第二十八話
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風もなく、篝火の爆ぜる音だけが夜に響いていた。その音がやけに大きく聞こえる気がする。
中央広場での惨劇から七時間が経過している。
既に夜の帳は降りていて、雨は上がったものの重い鉛色の雲が空を覆っており、明かりがなければ足元すらおぼつかないほどミイナは闇に包まれている。
普段であれば住宅街や商店街から漏れてくる明かりがあるおかげで夜であってもそれなりに明るいが、今はその明かりもまばらでどこか閑散としている。
代わりにミイナを守る城壁の上部では警戒用に大きな篝火が轟々と焚かれており、そのせいもあって壁内の暗さが一段と際立って見える。
今も壁の上でトリアンの襲撃を警戒してくれている防衛班には悪いが、まるで地の底に閉じ込められて監視されているようだ。
そんなことを思いながら翠荘の敷地内に設置されているベンチに腰を下ろして、リウムはかれこれ数時間も壁を眺めている。
何度かそろそろ部屋に戻ろうかと思いはしたものの、体が重く言うことをきかない。だから、結局こうしてベンチに座って無為に時間をすごしていた。
「ここにいたのかい」
顔を上げると、雨で髪を濡らし、疲れた顔をしたムネノリが立っていた。
「隣、いいかな」
リウムは無言で頷く。少し間を空けて腰を下ろしたムネノリは魂の抜けるような溜息を吐いた。
「アメリさんはまだ意識は戻っていないけど、なんとか一命を取り留めた。ただ、ヴィクターさんは……」
「亡くなったのか」
答えなかったが頷く気配があった。
「どうして中央広場に駆けつけるのが遅くなったんだ」
「中央広場に奴が降ってくる前に鐘楼が鳴っただろう。あれはミイナの周辺にトリアンが現れたときになる襲撃警報なんだ。あのとき、警報が鳴った瞬間、僕とサナちゃんはミイナの壁外に出撃していたんだ。イヴァン君はもしものときのために、翠荘で待機してもらっていた」
「翠荘の外にトリアンがきていたっていうのか」
「うん。ただ、数は多かったもののほとんどがヲムートでカレイグは少数だった。だから掃討するのはそこまで難しい話じゃなかった。だが……今思えばあれは囮だったんだろうね。僕らの戦力を囮で削いで、その間に本丸がミイナに侵入して襲撃を仕掛ける算段だったんだろう」
「そんな……。トリアンっていうのはそこまで組織だった動きをするものなのか」
「いいや」
「だったら、何故」
「分からない。今回の件はなにからなにまでが異例尽くしだ」
ムネノリがベンチの背に体を預けて珍しく語気を荒げる。
「これまでの歴史上ミイナが襲撃されたことはなかったし、周辺にトリアンが集団で出現することもなかった。この二つの出来事が偶発的に起こったとは考えにくい。なにかしらの意図があるはずだ」
「あの人型は人語を話せた。それに始めは全身を靄で覆っていたが、途中からは人間と同じ顔が浮かんできた。あれはなんなんだ」
「報告を聞いたよ。でも分からない。ただ、ミイナに残された文献を辿ると過去に見た目が人間とほとんど変わらない個体が確認されたという記録はある。文献ではその個体を特異体と記録していた」
「特異体……」
「トリアンがなんらかの要因で変異して生まれるとある。人間と同等の知能を持ち、人間を遥かに超える身体能力と戦闘能力を有していたという。更に低位から高位のトリアンを従える能力もあったそうだ。また、特異体は時間を重ねるごとに人の姿を真似るとある。今回の個体が特異体なのかは分からないけど、もしそうなのだとしたら、今回の襲撃はその人型が仕組んだことなんだろう」
状況を見れば、その憶測はほとんど真実であろうことに疑いはない。ただそうなると、その特異体という存在はかなりの脅威ということになる。
今回はヲムートたちを多く率いてきたということだが、これがカレイグやケイガイと言った強い個体ばかりだった場合、その被害は今回の比ではないだろう。
「これから僕ら翠荘は緊急警戒態勢に入る。遠方に出ているメンバーにも召集をかけた。奴を倒すまではミイナは厳戒態勢を継続せざるを得ないだろう。またいつ奴がやってくるか分からないからね」
ムネノリはベンチから疲れを滲ませた溜息を吐きながら立ち上がった。
「僕はこれから各班との協議がある。今後のミイナの運営方法を決めなきゃならないしね。それに……亡くなった方々の葬儀も行わなきゃならない」
「遅くなるのか」
「今夜は……眠れそうにないよ」
静かな夜にその呟きは澱のように重く落ちた。




