第二十六話
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「ぎゃうぅぅぅっ!」
防衛班の攻撃を受けてもびくともしなかった人型が奇声を上げながら真横に弾き飛ばされて瓦礫の山に激突した。
その際に首を掴んでいた手が緩み、リウムはその場に崩れ落ちた。
「すみません、遅れたっす。リウムさん、大丈夫ですか!?」
「が、はあ……はあ……」
意識が飛ぶ寸前に解放されたので、まだ思うように体が動かずとにかく喘いで空気を体にとり込むことしかできない。そんなふうにしばらく陸に打ち上げられた魚のように空気を貪っているとようやく呼吸も視界も戻ってきた。
「イ……ヴァンっ」
助けてくれたのはイヴァンだった。
「早く退避を。ここは俺が引き受けます」
「まて、敵は……外見はヲムートだが……体を覆っている靄が異常に硬い。防衛班の攻撃が全く効かなかった。それに靄の形状を剣に変えて攻防に応用する。あと……やつは人の言葉を話す」
「それは間違いないっすか」
「ああ……。始めは言葉というよりもただ人間を真似て音を発しているだけという感じだったのが、途中からたどたどしくはあるが、はっきりと我たちと同じ言葉を話すようになった」
「……ありえない」
震える声で囁くイヴァンは怯えを隠すようにクオータースタッフを握りしめる。
イヴァンから見てもあの人型がやはり通常のヲムートではないことは明白なのだろう。
「ヴィクターさんとアメリさん。それに防衛班の人たちもやられた」
イヴァンの目が大きく見開かれる。しかし、取り乱すことはなく、ぐっと歯を噛みしめた。
「ムネノリとサナはどうしたんだ」
周囲を見渡して二人の姿が見えないことに気がついた。
「今二人はここにはこられません」
「どういうことだ」
「それは──」
と続けようとしたイヴァンの姿が空気が弾けるような音と共に突然消えた。
「えっ」
と、声を出してそれから背後で衝撃音が鳴った。振り返ると瓦礫を吹き飛ばし、土煙にまみれながらイヴァンと人型が鍔迫り合いをしている姿があった。
「くうっ!」
こめかみに青筋を浮かべながら人型の攻撃を受け止めたイヴァンは歯を噛み砕かんばかりに力を込めてクオータースタッフを押し留める。
対して人型はイヴァンに受けた一撃などなかったかのように、雄叫びを上げて靄の剣の向こうから今にも食らいつかんばかりの勢いだ。
まずい。翠荘のイヴァンであっても人型との力比べでは押し負けている。このままでは防衛班の二の舞を演じるだけだ。しかし。
「い、今です!」
突然イヴァンが大声で叫ぶ。すると、何処からともなく現れた五人の人影が一斉に人型に襲いかかった。
なるほど。どうやらイヴァンが人型の攻撃を押さえている間に身を隠していた防衛班が人型を叩く算段だったようだ。
剣や槍や斧を持った五人の息の合った攻撃が人型の背後へと襲いかかる。
「ムダああああああああああああ!」
しかし、殺気を察知した人型の背がさざ波を起こし、靄の槍を形成し防衛班の面々を突き刺す。
「みなさん!」
まさかの光景にイヴァンの力が弱まった。それを見逃す人型ではない。
靄の剣の軌道を逸らしクオータースタッフを捌くと、意趣返しと言わんばかりにイヴァンの顔面に強烈な拳の一撃を叩きこんだ。
その一撃でイヴァンは地面をもんどりうって転がり動かなくなった。
「イヴァン!」
「おまえ、ころす」
人型がこちらを振り返る。
「な、に……」
リウムは、その姿に目を剥いた。いや、姿というよりも、その顔に。
人型は全身を靄に覆われている。それは顔も例外ではなく、かろうじて目や口のような形が確認できる程度だけだった。しかし、人型の顔の靄が薄まっている。
目鼻立ちだけではなく、眉の形すら判別できるほどに靄の形が晴れ始めているのだ。それは更に進み、靄が蒸発するように薄まると、下から若い女の顔が浮かび上がってきた。
「おまえ、しぬ。イウは、生きる。それがいい」
無表情の女の顔にはところどころ枯れた蔦のような模様が浮かんでいて、翠の瞳のなかには黒い渦が巻いていた。
顔色は生気の一切ない青白さで、死体のようであった。
紫に染まった唇が動く。
「しぬ? しぬしぬしぬしぬしね」
無表情。なのにこちらの目の奥の怯えを覗き込むような視線はじっとりとしていて気味が悪い。
「しーね。しね」
人型が腕を掲げた。靄が蠢き、腕が剣へと変形する。
「いと。イト。イト」
ゆっくりと近づいてきた人型がリウムの目の前で足を止める。
「イト。イトイトイトイトイトイトイトイトイトイトイト」
繰り返される狂気じみたその言葉の意味を考えるだけの余裕はない。
ただ、腕剣を突きつけられ刃の部分に無数の蛆のような靄が蠢いているから実際は切り裂かれるというよりも、齧り取られるというのが近い──そんな場違いな分析をしている自分に気がついた。
恐らく避けられない死を前に、精神が恐怖から逃れようとそんなことを考えさせたのだろう。
人型の体を覆う靄が身震いするかのように沸き立つ。まるでリウムを殺せることに歓喜するように。
「イト! イト! イト!」
自らを鼓舞するかのように人型は同じ言葉を繰り返す。
腕剣の切先が空をむく。
締めつけられた喉が、焼けるように痛む。
「イィィィトォォォォォォォ!」
そして、リウムの脳天へ真っすぐ吸い寄せられるように打ち下ろされ、世界が無音になる──。
「イトイトイトイトうるさいんだよ、気色悪い」
寸前。
空から降ってきた光の筋が、人型の腕を刎ね飛ばした。




