、待ってよ。」


私はもう一度だけ息を整えた。


「………いや、エルファノさん乗ってないんじゃないです?」


ミロさんは目の上に手を当てつつ呟いた。


「「はぁ?」」


「お~い。帰ってきたよ?」


思考が一斉にそちらへ向いたせいで、

教会の玄関だというのに、ヘルミーナさんを出迎えられなかった。


確かに、小さなしわを称えた彼女は乗っていない。


小さなコインが投げて渡される。


ヘルミーナさんから受け取ったそれは錫の冒険者硬貨だった。


「ごめん、妖精たちに冒険者帳簿が盗まれたらしくて、更新できなかったよ。」


その声は申し訳なさからか、小さめだった。

また、一旦はバレなかったらしい。


だが、そんなのはどうでも良かった。


「「ヘルミーナさんは!?」」


「………その熱を私にも向けてくんないかなぁ。」


私とフレイの声に彼女は俯いた。


だが、それもどうでも良かった。


「ちょっと教会本部に行くんだってぇ。

留守にするらしいからお菓子も買ってきてあげたのにぃ。」


それは悪くない知らせだった。


穢典庫の荒れ具合を咎められることはない。

時間はできた。


ヘルミーナさんは手荷物をミロさんに手渡すが、鎧は脱がなかった。


「?今日はお風呂に行かないんですか?」


「あぁ、冒険者ギルドに行ったのはもう一個仕事があったんだよ。」


彼女は大の字で寝る子供を眺めると、騎士の顔つきに戻った。


「エルファノさんの提案で依頼を取り下げた。

だから、私が盗賊団を討伐に行かなくちゃいけない。」


──盗賊?依頼?

私は助かったのか、助かっちゃないのか。


その疑問を口に出す前に、もっともな疑問が逆に投げられた。


「ところで、なんで服着てないの、ガーベラ?」

「………暑かったんですよ。」

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