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第三十三話

 33


 荷馬車の上から見える景色が荒涼とした風景から、次第に雑草や名前の分からない花が増え、緑が濃くなっていく。

 随分前から前方に見えていた林が目の前まで迫ってきたころ、黒外套の人物が現れ、ムネノリの合図で荷馬車が止まった。


「索敵班だ」


 近づいてきた人物はボロボロの外套の下に覚えのある戦闘服を着込んでいた。ムネノリが手をあげると口元を布で覆い隠した人物が一礼する。


「状況は先日参号に持たせてお知らせしたときと変わりません。行動パターンも同じで、人に当てはめれば療養に類するかと」


 声の様子からしてこの索敵班の人物は女性らしい。


「そうか。洞窟前にいるヲムートはどうかな?」


「それも変わりなく。三体ずつ交互に休憩を挟みながら周囲の警戒にあたっているようです」


「交互に休憩ね」


 ムネノリの眉に皺が寄る。


「この目で確認したい。どれくらいかかる?」


「ここから歩いて少し行ったところですから、そこまで時間はかかりません。行きましょう」


 ◇◇◇


 人型がいる洞穴は九頭の滝つぼから少し下ったところにあるらしい。

 林を抜けると湿った土の香りを肌寒い風がさらっていった。視界が開けると、正面に切り立った岩壁が見えてきた。その岩壁の下部に目的の洞穴がぽっかりと口を開けている。

 人型が潜伏しているという洞穴は深く掘れているからか、中の様子は伺えない。

 リウムたちはその岸壁から距離を取って林の中にある背の高い木に登り、単眼鏡を使って観察することにした。


「本当だったんだ」


 イヴァンが信じられないというように零した。

 出入り口には休んでいるヲムートが三体、頭を伏せて並んでいる。そして、少し離れたところに残りの三体が岩壁に背を向けて敵の接近を探るかのように音を聞くような素振りや鼻を上げて匂いを嗅ぐような仕草をしている。


「あれじゃまるで番犬みたいだ」


 今度はリウムが呟く。


「その表現もあながち間違いではありません。我々はミイナ襲撃からずっと人型を追っていましたが、林に入った辺りであのヲムートたちがどこからともなく現れて、以降ずっと付き添ってます。まるで主人を守るかのように」


 言っておいてなんだが、肯定されてしまうとなんだか薄ら寒いものがあった。

 もし本当に番犬の如く主人である人型を守っているのであれば、統率が成立しているということになる。


 それは人型が特異体であるという証拠の一つになる。

 ムネノリに視線を向けると、単眼鏡を覗き込みながら思い悩むように眉に皺を寄せて遠くにいるヲムートたちを睨んでいた。


「ムネノリ。考えるのは後に。今は奴を討つことに専念した方がいい」


「……確かにサナちゃんの言う通りだね。今は作戦の遂行に集中しよう」


 相変わらずサナは無表情で、だが、その冷静さがムネノリの思考を引き戻す呼び水になったようだ。

 全員が木から降りると、ムネノリが地面に簡易図を書いて説明を始めた。


「まずサナちゃんはヲムートたちに気づかれないように大回りで洞穴の真上に移動して位置に着いたら合図を。岩壁は切り立っているけど、サナちゃんならなんの苦もなく登れるでしょ。そうしたら僕のゲシュでヲムートたちを一掃する」


「分かった」


「追加のトリアンが出現しなければ予定通りリウム君が人型を刺激する。方法は大声を出すでもなんでもいい。イヴァン君は林で待機。臨機応変に対応して。そして、人型がリウム君の挑発に反応して表に出てきたところを──」


「私が討つんだな」


 ムネノリは神妙な顔で頷く。


「囮役のリウム君もそうだけど、サナちゃんも結構危険だ。なにせ攻撃が失敗すれば人型の反撃を受ける位置にいるんだからね。だから、サナちゃん。くれぐれも一撃で頼むよ」


「任せろ。私が仕損じたことがあるか?」


 サナは砂漠で見せた不敵な笑みを浮かべて言い切った。それを見てムネノリも笑みを浮かべて頷く。


「索敵班はどうするんだ?」


 地図を囲んでいる索敵班の役割が気になったリウムが問う。


「索敵班は戦闘には参加させない。敵の行動パターンや戦闘中の変化などを観測してもらう。万が一作戦が失敗したときの場合に備えて、次に繋げるための情報収集を戦闘終了まで行ってもらう」


「もしこちらが劣勢になった場合は助けにきてくれるんだよな?」


「いいや。そこも含めて彼らには最後まで情報収集をしてもらう。僕らが失敗して殺されることになったとしても、その瞬間まで人型がどのような行動を起こすか監視して、情報を積み上げるんだ」


「そこまでするのか」


「うん。人型は推定特異体という位置づけだ。仮に特異体と確定した場合、僕らはあまりにも奴に対して無知すぎる。行動パターンや能力、その他もろもろの全てが謎に包まれた状態で今後ミイナは奴の脅威に怯えることになってしまう。であるのならば、今回僕らが全滅したとしても、ほんの一つだけでも構わないから人型の生態を暴く情報を手にすることが未来のミイナを守ることに繋がる。だから、彼女らには心を殺してでも情報収集という任務を完遂してもらう必要がある」


「委細承知しております」


 索敵班の女性が感情のない声で言った。


「すまないね。頼むよ」


 ムネノリは少しだけ申し訳なさそうに言う。索敵班の女性はその意味もまとめて承知しているというように頷き、小さく「ご武運を」と零すと、次の瞬間には音もなく姿を消した。


「全てが上手くいけば勝負は本当に一瞬で決まる。皆、揃ってミイナに帰投しよう」


 ◇◇◇


 ヲムートの一掃方法はとてもシンプルなもので、遠方からの矢を使った狙撃だった。

 サナの合図を確認したムネノリが、なにも持たないままに弓を構えて放つ動作をすると実体化したゲシュの矢が空高く飛んでいき、前後に分かれているヲムートたちの中間地点辺りで矢が六つに砕けそれぞれが正確にヲムートたちの首筋を打ち抜いた。


「……ぎゅっ」


 矢が喉を貫通し、地面に縫い付けられたヲムートたちは喉からわずかに空気を漏らすだけで叫び声も上げないまま絶命した。

 単眼鏡を覗き込むと靄が肉体を溶かしていくのが確認できた。

 この間僅か五秒ほどの出来事。たったそれだけのわずかな時間で六体のヲムートを無力化してしまった。

 これまでサナの強烈な強さばかりに目を取られていたが、流石管理者を名乗るだけあってその腕は一流と言っても間違いないものだ。


「周囲に新手の姿はないっす。リウムさん行って下さい。俺はすぐ援護できるように林の影からついて行くっすから」


「ああ。頼む」


 身を潜めていた林から出る。洞穴までの距離はおおよそ三十メートルほど。

 正面に立ってしまえば身を隠せるようなものは一切なく、突然人型が飛び出して襲ってくるのではないかと気が気ではない。


 洞穴を凝視する。すると光の加減で中途半端に見える内部の岩のおうとつが顔に見えてくるので心臓に悪い。

 ヲムートたちの死骸まで数歩のところまで近づくと足を止めた。事前にサナからは「真上からの奇襲というよりは、若干背後からの攻撃の方が気取られにくいから立ち位置はそのくらいで」と言われているので、ある程度の距離を取ったこの位置を選んだのだが大丈夫だろうか。


 背中や脇を汗が伝う。小動物が立てた音だと分かっていても、草の擦れる音や枝から飛び立つ羽音が異様に大きく聞こえて、その度に体が跳ね上がりそうになる。

 目に汗が入り沁みても痛みを感じる余裕すらない。自分がどれほどの緊張と恐怖に支配されているかを嫌でも思い知らされる。


 心臓の辺りがぐっと押し込まれるように痛む。

 ただ、ここで尻込みするわけにはいかない。これからが作戦の本番なのだから。

 死んでいったヴィクターや防衛班の皆の顔を思い浮かべる。

 彼らの死に報いるためにも。

 やってやる。これが我の戦いだ。

 喉が焼けるように乾く。それでも、止まるわけにはいかない。

 リウムは乾いた唇を軽く舐めて湿らせ、大きく息を吸ってから。


「よう……きてやったぞ。出てこいよ……このくそったれ」


 口火を切ったのだった。


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