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105話 潜入らしく

部屋の中は、新しいタンスの匂いと子供たちの育てた花の匂いが混ざっていた。


「聞き間違えでしょうか。」


エルファノさんはらしくなく、頬杖をついたまま口を開いた。


司祭室はミロさんの自室を兼ねている。

だが、彼女の仕事を手伝っているエルファノさんもよく椅子に座っていた。


「いえ、エルファノさん。私はレイを水剣に推薦すると言いました。」


ヘルミーナさんは手を後ろに結んだまま答えた。

その目は誰が見ても冗談を吐いている人のものではない。


部屋には私とレイを加えて四人。


聖務机を挟んで三人がエルファノさんに顔を向けている。


「………騎士団としての役目が軽いものではないのは分かっていますね?

死を近づける行為だという事と、序列三位のその重さも分かっていますね?」


「………分かっています。」


ヘルミーナさんは俯くことはなく、前を向いたまま言葉を紡ぐ。


──数年前、ワイバーンに襲われた。だからこそ、そいつを倒せる力が欲しい──


「私は尊敬に値すると考えました。」


私とフレイは半分は嘘をついた。


実際には一年も経過していないし、そのワイバーン自体は死んでいる。


だが、平穏を壊されたことへの怒りは絶対に揺るぎはしない。


ワイバーンでは満足は出来ない。

そいつをけしかけた黒幕こそが宿願だった。


「………分かりました。本部への連絡もしておきましょう。」


「ありがとうございます………!」


噛み締めるようなヘルミーナさんの声に合わせ、フレイも頭を下げる。


机の先の彼女は表情は変わらないが、怒りも見えない。


「では、冒険者登録もしておきましょう。」


「「…はい?」」


フレイと私は声を重ねてしまった。


エルファノさんは胸の祈り木をこすりながら話す。


「『聖教騎士団・水剣レイ』。いい響きでしょう?


聖教団は格式ある団体ですから、冒険者ギルドとも連携しているんです。」


「……つまりどういう事でしょうか。」


フレイが平穏を装いながら呟く。


表情は一切変えていない。

声も震えてはいない。


同じ嫌な予感を感じ取っている私しか、内心を想像できていないだろう。


一歩前の女騎士も、『それは名案だ!』と言わんばかりに顔を緩めていた。


「冒険者資格の目的は、人材の管理と自身の実力証明だからね。

水剣という立場があればスムーズに資格を上げられるんだ。」


数年前から更新してないけど、私もB級冒険者なんだよ。


そう言いながら彼女は利点を力説する。


当然だが、全部知っている。


私もフレイもB級としての登録が済んでいる。


「試験をせずとも、C級程度にはなれるでしょう。

なので、冒険者硬貨を出してもらえますか?」


机越しに手が伸びる。


あくまで、今の私たちは偽名を使っているだけだ。


冒険者としての記録は抹消していない。


彼女がギルドに出向けば──


「私が代わりに出向きましょう。」


──私たちは情報に辿り着く前に弾かれる………。



一秒にも満たない沈黙があった。


「………では、お願いできますか?エルファノさん。」


フレイはコインを取り出し手渡した。


それからは番号と材質が見て取れる。


「………錫のコイン、E級冒険者ですか。」


出したのはシアの冒険者資格だった。


「では、エルファノ。ついて来て下さい。

レイ、あなたは教会で待機です。」


書類を引き出しにしまい、椅子を引いて立ち上がる。

エルファノさんは感情を浮かべないままに指示を出した。


「教会には騎士団員が駐在しておかなくちゃだから留守番しておいてね。」


バタン。


扉が閉まって、フレイは少し息をついた。


「………時間稼ぎにしかなんないわよ。」


私は唇を湿らせてから、フレイに呟いた。


とりあえず、B級であるとまではバレなかった。


だが、シアの情報はその瞳の色に至るまで記録されている。


「どうせ…疑われる時は三人一緒さ。」


フレイは一滴かいた汗を親指で拭い、答えた。


「帰ってくるまでの約一時間。その間に探るしかない。」



ミロさんと子供たちは立ち去る二人を見送っていた。


フレイは支給された騎士団の鎧をわざと目立つように見せ、子供の注意を引いてくれた。

私は忍びながら彼女へ近づく。


「穢典庫を覗かせてください。」


私は耳打ちをした。


ミロさんの表情は固まる。


私の覚悟を伺うように目を見つめ、やがて手を叩いた。


「レイさ~ん。調理場にサツマイモがあったはずですから焼いてあげて下さ~い。」


ミロさんは顎で小部屋を指し示した。

シアは子供たちと一緒に固まって歓声を上げていた。


キシキシと床を踏みならして数十歩。


廊下の先、小さな応接用のソファへミロさんは腰を下ろした。


「どうです?教会の生活は慣れましたかねぇ?」

「ミロさん……今の状況は──」


日常に溶け込むような自然な話始めに、一瞬呆れていた。


だが、直ぐに押し黙った。


流麗な字を、彼女の爪がコツコツ叩き示していたからだ。


『女神様の声が聞えるということは、女神様からも声が聞えます』


「どうですか?分からない事があるならお聞きしましょうかね。」


「………生活には問題は無いですね。でも、私には女神様の声が聞えない事だけ……。」


「あぁ~それは才能の面が大きいからねぇ。感受性って言うのかな。感神性?」


ミロさんは曖昧な返事で受け答えしながらペンを走らせる。


『声だけですが、私は”啓声”。かなり注目されています。』


彼女にあわせて私も会話は止めなかった。


『あなただけで行けますか?鍵は複製しておきました。』


私は祈り木を握り締めて、自身の声に耳を澄ませた。


「………私は私なりに頑張ろうと思います。」


『二人の逃げ道だけは確保しておいて下さい』

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