104話 新人信者
「糧を共に明日に」
エルファノさんが祈り木を握ると、その場の全員が合わせる。
私たちも祈り木は二日前に作った。
「「糧を共に明日に!」」
木の食器に盛られた食事は簡素ながら品数が多い。
「はい。どうぞ、いただきましょう。」
子供たちは言い終わるかどうかの刹那で手をつける。
フォークはさっき自前で彫ったもの。
スプーンは間に合わなかったのでエルファノさんのものを借りた。
彼女の彫ったものには目印として二重の丸が刻まれている。
教会に滞在し五日が経った。
教義を子供たちと共に習ったが、どこも不審な点は無い。
三大宗教の一つとしての成り立ちも、女神様の教えも、不自然には見えない。
だが、警戒は緩めてはいけない。
スープを啜りながら心の中でそう思う。
信仰が長年の間に歪むこともある。
また、外部からの影響もあるかもしれない。
”信仰者”は新しい組織だろう。
その結論はミラスロヴァを”唆した”存在が居るという所から。
………今は情報が少ないから疑うしかない。
「もう少し机に近づいて食べなさい。」
エルファノはパンくずをこぼしかけた子供をたしなめる。
木細工の基本を教えてもらった子。
警戒をしているようには見えない。
「好き嫌いはいけませんよ。」
フレイは一瞬固まった。
シアの前に盛り付けていたニンジンをすくい、口に放り込む。
偏食なのは昔からで、やはりえずく様な表情を浮かべる。
私や自分の姉に押し付けていたのは幼少期で終わったはずだったが、
最近はまたその悪癖が蘇ったらしい。
『いつ死ぬか分からないから好物だけ食べたい。健康を害する直前になるまで。』
それを言い訳の様に呟いていたのを覚えている。
別に何を食っても文句は言わないのだけど。
「レイ、剣術か何かをやっているのか?」
皿の上の魚を平らげたあたりで思考が止まった。
「…どうしてですか?ヘルミーナさん。」
フレイは顔を上げないままに聞く。
金髪の彼女は身を乗り出してフレイの手を摑まえる。
「剣だこがビッシリだからな。けど、弾力がある。
最近始めたなら見ておいてやろうかと思って。」
フニフニと親指で押しながら見入る姿は慈しみが見て取れる。
だが、少し不味いかもしれない。
「ヘルミーナさん、食事中ですよ………。」
「レイは食べ終わってるだろうミロ。ほら、ほれであはひほ。」
パンを齧りついたままフレイを手招きをした。
「私も行ひはふほ。」
私もパンを口に押し込んでついて行った。
フレイの千切れた左腕は魔物に襲われたと言ってある。
それなのに剣術を見せつけたらどうなる?
明らかに違和感。
その上、最近剣を握ったともバレているから警戒されるかもしれない。
「片付けから逃げたいわけじゃないでしょうね………。」
エルファノさんの視線を背中で遮りながら早足で私たちは去った。
教会の広間の横には道場がある。
そこには木剣が多くかけてあった。
木枠の中にヘルミーナさんは進んでいく。
中央には砂が敷き詰めてあり、掃除の苦労と引き換えに転倒の危険を減らしてくれる。
「木剣、岩剣、水剣、雲剣、天剣。騎士団の階級は単純な実力で測る。」
木剣を手に取るように指差しながら語ってくれる。
「木剣は第一歩。剣を振るう責任を学ぶんだ。」
私は壁にもたれかかりながら話を聞き、フレイは手ごろな木剣を取る。
「かかってきなよ。直感と実戦が一番だと思ってるから。」
言い終わってから一息。
打ち付ける音が稽古場に響く。
フレイは閃光のような速さで飛び掛かっていた。
やっぱり手を抜くつもりは無いようだ。
ヘルミーナさんは実力的に格上だ。
フレイは、自分より強い存在に敏感になっている。
魔界で瀕死になり続けた経験から、全力で抗う癖がついた。
僅かに怯んだ彼女の懐に入り、突きを放つ。
その鋭さ。
刃の潰れた剣先だというのに血が滲む。
ヘルミーナさんの顔が騎士へと変わった。
そう認識してからは、私じゃ反応しきれない攻防が幕を上げた。
動きはなんとなく見える。
だが、私はそれに追いつけてはいない。
本人たちも半ば反射なのだろう。
刃を本能で弾く。
次の刃を、本能で叩き落とす。
完全に互角ではない。
ヘルミーナさんは防御を意識し続けていた。
フレイの獰猛な攻め方に、徐々に慣れ始めていた。
最初と同じ、首元への突きを彼女は避ける。
フレイが剣を引き戻すまで。
刹那的隙間に手が動いた。
横腹には静かに刃が押し当てられた。
フレイは剣を握り締めていた手を開く。
騎士が優しい女性に戻った。
「ふぅ、これで──
──フレイは逆手で剣を握りなおした。
騎士が呼び起こされる前に、頸動脈の近くへ剣の先端が押し当てられる。
「これで終わりですね。」
「………君って何者かな?」
さて、言い訳はどうしようか。




