第四十三話
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早く勝負を決めなければ。
そう焦れば焦るほど、戦い方が雑になり粗が生まれてしまう。
人型はリウムの力が衰えていることを理解し、これまで以上に猛攻を仕掛けてくる。
幸いなことに現在戦っている崖上は立体的な動きをするのに必要な木が生えていないので、縦横無尽な戦い方をする人型にとって地の利を生かせない状況で、リウムにとっては追い風ではなくとも向かい風という訳でもない。
ただ、問題はあった。それは峡谷だ。
人型の背後に広がる大地の切れ目。上流にある湖から流れてきた水の一部が落ちて長い年月をかけて作ってきた峡谷は、底が見えず落ちればまず助からないだろう。
わずかばかり地の利はリウムにある。だが、完全に押されつつある状況でその利はどれほど有効なのか。
「どうした、どうした、どうしたぁ!」
疲れ知らずの人型の猛攻は止まらない。それどころか、更に勢いも威力も増してきているようにすら思える。
すでに目で動きを追うことはほぼ不可能になっていた。かろうじて見える剣筋を勘で防いでいるにすぎない。
「しゃあああああああ」
上段から打ち下ろされた一閃を右腕で凌ぐ。しかし──。
「あまあああああああいっ」
人型の剛力は今のリウムが抑えきれるものではなく、押し切られて体勢を崩されたところへ跳ね上がってきた腕剣が胸部を切り裂く。
「いいなあ、いいなあ、いいなあ。おまえきるのたのしい」
「だから……楽しかねえって」
幸い傷は浅く、致命傷は避けられた。だが、すでに受けた切創は十を超える。血を流しすぎたのか、先程から足元がふらつき視界がかすんで見える。
「まだ、まだ、まだ! 戦う!」
対して人型は元気なものだ。満身創痍で息も絶え絶えなリウムと違い、こうして叫ぶだけの余力がある。ただ、怪我の度合いで言えばそこまで差はないので、やせ我慢をしているのか、それとも単に精神力で痛みを抑え込んでいるかのどっちかだろう。
なんにせよ次が最後だ。右腕は更に萎み、もう左腕と比べてもそう変わらない。むしろ腕全体が皺だらけで色も灰色になっているので小さく感じるほどだった。
「おまえ、もうぼろぼろ。ちだらけ」
「それを言うなら……貴様も同じだろう。口から垂らした黒い泥を、拭ったら……どうだ」
互いに荒い息を吐きながらにらみ合い牽制する。
「なまいき、おまえ、むかつく」
「それはこっちの、セリフだ」
「おまえ、きらい。おまえがしんでれば、イウはいっしょにいてくれたのに!」
「だから……そのイウってのはなんなんだ」
「おまえ、おちたとき、おとなしくしんでればよかったのに。ていこうしたから、イウ、あのおんなにころされた。イウはおなかへった、なかま、かぞく、ともだち、たすけたかっただけなのにっ」
「俺が落ちてきたとき……?」
人型の言葉の意味を辿ってたどり着いたのは、生れ落ちたときに襲ってきたドラゴン型のトリアンだった。
「まさか、あのドラゴンがイウなのか」
「どらごんちがう! イウだ!」
「もしかして……お前がミイナを襲ったのは、あのドラゴンの仇討ちか?」
「だからどらごんちがう! イウはイウだっ。おまえ、たべようとして、ころされたイウだ!」
ようやく謎が解けた。どうして人型はミイナを襲ったのか。どうしてリウムに対して執着を見せたのか。
復讐だったのだ。リウムを襲いサナに殺されたドラゴンの仇を討つための復讐だった。
「……ふざけるなよ。イウってやつが死んだのは俺を殺そうとしたのが原因なんだろう。だったら自業自得だろうが!」
「ひとはえさだ! ころしてくう、あたりまえだ!」
「なにが当たり前だ! どうしてお前らは人をそう簡単に殺せる」
「おまえらもころすだろ。なかま、かぞく、ともだち、たくさんころすだろ!」
「トリアンが人を襲うからだ。人はお前らから命を守るために戦っているんだ」
「それは、おなじ。いきるため、おなかへる。おまえたちおそってくる。だからひとくう。いきるためにくう。それのなにがおかしい!」
堂々巡りだ。
そもそも人とトリアンは相容れない存在なのだ。互いに主張をぶつけ合っても建設的な答えは出てこない。
「イウの、ためにおまえころす。おまえのなかまもころして、みんなあげる」
「……させない。お前は此処で俺が殺す」
だから殺すのだ。どちらかの命を奪わなければこの戦いは終着を見ない。
腰を落として構え、深く息を吐き出して呼吸を整える。
このまま無策に飛び込めば確実に殺される。次の一撃に全てを駆けるのだ。
(勝機は……ある)
一つ策があった。それは人型の胸にぽっかりと開いているサナが見せつけた意地だ。
人型は靄でその穴を覆ったが、実は戦闘の最中に靄が晴れて穴が見えることが何度かあった。
そのことから推測するに、恐らく腹部の穴は塞がっておらず、単に靄で覆い隠しているだけなのだろう。
今の萎んだ右腕では人型の体を傷つけることはできない。しかし、すでに傷ついたところであれば。それが体を貫く大きな穴であれば、攻撃は通るはずだ。
そこを突く。それが奴を倒す唯一の方法だ。
一陣の風が駆け抜ける。周囲の音が遠くなり、遠くで大量の水が滝つぼに落ちていく音が聞こえてくるが、もしかしたらそれは今にも破裂しそうな心臓の音だったかもしれない。
(ムネノリ、サナ、イヴァン、ヴィクターさん)
どこからか飛んできた木の葉が風に乗ってちらちらと舞い落ちる。そして、一人と一匹が放つ殺気に打たれて音を立てて弾けた。
「見ててください!」
どっと地面を蹴って仕掛けたのはリウムだ。対する人型は靄の剣を作り出し迎え撃つことを選んだ。
勝負は一瞬。狙うは一点のみ。
「はああああっ!」
周囲の景色が水面に墨を落としたように歪み、引き伸ばされていく。
音が消え、自らの呼吸音だけが頭の中で反響する。
突き出した抜き手が突くのは胸部の穴。だが、動きを読んだ人型が靄の剣を突き出してリウムの手のひらを貫いた。
「うっ……ぐうぅぅぅぅぅぅああああああああああ!」
肉を破られる痛みが脳を通って全身を駆け巡り、小さい閃光が視界の端々で弾ける。
赤い。光が弾ける度に目の前が赤く染まっていく。手のひらから飛び散った血が目に入ったのかもしれない。もしくは、弱った体に靄の剣の呪いが染み込み幻覚を見せているのかもしれない。
まあ、なんでもいい。いずれにしろ。
その程度でリウムは止まらない。
「あ……あああああああああああああああ!」
どうして異形の右腕が現れたのか、戦う中でずっと考えていた。
戦いは辛い。斬られればたくさん血が出て、骨が折れれば意識が飛びそうなほど痛む。
いいことなどなにもない。ただただ辛いだけで、苦しいだけで、心が暗い感情に支配されていくばかりだ。
こんな辛い思いをみんな耐えている。愛する人のために。友のために。
彼らは残酷で惨い世界を前に、人知を超えた力を以てしても届かない存在を前に、堂々と立ち塞がる。
リウムは思う。我にもできるだろうか。彼らのような覚悟を持ちながら戦い続けることができるだろうか。
「……とどけ」
その言葉は祈りであり、叫びでもあった。
突き進む。がむしゃらに、無謀に。
「とどけ」
その答えを探すために。
「とどけっ」
ああ、そうか。
この右腕は初めの一歩を踏み出すために現れたのかもしれない。
「とどけっ!」
ならば、留まることはない。止まることはない。愚直に進み、最果てまで歩き続ける。
「な、に!?」
靄の剣に貫かれたまま人型の手を掴む。手が裂けようが構わない。今この瞬間、進むべき道筋を定めたのだから。
「お、らあぁぁ!」
リウムはそのまま力を込めて人型の手を握りつぶした。と同時に、リウムの異形の右腕全体にひびが入り、ガラスのように砕け散った。
「お、お、おまえぇぇぇぇぇぇぇ!」
「我は負けない!」
砕け散った腕の破片を掴む。
「我は必ず勝つ!」
頼む、我に勝利を。
掴んだ欠片を振り上げる。すると、左手に掴んだ右腕の欠片が淡く光り出し、剣の貌を成した。
それは紛れもなくイヴァンの剣だった。
なにも斬れない名無しの剣。
「……ッ!」
柄を握りしめる。
イヴァン。
「これでっ!」
共に。
「終わりだぁ!」
剣を靄の穴に突き刺す。そして、力任せに横薙ぎに振り抜いた。
「なっぎいぃぃぃ……」
体半分を切断されて人型が体勢を崩した。
ここだ。
「はああああああああ!」
渾身の逆袈裟一閃。
肉と骨を断つ感触。遅れて切創から噴き出す黒い泥の血。
「あ、あ、あ」
光の一撃を浴びた人型の足が崩れ、後ろに倒れた。その先は底の見えぬ峡谷。
瞳に巻いていた黒の渦が溶けて消えていく。代わりに綺麗な翠の瞳に浮かんだのは涙だった。
「い……う。ごめん……な、さ」
懺悔する声は少女のものだった。
人型は大地に刻まれた深い谷の底に消えていった。




