第十四話
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大量の砂を巻き上げながら出現したものをリウムは初め塔が現れたのだと思った。しかし、砂が散り、その姿が露になるとそれが塔ではなく生物だと理解した。
ミイナの城壁ほどもある位置からこちらを見下ろす巨体はドラゴンなど比ではなく、太陽を背にしているためリウムたちに影を落とした。
額に並ぶ四つの蛇目。口から覗かせる四つに枝分かれする舌は、ちろちろと空気を舐めるように動く。
「あれは、蛇なのか……?」
靄に覆われているが、まず間違いなく蛇だろう。そして、蛇だと認識できるということは中位のカレイグであるということだ。
大蛇のカレイグが太い体をうねらせ地面を叩く。鳩尾を殴られるような衝撃と共に、宙に舞い上がった砂が濃霧のように視界を一瞬遮る。
「まだ残党がいたのか」
これにいち早く反応したのはサナだった。
「あれ相手にこのままじゃ流石に無理か。それなら──」
サナが薙刀を中段に構える。そして目を閉じて深呼吸を一つ。
すると静電気の弾ける音に似たものが聞こえ始めた。次いでサナの一括りにした髪が風に煽られるように浮き始め、足元の砂粒が振動してサナを中心とした円を作る。
「身体強化一段・クルーファイ」
そして──。
「はっ」
声を残してサナが視界から消える。
なにが起きたのか分からず目でサナの姿を探そうとした瞬間、大蛇の側で大きな砂柱が立った。注視するとつい今しがたまで目の前にいたはずのサナが宙を舞い、今まさに大蛇の頭に斬りかかろうとする間際だった。
ほんの一瞬だ。瞬きをする程度ほどの時間だった。その一瞬の間にサナは大蛇の元へ移動していた。
「はああっ!」
サナの振るった兼定が大蛇の二つの左眼球を斬りつける。流石にその巨体ゆえ、一太刀で首を斬り落とすまではいかなかったが、それでも与えた傷はかなりの深手のように見える。
大蛇が相手でも、サナの強さは変わらない。むしろさきほどよりも遥かに力強さを感じる。
やはりサナがいればトリアンとの闘いはそう悲観するようなものではないのかもしれない。
そう安堵したとき。
「サナちゃん!」
隣のムネノリが叫ぶのと着地したサナに砂の中から突然現れた大蛇の尻尾が襲いかかったのはほとんど同時だった。
「ぐっ!」
サナは咄嗟に兼定で防御姿勢をとるも、着地した瞬間という一番防御意識の薄れるタイミングを狙われ反応が遅れてしまう。
強かに打たれて弾き出されるように吹き飛ぶサナはあまりの威力に兼定を手放してしまった。そして、その瞬間を待っていたというようにもう一体の大蛇が砂の下から突然現れ。
「避けろサナ!」
ムネノリの叫びも虚しく、サナの姿は大蛇の口の中へと消えた。
大蛇が口を閉じる鈍い音がやけに鮮明に聞こえた。
◇◇◇
周囲の音が遠くに聞こえる。代わりに心臓の鼓動が体の中で反響するかのようにやかましく聞こえた。
なにが起こったのか分からなかった。戦況はこちらに有利だったはずだ。
サナのスピードに大蛇は対応できず、その一撃で四つのうち二つの目を潰したはず。にもかかわらず一瞬できてしまった隙を突かれ、潜伏していたもう一体の大蛇に飲まれて──。
「は、死んだ……?」
サナが。あの強いサナがあっけなく殺された?
なんで。どうして。
盤上をひっくり返された衝撃は思考を著しく低下させる。
視界の先では二体の大蛇が首をもたげて口から舌を覗かせている。その姿はこちらをあざ笑っているかのようであったが、それに対して怒りを感じる余裕はない。
大蛇がのろのろと距離を詰める。サナを弾いたときのような俊敏な動きができるにもかかわらず、ゆっくりと。
砂の上を滑る音を聞いていると耳の奥に砂を流し込まれているようで、この音が終わるときが命の終わりだと思うと居ても立ってもいられなくなる。が、蛇に睨まれた蛙ではないが、動けばその瞬間に食われてしまうのではという思いから容易に動けなくなってしまった。
「俺が助けます!」
しかし、そこは翠荘に名を連ねるだけあり、リウムのように体を支配されていなかったイヴァンが勇ましい掛け声と共に塹壕から飛び出した。
「バンター!」
イヴァンが叫ぶとかざした手のひらから白い光が立ち昇り形を作っていく。そして、できあがったのは左右の柄頭にひし形のクリスタルがついたクオータースタッフ。
「うおおおっ」
雄叫びと共に駆けるイヴァンは正面きって大蛇に向かう。サナを一飲みにしてしまうような大蛇を相手に倒す策があるのかどうかは分からないが、今はイヴァンに期待をかけるしかない。
そう思っていたのだが。
イヴァンが突然立ち止まり、クオータースタッフを体の正面で突き出すように構えた途端になにか黒い塊が猛然と襲いかかった。
「ぐ……おおお!」
万全な状態で受けられなかったからか一旦は押されかかったものの、堪えて黒い影を弾き、後方に飛びのいてにらみ合う。
「どうして狼型のトリアンが……。サナさんが全部倒したんじゃなかったのか」
イヴァンを襲ったのはサナが倒したはずの狼型のトリアンだった。黒い靄に全身を覆われているところを見ると、恐らく低位のヲムートだろう。
攻撃が浅く殺しきれなかったのか。それとも大蛇と同じく現れた新手なのか。
いずれにしろ、奇襲を受けて勢いを削がれてしまったが、ヲムート程度であればイヴァン一人でどうにでもなるずだ。
「イヴァン! 早くそいつを倒してサナさんを──」
そう思ったのも束の間。狼ヲムートの突進攻撃にイヴァンは簡単に宙を舞った。
しかし、すぐさま体勢を立て直し、クオータースタッフを構え直すイヴァン。だが、狼ヲムートも容赦なく追撃の牙や爪を使った攻撃を繰り出す。
「くっ……そ」
苦い顔をして肺から漏れるような呻きを上げながらイヴァンは攻撃を受け止める。が、攻撃が激しく防御姿勢を取るだけで精一杯といった様子だ。腕が震えてるのが遠目からでも分かる。
サナが軽く倒して見せたヲムート相手にどうしてイヴァンはあれほど苦戦しているのか。
リウムは強い焦りと苛立ちを覚える。それが自分勝手な衝動だと理解しつつも、一刻も早くサナを助け出さなければいけないという思いが先行しすぎて、感情を制御できない。
「お、おおい、ムネノリ! どうするんだ!」
左隣にいたムネノリの肩を揺する。
焦点を失った瞳が左右に揺れる。そして、はっとした顔をしたムネノリは動揺を隠すように手のひらで顔を拭うと、
「イヴァン君は自分でどうにかしてもらう。僕はサナちゃんを助けに行くからリウム君はここで待っていてくれ」
そう言い残してムネノリが二体の大蛇の元へ飛び出して行くのを、リウムは見送ることしかできなかった。
「ちくしょう!」
なんなんだ。どうしてこんなことになった。
「我は……どうすればいい」
どうするもなにもできることなどない。ゲシュがなければトリアンと戦うことなどできはしないのだから。
今できることがあるとすれば、助けを呼びに行くくらいだ。
「……そうだ、索敵班」
索敵班は現地調査が主な仕事なはず。ミイナの外で活動できるのだから、腕の立つ人員で構成されているはずだ。
彼らに助けを求めることができれば、この状況を覆せるかもしれない。
わずかに差し込んだ光明ではあるがリウムにとってそれは確かな光であり、手を伸ばすことができる唯一の抵抗手段。
「これだっ──」
そう叫んではっと顔を上げ、その先にいたモノを見て、喉が詰まったようなうめき声が出た。
目の前に、本当に手を伸ばせば届くほどの距離に、イヴァンと戦っている個体とは別にもう一体の狼ヲムートが立っていたのだ
視線が交わる。その瞬間だけは誰がなんと言おうと周囲の時間は確かに止まっていたと断言できる。
その長く短い刹那に表しようのない気味の悪さを覚えた。何故ならリウムを見つめる瞳は獣のものというよりも、どちらかといえば人間のそれに似通っていたから。更にはサナにつけられたものか、額に深く入った切り傷から血の代わりに黒い靄が流れ出していて、それが肉に湧いた蛆に見えたのも気味の悪さを助長させていた。
「あ……あ……」
口の端から空気が漏れる。同時に頬を蛆が這うような感触があった。
それがトリアンの嗜虐心に火をつけたのだろう。気色悪い瞳がすっと細くなり喉まで裂けた口から覗く牙が眼前まで迫り──。
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