84 来客
翌日。アイナはだらけていた。具体的に言うと、リビングのソファにぐったりと寝そべり、紅茶を飲みながらお菓子をポリポリ食べていた。
『銀獅子団』の屋敷は大きい。元伯爵が王都別邸として建てたもので、何か大きなヘマをして爵位を取り上げられ、この屋敷は国に接収された。それを『銀獅子団』が買ったものである。割とお値打ち価格だったらしい。
そんな屋敷なのでリビングも広い。普段は広すぎて寂しいくらいである。
この広大なリビングには、四~六人が横に並んで掛けられる豪奢なソファがあちこちに合計で十二脚置かれている。
そして今、その全てで誰かしらが横になっていた。つまり、この屋敷にいる全員がだらけてた。
王族の護衛から始まった今回の旅は、「強力な武具の入手」という本来の目的も叶い、全員が無事に帰還できた。ここまで色んな事が、それはもう色んな事があったので、気が抜けてしまっても仕方のない話である。
(このままずっと、みんなでゆっくり出来ればいいのになぁ)
最近カルディアナで流行っている焼菓子をポリポリ齧りながら、アイナはそんな風に思っていた。
だが、何一つ問題は解決していない。
(どこかの誰かが、全部解決してくれたらいいのに。そしたら、ここにいるみんなは誰も危ない目に遭わないのになぁ)
しかし、アイナにも分かっていた。自分たちが今起きている問題のど真ん中に居るという事を。それはアイナだけではなく、もちろん全員が分かっていた。
アイナの隣、と言っても三メートル以上離れたソファでゴロゴロしているネネは、だらけているように見えて、実際には頭をフル回転させていた。『叡智』全開である。
(アドジオン帝国に居る異界人の『十二将』。転送ゲートの防衛。ファミュルカ達を異界に帰す。彼女たちの世界の水不足の解消……)
ネネとアレスは、毎日冒険者ギルド・カルディアナ西支部のギルドマスター、ゲイブ・スリアドルと会い、最新の情報を入手していた。最初はファミュルカ達を聖教騎士団が追っていないか探るためではあったのだが。
そして二日前に得た情報で、六万の聖教騎士団が、アドジオン帝国北部の街「アルウブラード」に向けて行軍を開始したと知った。
アルウブラードには、転送ゲート奪取のため「十二将」のうち八人と、異界人兵二十人以上が集結しているらしいのだ。
つまり、近いうちにアドジオン帝国北部で、異界人と聖教騎士団との闘いが始まる。ネネとアレスは、これを好機と考えた。
フレデリクの言葉を信じるなら、「十二将」は一人で異界人兵百人分の戦力に匹敵する。そのうち八人が北部に居るという事は、アドジオン帝国の帝都アドグオスには四人しか残っていない事になる。
この機に、帝都に残る人々や、恐らく帝城に軟禁状態である皇帝とその家族、側近などを避難させ、可能ならば異界人を叩く。
しかし、大規模な作戦なので『銀獅子団』だけでは到底不可能である。カルデ王国・メンネベヌク王国・パタグリュエル共和国・マリノアス共和国といった周辺国に協力を仰ぐべきだ。そして、多くの冒険者たちにも。
という事で、二日前からアレスは王城へ登城してカルデ王国経由で各国へ協力要請を送り、ネネは冒険者ギルド経由で各地の有力冒険者たちに協力をお願いしている。
今は、それらの調整をギルマスのゲイブと王国の軍務大臣に丸投げし、「待ち」の状態である。
ダラダラしているようで、ネネとアレスは人一倍仕事していた。この時間は束の間の休息といった所なのだ。ただし『銀獅子団』の他のメンバーは、本当にダラダラしているだけであった。
「リーンゴーン、リーンゴーン」
屋敷の呼び鈴が鳴らされる。執事や侍女の居ないこの屋敷では、来客者は外門に設置した呼び鈴を鳴らすように小さな看板を設置している。
なお、この看板には「悪戯で押した者の命は保証しない」と物騒な注意書きも書かれている。
「あ、私が出るね」
「アイナ、おねがーい」
暇を持て余していたアイナが、ソファからシュタッ!と立ち上がり、パタパタと小走りで玄関に向かった。
玄関を開け、外門に居る人物に目を凝らす。玄関から外門までは直線で三十メートル以上あるが、見知った人物ならすぐに分かる。
そこには、アイナが知らない男性が立っていた。濃い紺色に金の縁取りが入った制服を来ている。見える場所に武器はない。
「うぉん」
「ルベロ。一緒に行ってくれるの?」
「うぉんっ!」
いつの間にか横に来ていたルベロがお供してくれるらしい。
(アイナ様、敵意は持っていないようです)
首に緩やかに巻き付いたククルが、危険人物ではないと告げる。
「分かった、ありがとうククル」
ルベロとククルが居れば、相手が例え神獣に近い魔物であろうと心強い。まぁ、アイナ一人でも問題ないのだが。
アイナは外門へ向かって急ぎ足で向かった。近付くと、明るい金髪は短く整えられ、アイナに向けて微笑も向けられていた。離れた場所に馬車も控えている。誰だろう? 王城から、アレスお兄ちゃんにお客さんかな?
「すみません、お待たせして。何かご用でしょうか?」
「はじめまして。聖教騎士団近衛騎士団所属のミカイル・シューランドと申します」
「聖教騎士団」と聞いて、アイナは一瞬身構える。ファミュルカさん達を追って来た!?
「アイナ・レモンド様でお間違いございませんでしょうか?」
ミカイルと名乗った男の口から自分の名が出た事にぎょっとするアイナ。しかもフルネームで。
「は、はい、確かに私がアイナです――」
「アイナー、誰だったのー?」
玄関からモニカの間延びした声がした。
「聖教騎士団の方だってー! えっと、私にご用という事でしょうか?」
アイナは玄関を振り返り大声でモニカに返事して、ミカイルに向き直る。モニカは、「聖教騎士団」という言葉を受けて即座に屋敷の中に戻り、ヒューイにファミュルカ達を隠し部屋に連れて行かせ、ネネと一緒に玄関に戻った。
「はい。実は『教皇様』から書状をお預かりして参りました」
「教皇様? って、あの『教皇様』ですか?」
「はい。ルベリオ神聖国の第八十三代教皇、パルマ・ド・ルベルシス様でございます」
ネネとモニカは小声で話し合い、ファミュルカ達の姿が見えなくなったことを確認してアイナに声を掛けた。
「アイナー、中に入って頂いたら?」
「う、うん、分かった! ミカイルさん、すみません。良かったら屋敷の中にどうぞ」
「ありがとうございます。ではお言葉に甘えて失礼いたします」
あちこちにソファが置かれた広大なリビングに案内されたミカイルは、(Sランク冒険者パーティとはこれほど金を稼いでいるのか……)とどうでも良い事に打ちひしがれていた。
近衛騎士団の給金は平民に比べて遥かに多いが、それでもこんな屋敷は一生かかっても買えないだろう。
四人掛けのゆったりしたソファに座り、目の前の人物を改めて観察する。
アイナ・レモンド。白に近い美しい銀髪を長く伸ばし、瞳は晴れた春の空のように透き通ったブルー。小さな顔、華奢な身体つき。とてもSランク冒険者には見えない。貴族の令嬢と言われた方がしっくり来る。
対して、アイナの右に座る男はいかにも歴戦の冒険者だ。短く刈り上げた銀髪、細く見えるが鍛え上げた身体。エメラルドグリーンの瞳は心の内を見透かされるようだ。
左隣の女は、青みがかった黒髪に紫の瞳。幼い顔立ちでこちらを興味の無さそうな目で見ているが、その目には一切の暖かみがなかった。
『銀獅子団』の他のメンバーは、少し離れたソファからこちらを窺っている。一挙手一投足を見逃さないといった感じだ。もしミカイルがアイナに害を成そうとすれば、殺された事に気付く暇すらなく殺されるだろう。
ミカイルは、出された紅茶をゴクリと飲み込んで乾いた喉を潤す。まるで竜と同じ檻に閉じ込められた気分だ。
(早く帰りたい……)
聖教騎士団の中でも近衛騎士団は、文武ともに特に優れた者しか入団を許されない。ミカイルもその例に漏れず、これまで数々の武勲を上げて来たのだ。
そのミカイルですら、『銀獅子団』の目に見えない圧力を前にして、さっきから背中を冷たい汗が滝のように流れていた。
「改めまして、聖教騎士団近衛騎士団所属、ミカイル・シューランドと申します。この度は突然訪問したご無礼、どうかご容赦ください」
ミカイルの挨拶に、アイナを除いた『銀獅子団』の面々が一人一人簡潔に名前を告げる。フレデリクも、ちゃっかり『銀獅子団』の一員として挨拶していた。テンはファミュルカ達と一緒に隠し部屋に居る。
「それで、教皇様からの書状というのは?」
アイナの言葉に、ミカイルは膝の上に抱えていた鞄から手紙を取り出す。
「この書状をお渡しする前に、アイナ様のお父様とお母様のお名前を確認させて頂いてもよろしいでしょうか?」
アイナは、アレスとネネの顔を見る。二人が軽く頷くと、ミカイルに向かって告げる。
「母の名前はアイリス、父はレオ。レオ・レモンドです」
アイナから両親の名前を聞いたミカイルは、一瞬安堵の表情を浮かべた後、アイナに向かって深々と頭を下げた。
「アイナ様。貴女様は教皇様のご令孫でいらっしゃいます」
だらけていた時のアイナの服装は、ショートパンツにダボっとしたパーカーです。
ちなみにモニカはバスローブです。
あくまでイメージです。




