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82 女神の天啓

 数日前。テンは女神ルーナから天啓を受けた。


 天啓と言っても、夢に女神様が現れて、一言二言会話しただけだ。だからテンは、ただの夢だと思って気にしていなかったのだ。


 女神ルーナは、テンの夢の中でこう言った。


「黒の騎士と白の少女…………九狐、世界の危機は……迫っていますよ」


 どうせ夢に現れるなら、もっとはっきりと教えてくれれば良いのに。もう、ルーナ様はいけずなんじゃから。


 本当は夢だから記憶が曖昧なだけで、女神ルーナは誰が敵で何に気を付けなければならないのか、ちゃんとテンに説明していた。その上で、懇切丁寧に解決策まで授けていたのだ。


 それを憶えていないという、痛恨のミス。


 と言うよりも、最近アイナたちと一緒に過ごし、人間と同じようにお腹いっぱい飲み食いしているせいで、想像以上にスヤスヤと眠っているテンのことを理解していなかった、女神のミスだろう。


 もう、それは仕方ない。過ぎ去った事を悩むよりも、これから先の未来に目を向けよう。


 神獣のテンも女神ルーナも、その辺は超ポジティブであった。女神ルーナは、改めて天啓を授けるべく天界で神力を練り上げているところだ。

 天界では一瞬でも、下界では数か月、数年の時間が経ってしまうのが難点である。


 とにかく、テンの記憶に残っている「黒の騎士」、そしてアーニカの生まれ変わりである「白の少女」。その二つが同じ場所に現れたのだ。これは天啓が指していることに違いないだろう。


「うぉん!」

「うむ。これは、どっちが『危機』なのか、ちゃんと見定めねばならんのじゃ」


 完全な間違いではないのだが、テンは少し勘違いをしていた。勘違いというか憶えていないだけなのだが。


 そして、女神ルーナの次の「天啓」は、「世界の危機」が終わるまでテンに届く事はなかった。





* * * * * * * *





 もう誰もが知っての通り、『銀獅子団』はアイナを溺愛している。その溺愛ぶりは周りが引く程であるが、本人たちはそれが普通だと思っている。


 その溺愛するアイナが「ファミュルカさん達を助けたい」と言うのだ。なら助けよう。理由など要らない。そのファミュルカさん達とやらがどんな人達なのかどうでも良い。だってアイナが助けたいって言うんだもの。


 そういうノリで、今は全員がケルベロスの「亜空間」の中に居る。そのケルベロスは夜の闇に紛れ、南東を目指して疾走していた。


 毎回「ケルベロス」と呼ぶのは長いと言う事で、名前は「ルベロ」に決定した。もちろんアイナが名付け親である。アイナのネーミングセンスは、キュイックとククルを名付けた経緯から推して知るべしだ。


「理由はどうあれ、聖教騎士団を敵に回したようなもんだ。ファミュルカ達を匿うにも、その辺の宿じゃ不安が残る。だから一旦、カルディアナに帰ろう」


 大陸最北端のクシュタニア公国から、『銀獅子団』のホームがあるカルデ王国までは、最短ルートを通っても馬車で二か月以上かかる距離だ。しかもその最短ルートとは、異界人によって従属させられたアドジオン帝国を斜めに横切るルートである。


 しかしそれは、今の『銀獅子団』にとっては好都合と言えた。


 もし聖教騎士団が『銀獅子団』とファミュルカ達を追って来るなら、アドジオン帝国で異界人たちとぶつければ良い。うまく行けば、それで異界人の「反体制派」を殲滅できるかも知れない。


 その後は、カルデ王国経由でルベリオ神聖国に申し入れを行い、ファミュルカ達が無害である事を伝え、転送ゲートを使って元の世界に送り返せば良い。

 カルデ王国からは「救国の英雄」の称号を授かっている。多少の無理をお願いしても罰は当たらないだろう。


 そのような楽観的な考えのもと、『銀獅子団』とファミュルカ達はカルデ王国の首都カルディアナにある『銀獅子団』の屋敷を目指している。

 『銀獅子団』の屋敷は広くて部屋も余っているし、魔導具によって強固に守られている。誰かを匿うにはうってつけだろう。


 あの場に居た黒い騎士たちは一人残らず斃され、死体はおろか鎧や武器も含めて跡形もない。それに『銀獅子団』が関わった証拠もない。

 ただしあの洞窟にファミュルカ達異界人が隠れていたと言う情報は、聖教騎士団に伝わっている可能性がある。後続の捜索隊が来ないとも限らない。


 だが、アドジオン帝国を横切っても二か月以上、帝国を避けるなら四か月以上かかる場所にファミュルカ達が逃げ込むとはなかなか思い付かないだろう。思い付いても追い付くことは不可能だ。今、馬車の十倍以上の速度で移動しているのだから。


 アドジオン帝国内なら、ルベロ(ケルベロス)は昼夜を問わず走れる。人目を憚る必要がない。なにせその「人目」がなくなっているのだから。

 異界人によっていくつもの街が壊滅し、生き残った人々は戦々恐々として家の中に閉じこもっているのだ。


 ルベロはメチャクチャ張り切っていた。ニヴルヘイム・ダンジョンで出会った神獣のテンに心酔しているのだ。ここで活躍して褒められたい。たくさん撫でて欲しい。

 ルベロの考えている事は、普通のワンちゃんと同じであった。頭が三つあるデッカいワンちゃんである。


 黒騎士たちを殲滅した後、生まれ変わったアーニカを見たファミュルカは、周りに何人も居るにも関わらず号泣した。アーニカは困った顔でファミュルカの背中を擦り続けるだけだった。

 一頻り泣いた後、アーニカが素っ裸である事に気付いたファミュルカは、急にわたわたし出した。アーニカは服を着るのを嫌がったが、ファミュルカが無理矢理着せた。


「これは命令です!」


 真っ赤な顔をしたファミュルカから「命令」されたアーニカは、渋々服に袖を通した。アーニカが我慢できるのは、ダボダボの男物の上着が限界だったようで、ファミュルカもそれで妥協した。


 あとでアーニカがこっそりアイナに教えたところによると、アーニカの姿形はファミュルカを模したものらしい。


「ファミュルカと同じがいいの」


 つまり、あの起伏の少ない華奢な身体はファミュルカさんのごにょごにょ……という事で、ファミュルカがなぜアーニカに必死の形相で服を着せようとしていたのか分かった次第であった。


 なお、その事はアイナの胸の内に留めておいた。


 テンは、夢に見た「天啓」のことをアイナと『銀獅子団』、それにファミュルカ達にも話した。アーニカの様子を見ていたら、「白の少女」と目されるアーニカが世界に危機をもたらすとは思えなかったからだ。


 ネネが少ない断片から推測した「世界の危機」は、反体制派の異界人「十二将」と聖教騎士団がぶつかることではないか、というものだった。それは希望を多く含む内容ではあったものの、完全な間違いではなかったと後で知る事になる。


 そして、どういう訳かちゃっかりフレデリクも付いて来ていた。もう、そこに居るのが当たり前、という顔で。


 ルベロの亜空間にフレデリクが普通の顔で居る事に気付いたアイナは、一度は見過ごしたが「はっ!?」となって振り返り、こう問い質さずには居られなかった。


「フレデリクさん!? なんで居るんです?」


 アイナの何気ない一言がフレデリクの心を抉った。あの黒騎士三人を相手に一歩も引けを取らず、これまで数々の魔物を屠って来たフレデリクだが、その言葉に大ダメージを負った。


「う、うぐぅっ!」


 胸を押さえて蹲るフレデリク。慌てて駆け寄るアイナ。その三文芝居を『銀獅子団』とファミュルカ達までもがジト目で見ていた。


「ア、アイナ様……ご心配には及びません。何か急に、こう、胸が潰されたような衝撃がありまして……」

「ほんとですか? 無理してません?」

「もう大丈夫です」

「フレデリクさん、私たちこれからカルデ王国に行くんですよ? あの、付いて来て大丈夫なんですか? お仕事とか……」

「はい、全く。私がここに居ることが、何よりも大事なのです」


 何を言っているのかさっぱり理解できないアイナだったが、フレデリクが「良い」と言うならもう放っておこう。気にしたら負け、気にしたら負け……自分に言い聞かせるアイナであった。


 そうやって亜空間に閉じこもり、ルベロの頑張りによって、わずか七日でカルデ王国入りした一行。そこからは目立たぬよう馬車で移動し、一日かけてカルディアナに到着したのだった。


 なお、ルベロ(ケルベロス)はテンからメチャクチャ褒められ、沢山撫でてもらい、尻尾をブンブン振り回してご満悦であった。


さらっと女神ルーナの存在を肯定しましたが、神獣がいるから神もいるだろう、程度のノリです。

ご理解いただければ幸いです。

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