第二十話
第四章
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もう出歩けるというのに、相変わらずイヴァンは朝食を自室に運んできてくれる。
体の調子はいいのだから食事はみんなと同じように食堂に行くと伝えてはみたのだが「これは俺の仕事っすから」と頑なに譲ってくれない。
好意からしてくれているのだと思うと無下にもできずに甘えてしまうのだが、空になった皿の乗ったお盆を回収していく背中を見送るたびに申し訳ない気持ちになってしまう。
イヴァンはれっきとした翠荘の精鋭であり、こんな役立たずの世話をさせていいような人間ではない。貴重な時間を浪費させていることに、後ろめたさを感じていた。
日が昇る前に起きて鍛錬に精を出すほどの真面目なイヴァンの時間を無駄にしていると思うと心苦しさが胸にざらつきを残す。
「リウム君、ちょっといいかい」
ムネノリが訪ねてきたのは部屋で一人食休みを取っているときだった。
「どうぞ」
「お邪魔します」
部屋に入ってきたムネノリはいつもの糸目で飄々とした表情をしていたが、リウムが用意した座布団に座ると、それから口を結んで黙り込んでしまった。
突然やってきてこう黙り込まれると挨拶に困る。
用があってきたのだからさっさと要件を切り出せばいいものを。そんなことを考えているうちに、ふと気がついた。もしかしてサナが言っていたように住宅街への引っ越しの件でやってきたのだろうかと。
ムネノリはミイナの管理者である。ということは、当然ミイナを運営するために必要なすべての事柄に関与しているはずで、人員の配置や誰が何処に住むのかということも管理のうちに含まれている。
そもそも翠荘には有事の際に先陣を切って戦う者が住む、いわば選ばれた者のための特別な住居だ。
今こうして一室を借りているのも一時的なものだ。
本来であれば翠荘に住む資格がないのだから、早く出て行かねばならない。
そうなっていないのはムネノリの厚意からだ。だが、いつまでも特別扱いするわけにもいかないだろう。
集団で生活するのであれば決められたルールに例外を作るのは内部の破綻の第一歩になることは珍しくないのだから。
ムネノリもそこはちゃんと理解しているはずだ。とはいえ、理性では理解しつつも感情が追いつかないというのはままある話。
出て行ってほしい、と切り出すのを心苦しく思っているのかもしれない。
であれば、ここはこちらから切り出すのが一番お互いに波風立てずにすませる方法だろう。
そう思って口を開いたのだが。
「あの──」
「どう……」
間の悪いことに同じタイミングでムネノリも口を開いてしまい、二人してお互いを見つめたまま固まってしまった。
余計に気まずい空気が立ち込める。
「ど、どうぞ」
「いやいや、リウム君こそ」
「いやいやいや、ムネノリから」
「あ、ああ……そうかい? それじゃあお言葉に甘えて」
手を口元に当てて、わざとらしい咳払いをしてからムネノリはゆっくりと話し始めた。
「サナちゃんから話は聞いたと思うんだけど、昨日のこと。色々黙っていて悪かったね」
「え? ああ。そっちか」
「え? そっちってどっち?」
「いやなんでもない。続けて」
手で続きを促すと不思議そうな顔をしたままムネノリは曖昧に頷いた。
「言いわけをするようで情けないけど、今のところゲシュの覚醒を促すにはあの方法しかないんだ。もちろん安全には最大限注意を払っている。けど、怖い思いをさせてしまったのは事実だ。だから謝らせてほしい。申し訳なかった」
「サナにも言ったが、昨日のことについての怒りはない。必要なことだったと理解している。むしろ感謝したいくらいだ」
「……そう言ってくれると助かるよ。実は殴られる覚悟もしてきていたから」
「殴られたことがあるのか?」
「僕はないよ。でも、騙されたと思う人はいるだろうからね」
ムネノリは一瞬真顔になってから「さて」と膝を軽く打った。
「今後のことについてはサナちゃんから聞いていると思う。だけど、とりあえずしばらくはここの部屋は使っていていいから」
「……いいのか?」
「うん。今のところ部屋も余っているし、あまり頻繁に環境が変わるのもよくないしね」
「そうか。助かるよ」
転居してほしいと言われれば拒否するつもりはなかったが、本音を言えばこの部屋から出て行きたくはなかった。物も少なく質素な部屋だが、それでも最近はどこか居心地のよさを感じ始めていたのだ。だが、そんなふうに思ってしまう自分が少し怖くもある。
「今のところ必要に迫られているわけじゃないし、防衛班への移動も少し先送りにしよう。とりあえずリウム君はゲシュの覚醒に集中してほしい」
「そう言われても具体的にはどうすればいいんだ? サナから聞いたがゲシュには感情の動きが必要なんだろう」
「まあ、その辺のことに関しては追々一緒に考えよう。時間はたっぷりあるしさ」
ムネノリはそう言うと腰を上げた。
「ごめんね、これからやらなくちゃならないことがあるんだ。だから、そろそろおいとまするよ。時間をとってくれてありがとう」
「……ああ」
まるで逃げるようにさっと話を切り上げてしまったムネノリに違和感は覚えたが、そこを追究しても答えてくれないような気がした。それに追究しようにも、どう問いただせばいいのかが分からない。
「あ、そうだ」
見送ろうと玄関までついていくと、ドアノブに手を伸ばしたムネノリがはっとした顔で振り返る。
「ラルベルさんからの伝言があったんだ。リウム君の戦闘服について細部の調整をしたいから時間のあるときにきてほしいって」
「戦闘服?」
「うん。可能なら今日中に訪ねてやっててほしい。彼らもやらなきゃいけない仕事が溜まってるからさ」
「分かった」
「うん、頼むね。それじゃ」
閉じられた扉を見つめて首をひねる。
戦闘服……? なんの話だ。




