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第三話

 03


「本当に申し訳ありませんでしたっす!」


 床に頭を擦りつけて謝罪をするのは、先ほどの金髪の青年だった。

 部屋を飛び出して、どこかへ駆けて行ったかと思えば息を切らして帰ってきて延々と謝り続けている。


「いや、こちらも目を覚ましていたのに寝たふりをして様子を伺うなんて姑息な真似をしていたのですから、そんな風に謝らないでください」


「そんなことないっす! 貴方からすれば知らない場所で目覚めて困惑しているところに、いきなり知らない男が部屋に入ってきたわけで、怪しむのは当然のことっすから! 本当だったら俺が安心させてあげなきゃいけなかったのに! ああっくそ! どうして俺はいつもこうなんすかね!?」


 いや知らないよ、そんなこと。ていうかあんまり大きな声を出さないでほしい。頭にガンガン響く……。


「その気持ちはとても嬉しいです。えっと……」


「ああ! そう言えば自己紹介がまだでしたね。俺はイヴァンといいます!」


 背筋をぴんと伸ばしたイヴァンは、人懐っこい笑みを浮かべて言った。


「イヴァンさん。我はリウムといいます。身の回りの世話をしてくれていたのですよね?改めて感謝いたします」


「滅相もない! 新人さんのお世話は俺の大事な仕事っすから! あっ、それと俺にはもっと砕けた口調でお願いします。その方が気楽なんで」


「そう言うなら……。それじゃあ、改めて。イヴァン、ありがとう」


「はいっす!」


 元気溌剌。天真爛漫。そんな言葉が当てはまるイヴァンは誇らしげに胸を張った。

 ちょっと元気すぎる気はするが、悪い人間ではなさそうだし、なにより素直で気持ちのいい男だ。

 それがイヴァンに対する第一印象だった。


「それじゃあとりあえず体を拭いちゃいましょうか」


「すまない。頼むよ」


 体が重くて自力では起き上がれないのでイヴァンに支えてもらい、服を脱がせてもらって拭いてもらう。

 気がつかなかったが、随分と体が熱っぽいようで水分を含んだタオルが肌に当たると熱が溶けていくようでとても気持ちがいい。


 イヴァンは介助に慣れているのか、力の加減の仕方が丁度よかった。体が全体的に汗ばんでいたから拭いてもらうだけでもだいぶすっきりする。

 タオルが左腕から背中に回って右肩に移ったとき、イヴァンの手がはたと止まった。


「右腕は……残念でしたね」


「うん? なにが──」


 そう言って右腕に視線を向けて悲鳴を上げそうになった。

 なった、というのは、右腕がついていないと頭が理解した瞬間に濁流のように流れてきた記憶に言葉を失ってしまったからだ。


「その……右腕の治療をした際にちょっと気になることが」


「……気になること?」


 イヴァンは少し言いづらそうにしつつも、短く活を入れるように短く息を吐いて続けた。


「はい。骨が見当たらなかったらしいんです」


「骨がないだと?」


 思わず振り向くと、イヴァンが疑うような、怯えるような顔をしていた。


「リウムさんの場合、部位から考えると上腕骨の小結節という部分の骨が残されているらしいんです。でも……」


「それ自体がないってことか。それは……どういうことなんだ」


「担当した医者も首をひねっていましたよ。骨もない、出血もない。これじゃあまるでダミーの腕がついていたみたいだって言ってました」


 左手で右の肩にそっと触れてみる。ゆっくりと下げていくと肩が終わった辺りで感触がなくなった。


「……なにも感じない」


 確かに手のひらでは肌に触れている感触はある。しかし右肩には痛みも温かさも触れられている感触すらない。

 診てくれたという医者はほんの冗談のつもりで口にしたのだろうが、ダミーの腕がついていたというのもあながち笑えないかもしれない。

 自分の体なのに自分のものではないような気がする。そんなあり得ないことを思って悪寒が走った。


「これは明らかに異常です。だから、意識が戻ったらその辺のことを聞いてみてくれって言われてたんですけど、その様子だとリウムさんもわからないって感じですね」


 リウムは無言のまま、俯くように頷いた。


「まあ……っす。仕方ないすよ。色々ありましたし、今はとりあえず体の調子を整えることに集中しましょう」


 一通り体を拭いてもらうと、イヴァンの助けを借りて再び横にならせてもらう。ほんの数分程度体を起こしていただけだというのに、横になった途端一日中走り回ったかのような疲労感に襲われた。

 タオルと桶を持ち隣の部屋に消えたイヴァンが戻ってくると、その手には綺麗に畳まれた服が数着あった。


「これみんなのお古なんすけど、リウムさんの着替えに使って下さい。ここに入れておくっすから」


 イヴァンはそう言って衣装棚の引き出しに服をしまってくれた。


「そういえば」


 ふと思い出したことがあって、戻って枕元に腰を下ろしたイヴァンにリウムは尋ねる。


「そういえば我を襲っていたドラゴンはどうなったんだ? 赤い光が奴に向かって飛んでいくところまでは覚えているんだが……」


「ああ、それについては安心してください。そのドラゴンはちゃんとサナさんが討伐しました。だから心配することはありませんよ」


「そうなのか。よかった」


 安堵の溜息が自然と零れた。未だにあの化け物が生きているとなれば安心して横になってもいられない。

 脳裏に強烈に残ったおぞましいドラゴンの顔が少しだけ薄くなったような気がした。


「その……サナって人はさっき部屋を飛び出して行くときに叫んでた人の名前だよな?」


「はいっす。サナさんはリウムさんを助けてくれた人っすよ」


 その名を聞いて、ふと昨晩の女性の顔が浮かんだ。


「それって……黒髪の女性じゃないか?」


「あれ? リウムさん知ってたんすか?」


「いや、夜中に一度目が覚めたんだ。そのときに窓辺で本を読んでいる女の人を見てな。なんとなく彼女がそうなんじゃないかと」


 嘘だ。本当はそうに違いないという確信があった。


「ああ、そういえばリウムさんが心配だからって看病を……ってこれは言っちゃ駄目だったんだ。リウムさん、なにも聞いてないことにしてくださいっす!」


 眉を下げて懇願する姿から、イヴァンとサナという女性の力関係が透けて見えた。

 ただ、虐げられているというわけではなく、どちらかというと組織の上下関係のようなものなのだろう。

 頷いてやると、わざとらしく額を拭って「危ない危ない」と零す口調は少し冗談めいていたから、実際そうなのだろう。


「それでイヴァンはそのサナって人を呼びに行ったんじゃなかったのか?」


 話を戻すと、イヴァンは途端に恥ずかしそうに頭を掻いた。


「それがちょっとした問題があってサナさんは今ここにはいないんすけど、思ったより早くリウムさんの目が覚めたので驚いて不在なの忘れてサナさんを探しに行っちゃったんすよね」


 なるほど。イヴァンはどうやら少し抜けたところがあるらしい。

 本人も頭を掻きながら自嘲気味に笑っていた。


「でも、問題というのは穏やかじゃないな。なにがあったんだ?」


「いや、そんな大したことじゃないんすよ。三日前の夜中に不穏分子を発見したって報告があって対応のために出動してるんす。でも心配はいらないっすよ。定期的にあることですし、それにサナさんめちゃくちゃ強い人ですから」


 イヴァンは白い歯を見せて笑顔で断言した。

 きっとサナが雷を斬ったと言っても「それくらいはやる人です」と疑うことなく信じるかもしれない。そのくらいサナに対する信頼は厚いのだ。

 ただ、その話を聞いて別のところが気になった。


「三日前の夜中? ちょっと待て、我は昨晩彼女を見たぞ?」


「え……いや、それはないっすよ。ちゃんと定期連絡もきているので、サナさんが昨日この部屋にいたってことはないっす。もしかしたらどこかのタイミングで目を覚まして、そのときサナさんを見たんじゃないっすかね」


「どこかのタイミング? 待ってくれ。あれから一体どれくらいの時間が経っているんだ」


「えっと、リウムさんを担ぎ込んでから……今日で八日目ですね」


「八日、だと。我はそんなに眠っていたのか」


「そうっすよ。サナさんから聞きましたけど、トリアンにしがみついたらしいじゃないっすか。そんな無茶をすれば寝込むのも当たり前っす。八日程度で話せるくらいに回復できたのも奇跡に近いんすから。ミイナに運ばれてきたときのリウムさん、結構酷い状態だったんすよ?」


「……ミイナ? ……トリアン?」


 馴染みのない単語に思わず眉間に皺を寄せる。


「ああ、一度にあれこれ言われても混乱しちゃうっすよね。すみません、俺ってこういうところの気遣いができなくて。えっとミイナっていうのは今俺たちがいるこの拠点で、トリアンっていうのはリウムさんを襲ったドラゴンの総称なんすけど」


 そこまで言うとイヴァン一旦区切る。


「まあ、その辺のことは追々に。今はとりあえず体力の回復に専念しましょ」


 続きを聞きたい気もするが、八日間も寝込んでしまうほど体が弱っていたのは事実のようで、段々話を聞いているだけでも辛くなり始めている。

 病み上がりの体で無理は禁物だ。ここは素直に従っておいた方がいいだろう。


「そうだ、お腹空いてませんか?」


「うん……。空腹は感じる」


「まだしっかりとした食事は摂れないでしょうから、粥かなにかを持ってきますよ。少し待っていてください」


「すまない。ありがとう」


「いえいえ」


 イヴァンは春の日差しのような笑顔を浮かべると嬉しそうに部屋を出て行った。

 頼られることが誇らしいのかも、と考えるとなんだか微笑ましく感じた。 

 そっと息を吐く。


 どうやら身の危険はなさそうだ。あの甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるイヴァンという青年も悪い子ではない。

 一体自分の身になにが起きてこんな状況に陥ってしまったのかは検討もつかない。

 不安は募るばかりでもどかしい。

 ただ、今は安静にしているべきだ。なにをするにもまずは体が資本なのだから。

 窓から流れ込んできた薫風が頬を撫でる。瞼が重い。

 イヴァンが戻ってくるしばしの間、風が運んでくる香りを楽しむことにしようと、リウムは大きく深呼吸をした。


ここまで読んで下さりありがとうございます。

コメントや評価をしてくださると今後のモチベーションに繋がるので、ぜひお願いいたします。

この作品は、カクヨム、TALES、アルファポリス、Nolaノベルにも掲載しております。

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