第十三話
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野生の勘というのは自然界で生きていくためになくてはならないものである。
自分の身は自分で守らなければいけない環境では、ほんの一瞬の気の緩みが死に直結する。
弱肉強食の世界では捕食者に狙われれば、文字通り尻尾を巻いて逃げるか、集団であれば逃げる力の弱いものを生贄に逃げるという手段を取ることができる。
だから、トリアンたちはその二つのうちどちらかを選択するべきだった。それが生存への唯一の道で、それ以外の選択はありえなかった。
「こい! 兼定」
呼び声に応えるように小さな黒い光がサナの右手に集まり出す。それは次第に細い棒状の物へと収束し、空気が震えるほどの殺気を帯びた。
サナが大きく踏み切って空へ飛びあがる。異変を察知したトリアンたちは既に戦闘態勢に入っていて一体のカレイグが飛びあがり、空中のサナに向かって牙を剥いて──。
「がうっ──」
両断された。
意識も生も失ったカレイグはそのまま地面に生々しい音を二つ立てて落ちる。そして、二つの肉塊を覆っていた靄が一瞬だけ燃え上がるように膨れると、そのまま肉体を溶かした。
トリアンたちの集団を飛び越えて両断されたカレイグよりも数秒遅れて着地したサナは未だ状況を理解できていないトリアンたちを振り返り──。
「こい異形共。ここがお前たちの死地だ」
抑揚のない声で、死の裁定を下す。
◇◇◇
にらみ合いの後に先に動き出したのはトリアンたちだった。
体の靄を逆立てたカレイグ一体とヲムート四体が走り出し、次々に飛びかかる。
狼型のトリアンたちの動きは通常の獣のそれとは比較にならないほどに速く、体も野生の狼から比べればひと回りほど大きいので、その威圧感はすさまじい。
そんな血に飢えた異形たちが迫りつつあるというのに、サナの表情はぴくりとも動かない。
むしろ。
「ぎゃうっ!」
「がっ」
薄く研ぎ澄まされた刃のような殺気を体に宿し、切れ長の瞳を剥く様はこれから駆られる獲物のものではなく狩人そのもの。
先行していた二体のヲムートが攻撃を仕掛けようと牙を剥いた瞬間、強く大地を踏みつけて更に加速し襲い掛かった二体を同時に横薙ぎで屠る。
「ムネノリ、サナの持つあれはなんだ」
手にしているのはサナの身長よりも少し短い程度の黒い棒状のもので、先端には浅く反った黒い刃物。
槍にも見えるが少し違う。
「手にするのは兼定。サナちゃんの持つ薙刀という武具で、あれこそが彼女のゲシュだよ」
ゲシュ。つまり、あれがサナのトリアンに抵抗する力。
「サナちゃんは接近戦が得意で、より取り回しをよくするために一般的な薙刀よりも全長が短いものを使用している。そのおかげで俊敏な動きが可能となり、サナちゃんの機動力を生かした戦闘法を確立しているんだ」
少し遅れてサナに向かっていたケイガイとヲムートが同時に飛びかかる。視界に広がる三体同時の攻撃は一見逃げ場などないが。
「はっ!」
サナはこともなげに再び横薙ぎに一閃。まるで砂を斬るかのような軽さで三体を両断した。
これで残りは三体。
トリアンがどの程度の知能を有しているのかは分からないが数的有利がまったく機能せず、また圧倒的な強さのサナに残りのトリアンたちも強い警戒を示して必要以上に間合いを詰めることはしない。
突然の襲撃者にどう対応するべきかと、思案するように姿勢を低くして唸り声を上げている。
「こないならこちらから仕掛ける」
だが、戦場の空気を支配しているのはサナだ。
距離は十五メートルほど。それをまさに飛ぶように一瞬で詰めると、三体のうち手前にいた一体目を素早く斬りつけ絶命させ、その左隣にいたトリアンには下段に構えた薙刀を右から斜めに切り上げる。刃はトリアンの顎を切り裂き、これも絶命させた。
だが、サナが二体に攻撃を仕掛けている間に最後の一体が背後に回り攻撃を放ち、無防備になったサナの背中にむかって飛びかかりながら爪を振り下ろす。が、その程度の動きなど初めから読んでいたというように、サナは後ろを見るまでもなく体を回転させながら爪を躱し、トリアンが着地すると同時に背後に回るとそのままの勢いで後ろから首筋を狙って薙刀を右から斜めに降り下ろす。
胴体から切り離された首が砂に乾いた音を立てて落ち、靄によって溶けていく。
「これで終わり」
と言ったかどうかは分からないが、薙刀を地面に突き刺して、振り返った顔には「見たか」と言いたげな誇らしさがあった。
「……」
言葉が出ない。ムネノリはトリアンに勝つには人は群れなければならないと言った。だから、リウムはサナが一人でトリアンの群れに飛び込むときにとても不安だったし心配もした。
しかし、そんな杞憂は無用だった。今、目の前で起こった出来事は戦いではなく一方的な虐殺とも言えるものだった。
両者の間には決定的な力の差があり、虎が野兎を狩るかのようなものだった。
正直トリアンたちに同情をしてしまうほどに。
「圧倒的だな」
「うん。なんたって翠荘の切り込み隊長だからね。接近戦で彼女の右に出るものはいないさ」
そう太鼓判を押すムネノリの言葉に素直に頷く。
異形の化け物を前に臆することもなく全てを斬り伏せる様はまるで鬼神が舞い踊るかのようだった。
サナが肩口にかかっていた髪を手で払い、ゆっくりとこちらに向かって歩き始める。その凛々しい姿は優美かつ勇猛。
一騎当千。そんな言葉がしっくりくる勇ましさに、自然と視線が吸い寄せられた。
「どう。強いだろ」
兼定を肩に担ぎわずかに口角を上げて微笑む姿も様になっている。
リウムは息を呑んでサナを見上げ、やがて両手を上げて降参を示した。
「ああ、サナさんは強い」
「ふふん」
認められて気分がよくなったのか、口元の笑みを深くしたサナの顔から戦士の表情がとけた。
張りつめていた空気の糸がぷつりと途切れて、そこでようやく拳を握りしめていたことに気がついた。
余程緊張していたらしい。手を開いてそこでようやく本当に一息つく。
そんな瞬間だった。
突如、トリアンの溶けた死体のある場所が轟音と共に天を突くほどに砂埃を巻き上げたのだ。
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