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冒険者クラブのヘタレ的純愛  作者: ボルスキ
第四章 因習島編

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水と魚


 そして、悪夢を見た。


「……」


 ざらつく意識の中、俺は目を覚ました。ため息をつく。ぐっしょりと寝汗をかいている気がしたが、幽霊のような身体だからかそんなことはなかった。かえってそれが不快だった。

 俺は身震いして、自分の身体をさすろうとした。が、その手は咄嗟に口に向かった。


「っくし!!」


 くしゃみである。正真正銘の、疑いようもないくしゃみをした俺は、ふと奇妙な寒さに気がついた。眠りにつく直前よりも肌で感じる温度が僅かに低く、空気が湿っていて、土の匂いがする。辺りを見渡して、ようやく俺は自分の居場所に気がついた。

 森だった。乱立するヒノキにサクラが入り混じる、陽光に照らされた森の中に俺は居た。土の上に寝そべった俺の目の前で、二足の靴が踊っている。


「——あははっ! クローディアちゃん、面白ーいっ!」

「お、踊ったことなんてないもん! もうっ……!」


 顔を上げると、そこにはクローディアとレイラが居た。クローディアが木の葉を踏んで、レイラの足を踏んで、くるりと回る。スカートの裾が風を含んで、サクラの花びらが舞い上がる。


「ストレスにはダンスが効くんだよー。ダンスダンス!」

「わっ、わぁっ!」


 二人は遊んでいるようだった。もしくは、虐めによるストレスを抱えたクローディアをレイラが励まそうとしているのか。


(……でもどうして、俺は森で目覚めたんだ?)


 ふと背後に気配を感じて、俺は振り返った。ダレンが立っている。……なるほど。どうやら俺の起床はとびきり遅かったようだ。俺がぐーすかと寝ているうちに、監視すべき二人が動き出したが為に、ダレンは仕方なく俺を担いでここまで連れてきたようだ。……うーん。なんだろう、このモヤモヤは。


「俺は自分の意思で君をここまで連れてきた訳じゃないよ。君は半分寝ながら、俺に自分を担ぐよう指示したんだ」

「……本当か、それ?」

「本当」


 だとしたらどんな執念だ。俺は執念を抱いているのか? クローディアとレイラの監視に?


「クローディアちゃん」


 声がして、再び俺は二人を見た。するとレイラは踊るのをやめて、クローディアを抱きしめていた。ふわりと二人のスカートの裾が、楽しげな時間の名残の空気を吐き出して萎む。


「唇が切れてる」


 レイラの指がクローディアの唇に触れた。クローディアはこくりと喉を鳴らし、目を逸らした。


「虐めっ子達に蹴られたときに切れたのかも。ねえ、クローディアちゃん。どうして私に助けさせてくれなかったの? さっき、私が虐めの現場を見つけたとき、クローディアちゃん逃げちゃったよね。あれじゃあダメだよ、虐めっ子達も怒ってた。私なら、もっと穏便に君を助けられたよ」

「え、えっと……」


 クローディアの視線があちらこちらへ泳ぐ。やはり、またしても、水を求める魚のように。

 やがてクローディアはまつ毛を伏せると、突然にレイラを突き飛ばした。


「えっ?」

「ご、ごめんね。私、約束があるから!」


 クローディアは踵を返して駆け出した。結構な山の中なのに、彼女はまるで地形を知りきった鹿のように易々とその斜面を駆け降りていく。


「クローディアちゃん!?」


 レイラの呼びかけも無視してクローディアは駆けていく。俺達は彼女を追いかけた。枯れ木を掻き分け、落ち葉を蹴りつけて彼女はどこかを目指していく。

 やがて前方が明るくなってきて、ある境目を超えた瞬間に視界が開けた。眩い光の中で、クローディアが声を上げる。


「——フィル君!」


 その声に俺は驚いた。

 というのも、その声は今までの彼女からは想像もつかない程に喜色に溢れた声だったのだ。

 クローディアは山の麓を一望する廃れた山道のような場所で、一人の男に抱きついていた。その顔はさながら地上から海に帰ることが出来た魚のように、完璧で朗らかな幸福に蕩けていた。


「クローディア、また会えて嬉しいよ」

「私も。ねえ、悪い人に見つからなかった?」


 抱きしめあう二人の間で、じゃらりとくぐもった音がする。フィルの首にはどこにも繋がれていない、錆びた鉄の首輪のようなものがかけられていた。


「大丈夫だよ。ここまで誰にも見つからなかったし、あの人は今日も狩りに行ってる」

「良かった……ふふっ」


 二人は頬を擦り付けあうと、愛おしそうに笑って離れ、山の麓に向かって横並びに座った。同様に彼らの隣に立ち、麓を見下ろした俺はハッとした。村が見える。その中に、小さな人々の姿が見える。

 俺達が現代で村を歩いていたときや、高台から村を見下ろしたときには、あんな人々の姿は見えなかった。まるで村がその実態を包み隠すかように、異様に閑散としていたのだ。

 しかし今はその実態が、この高台からジオラマのようによく見える。

 首輪をつけた男達が、畑を耕している。鞭を持った恰幅の良い女が畑を徘徊し、気まぐれに男を打っている。木の板に縛りつけられた男に向かって、童女達が楽しげに石を投げている。草むらの陰で、二人の男が縮こまって身を寄せ合いながら、乾いた米の板のようなものを食べている。

 なぜ力が強い筈の男が女に支配され、貶められているのか。その理由がようやくわかった。この島の男達は、今俺達の隣に居るフィルも含め、全員が病的なまでに痩せこけていた。

 恐らく、彼らは産まれたときから十分な食事を与えられてこなかったのだろう。だから痩せていて力がなく、更には奴隷としての劣等感も叩き込まれているから、健康体の女達に反撃できない。

 また、反撃しても仕方がない。彼らはきっと長生きできないのだろう。村に居る男達の中に、顔に皺のある者は居なかった。

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