85 神聖所の秘密
「ゴレイソン?」
「はい、つまりお孫さま、という事でございます」
「まあっ! アイナにお祖母ちゃんがいるの!?」
「は、はい……教皇様でいらっしゃいます」
「ご令孫」という聞き慣れない言葉の意味を理解すると、モニカが素っ頓狂な大声を上げた。
「お祖母ちゃん……教皇様が、私の……?」
アイナはミカイルから渡された書状を読みながら呟いた。
「はい。それで、教皇様は今回もご自分でいらっしゃると仰ったのですが、教皇というお立場と、現在の状況でそれが叶わず、代理として私が参った次第です」
アイナには、ミカイルの言葉も周りの言葉も聞こえていなかった。
父は物心つく前に死に、母もアイナが七歳の頃に亡くなった。孤児院に引き取られ、奴隷になり、『銀獅子団』と出会った。
天涯孤独だと思っていた時期もあったが、今は『銀獅子団』という「家族」が居るから寂しさを感じる事は一切ない。
「今更お祖母ちゃんがいるって言われても……」
これがアイナの本心であった。血の繋がりも確かに大事かも知れない。だが、アイナにとっては「血縁」というのは然程重要ではなく、自分がその人を愛しているか、そしてその相手が自分を愛してくれているかの方が遥かに重要だ。
「アイナ様のお気持ちは、教皇様も十分にご理解していらっしゃいます。ただ、八年前に教皇に就かれてから、パルマ様はずっとアイナ様のことを探していらっしゃいました。ですから、是非一度、お会いして頂けるようお願いいたします」
ミカイルが再び深々と頭を下げる。
アイナだって会いたくない訳ではない。寧ろ会ってみたい。だが、色々とタイミングが悪い。
ルベリオ神聖国に行くとしたら馬車で二~三か月かかる。さすがにルベロに運んでもらう訳にもいかない。アドジオン帝国帝都アドグオスの解放・奪還作戦は間近だし、ファミュルカさん達の事もある。
「お会いしたいのはやまやまですが、こんな情勢ですし、何か月もここを離れる訳には――」
アイナの言葉を、ミカイルが右手を挙げて制した。
「ご心配には及びません。アイナ様さえ宜しければ、明日にでも教皇様にお会い頂けます」
「明日?」
「このお話は他言無用にてお願いいたします。各都市の神聖所には、ルベリオ神聖国と行き来可能な『転移陣』を設置した隠し部屋があるのです」
ミカイルが悪戯っぽい笑顔で「内緒ですよ?」と言いながら教えてくれた話に、一同は驚愕した。
神聖所。それは、真ルーナ教が管理・運営する施設。月水晶に触れる事で、スキル解放を行う場所である。
「これは、歴代の教皇と近衛騎士団の一部の者しか知らない事です。各国の王族にも知らせておりません」
なんと、各国の王族さえ知らないとは。それでは諜報活動がやり放題ではないか?
「これは『諸刃の剣』なのです。なにせ我が国にも来放題ですから。そのため、知る者はごく一部に留め、使用に関しても厳しく制限しております」
ミカイルによると、この「転移陣」は月水晶を設置した場所の地下に自然発生する。数百年前に起きた地盤沈下で偶然発見されたそうだ。転移先はルベリオ神聖国の聖都ルベリオンの中枢、大神殿の「女神の間」である。
「なるほど、そういう事なら『時間』の問題は解決できそうだね。ミカイル殿、我々だけで話し合いをさせて貰えないだろうか? 明日の昼頃、どうするか返事するというのは?」
「もちろん、それで結構でございます。それでは明日の十三時頃、お返事を伺いに参ります」
アレスの言葉にミカイルはにこやかに返事した。最後にアイナと、その場に居る面々に向かって深々と頭を下げ、ミカイルは帰って行った。
ミカイルが帰った後、隠し部屋に居たファミュルカ達とテンもリビングに集まり、渡された書状を前に話し合った。
その書状には、教皇がいかにアイナと会う事を切望しているか、そしてそこにはいかなる政治的・宗教的意図もなく、純粋に娘の忘れ形見と一目会いたいだけなのだ、という事が書かれていた。
「ん……書いてある事が本当なら、アイナが会いに行くのは別に構わないと思う」
「なんだ? ネネは本当じゃないって思ってんのか?」
「あら、私はアイナがお祖母ちゃんに会いたいって思うんなら、会うべきだと思うわ」
ヒューイ、モニカ、そして当のアイナを見て、ネネが再び口を開いた。
「ん、書いてる事は本当だと思う。ただ、自分がこの教皇様の立場だったらどう? 一目見て、そのままアイナを帰すと思う?」
八年間、会った事もない孫を探していたのだ。普通のお祖母ちゃんでも、これから先も傍にいて欲しいと思うものではないだろうか?
その孫が、このアイナである。その辺の貴族令嬢より美しく可愛らしい。その上優しくて素直で家族思い。こんな良い子を簡単に手放すだろうか? なお、この見方には『銀獅子団』の兄バカ・姉バカフィルターが掛かっている。
その上、相手は教皇。ルベリオ神聖国のトップである。金と地位と力(軍事力)に物を言わせ、アイナを手放そうとしないとも限らない。
「そんな、ネネお姉ちゃん大袈裟だよ」
「 「 「 「 「 「 そんなことない!」 」 」 」っす!」のじゃ!」
「ええっ」
アレス、ヒューイ、モニカ、ネネ、ペネドラ、テンの六人から強く否定され、狼狽えるアイナ。ファミュルカ達はそんな七人を生温い目で見ている。アーニカはファミュルカと腕を組み、欠伸を噛み殺していた。
「とは言え、相手は教皇だ。会わないと言っても、会うまで諦めないだろう」
「ん。だから、この機会をうまく利用する」
「利用?」
「うーん、利用って言うと言葉が悪いけど、要は教皇様に、私たちの味方になってもらうのが理想かな」
ネネは自分の考えを分かりやすく全員に説明した。
「うむ! それは良い作戦じゃ!」
「私達のために、そんな事をして頂いて良いのでしょうか……」
「それは構わねぇと思うぞ。なぁ、アイナ?」
「うん! それなら上手く行きそうだよね!」
「さすがネネっちっす!」
「うん、今の状況では最善だと思うな」
「アイナもお祖母ちゃんに会えるしね!」
「やはり天使様がお慕いするお姉様。さすがでございます」
最後のフレデリクの言葉に、ネネの顔が若干引き攣る。
「……ん、じゃあ、アイナと一緒に行く二人は――」
その後、話し合いは夕食を挟んで夜遅くまで続くのだった。
翌日の十三時ちょうど。再び屋敷の呼び鈴が鳴った。外門にアイナが向かう。
「ミカイルさん、こんにちは。何度もご足労いただいてすみません」
「アイナ様、ご機嫌麗しゅう。こんなものは苦労でも何でもございませんよ。それで、教皇様とお会い頂けるのでしょうか?」
「はい! ぜひ、お会いしたいです」
アイナの返事に、ミカイルは明らかにほっとした顔になった。
「そうですか! それは重畳の至りでございます。これからご出発も可能でございますか?」
「あと二人一緒でも大丈夫ですか?」
「ええ! 全く問題ございません」
「でしたら、一時間後に神聖所でどうでしょう? 着替えて来ますので」
「かしこまりました。それでは十四時に神聖所でお待ちしております」
屋敷にも入らず、ミカイルはウキウキした足取りで取って返した。アイナもそそくさと屋敷に戻る。既に着替えの準備と、数日分の宿泊の準備は終えていた。
早速着替えるために自室に入る。
「キュイック、何日か離れるけど、その間みんなの事をよろしくね?」
「キューイ……」
「そんな寂しそうにしないで! 二、三日で帰って来るから」
「キュイ」
アイナは、両腕でキュイックをぎゅっと抱きしめると、手早く着替える。紺色の膝丈ワンピース。ウエストに銀色のリボンが付いている。首からは深い青の石のペンダントを提げる。その上に、スカーフのようにククルを緩く巻いて完成だ。
(私を連れて行って下さりありがとうございます)
(うん。何かあったらククルが居ると心強いからね)
キュイックに聞こえないように小声で返事した。これはもちろんキュイックが役立たずと思っている訳ではない。キュイックはこっそり連れて行くには大きくなり過ぎた。
その上、子供とは言え正真正銘の神獣である。真ルーナ教にとって神獣がどんな意味を持つか分からないため、テンと同様最初は連れて行くのを控えたのだ。
「アイナ様? 準備出来ましたか?」
扉の外からフレデリクが声を掛けた。今回アイナに同行するのは、フレデリクとネネに決まった。
クシュタニア公国公爵家の人間であるフレデリクが一緒に居れば、マナー面で頼りになるし、おいそれと手は出されないだろうという判断だ。ネネは、現場で何か決断を迫られた時に一番頼りになる。
それに、二人とも武器を持つ必要がない事も大きかった。教皇と謁見する時に、さすがに武器の携行は許されないだろう。強力な魔術が使える二人なら、アイナの護衛にぴったりだ。
みんなに「行って来ます」と声を掛け、アイナ達は玄関前の馬車寄せに止められた馬車に乗った。もちろん御者はヒューイだ。
東区にある神聖所には三十分掛からず着いた。
「アイナ、気をつけて行ってこいよ」
「うん! 行って来ます!」
アイナとフレデリク、ネネの三人は、神聖所の門の前で待つミカイルに歩み寄った。
本文で触れていない「教皇を味方につける」ネネの作戦ですが、実はこの作戦にもフィルターが掛かっており、『銀獅子団』のメンバーも同じフィルターを通しているので良い作戦だと言っています。
つまり、アイナの可愛さ頼みの作戦です。
この作戦は全く役に立たないため(1~2話後に分かります)、ここでは詳細に触れていません。
大した作戦ではないのです、はい。
ですから、あまり気にしないで先をお楽しみ頂ければと思います!




