↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
4/9

三日目 堕ちる。また、上がる

——分かっていた。

 どれだけ目を閉じても眠れなかった。

 長い長い夜。携帯の目覚ましが俺を助けてくれる。


「…やっと、仕事…。」

 鏡に映る、歯を磨く俺。

 顔を作っている訳ではないが、どうしても目が暗くなる。

 最後まで、虚ろな目をした俺と目が合い続けた。


 コインランドリーに持っていくのを失念していた俺は、前日の制服を着る。

 汗の匂いが鼻を刺激し、やけに着にくい。

 朝から嫌なことばかりだなと薄く笑い、二着しかない制服は今後必ずコインランドリーに持っていく事を心に決めた。


 また、エナジードリンクを購入。煙草とコーヒーと小さなお菓子も一緒に購入した。眠気覚ましのつもりで少し辛めのスナック菓子。


 今日もまた、無意識のまま仕事をこなし、家へと帰る。


 その道中、会社の人から電話が入る。

 信号待ちであった為スピーカーにし電話に出た。

「もしもし、お疲れ様です。…あぁ、今週の土曜日、一八時からですよ。」


 一ヶ月前から予定していた飲み会の日時の確認。

 集まった数は一六人。俺は、幹事を引き受けた事をこれほど後悔した事はなかった。


 憂鬱な気分のまま家に帰り、制服を玄関に投げる。

 すぐさま新しい服に着替え嫌悪感から解放された。


 ソファに座り一息つき、ふと携帯の写真フォルダを開く。

 沢山の写真と動画で君が無邪気に笑う。

 家を出ていく二日前の日曜日。二人で出かけた渓谷で、水をパシャパシャと足で蹴りあげる君の姿。

 カニを探そうと提案した俺に、うん!と返し岩の下を必死に探す君の姿。

 大きな岩に苔がつき、その前でピースをしてる君の姿。


 指を動かしさらに遡る。


 虫網と虫かごを持って近所を散歩し、トンボをたくさん捕まえ満足気に笑う君。

 虫かごに入ったセミとバッタとトンボを少し、怖がりながら見つめる君。

 小さなカルピスの缶を片手に満面の笑みを浮かべる君。


 たくさんの思い出が脳裏によぎり、涙が止まらない。


「あ、あぁ…康介…。」

 声に出すと、更に涙が溢れ、俺はソファから立ち上がる。

 携帯を片手にウロウロと家を徘徊し、康介のタオルに顔を埋める。

 この家に残されたたった一つの康介のタオル。


 康介の残された一足の靴に涙し、おもちゃに涙し、小さなお皿に涙し、全ての痕跡に涙を流した。


 嗚咽が止まらない。

 涙が止まらない。

 やばい。

 このままじゃ俺…。


 タオルの入った収納ボックスに駆け寄り、一枚のタオルを取り出した。


 リビングに行き、携帯に映る君を視界に入れ、微笑みながら涙を流す。

「康介…何で…。会いたい、会いたい、会いたい…。」


 

 タオルの端が後ろに来るように首に巻きつけた。

 何も考えられない。頭の中はもう…。


 首の後ろでタオルの端を掴み、一気に首を締め付けた。


 力は緩めない。このまま一気に。



 だが、力は急に抜けた。


 意図せず緩めた瞬間、脚の力が抜け床にうつ伏せで倒れる。

 

 肩とお尻が力強く痙攣しているのが分かる。

 あぁ、これは死ぬのかな。初めての感覚だ…。

 目は上を向いている様に思えた。


 意識は少し飛んでいた様に思える。

 床に手をつきそっと体を起こす。


 ぼーっと目の前のソファを見つめ、目線を下に下げた。

 俺はもう、限界を感じていた。

 

 死ねなかった。だが、死にたくなかった。


 康介との未来は途切れる事なく繋がり続け、俺はちゃんと生きている。


 また、涙が止まらなくなった。



 少しお腹が空いた。

 そう思い冷蔵庫の食材を久し振りに確認する。

 買い物をしてないせいで食べれる物は何もなかった。


 この日は野菜だけをただ炒めた。三日振りの食事はとても味気ない物だった。


 またソファに座る。

 誰かと話したい気持ちが昨日よりも強くなり、独身時代によく使っていたアプリを思い出す。


 誰かと繋がれる通話。常に誰かが何かを呟く掲示板。俺は、数年振りにそのアプリをインストールした。


 ふとした瞬間、先程の事を思い出す。

 俺は馬鹿なことをしたと思っていた。でも、またそうなる可能性がある事に恐怖していた。



 ダウンロードしたアプリを開き、起動してみる。

 前と変わらぬ操作性だが、掲示板に画像を貼れるような仕様に変わっていた。


 他は何も変わりなく、俺は誰とでも話せる通話ボタンを押した。

 アプリ専用の発信音。

 独特な音楽が止まり、相手が見つかった。

 しかし、マッチする事はなく次のコールが鳴り響く。


 また、次の相手が見つかった。

 俺は通話のボタンを押すと、すぐにマッチして電話が繋がる。

「…もしもし?こんばんは、初めまして。」

 相手の女性の声は、クールな雰囲気の声だった。

「今何してましたか?」

 当たり障りのない会話を続け、俺は少し踏み込んだ。


「ねぇ、ちょっと俺の話聞いてくれますか?」

 今から話す内容は、普通の人には重い話。

 相手は快諾したが、俺はもう一つ言葉を付け足す。

「少し重い話かも。本当にいい?」


 相手はまだ快諾してくれた。


 名前は出さず、今の俺の状況全てを話した。

 相手は俺に共感してくれた。

 素直に嬉しいと思い、少しだけ気分が晴れていく。


 この日、結局相手が寝るまで会話が続き、電話を切ったあとは俺もすぐに眠りについた。

 久し振りに味わう意識が遠のく感覚に、心地よさを感じて。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。