第七話
07
不意にかけられた声に視線を向けると、黒い服に身を包んだ二人の男女がこちらを見つめて立っていた。
「あっ! 二人ともお帰りなさいっす!」
二人を見てイヴァンは嬉しそうな声を上げて駆けていく。
「ただいまぁ。ハードワークで疲れたよー。ほんと無茶苦茶な目にあったんだから」
男の方が気の抜けるような声で言った。ただ、大変だったと言う割には二人が着ている黒い服は、土埃一つついてはいない。
「僕がいない間、変わったことはなかったかい?」
「なかったっす! いや、あったっす! ミイナに新しい仲間が増えました!」
そうしてイヴァンが日だまりのような顔でリウムを振り向いた。
「そうかそうか! となると君が……」
男は嬉しそうな顔をしてリウムの側までやってくると、好奇の目で顔を覗き込んできた。
長身痩躯。日の光を浴びて淡く翠色になる腰辺りまでの長髪を低い位置で一括りにまとめている。
糸のように細い目と眉の上に光る三つのピアスが特徴的だ。声を聞かなければ男性か女性か分からないほどに中性的な顔立ちをしている。
男の糸目がそっと開き、綺麗な黒真珠の瞳が覗いた。
「いやいやいやいや。見覚えのない顔だとは思っていたけど君がサナちゃんの話していた子かい。随分大変な目にあったらしいね。でも、安心してほしい。これから僕らが君の仲間であり親友であり家族だ。なんでも頼ってほしい」
きっと新人がきたことを喜んでくれているのだとは思うが、距離を詰める勢いに思わず半歩後ずさってしまう。
「自己紹介を。僕は此処ミイナの管理者をしているムネノリという。気軽にムネとかムネ君とかムネムネとか読んでくれたまえよ」
「え、ええ。我はリウムと申します。危ないところを助けていただきありがとうございました。それにお世話までしていただいてとても感謝しております」
「いやいや、いいんだよ。ここにきた人はもれなくみんな大切な仲間だからさ。困ったときはお互い様ってやつさ。あ、そうだ。これから親睦を深めるためにドッチャンボールをするってのはどうだろう? やっぱり僕としては友情を育むにはあれが一番だと思うんだよ。大丈夫、ルールは僕がしっかり教えてあげるからさ。よし、そうと決まればまずは──」
「そこまで。またいつもの悪い癖」
止まることなく浴びせられる言葉にどうしたものかと困惑していると、そこで救いの手が差し伸べられた。
ムネノリの隣にいた女性が止めに入ってくれたのだ。
「新人がきて嬉しいは分かる。でも、その寒いノリはやめた方がいい」
「え? 僕寒いかな、リウム君。というかサナちゃん辛辣すぎない?」
唇を突き出したムネノリは同意を求めるようにリウムを見て、それからこっちには味方がいるんだぞと言わんばかりに抗議の視線をサナに投げかける。
対してサナは呆れたというように溜息をついて、
「すぎない」
と、あしらうことも面倒なのか、一言でバッサリと切り捨てた。
とたんに悲しそうに肩を落とすムネノリだったが、リウムにはそんなやり取りが面白くて分からないように下を向いて笑いをかみ殺した。
「もう知っていると思うけど、私はサナ。体調はどう?」
と、突然水を向けられてリウムははっと顔を上げた。そして、切れ長で涼し気な瞳がこちらを向いた瞬間、胸の奥がざわついた。
月夜では気がつかなかった白い肌が陽光の下では一層際立つ。
以前見たときは髪を下ろしていたが、今は頭の高いところで一括りに結んでいて、たったそれだけのことなのに大きく印象が変わって見える。
目上であろうムネノリに対してはっきりとものを言う胆力を持ち合わせ、楚々とした雰囲気は近づきがたい印象を持たせるが、他人を思いやる優しさも兼ね備えている。
心優しい気高き麗人。それがサナの第一印象だった。
「あ……」
目を奪われるなどと陳腐な表現はしたくはないが、事実そうなので言い訳のしようもない。
そんなところに無表情で小首を傾げられてしまえば、余計に喉を詰まらせたような苦しさに襲われてしまう。
「あ、いや……。お、おかげ様で歩けるくらいに回復できました。サナさんがドラゴンから助けてくれたのですよね。ありがとうございます。貴方は命の恩人です」
「そんな大層なものじゃない」
「その後も看病してくれていたとか」
その言葉にサナのつり目がスッと細くなる。イヴァンの体が怯えるように跳ねた。
「いやっ! いや、いや」
突然向けられた厳しい視線にイヴァンは口ごもりながら目を白黒させて胸の前で手を振って、ばらしていないという嘘をついている。
そういえばサナが看病してくれていたということは聞かなかったことにしてくれと言われていたのを思い出した。
実際はイヴァンが口を滑らせなくてもリウムはサナが見舞ってくれていることを知っているので、約束を違えたことにはならないがその辺の事情を知らないサナからすれば、イヴァンが告げ口をしたと思ってしまっても仕方がない。
ここは助け船を出すか。
「夜中に目が覚めたとき、窓際で本を読んでいる貴方を見たのです」
「……なに、アンタ起きてたの?」
一段低くなった声でサナは問う。
「ええ。サナさんのおかげで穏やかでいられました。ありがとうございます」
本当は横顔に見惚れていたとは口が裂けても言えない。
今になって考えてみればあの状況でよくも浮ついたことを考えられたものだと自分で自分に飽きれてしまうが、それだけ精神的に参っていたのだ、と都合のいい解釈をしてみる。
「……ふん。まあ体調が戻ったんだったらそれでいい」
さて、どうなるか、と内心冷や汗をかいていたが、サナはそう言うと視線を外してそっぽを向いてしまった。
ただ、髪の隙間から覗いた耳がほんのり赤くなっていた。
イヴァンに看病をしていたことを口外するなと言い含めるくらいだから、そういったところに気恥ずかしさを覚える質なのだろう。
そんな風に思うと、それはそれで可愛いところがあるなと思ってしまうが、これは口に出さない方がいい。
「それで話は戻るんだけど、二人共これからお出かけかな?」
蚊帳の外に置かれていたムネノリがリウムの足元を見て、それから首を傾げて尋ねてくる。
「はい! リウムさんの体調が安定しているということで、少し外を歩いてみようかってことになったんす」
「大丈夫なのかい?」
「ええ。軽く運動もしたいと思っていたところなので」
リウムが答えると、ムネノリが顎に手を当ててなにやら思案顔になる。それから小さく頷いて、
「そうか。それならイヴァン君には悪いけど、その役目は僕に譲ってくれないかな」
と言った。
「えっ」
「ほら、新人が入ったときの街の案内は管理者である僕の役目だろう?」
「それは、そうですけど……。でも、ムネノリさんも戻ってきたばかりじゃないっすか。疲れてるんじゃ」
俯きがちにそんな心配の言葉を零したイヴァンだったが、サナが鼻を鳴らしてそれを否定する。
「そんなことない。この人いつも通り高いところから支援術を使うだけで直接戦ったのは私だけ」
リウムからすれば、管理者である地位にいるムネノリこそ先陣を切って指揮を執るべきなのではと思ってしまうが、そんな衝撃的な告白を聞いたイヴァンの反応は、
「ああ……」
という、期待を裏切られたというより、やっぱりかというと諦めの色が濃い溜息を零した。
「ちょ、ちょっと、サナちゃんそれは言い方がいけないよ? それじゃあまるで僕が戦うのを面倒がって全部君に押しつけたみたいじゃないか」
「そうでしょ。出撃するってのに武器を持ってくるの忘れるんだから、初めからそのつもりだったんでしょうに」
「いやいやいや! それは偏見と誤解が多分に含まれた見方じゃない!? それに武器は忘れちゃったんじゃなくて、調整に出してて手元になかっただけだし」
「同じことでしょ。戦闘が始まるギリギリまで黙ってて、いざ敵が現れたら一目散に自分だけ安全圏に逃げたくせに」
「逃げたんじゃなくて援護しようと──」
「そういうことでムネノリは疲れが溜まるほど働いていないから問題ないってわけ」
ムネノリの言い訳はサナの一言で再び一刀のもとに斬り捨てられた。悲しそうに胸の前で指をもじもじと合わせている姿はとても管理者としての貫禄はなく少し可哀想なくらいだったが、なにも知らないのに庇うのも違う気がしたのでここは息を一つ飲んで見守ることにした。
「それにムネノリに言う通り、新人への説明は管理者の仕事で責任。他の誰かが変わりを務めることは許されないことでしょ」
「……はいっす」
最後は少し責めるような口調で、イヴァンは渋々というように俯いて籠った声で返事をする。
そんなに一緒に行きたいのだったらイヴァンも連れて行ってやればいいのにと思うが、そうしないのはなにか理由があるからなのだろうか。
「そういうことだから行ってきて。残りの雑務も私が片付けておくから」
「……ははは。すみません……」
恐らくムネノリにはこれからやらなければならないことがまだあるのだろう。
それを代わりにやっておいてやるからさっさと行け、というサナの温情にムネノリは逃げるように踵を返してきた道を戻って行く。
その後ろを少し遅れてついて行こうとすると、背後でイヴァンの声が聞こえた。
「リウムさん、また今度一緒に見て周りましょ! 今度俺のおススメのお店紹介するんで」
「ああ。楽しみにしてる」
当初の予定とは変わってしまったが、こうしてムネノリに案内されることになったリウムは名残惜しそうに見送るイヴァンに手を振って答えてやるのだった。
ここまで読んで下さりありがとうございます。
コメントや評価をしてくださると今後のモチベーションに繋がるので、ぜひお願いいたします。
この作品は、カクヨム、TALES、アルファポリス、Nolaノベルにも掲載しております。




