83 ルベリオ神聖国と聖教騎士団
ルベリオ神聖国聖都、ルベリオン。そのほぼ中心に位置する「ルベリオ大神殿」は、一般国民が立ち入る事を許されない聖域。そこはこの国の中枢であり、聖域とは名ばかりの権謀術数が蔓延る「魔界」のような場所である。
とは言え、そこに居る人々は皆幸せそうな笑顔を顔に貼り付けている。ここを出入りするのは枢機卿、司教、司祭という役職に就く人間が主で、真ルーナ教を信仰する事が人々を幸福に導くと謡う中心人物たちだからだ。
ちなみに大神殿の東西には庁舎が建てられ、そこには宰相を始めとした政を担う人材が集められている。
そして、大神殿の最奥、教皇の間。
「アイナ・レモンドですって……? 間違いないのかしら?」
「はっ! つい最近、若干十五歳でSランク冒険者になったらしく……年齢、銀髪、そして姓。ほぼ間違いないのではないかと推察いたします」
「そう…………アイナ、という名前なのね……孫なら会いたい……いえ、是が非でも会わなければならないわ。もっと情報を集められるかしら?」
「御意っ」
教皇パルマ・ド・ルベルシスは、報告してくれた近衛騎士団の騎士を下がらせた。
娘のアイリスは、十七年前に近衛騎士団の男と恋に落ちた。あの時強硬に反対しなければ……また違った結果になったかも知れない。パルマは軽い痛みを覚えて胸を押さえる。
娘が恋に落ちた相手は、レオ・レモンド。近衛騎士団の副団長だった男だ。アイリスはパルマの反対を押し切り、レオと結婚すると言い残してこの国を去った。その時はまだ教皇でなかったパルマには、娘とその相手を探す手段がなかったのだ。
教皇という地位を手に入れてから、娘の捜索を命じた。しかし時既に遅く、レオは戦死し、アイリスも戦争に巻き込まれて亡くなったという報告を受けた。
悲しみに打ちひしがれたパルマだったが、一筋の光が差した。アイリスには娘が居たと言うのだ。
それから、自分の孫に当たるその娘の捜索に注力させた。しかし、これまでは行方が杳として知れなかった。
孫の捜索を始めて八年。今日初めて、孫かも知れない人物の情報が手に入った。
Sランク冒険者になった「アイナ」という少女が本当に孫であれば、きっと父であるレオの強さを受け継いだのだろう。そして美しい銀髪は、母のアイリスから受け継いだに違いない。
「アイナ…………」
パルマは、自分の髪を右手で梳きながらその名を呟く。白髪が混じったその髪は、見事な銀髪だった。
いつも難題を抱えている教皇パルマ・ド・ルベルシスは、その苦労のせいで眉間に深く皺が刻まれている。だが今ばかりは、まだ見ぬ孫の姿に思いを馳せながら、慈愛に満ちた微笑みを浮かべるのだった。
* * * * * * * *
ルベリオ神聖国の聖都ルベリオンから西に三キロの地点。そこに、聖教騎士団の総本部が置かれていた。
高い防壁に囲まれたその場所は、一つの街としてそこにある。
この大陸で最高戦力と謳われる聖教騎士団。第一団から第六団まで、総勢十五万人を超える騎士で構成される。
その騎士たちが一堂に会することはないが、常に五万を超える騎士がそこで生活するのだ。自ずとその騎士たちを養うための機能が生まれ、それは街を形成している。
教会に武具屋、飲食店、服飾店、娼館。その他にも様々な商品を扱う店が集まり、首都と変わらない程の賑わいを見せる。
その街の中心には七つの大きな建物があり、真ん中が総本部となっている。そして、その総本部の最上階に、六つの騎士団を統括する「統括団長」の執務室があった。
「ご報告しますっ!」
「うむ」
執務机の向こうで腕を組む人物。組んだ腕が丸太のようで、白髪交じりの黒髪を短く刈り上げた人物が鷹揚に頷いた。
「アドジオン帝国北部の都市『アルウブラード』に『十二将』のうち八名、その他二十名程の異界人が集結している模様です」
「転送ゲート奪取が狙いか……」
「はっ! クシュタニア公国には、既に我々が進軍する旨を伝達しております」
「分かった。ご苦労」
アーガン・シュルレスクは、統括団長という重責を担って三年経つ。それは、完全に実力と実績によって与えられた責務である。
彼の辞書に、相手を侮るという文字はない。聖教騎士団こそが、この世界の最強の軍にして最後の砦であると自負している。
聖教騎士団の敗北、イコール世界の終わり。つまり敗北は許されない。
「第一から第六、全ての団長を呼べ」
アーガンは、傍に控えた文官に即座に告げた。この闘いが、異界人とこの世界の勝敗を分ける闘いになる。
世界の命運を握るという大役に武者震いしながら、アーガンは昏い笑みを浮かべるのだった。
* * * * * * * *
かっぽーーーん。
カルディアナの屋敷に到着して一週間。『銀獅子団』とファミュルカ達は、これまでの緊迫した日々とは打って変わって穏やかに過ごしていた。
そして今日も、屋敷の女風呂では女性陣全員が仲良く湯船に浸かっている。
「ふぅー。この『お風呂』、何回入っても気持ちいいですわ」
「身体がほわほわするの」
初日は素っ裸になることを頑なに拒んだファミュルカも、今では風呂の虜になっている。お察しの通り、初日はモニカとネネ、ペネドラの三人によって、ファミュルカとアーニカ、カルメイラとパムは全身泡だらけで身体中隈なく洗われるという洗礼を受けた。
今では全員慣れたもので、さっさと服を脱いで髪と身体を洗い、湯船に浸かるのが当たり前といった感じだ。
だが、いくら元貴族の屋敷とは言え、女九人も一緒に入るとさすがにゆったりとはいかない。
アイナ、テン。ネネ、モニカ、ペネドラ。そしてファミュルカ、アーニカ、カルメイラ、パム。
キュイックは大きな桶に入れられて湯船の外にいる。別の桶にククルも入っている。ちなみにルベロは男湯である。
キュイックもたぶん男の子なので、いい加減男湯でいいんじゃないかと思うのだが、惰性で女湯に連れて来られている。ククルは本人(?)に確認したところ女の子ということだった。
九人も居ると、アイナの隣は争奪戦だ。ネネとモニカ、ペネドラはアイナが服を脱ぐときから髪や身体を洗う様子までずっと横目で観察し、自然と隣に行けるようにタイミングを見計らっている。
しかし、最近はファミュルカやアーニカに隣を奪われることが多く、ちょっと油断するとテンが隣にいるので、実質残された片側を三人で奪い合うという形になっていた。
超どうでもいい話である。
だが、ネネたち三人にとっては妹とイチャイチャ裸の付き合いが出来るかどうかで、翌日のモチベーションが変わるという死活問題であった。
「んっ! ちょっとモニカ、昨日アイナの隣だったでしょ?」
「そうっす! ずるいっすよ!」
「そんなの関係ないわ。たまたま隣になったんだから」
姉たちが、自分の隣を巡って醜い争いをする姿に、アイナは「ほぅ……」と溜め息を吐いた。
「アイナ様、みなさんから愛されていらっしゃるのですね」
「えぇ、そうですねぇ……」
ファミュルカの言葉に、アイナも苦笑いだ。
「ちょっと、お姉ちゃんたち! 狭いんだから、無理に入らなくてもいいんだよ?」
アイナの言葉に、ネネ、モニカ、ペネドラが愕然とした顔をする。
「え……ア、アイナ? 私たちとお風呂に入るの、イヤなの……?」
モニカが泣きそうな顔で聞いて来る。
「えっ!? そ、そんなことないよ?」
アイナの返事に、モニカがあからさまにホッとした顔をする。
「ん……じゃ、じゃあ、ファミュルカ達と別の時間に入る?」
「あっ! それいいっす。アイナっち、そうするっすよ!」
「えー……うーん、そうだね。明日からそうしよっか」
ネネは、今まで何故こんな簡単な事に気付かなかったのだろう、と自分のスキル『叡智』を訝しんだ。ペネドラは単に乗っかっただけである。
アイナは、お湯がもったいないという庶民的な理由でみんなで一緒に入っていた。でも、毎回こんな風に騒がしくなるなら、二組に分けた方が良いと納得した。
かくして、お風呂問題は解決を見たのだった。
「はぁー。このお屋敷の風呂は最高ですねぇ」
「うぉん!」
フレデリクの言葉に、犬かきで湯船を泳ぐルベロが返事する。ゆったりとした男風呂に一緒に浸かっているアレスとヒューイは何も言えなかった。
フレデリクさん、もう馴染んでます。




