第六話
第二章
06
「体の調子がいいなら少し外を歩いてみますか?」
食後の休憩をしているときに、イヴァンがおずおずと言った様子でそんな提案をしてくれた。
何故そんな怯えるように聞くのかは気になりはしたものの、目覚めてから今日で三日目。いい加減部屋に籠っているのも飽きてきたところだったので、その申し出に二つ返事で答えた。
ずっと部屋ですごしてきたリウムにとって大げさかもしれないが部屋の外は未知の世界だ。
窓から眺められる範囲はとても限定的なもので、ずっと気になっていたのだ。だから、休憩もそこそこにイヴァンを急かして早速散歩に出掛けようということになった。
玄関に向かうと二つの履物があり、促されるままにそれを履いて部屋を出ると板張りの廊下に出た。
どうやら二階の角部屋をあてがわれていたようで、視線を左に向けると四つのドアが目についた。どれも同じ木製ではあるがそれぞれ微妙に色が違っていて、経年劣化の具合が見てとれる。
更にその奥の廊下の突き当りには下に続く階段があり、落下防止用の柵は劣化なのか元々そういう材質なのかは分からないが黒飴色にくすんでいて長い年月を経た木の香りが漂っていた。
「イヴァンもここで暮らしているのか?」
「そうっすよ。ここは一階と二階に五部屋ずつあって、俺は一階の三号室で暮らしてます」
リウムは自室の扉を見る。木製のドアに白いプレートが張り付けられていて、そこに十号と書かれていた。
イヴァンを先頭に廊下を進む。築年数が経っているからか木の軋む音が大きく響く。
「結構……趣のある建物だな」
「はっきりボロいって言ってもいいっすよ」
できるだけ気を使った表現をしたつもりだったが、かえって逆効果だったらしい。
イヴァンは小さく噴き出して肩を震わせた。
「木造で築年数も七……いや、八? あれ……百だっけ。まあとにかく結構古い建物なんで、あっちこっちガタがきてるんすよね。雨漏りとかしょっちゅうですし」
「新しく建て直したりはしないのか?」
「何度かそういう話は出たみたいですけどね。忙しくてなかなか手が回らないというか。それにこんなボロ家でも長く住んでると愛着が湧いてくるもので居心地いいんですよ。だから、補修しつつ誤魔化しながら住んでいるんすよね。実際そんなに文句も出てないですしね」
「そういうものか」
「そうっす」
コの字に曲がった階段を降りると左手に現れたのは小さな玄関ホールで、右手には居住区がある。
「ここで靴に履き替えてください」
玄関は一段低くなった段差があり、降りると扉までは石畳になっている。
「これで外に出ては駄目なのか?」
リウムは自室から履いてきた履物を指した。
「それは室内用のスリッパってやつっすね。外に行くときは外履きの靴に履き替えるんす。逆に外から戻ってきたときは室内用のスリッパに履き替えるんすよ」
「面倒だな」
「面倒でも家を綺麗に保つには必要なことです。忘れて外履きのまま上がるとサナさんにめちゃくちゃ怒られますから気をつけてくださいっす」
「そ、そうか。分かった」
「そうしてください。今はリウムさんの靴はないんで、代わりにこれを履いてください」
そう言うとイヴァンは玄関の横に備え付けてある靴箱から、茶色の履物を取り出した。
「それは……スリッパじゃないのか?」
「これはムネノリさん曰く便所サンダルってやつらしいっす」
一見するとリウムが今履いている室内用のスリッパと変わりないように見えるが、どうやら用途によって差別化がされているらしい。
「そ、そうか」
リウムは戸惑いながらも便所サンダルを履いた。正直見た目は格好悪いが、足先が出ていて涼しい。
「ふん。これはこれで案外いいかもしれない」
「見た目ダサいっすけどね。後でサイズが合いそうな靴を探してくるんで、今日のところはそれを履いて下さいっす」
「分かった」
玄関の扉は両引き戸となっていて、開け放って一歩外に出てみるとまず強い日差しが目を焼くように刺さった。
「眩しいな」
久しぶりに浴びる日光は暖かいを通り越してちりちりと焦げつくような暑さだ。
「今日は天気がいいっすからね。久しぶりの太陽の下だから目が慣れるまでちょっとかかるかもしれないっすね」
手で庇を作り太陽光を遮って視界を確保する。そして、目の前に広がる光景に息を呑んだ。
立っている場所が少しだけ丘のようになっているから、少し高い位置から見渡すことができる。
最初に目についたのは、今いる場所から丁度対面の壁に沿うように建てられた建物群で、色鮮やかな屋根の建物がかなりの数見える。
そこから手前に視線を移動させると広場があり、右側を見れば小屋が立ち並ぶ区画、左を見れば中規模の倉庫群がある。
全体がかなりの広さで、拠点というよりは町や都市と言った表現の方が似合っている。耳を澄ませば外から引いてきた水路を流れる水の音が心地よく、遠くからは人々の活気のある声が聞こえてくる。
当たり前のことではあるが、こうして文明の痕や大勢の人々の活気を肌で感じると、どこか胸の辺りが温かくなり、ここ数日、胸の奥に沈んでいた正体の分からない不安が陽光に溶けて少しだけ軽くなるような気がした。
「俺が誇るのもおかしな話っすけど、すごいでしょ?」
「ああ。景観を眺めただけだが、いい町なのだということが伝わってくるようだ」
その反応が嬉しかったのかイヴァンは満足そうに笑った。
「それじゃあ張り切って行きましょっす!」
「おや、どこに行くんだい?」
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