第三十五話
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「シッテタ。殺気、もれてたから」
粘着質な笑みを浮かべて背後を振り返る人型の目には顔の左側を押さえて睨むサナの姿が映っている。
「トリアン如きが浅知恵を働かせる」
「そのアサヂエ、ひっかかったの、おまえ。きずいたいだろ?」
「ふん。この程度、傷とは呼ばない」
サナが顔を押さえていた手を外すと、左目のすぐ下が切れていて顔を赤く汚していた。
リウムの目からは確実にサナは顔を突き刺されたように見えたが寸前のところで体を反らして回避していたようだ。
「リウム下がれ! こいつは私が片付け──」
「じゃあ、これワ」
サナの一撃が交わされたことで囮作戦は失敗した。となれば次の段階に移行する。
サナがその為の指示を飛ばそうとするも、注意が逸れた一瞬の隙を狙って人型は左腕を靄の剣に変形させて左から横薙ぎに一撃を放つ。
「シッ」
咄嗟にサナは体を反らして避ける。しかし、人型は交わされた攻撃の勢いを使い独楽のように体を回転させて体勢を戻しきれていないサナの横っ腹に回し蹴りを放つ。
こればかりはサナも直撃を避けられなかった。蹴りをもろに脇腹に受けると、そのままの勢いで弾き飛ばされ岩壁に叩きつけられた。蜘蛛の巣のような亀裂が走り、若干壁にめり込んだサナは少ししてから地面に落ちた。
「がっ……痛……」
砕けた岩がパラパラと音を立てて崩れ土煙を立てる。
強い──。ミイナ襲撃時よりも遥かに強くなっている。
「オマエ。たち、殺す」
うつ伏せで痛みを堪えているサナからリウムに視線を戻した翠眼が半月に笑う。
と。
「があぁぁぁぁっ!」
突然七つの白槍が人型の上空に出現し、瞬きをする間もなく人型を襲った。続けて追撃の矢の雨が降り注ぎ轟音と土煙を立てた。
ムネノリの援護射撃だ。振り向くと肩で息をしたムネノリが立っていた。
「リウム君、大丈夫かい!?」
「我は大丈夫だ。それよりサナが……」
「大丈夫。サナちゃんならイヴァン君が回収してくれた」
ムネノリが言い終わると同時に、サナを抱えたイヴァンが滑り込んできた。
「サナ、大丈夫か!?」
「ああ……。意外とやるな。少し油断した」
サナは血の混じった唾を吐きながら答える。口調は相変わらずだが、勢いが普段と比べると弱いし、痛みを堪えているからか表情が険しい。
「サナちゃん、顔の傷は大丈夫かい?」
「そこまで深くないから。それに血はもう止まってる」
「切り傷用の軟膏がある。塗ってあげるからおいで」
顔に軟膏を塗られたサナは、染みたのか一瞬顔を歪めた。
「あいつ」
そして、未だ土埃が晴れない人型に視線を送る。
「ミイナを襲撃したときよりも感知能力も攻撃力も各段に上がってる」
「うん。恐らくミイナ襲撃の際に戦った経験から学びを得たんだろうね。厄介なやつだ」
「でも、ムネノリさんの攻撃で仕留められたんすよね?」
「分からない。不意打ちは成功したし、今できる最大火力を叩き込みはしたが……」
恐らく倒せてはいないだろう。
続く台詞を連想して、その場にいた全員が息を呑む。
「倒せていなくとも、せめて傷を負わせられていれば──」
と、話していたムネノリの姿がふと消えた。そして、すぐ後ろで大岩でも落ちてきたのかと思うほどの破壊音が響く。
振り返ると、腹部に白槍が刺さったムネノリがぐったりと木に打ちつけられていた。
「う……ごほっ……」
血の塊を吐血したムネノリが擦れた息を吐きながら口を動かし、手を伸ばす素振りを見せるも肉体と精神の限界を迎え意識を飛ばした。
「フイウチ、というやつだ」
立ち込めていた土煙を風が流していく。現れた人型には二本の白槍と矢が突き刺さっているが、意に返していない。
「まずいな」
イヴァンに支えられていたサナが苦い顔で呟く。
当初の予定では囮作戦が失敗した場合は、増援のトリアンがいない場合に限りサナを主軸とした短期の白兵戦を仕掛け、それも失敗であれば撤退をする予定だった。
だがどうだ。ムネノリは沈黙し、サナは負傷している。この状況でまともに動けるのはリウムとイヴァンだけだ。
この戦闘を索敵班は監視しているだろう。だが救援は望めない。彼らは万が一のときに備えて観測しその子細を残りの翠荘のメンバーに託す役割を負っている。
仮にここで全員が死に絶えることになったとしても彼らが役目を放棄することはない。それが管理者のムネノリの命である以上は。
となれば、自然と今の戦力で戦わねばならないということになるが、ここから逆転の目を探すのは水の中で火種を探すようなものだ。
「い、いいか……。ここは私が時間を稼ぐから二人はムネノリを回収して撤退」
額から脂汗を流して呼吸をするたびに苦痛に顔が歪む。もしかしたらあばらの骨が折れているのかもしれない。脇腹を押さえる手が震えている。
そんな状況でもサナはそんなことを言う。
「そんな! サナさんを置いていけるわけないじゃないですか」
当然、そんな提案にイヴァンが納得するはずもなく、悲愴な顔で拒絶を示した。しかし──。
「戦いに感情を持ち込まない。苦境に立たされても今できる最善の選択をする。それが生きながらえることに繋がるし、未来へ可能性を託すことになる」
全くの正論だった。だが、正論はあくまで論理の中で正しいだけであり、目の前で死にかけている仲間を放って行く選択を取れるほどリウムもイヴァンも冷静ではない。
「無理だ。いくらサナでもその怪我じゃあいつを相手になんてできない」
「舐めないで。足止めくらいなら今の私でもできる」
そんな分かりきった強がりも苦痛に顔を歪めているから説得力がない。
(サナを置いていくなんて……。そんな選択、できるわけないだろ……!)
「私だってこんなところで死ぬつもりはない。アンタたちがさっさと撤退してくれれば隙を見て逃げる」
そんなリウムの焦りを見透かしたようにまた正論が挟まれる。ただ、さっきの正論と違う点は提示された選択肢が唯一全員の生存に繋がるかもしれないもので、拒絶すれば全員が死ぬことを意味するものであることだ。
迷える時間も選択肢も、残されていない。
「捨て身で戦ってなんてのは嫌っすよ」
「自己犠牲は嫌い。ほら、さっさと行って!」
サナはイヴァンを突き飛ばすと、手を前にかざし「兼定!」と叫ぶ。
黒い光が集まり始め、薙刀の形をとる。そして、サナは二人を庇うように人型との間に立ちはだかるともう一度「行け!」と叫んだ。
声は痛みに震えていた。しかし、決意は揺るがない。
後ろ髪を引かれる思いで、二人は走り出す。共に戦うことができない悔しさと情けなさを奥歯で噛みしめながら。




