第八話
08
「そういうわけで決してサボりたかったからとか、戦うのが面倒だったからとか、大した敵じゃないしサナちゃん一人でどうとでもなるんだから任せちゃえとか、そういう気持ちだったわけじゃないんだよ?」
そう締め括ったムネノリだったが、言い訳をしている自覚があるからか終始リウムとは視線を合わせずにいた。
曰く、数は多かったが大した敵ではなかったらしく、自分が加わるよりも一対多数の戦闘を得意とするサナを支援する方が合理的だったということを言いたいらしい。
説明を聞いている分には確かにそうなのかもしれないと思う。サナも言っていたが、武器を持っていなかったようだし、そんな状態で戦闘に参加するのは無謀と言える。
それに支援をしていたと言ってもいたから、本当になにもせずにぼんやりとしていたというわけではないのだろう。であれば、あまり責めるのは可哀想かもしれない。
「戦場を俯瞰してみる人間も必要だと思います」
「お! なんだリウムくん分かってくれるかい? ホント管理職って大変なのよ。派手に立ち回ることが仕事じゃなくなると、途端に周りからはサボっているように見られちゃうんだから。見えない努力って誰にも認めてもらえないから辛いよ」
久しぶりに気持ちを汲んでくれる人に出会ったのだろう。眉を下げて嘆く姿にはつい同情したくなってしまう。ただ、さきほどのサナの口ぶりからするとムネノリの言い分だけで判断するのも違う気がするので、ここは肯定するのではなく、あくまでも理解はできるという立場を守ることが重要だ。
「我には戦いのことはあまり分かりませんが、話すことで気持ちが楽になるならいくらでも話してください」
だからこの辺が無難な落としどころだと思う。実際ムネノリは共感してくれる相手が現れたことに感動したのか潤んだ目で見つめてきた。
「リウム君……君ってばいい奴だね」
そんな会話を続けながら二人は肩を並べて石畳の道を進んで行く。
「そうだ。僕と話すときはもっと砕けた話し方でいいよ。僕の方針というか、考え方なんだけど仲間は家族だと思っている。なのに家族間で敬語なんておかしな話だとは思わないかい?」
「家族、ですか?」
ムネノリは頷く。
「ね。だからさ、もっとフランクに行こう。僕はリウム君ともっと仲良くなりたいんだ」
「まあ……そこまで言うなら」
「よかった」
歩み寄ってくれているのを拒絶するのは失礼だろう。戸惑いながら頷くと、ムネノリはほっと糸目を伸ばすように微笑んだ。
◇◇◇
「ミイナは上空から見ると楕円形の城壁に囲まれた城塞都市で、北側には職人たちが生産したものが並ぶ商店街。西にはミイナに住む人たちのほとんどが集まる住宅街。中央には広場があって、南には小規模の製鉄所とミイナで消費する様々な工作物を製造する工場がある。東には我らの血肉になる動物達を飼育する牧場と僕やリウム君らの住まいがあるってわけ」
始めに案内されたのは商店街だった。
「ここでは日用品を取り扱う店と専門的な知識が必要な職人たちの店が軒を連ねてる。衣服から屋根の修理をするために必要な釘やらなんかもね。欲しいものがあればここにこればいい。なんでもはないけど生きていくために必要なものは揃っているから」
ある店を覗くとなにかの革を加工している職人の姿が見えた。また別の店を覗くと、馬につける鞍の制作をしている職人がリウムの視線に気がついて手を振ってくれた。
「職人たちの技術と知恵があるからこそ、ここは運営できている。誰一人いらない人間なんていない。この町は個人が個人の利益のために仕事をするのではなく、全員が全員のために仕事をし、支え合って生きているんだ」
都市や町というのは元々そういう性質のある集合体ではあるが、それを強調して言うということは、より強い共同体であるということを主張したいのかもしれない。
先ほどムネノリは、仲間は家族だと口にしていたが、そういうところにもその意識が現れているような気がした。
「ただ生きていくための最低限の生産しかできていないから余裕なんてものは一切ないんだ。今ミイナに暮らす人の総数はリウム君を入れて二百九十六人。現状ではなんとか間に合っているけど、仮にどこかで歯車が狂えば明日の食事の心配をしなくちゃならなくなる。正直ギリギリなんだよね、これが」
「他所の町とか都市との交流はないのか?」
「ないよ。というか、他に人間が住むような町はないんだ」
「……は?」
思わず声が漏れた。
「ミイナの歴史は記録を辿れば二百年ほど前まで遡れる。ただ、その二百年の間に外部との交流の記録は一切確認されていない。もちろんここに僕らという人間がいるのだから、他の場所にも人がいると思うのは当然だ。先人たちもそう思って人類捜索のために、幾度となく遠方へ調査に向った。でも、その全てが空振りに終わっている」
意識して探していたわけではないから確かなことは言えないが、空から地表を見下ろしたときに見えたのは、灰色の大地と自然が作り出した緑や川と湖だけ。人が住む町や、村というものはこれと言って見当たらなかった。
「そうして導き出した一旦の結論が、この地域、もしくは世界には我々以外の人間は存在しないというものだった」
「いや……そんなことがあり得るのか?」
「だから一旦ということにしてあるんだよ。だって僕らの常識で考えればそんなことはありえないはずだからね。ただ、人が空から生まれ落ちるような現象のある世界を常識で計ることが果して正しいことなのかというのは疑問が残るところではある。まあ、いずれにしろ、今のところは他所との交流はない。そういうことで外部から人が移り住んでくれるということはないし、他所から生活に使う燃料や食料なんかを仕入れるなんてこともできない。全てが自給自足で賄わなければいけないんだ」
俄かには信じられない話ではある。世界で人がいるのがこの町だけ、などと誰が信じられるだろうか。
「まあ僕らも大陸全てを探し尽くしたというわけじゃない。まだ僕の知らない未開の地に僕らのような人間の町がある可能性はあるよ。だから、今も僕らは定期的に人類の痕跡を探している。残念ながら成果はないけどね」
もしこの話が本当ならばこの町は孤立無援の状態ということだ。誰かが倒れればそれで瓦解してしまうほどに脆い。
城壁に視線を向ける。何者にも崩されない鉄壁に囲まれてはいるが、その実、内情は常に人員と資源がひっ迫し一歩間違えば困窮してしまう。
「……厳しいんだな」
この町は思っていた以上に脆い。
「厳しいよ。でも、絶対大丈夫」
どうして断言できる。そう口にしようとして、
「あ、ムネノリさんだ!」
という声に、意識が途切れた。
「おう、ムネじゃねえか。帰ってたのか」
「あらムネちゃん、おかえりなさい。この間はありがとねぇ」
「ムネ君、手が空いているときで構わないから手伝いを頼めないかな。お父さんが腰やっちゃって動けなくて人手が足りないんだよ」
「ムネノリ! 告白の返事いい加減返してくれない?」
商店街に差し掛かった途端、ムネノリの姿を見つけた人たちが集って波のように押し寄せてきた。そして、口々にムネノリへの感謝だったりお願いだったりを言い始める。
「みんな、ただいま」
人波に揉まれてそれでもムネノリは心から嬉しそうに言った。そんなムネノリを見て周りにいる人たちも歓声とまではいかないが、まるで祝うように声を上げる。
「あれ? もしかして隣にいるのは新人さん?」
「おっ、あの噂の人物か? もう体は大丈夫なのかー」
「え……結構かっこよくない?」
「タイプは違うけど、二人並ぶと絵になるね」
そして人々の関心がリウムに移るとそこから先はもっと大騒ぎだった。
◇◇◇
「ムネノリさん、ミイナを守ってくれてありがとう」
散々質問攻めにされ、くたびれて声も枯れたころ、ようやく人の波は引いていった。
最後には「ムネノリについていけば大丈夫」だと背中をしこたま叩かれて解放された。
「僕こそみんなに守られてばかりさ。本当にありがとう。君たちがいるから僕らは頑張れる」
去っていく人々に手を振りながら声を張り上げるムネノリの背を見て、ああ、だからあんなことを言ったのだろうと思った。
絶対大丈夫という言葉は根拠のない自信から出てくる言葉ではないのだ。
いつ崩れてしまうかも分からない緊迫した状況であっても、信頼できる仲間がいるからこそ乗り越えられると確信している。
これまで様々な困難があったはずだ。中には町の存続をかけるようなものもあったかもしれない。そういった苦難を全員が力を合わせて、心を通わせて乗り越えてきたからこそ、ムネノリも住人たちも大丈夫だと言ってのける。
なにがあろうとも揺るがない信頼。
「ごめんねリウム君。みんな歓迎が荒いんだから」
「大丈夫。むしろムネノリが皆に信頼されているんだって知れてよかった」
「そうかい? でも疲れちゃっただろう。少し休憩しようか?」
少し考えて首を横に振った。
「いや、まだ平気だ」
本当のことを言えば少し疲れている。だが、たった今感じた人々の信頼と絆の熱を冷ましたくはなかった。
「それじゃあ案内を続けよう。でも辛くなったら言ってね」
商店街を抜けると右手に見えてきたのは灰色の壁を登るように建てられた住宅街だった。
住宅街は一段目二段目三段目……と階段状に建てられており、各階層を行き来できるように五軒を一つのブロックとして区切るように階段が繋がっている。
「最大四百人が暮らせる住居を整えていて、ミイナのほとんどの人がここに住んでいるんだ」
立ち並ぶ家々は石造りであったり木製であったり様々で、家の前に植木を置いてあったり屋根の色を変えてあったりと、その家ごとに住人の趣味嗜好が見受けられる。
「あの建物はなんなんだ?」
更に進むと左手に見えてきたのは大きな平屋の建物だった。
「そこは食堂でミイナの台所を一手に担っているんだ。ここでは資源の問題からできるだけまとめて食事を作り提供している。各自で食料を用意するとなるとかなりの手間がかかるし、あまり効率的じゃないからね」
「でも、全員を収容できるほどの大きさはないように見えるが」
見たところ平屋はかなりの大きさではあるが、それでも三百人弱の人間が一度に入るほどの大きさではない。
「うん。だから、いくつかの班に分けて時間差で食事をしてもらうようにしているんだ」
「ああ、なるほど」
「ちょっと面倒かもしれないけど、コミュニケーションの場にもなるし繋がりを強くするためには食堂は結構重要な役割を果たしてるんだよね」
「食事を自室に持ち込むことはできるのか?」
「ああ、できるよ。でも、いちいち食堂まで行ったり来たりするのも手間だし、食器も使ったら必ずその日のうちに返却しなきゃいけないから、大抵の人は面倒がって食堂ですませちゃうけどね」
となるとイヴァンはその面倒な工程を惜しまずにしてくれていたということになる。
帰ったら改めて礼を言っておいた方がいいだろう。
「さあ、結構歩いて疲れただろう。今日はこの辺にしておこう。ここから中央広場に抜けられるからそこで一休みしよう」
食堂の横を抜けてしばらく歩くと広場に出た。中央に水盤噴水があったが、水盤の中には水の代りに風に乗って運ばれてきた土やそれを元に芽を出した植物が占領していて肝心の水は全くなかった。
二人は噴水の周りに設置された四つのベンチの内の一つに並んで腰を下ろした。
「ふいー。ちょっと疲れちゃった」
「悪いな。帰ってきたばかりで案内までさせてしまって」
「いやいや。管理者としての義務だし、いい気分転換になったから問題なしさ。それにリウム君と仲良くなれたしね」
「そう言ってくれると助かる」
「それでどうかな、そろそろ慣れてきたかい?」
「うん? ああ、イヴァンが甲斐甲斐しく面倒を焼いてくれるし、おかげ様で体調の方はだいぶよくなったよ」
「うんうん。それはよかった。結構重傷だってきいていたから心配していたんだ」
空を仰いで満足気に言うムネノリは一呼吸置いてから続ける。
「じゃあ、精神面はどうだろう」
「……精神面?」
「うん。そろそろ不安になってくるころかなって。ほら、記憶がないと色々思うところが出てくるだろ?」
息が止まった。
どうして記憶がないことをムネノリが知っているのだ。
「聞きたいこと、知りたいこと。色々あると思う。だから答えるよ。それが僕の管理者として一番重要な役割だからさ」
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