第三十八話
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「ムネノリ!」
リウムが呼びかけると僅かに反応があった。そして、吐血交じりに息を吐くと薄っすらと開いた目が二人を見つめた。
「二人……とも。無事かい」
「体に槍が刺さっているんだから我たちのことよりも自分の心配をしろ」
「はは……。そりゃそうだ……」
細く笑ったムネノリが自らの体に突き刺さった白槍に触れる。すると、砂が風で流されるように槍は崩れて消えてしまった。
「まさか、自分のゲシュで作った槍を、投げ返されるとは、ね……。おかげでお腹に穴ぼこが、開いちゃったよ」
「喋らないでください。今止血するっすから」
「いや、大丈夫。槍のゲシュを再利用して……止血はしてある」
見ると確かに腹部の傷の部分が白い発光体で覆われている。
「サナちゃんは?」
「サナさんは人型と戦闘中っす。俺たちはサナさんを殿に撤退をします」
「だ、駄目だ。……サナちゃんだけで、やつの相手をするのは危険だ……!」
「そんなことは分かっている。だが、今の我たちではどうすることもできない。今はサナを信じて一刻も早く撤退するんだ」
言われずともムネノリであれば、これが最良の手だと理解しているはず。だが、理性と感情は相反するものですぐには受け入れられない。それでも最後には熱した鉄を飲み込むような顔をして、
「そうだね。二人とも肩を貸してくれないか」
と、苦々しくも言い切ったのは流石ミイナの責任者を務めるだけあると言ったところだろう。
リウムとイヴァンは左右から肩を貸して撤退を始めた。後方からサナの戦う音が聞こえてくる。それがサナの生存を証明していて、どうか索敵班のところに逃げるまでは続いてくれることを願うしかなかった。
しかし。
「えっ……」
太陽が一瞬なにかに遮られる。同時に頬にぽつぽつと水があたった感覚があった。なんだと視線を上げると同時に目の前になにかがぐしゃりと音を立てて落下した。
そのなにかを見て、すべての音が一瞬消え去った。
「……嘘だ」
吐血の痕に張りついた髪。力なく投げ出された肢体はピクリとも動かない。体を守る戦闘服は大きく破れ、左の鎖骨付近に一つ、腹部に二つの刺し傷があり流れた血が地面に染みを作り始めた。
そんな凄惨な姿であっても眠るようなサナの表情は穏やかで、そのアンバランスさがかえって生々しい。
「その女、つよい。でも、よわい」
耳の穴にぬるりと入り込んでくる怖気のある声。
全身の毛穴がぞわぞわと何度もうねる。首筋に刃物を当てられたような錯覚に体の芯が震える。
一度躊躇って、息を吐いてからゆっくり振り向けば、そこには黒の長髪を振り乱し翠と黒が交じり合った半月の瞳があった。
◇◇◇
「こいつ、姿が変わってやがる……」
両肩を支えられたムネノリが苦々しく呟く。
鎖骨辺りまで露になった白い肌は血の気が失せてはいるが、人間のものと相違ない。
体を覆っている靄の量も減少していて、体の線が見えるほどにまでなっていた。
位をつけるとすれば、カレイグ相当だろうか。
そして、一段と目を引くのは胸のすぐ下あたりに開いた人の頭ほどの大きさの穴だった。
人型がサナを指差す。
「そいつ、あけた。いたい。つよい。でも、まけた」
開いた穴からは黒い泥のようなものが、ボトボトと音を立てながら落ちている。
人であれば即死ものの傷を負ってもなお、人型は死なない。
「でも、いみはあんまりない」
人型が穴を撫でる。すると体表を覆っている靄が集まり穴を塞いだ。
「まずはおまえ」
指が三人を指す。次の瞬間、人型の姿が文字通り霧のように消えたと思ったときには、すでに靄の腕剣がムネノリを袈裟切りにしていた。
まさに瞬きをしているうちにという状態で、続けざまにリウムの腹部に強烈な蹴りを叩きこんできた。
「あれ、いがい。かたいな」
そんな間の抜けた感想を零す人型を置いて、ムネノリは血を吐いて仰向けに倒れ、リウムはその場に蹲り激しく嘔吐する。
「きっさまぁぁぁぁ!」
この状況に反応できたのはイヴァンだけだった。瞬時にクオータースタッフを出現させ、がら空きの胴を狙って打ち込む。が、人型は舌先を覗かせるだけの余裕を見せつけながら悠々と躱す。
「身体強化一段・クルーファイ!」
イヴァンはゲシュを体に巡らせどっと大地がひび割れるほどの勢いで踏み込むと、そのまま頭部への攻撃を繰り出す。しかし、直線的すぎる攻撃は人型には当たらない。
「ごみ。ゴミ、ゴミ」
人型は嘲りながらイヴァンの攻撃を次々と躱していく。攻めているのはイヴァンだが、どちらが優勢なのかは火を見るより明らかだった。
「誰が、ゴミだ。俺にはイヴァンって名前があるんだよ!」
イヴァンはひらりと空中で後転して一度距離を取ると、再度突進する。今度はフェイントやアクロバットな動きを織り交ぜた変則的な攻撃を仕掛ける。が、これも人型は軽々といなしていく。
「オマエ、弱いごみ。あの女にも、男にも、およばない」
「だったらなんだ! サナさんとムネノリさんに及ばなかったとしても、それは戦わない理由にならない!」
力の差は歴然だ。リウムの目からはイヴァンの攻撃は目で追うのがやっとの速さではあるが、人型にとっては止まって見える程度のものでしかないのだ。
現に全ての攻撃を余裕綽々と躱している。無表情なのは変わらないが、心なしか笑みを浮かべている様にも見えてくる。
「イ、ヴァン……」
逃げろと言いたかった。奴の目的は我で、今逃げればお前だけでも助かるかもしれない。お前はこんなところで死んでいい人間じゃない。生きて、あの剣の力を覚醒させて、ミイナの未来を守って導く存在だ。
だから逃げて生き延びてくれ。こんなところで死んでいい人間ではない。
そう思って、でもイヴァンはきっとそんなことはしないし、できないだろうと心のどこかで分かっていた。
イヴァンの夢は詰まるところ仲間を守りたいの一言に尽きる。それにとても人思いで、優しく、青い。
夢を見続けて高い志を持ちながら、そのために仲間を犠牲にする決心がイヴァンにはできない。
「ちくしょう……。どうして我は肝心なときに……」
血の混じった吐瀉物に涙が落ちた。
「がはっ」
人型が疲れから動きの鈍くなり始めたイヴァンの膝裏を打つ。体勢を崩したところに更に横っ面をしたたかに殴りつけた。
クオータースタッフを手放し地面を転がるイヴァンは、その一撃で血を吐いて沈んだ。
「イヴァン……イヴァンっ」
名を呼び続ける。無様に這いつくばりながら仲間を守ろうと懸命に戦うイヴァンの名を。
「ごほっ……リウ、ム、さん……」
声が届いたのか、激しく咳き込みながらもイヴァンの首がリウムの声を探すように動く。
「いいんだ。もう逃げてくれ。あいつの狙いは我だ……。お前だけでも……助かってくれ」
言ってもイヴァンは逃げないと分かっていても、言わざるをえない。
このままでは本当に殺されてしまう。
「……約束したっすよね」
しかし、リウムの想いに反してイヴァンは血で汚れた口を引きつらせるように笑いながら立ち上がって人型を睨む。
「やめろ」
「一緒に……戦うって」
満点の夜空の下で交わした握手。
「お前には、死んでほしくないんだ……頼む、頼むから」
あの約束を交わさなければ、もしかしたらイヴァンは逃げる道を選んでくれただろうか。
「死にません、よ。おれァ……」
いや、きっと結末は変わらないだろう。あの約束がなくともイヴァンは仲間を思う心が強く、だからこそ迫りくる死への恐怖をねじ伏せてでも戦う道を選んだはずだ。
「こんなところで、立ち止まっているわけには……いかないんす」
イヴァンが空に手をかざす。月色の光の粒が現れ一振りの剣へと収束する。
名もなく、なにものも斬れない剣。
立っているのもやっとのはず。しかし、イヴァンはその剣を構えて吠える。
「未来を守るために……ここで倒れるわけにはいかない!」




