第二十五話
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アメリの体が瓦礫の山に沈む。傷口から血が滲み出て、ゆっくりと服を赤黒く染めていく。
「カカカカカカカカ」
「アメリィィィィィィィィィ!」
ヴィクターの慟哭を人型は両手を広げて浴びるように受ける。そして、心から愉快だと言わんばかりに肩を震わせながら抑揚のない声で笑った。
こいつは今までのトリアンたちとは明らかに違う。姿形がという話ではなく、根本的に。
今まで見てきたトリアンは本能に忠実で、その攻撃は動物的であった。しかし、人型は違う。防衛班を相手にしたとき、人型は相手の攻撃をあえて受け生じた隙を突いて攻撃したり、背後から迫る相手を見ずに引きつけて奇襲に近い攻撃をした。
いずれも知性を感じさせる。それが人型であるがゆえなのかは分からない。ただ、この人型のトリアンは本質的に他のトリアンたちとは違う存在なのだ。
そして、極めつけはアメリを斬ったことだ。人型は斬る前に一度振り向いた。あれは二人がアメリの名を叫んだことで、アメリという人物が重要な存在なのではと考えたのではないだろうか。だとすれば、人型という存在は人の感情の機微を察知し、理解しているということになる。
「カカカカカ……カ?」
人型の嘲笑が止まる。アメリの背中がかすかに動いているのを見て首をひねった。
殺したはずなのに、と思ったかどうかは定かではないが、次こそ息の根を止めようと今度は腕の剣ではなく手のひらに集めた靄から大きな剣を作り出し、それを逆手に持って高く掲げた。
心臓を一突きにするつもりだ。
「ジネ、ジネ、ジネ!」
それは、胸のすくほどの晴れ渡った空を見て思わず歌い出す少女のように。
「ジネジネジネ!」
それは、戦で勝利を手にした将のような高揚に満ちている。
「ジーネ! ジーネ! ジーネ!」
それは、歓喜の雄叫びそのものだ。
◇◇◇
体を突き破った剣を伝って血が滴り染みを作る。鮮血がシャツを汚して、見る影もなくしていく。
この刃は必ず止めてみせる。その意思だけで背中から突き抜けた刃を胸の前で握り締めた。
痛てえ。だが、この痛さを味合わせるわけにはいかない。
気味の悪い薄汚い靄の刃はアメリには届いていない。それがなにより嬉しかった。ただ、最後に言葉を交わせないのは心残りだ。
喉を逆流してくる血のせいで上手く声が出ない。肺もやられたのか、呼吸も難しい。
意識が……遠い。
だから、心の中で最愛の妻に愛の告白をと思った。
──俺を愛してくれてありがとう。君を愛せた時間は、この世界で手にいれた──最高の、贈り物だった。
◇◇◇
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
激情のままに地面に転がっていた瓦礫を拾いあげ人型に投げつけた。一つ目は外れて、二つ目は肩に当たった。
それが鬱陶しかったのか、人型はヴィクターの背中に突き刺した剣を靄に戻し、首を動かして睨みつけた。
アメリの上に折り重なるように倒れたヴィクターは、ぐったりとしてぴくりとも動かない。
「お前はなんなんだ!」
アメリが斬られた瞬間、悲愴な叫びと共に飛び出したヴィクターの背中を見つめることしかできなかった。
本当だったら止めなければいけなかったのかもしれない。だが、きっと止めても無駄だっただろう。ヴィクターがどれほどアメリを想っているのかはよく知っていたから。
胸が焼けるように熱い。息が乱れて、言葉が止まらない。
「どうして……こんな残酷なことができるんだ!」
みんな生まれたくてこの世界に生まれたわけじゃない。理由も分からず生み落とされて必死に生きようとしているだけだ。それなのに、どうしてお前たちトリアンはそんな害虫を駆除するかのように殺すことができるのか。
許せない。殺してやりたい。
「この人たちがなにをした! お前の大切なものを壊したのか!? 殺したのか!? この人たちはお前に殺されるだけの理由があったってのか!」
足元の瓦礫を掴んで投げる。左手では上手く狙いがつけられず、瓦礫は人型の足元に落ちた。
無力だ。トリアンの前ではリウムという人間はあまりに無力で、親しい人の仇討ちもできない。
「いみ、おまえ」
初めて意味の通る言葉を発した声は少女の喉を焼いて潰したような耳障りな声。
「トリアンが……人語を──がっ!」
人型の姿が消えた、と認識したのも束の間。
右側からものすごい力が襲い、体が木の葉のように吹き飛ばされた。
いくつかあった瓦礫の塊にぶつかりながら、ようやく止まったときには息もできないほどに体を打ちつけていて、気を抜けばそのまま気絶してしまうかと思うほどだった。
「がっ……がほっ」
動きが速すぎて見ることも叶わなかったが、どうやら体の右側を腕で薙ぎ払われるようにして殴り飛ばされたらしい。
背中を強く打ったからか呼吸が苦しい。咳き込むと僅かに血の味がする。
「おまえ、おめえ、オマエ」
不自然な抑揚で言葉を吐き出す人型はまだ話し方を覚えたての赤ん坊のように何度も同じことを繰り返す。
「オマエ、の、せい。おまえ、イウを、ころした」
「な、にを」
「ころした、ので、ころす。のが、いいこと」
「意味の分からないことを言うな!」
「なんでも、いい。オマエ、ころす」
体を覆う靄が鼓動するかのように一度大きく膨れ上がる。
「ころす、ころす、ころーす!」
話す度に抑揚が安定し、その声が怒りに震えていると分かったときには、一瞬で移動した人型によって首を掴まれ、首吊り状態にされていた。
「あ、ぐ……」
首を絞める手は岩のように固く、また、靄によって肌が焼かれるように熱い。
手や足を使って抵抗してはみるものの、人型は全く意に介さない。
その気になれば文字通りひとひねりにできるのだろう。そうしないのは、リウムが苦しむ姿を見て楽しんでいるからだ。
首を絞められていることと靄のせいで、だんだんと意識が遠のき始める。視界が白く薄くなって、苦しいという感覚もどこか夢心地のようなふわふわとしたものへと変わっていく。
──もう、駄目か。
諦めかけたその瞬間。
「リウムさん!」
渾身の一撃が人型の側頭部に炸裂した。




