第十話
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「イヴァンから聞いたが我を襲ったトリアンはサナさんが倒してくれたそうだ。ということは、ここにいる全ての人があのトリアンを倒せる力を持っているということなのか?」
「皆がサナちゃんみたいに戦えるわけじゃないよ。空の色が近くは濃くて遠くが薄く見えるように、力と一口に言ってもグラデーションがある。サナちゃんみたいに枯れ枝を折るようにトリアンをばったばったと斬り伏せるだけの強い力を持つ人は稀なんだ。大抵は力が弱くて、戦闘向きでないことの方が多い」
「それじゃあ、力はあれどトリアンと直接戦える人間は少ないということか」
「そうだ。今ミイナには二百九十六人の住人がいるけど、戦闘要員として数えられるのは半分ほど。しかも、その戦闘員の中でも強さに差があって、サナちゃんクラスになると二十もいない」
「それじゃあ、もしトリアンたちが大挙して押し寄せてきたらひとたまりもないじゃないか」
「その点は安心というと変な話なんだけど、ミイナの周囲約一キロの間はトリアンが足を踏み入れない安全地帯なんだ。過去の記録でも攻め込まれたことは一度もない」
「それじゃあ、籠っていれば基本的に危険はないってことか?」
「そう言いたいところなんだけど、ミイナを維持するために必要な物資は安全地帯には少ないんだよ。だから確保するためにはトリアンの出現する地域まで足を延ばさなきゃならなくなる。となれば自然とかち合う場面も出てきてしまう」
「生きるためには危険を冒してでも、安全地帯を越えて行かなきゃならないってわけか」
「うん。でも、戦力は乏しい。だから僕らは群れて戦うんだ。ほら、彼らと一緒さ」
ムネノリが足元を指差す。見てみると足元で列をなして働いている蟻の姿があった。
「僕らは蟻みたいなものなんだ。一匹一匹の力はそこまで強くない。でも、集団で行動することで、自分たちよりも大きな体の獲物を運ぶことができる」
小さな蟻たちが一匹の羽虫の周りに集まっている。蟻たちはまるで事前に相談して役割を決めていたかのように、自身の体よりも何倍も大きな羽虫を顎で挟んで協力し合いながら、この町のどこかにあるであろう巣まで必死に運び始める。
その姿はどこかミイナと重なって見えた。
「僕らも同じなんだよ。強大な力を持つトリアンに対して、力を合わせて戦っている。運命共同体なわけさ。誰かが欠ければそこから一気に崩れて壊滅してしまう。そうならないように、各々自分のできる役割をしっかりと果たしている。そうすることで、強大な敵にも僕らは対抗できるし、生を繋ぎ止めることができている」
再び道行く人たちに視線を向ける。彼等の顔に憂いはない。みんなまっすぐ前を向いて生き生きと目を輝かせている。
まるでトリアンの脅威など存在していないかのようだ。
「アシュテート」
「え?」
脈絡もなく飛び出してきた言葉にリウムは眉をひそめた。
「トリアンに襲われていつ死ぬのかもわからない。戦い続けてもトリアンの恐怖から解放されるのかも分からない。僕らを助けてくれる人は誰もいない。世界に産み落とされ、放り出されてしまったはぐれ者。僕らは自分たちをそう呼ぶ」
「アシュテート……」
その響きが胸に落ちて沈んでいく。
意味も理由もわからず、ただ生きるために異形と戦うことだけを運命づけられた孤独な存在。
声に出してみると、何故だか侘しさが込み上げてきた。
「困惑しているでしょ」
「まあ、正直……」
「それは仕方ないよ。大抵みんな始めはそんな感じさ。受け入れられなくて、でもそのままにしてもいられなくて、折り合いをつけていく。人間ってそうやって生きていくもんだろう?」
頷きそうになって、寸前で止めた。ムネノリの言うことはもっともだと思うが、流石に簡単に受け入れることはまだできそうにない。
「色々思うことはあるだろう。でも、生まれ落ちてしまった以上は生きたければリウム君も戦わなければならない。そして、僕らはそういう人を切望している」
ムネノリがベンチから腰を上げる。そして、リウムの正面にくると左手を差し出した。
「だから僕は、ミイナは君を歓迎する。純白の羽を持つアシュテート、リウム。ようこそ、孤独で残酷でくそったれた人の暖かさの残る世界へ」
ここでもし、首を横に振ればミイナから追い出されてしまうだろう。いや、そうならなくともミイナに居場所はどこにもない。ここで手を取る以外の選択肢はない。
ただ、ムネノリの差し出す手は強要しているというよりも、それ以外の選択肢を与えてやれないという側面の方が強いような気がした。
今までの説明を聞いていれば、この世界で人間の立ち位置はとても危ういものだということは十分理解できる。
みなできれば戦いなどしたくはない。平穏に生きていければそれに越したことはないのだから。だが、そのような理想論で生きていけるほどこの世界は甘くはない。
心臓が早鐘を打つ。震える手でムネノリの手をとった。
「焦ることはないさ。ここでの人生は長くもあり短くもある。どっちに転ぶのかはリウム君次第だけど、僕にできることがあればなんだって協力するよ。なんてったって僕らはもう家族だからね」
家族。その言葉が重りのように腹の底に溜まる。
「ああ……。よろしく頼むよ」
こうしてリウムはこの世界で小さい居場所と大きな矛盾を手にいれたのだった。
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