第二十四話
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「嘘だろ……うっ」
転がる首に込み上げてきた吐き気を必死に堪えて飲み込んだ。
異常だ。あのトリアンは普通のヲムートではない。
それはこの場にいる全員が感じているようで、ヴィクターや残りの二人の防衛班も無言のままトリアンを睨んでいる。ただ、その目には仲間を殺されたことへの怒りよりも、得体のしれないなにかに対する警戒と恐怖の色が多いように感じた。
「ジュグザルティス、イト」
対して人型は腕の靄を変形させて作った剣に付着した血液をじっと見つめて──。
「──」
笑みを浮かべた。いや、顔に該当する部分は靄ばかりで原形などないのに、笑みを浮かべたような気がしたのだ。
「み、翠はまだか」
「他の班が呼びに行ってるが……」
防衛班の二人が呻く。
ムネノリ、サナ、イヴァン。早くきてくれ。
リウムはただ祈るしかない。が──。
「イト。ブルジゴルジ!」
祈りも虚しく人型は雄叫びを上げると再び猛然と向かってきた。
「クソ!」
ゲシュを使って出現させた剣を構える二人に、人型は猛然と斬りかかる。
二人がかりでなんとか受けるも、人型の力がよほど強いのかそのまま薙ぎ払われ一人が剣を手放してしまう。そして、完全に無防備になったところに追撃の腕剣が振り下ろされ。
「させるかよ!」
しかし、腕剣は確かに班員の肩口をとらえていたが肉を斬り裂くことはなかった。
「ギュニ!」
これには人型が驚愕したのが気配で分かった。動きが止まった隙に人型の背後に回ったもう一人が背中を斬りつける。
「ちっ。効かないか」
気合いの入った斬撃だったが、やはり少しの傷もつけられない。
人型は飛び上がるように後退して防衛班と距離をとった。
態勢を取り直した二人の内一人がこちらを振り返って、
「すまんヴィクター。助かった」
と息を荒げながら言う。
「俺もすまん。とりあえずは翠荘がくるまでの時間稼ぎだ。俺がゲシュで二人の戦闘服の防御を向上させるから、なんとか耐えてくれ」
ヴィクターが両手を二人にかざす。すると、ヴィクターの体から朱色の光が立ち昇り、前方にいる二人の防衛班の体を同じ朱色の光が包み込む。
「ああ。あの野郎は俺らよりも遥かに強いが、斬られなければ時間稼ぎはできる。頼むぞ」
そのやり取りを聞いていたリウムもようやく状況が飲み込めた。さっき攻撃が通らなかったのはヴィクターの防御力強化のおかげだ。
戦闘服はヴィクターのゲシュを染み込ませて作られている。外部からゲシュを追加で送り込めば、一時的にだが繊維の強度をさらに引き上げられるのだろう。
これなら攻撃が効かないのに対して、向こうの攻撃ばかりが通ってしまう一方的な状況を脱することができる。
翠荘がやってくるまでの時間稼ぎくらいならなんとかなるかもしれない。
その場にいた全員がわずかに見えた光明に再び闘志を滾らせた。
だが。
「あれはっ」
飛び退いてこちらを凝視している人型のすぐ後ろの瓦礫の山から起き上がる人影を見て、誰かが擦れる声で叫んだ。
「アメリ!」
「アメリさん!」
瓦礫の破片が当たったのか、それとも中央広場が破壊されたときの衝撃で転倒し打ちつけたのか、アメリの額から赤黒い血が伝っていた。そのせいで今まで意識を失っていたのだろう。
傷自体は浅く見えた。しかし、頭を怪我した影響か、アメリはまだ意識が判然としていないのか虚ろな目で人型を見上げている。
「ギギ、ギャ?」
人型が背後のアメリに気がついた。人型が首を傾げるような仕草をしてリウムたちに視線を戻してからもう一度アメリを振り返る。
嫌な予感がした。
そして、次にこちらへ視線を投げてきたとき。
「ゴゾス」
靄に覆われ見えないはずの口が醜く歪んだ気がした。
「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
ヴィクターが叫ぶのと防衛班の二人が駆け出すのは同時だった。
人型がアメリ目がけて腕剣を振り上げる。アメリはまだ状況を上手く飲み込めていない。
「させるか!」
防衛班の二人が背を向けた人型に同時に斬りかかる。一人は飛び跳ねて上段からうなじを。一人は地を這うように剣を走らせ、左腰を下段から斬り上げる。人型の不意を突いた回避も防御も間に合わぬ完璧な合わせ技。事実、人型は直前まで気配にすら気がつかなかったのか、振り向くことすらなかった。
だから、あの最初の一撃を忘れていたのかもしれない。初めに人型が体の靄を変形させて防衛班のメンバーを串刺しにしたことを。
攻撃は届かなかった。人型の背中から飛び出した靄の槍が二人の顔面を貫いたからだ。
「ドラエ、ゴゾス」
背後で肉塊となった二人が崩れ落ちても人型は気にする素振りも見せなかった。
奴の意識はアメリに向けられている。
「ジネ」
掲げられた腕剣の靄がぞわりと生き物のように震えた。まるで早く血を浴びせろと催促するかのように。
やめてくれ。声にならない悲鳴が喉の奥で震えた。
そして。
「──」
その悍ましい欲求が満たされた。
アメリの体が、大きく跳ねた。
赤い飛沫が静かに瓦礫に散った。




