レイラ
クローディアは長い廊下を歩いた果てに、再び聖堂の扉を開いた。するとその瞬間、怒りに満ちた鋭い声が飛んできた。
「遅い!」
いつの間にか聖堂には何十人ものシスターが集まっていて、祭壇の前に立つふくよかなシスターがクローディアを睨みつけていた。……このシスターは確か、先程現代で俺達を港で出迎えた三人のうちの一人だ。ここは過去ではあるが、今目の前に居る彼女は、先程見た彼女とさほど年齢が変わらないように見える。脂ぎった額に青筋が浮いている。
「……申し訳ありません」
クローディアが頭を下げると、シスター達の中からクスクスと笑い声が上がった。クローディアは俯いたまま、集団の最後方に立った。
祭壇の前には、もう一人シスターが居た。薄茶色のくるくると巻いたロングヘアーに、おっとりとした垂れ目が印象的な二十代前半程の女性。彼女は思わず感嘆してしまう程に可憐だった。ハリのある白い肌、ぷっくりとした唇、長いまつ毛。男の俺でさえ、彼女が美しくなる為の努力を重ねたことがありありとわかった。彼女はあのサクラの花びらのようにフェミニンな眼差しで、クローディアを見つめていた。
「新しくこの修道院に入った子を紹介するわ」
ふくよかなシスターは尊大な身振りで、茶髪のシスターを手で示した。それを受けた茶髪のシスターは、新参者らしく頭を下げる——ことはなく、虚を突くような懐っこい笑顔をシスター達に向かって弾けさせた。
「初めまして! サンズウェイからやってきました、レイラと申しまーすっ。よろしくお願いしまーすっ!」
レイラは男好きのするような、甘ったるい声と調子で今度こそ頭を下げた。案の定、シスター達のうちの何人かは煙たがるような顔をしている。ふくよかなシスターは大きな咳払いをした。
「んんっ。とにかくそういうことだから、よろしく。レイラは外国の人間で、この修道院での作法や過ごし方を知らない訳だけど——そうね。クローディア、あなたがレイラに教えなさい」
「ええっ!? わ、私ですか!?」
クローディアは勢い良く顔を上げた。シスター達の視線が一斉にクローディアに向く。軽蔑、嘲笑、不満、不快。クローディアは何度か尻すぼみに吃ると、再び俯いた。
「頼んだわよ」
ふくよかなシスターがそっけなく言うと、シスター達は各々散らばって聖堂を去っていった。
広い聖堂にぽつんと、レイラとクローディアだけが残された。レイラは赤いカーペットの上をまっすぐ進み、クローディアの前に立った。
「よろしくね」
「あ……えっと……」
クローディアの視線が床の上で彷徨った。さながら魚が泳ぐように。ここではない場所、水の中を求めるように。
「私に教わっちゃ、いけないと思い……ます。私、この修道院で嫌われているので……」
「どうして? 顔を上げて、しっかりよく見せて」
レイラは薄い黒の手袋をした手を伸ばすと、クローディアの頬に触れた。優しく上を向かされたクローディアの前髪が、さらりと額を避けて広がる。
「やっぱり。すっごく可愛い子が居ると思ったんだぁ。純粋そうな、綺麗な瞳。……改めて、私はレイラ! よろしくね、クローディアちゃん!」
「あ、えっと……」
クローディアは大きな目を更に大きく見開いた。クローディアは頬を真っ赤に染め、逃げ場のない視線を忙しなく彷徨わせると、諦めたようにまっすぐにレイラを見つめた。
「……よろしくお願いします」
「タメ口でいいよー。ねっ」
レイラはクローディアの隣に立つと、彼女の肩に軽くしなだれかかって笑った。
「ああいう子好きだろ、お前」
「邪推はやめてね」
俺はダレンを茶化してみた。ここで彼が「うん」と言うことがあれば、全力でしばいてやろうと思っていたが、肯定も否定もしないのかよ。それはそれで小狡いな。俺は半分の力でダレンの背中を叩いた。
それから俺達はクローディアとレイラについて回った。クローディアは修道院を隅から隅まで回り、部屋の配置や役割をレイラに紹介すると、一日の過ごし方を説明した。
クローディアとレイラは昼になると、「スシ」に似たもの——塩水に漬けた手で米を握ったものを、竹の皮でくるんで修道院の外に持っていった。
彼女達はサクラの木の下に腰掛けると、「食べる前に祈ろう」と言って胸の前で手を組んだ。
敬虔な祈りの言葉が、春の空に溶けていく。
俺はクローディアの小さな声を聞き逃したくなくて、彼女の右隣に座って耳を澄ませた。
「天にまします神よ——私を、救ってください」
それは恐らく、正しい祈りの言葉ではないのだろう。じっと彼女の横顔を見つめていると、彼女の左隣に座るレイラもまた、彼女を見つめていることに気がついた。
「ねえ、クローディアちゃんは虐められてるの?」




