第十九話
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「危険?」
「翠荘はミイナで戦う力が強い人間の集まりなわけ。私たちに与えられた役割は危険性の高いトリアンの討伐で、そのために生活は常に死と隣り合わせ。翠荘で暮らすようになってから三年経つけど、その間にたくさんの仲間と出会い別れてきた。それこそ私とアンタの指を足すくらいじゃきかないほどには。そんな生活をしている中で死んでいく人にはある共通点があることに気がついた」
とうとう太陽が顔を出し始めたらしい。壁の上辺から太陽光の線がこちらに向かって伸びているのが見える。
「それは生きる力の弱い人間ほど早く死んでいくってこと。ゲシュを覚醒しても逆境に立ち向かえない。終わりのない戦いの日々に耐えられなくなって、ある日突然糸の切れた人形のように膝を折って、生きることよりも死ぬことに希望を見出し始める。そうなると周りがなにを言ってもその人には響かない。自分の体に纏わりついた死臭に違和感を覚えなくなり、耳を澄ませば聞こえてくるのは死神の甘い囁き。そうなってしまうともう駄目で、任務に出てそのまま帰らない。私はアンタに、そうなってきた人たちと同じ匂いを感じている」
胸に剣を突き立てられたような気持ちだった。
「正直昨日の任務でゲシュが覚醒しなくてよかったって思った。だって、もしあそこで覚醒していたら、多分三月もしないうちにアンタは死ぬことになってたと思う」
「我はそんなに弱く見えるか」
「うん。生きる力が弱い匂いがする」
それは経験則からくる確信というよりも、ほとんど未来視に近いもののような気がした。
人の勘など当てになるかと突っぱねたくなる気持ちもほとんど湧かない。ただ純粋に歴戦のサナがそう言うのであれば、きっとそうなのだと思ってしまう説得力があった。
◇◇◇
もう壁の高さを越える位置に太陽が見えていて、耳を澄ますと人々の営みの音があちこちから聞こえ始めている。
ミイナの朝がまたやってきた。
彼には少し残酷なことを言ってしまった。そのことに後悔はない。ただ最後に見た彼の横顔が瞼に焼きついて離れない。
彼を傷つけてしまっただろうか。もし、そうなら……そのくらいの責は背負おう。
もう少し夜明けの余韻に浸っていたいからと、彼には先に帰ってもらった。
彼は一度もこちらを振り向かなかった。
それでいい。もし、振り向かれていたらどんな顔をすればいいのか分からなかったから。
それからしばらく空を眺めてそろそろ帰ろうかと腰を上げて商店街に足を向けたとき、こちらを見つめて手招きをしている人物と目があった。
ムネノリだった。
深緑の着物を着て、いつもの糸目でこちらを見ている。
「こんな朝早くに一体どこに行っていたんだい?」
「日課の散歩だけど?」
「ほう? リウム君と二人で?」
「……なに? それがなにか問題でも」
「そりゃ責任者としては、まだ暗いうちから男女がこそこそ揃って出掛けて行けば、なにをしにいったのか気になってしまうんだ。まさか逢引──」
「ふざけんな」
こういう類の軽口を言うときは決まって遠回しな批難をしていることがほとんどだ。
沈黙を保ったまま二人で並んで翠荘に戻る道を歩く。横目でムネノリの様子を伺うと顔には普段の飄々とした笑みを貼りつけてはいたが、それがそのままの意味でないことはこの三年の付き合いでよく知っている。
「ごめんなさい。ムネノリの仕事を取って」
返答があったのは、少し経ってからだった。
「サナちゃんが僕の後任としての自覚に目覚めてリウム君に真相を話してくれたことには素直に嬉しいと感じている。でも、まだ早いよ。まだサナちゃんは学ばなきゃならないことがたくさんある」
「そうかもしれない。けど──」
「そんなにリウム君が気になるのかい?」
「──は? なに、どういう意味」
「サナちゃん、ゲシュの覚醒について嘘ついたでしょ」
ムネノリは私を見ずに前を見つめたまま糸のように細い目を開く。
幾人もの女性を虜にしてきた蠱惑な瞳。でも、私はその瞳の奥にある冷たさを知っている。
「別に嘘なんてついてない」
「そうかい? 僕には嘘だけじゃなく、リウム君を戦場から遠ざけようとしているみたいに聞こえたよ?」
まさか会話まで聞かれていたとは。
普段は抜けてるくせにこういうところは本当に目ざとい。
「確かに一度目でゲシュに覚醒した人はみんな強い。でも、そうでなくとも強いゲシュを持つこともあるだろう。それなのにサナちゃんはそこで嘘をついた。リウムは戦闘向きではないとあえて指摘して、まだ可能性があることを黙っていた。なんでそんなことをしたんだい?」
「別に……あいつが戦闘向きじゃないのは事実でしょ。片腕じゃ満足に戦えないし、性格も好戦的じゃない。そんなやつ覚醒してもきっと大したもんじゃない」
「翠荘の人員は足りないんだ。半年前に二人失ってから、全員の稼働時間が伸びてかつかつだ。僕としてはリウム君には大いに期待しているんだけど」
「無理。あいつには翠荘は務まらない」
「それはサナちゃんが決めることじゃない。もちろん僕が決めることでもない。全ては彼が決めることだ」
そうじゃない。あいつに決めさせてはいけないのに。
「私には分かるの!」
ドラゴンを斬り捨て、落ちていくリウムをこの腕に抱き留めたとき。
多分意識はなかったと思う。あれはきっと熱にうなされて朦朧としている最中に口走ってしまうような類のものと同じだ。だから、そこまで深く考えるようなことではないはず。
でも。
私たちは記憶を持たずに生まれて落ちるはずなのに、リウムの口から発せられた言葉はしっかりとした形と感情を持っていた。
ありえない。そう否定しても心の隅で燻り続けている。
──俺が必ず殺してやる。
意識を完全に失う前に、リウムは確かにそう言ったのだ。
三章 ──了──




