64 銀獅子団は眠らない(眠れない)
ネネが見付けた転移陣で二十八階層に転移した『銀獅子団』とケルベロスは、常軌を逸したスピードで出口へと向かっていた。
最深層にいたケルベロスが一緒にいたおかげで、行きよりも魔物が明らかに少ない。神力ダダ洩れの時のテンには及ばないが、下級神より神獣に近い生き物であるケルベロスに向かって来る魔物など上層には皆無と言って良い。
『銀獅子団』は、自分たちの進路上にいる邪魔な魔物を蹴散らすだけで良かった。
身体能力に劣るネネが、他の者のスピードに付いて行けず申し訳ない気持ちでいっぱいになる。自分を置いて行けと言っても他の四人がそれを聞いてくれるとは思えなかった。
そんなネネの気持ちに気付いたのか、それとももどかしくなったのか、ケルベロスが馬くらいの大きさに変化してネネを背に乗せた。
ネネはフワフワした真っ黒な長い毛に覆われたケルベロスの背中に必死にしがみついた。モニカとペネドラが少し羨ましそうな目で見ていた。
ケルベロスの機転により、『銀獅子団』は遠慮のないスピードでダンジョンを駆け抜けていく。
このニブルヘイム・ダンジョンを出たからと言って、アイナたちとすぐに会える訳ではない。そんなことは百も承知だが、一刻も早く冒険者ギルドへ行き、全世界のギルドにアイナたちの捜索依頼を出すつもりだった。
どこかのダンジョンから脱出し、最寄りの冒険者ギルドに辿り着いたアイナたちが心細い思いをしないように。他ならぬ『銀獅子団』がアイナたちを探していることを知らせなければならない。
もしアイナたちがダンジョン脱出に手間取っていたら、他の冒険者が見付けてくれるかも知れない。ギルドが依頼を掲示し、報酬が魅力的であれば積極的に探してくれる者もいるだろう。
「邪魔なんだよっ」
「どけっす」
「ブモォォォオ!?」
たまたま進路上にいたミノタウロスがヒューイとペネドラによって斬られ、蹴り飛ばされる。『銀獅子団』にとってミノタウロスは最早ただの障害物となっていた。
逸る気持ちを抑え、一度休息を取る。アイナたちがどこかに飛ばされてから既に一日半が経過していたが、その間仮眠はおろか休憩も取っていない。このままでは何かミスを犯す危険があると判断したためだ。
「ニヴルヘイムのギルド? それともヘルムス?」
ネネがアレスに尋ねる。ダンジョンから近いのは「迷宮都市ニヴルヘイム」だが、パタグリュエルの首都ヘルムスも馬車で一日半程度の距離である。出来るだけ多くの冒険者ギルドにアイナたちの捜索依頼を出すなら、大きなギルド支部が望ましい。
「捜索依頼はヘルムスで出した方がいいと思うんだが、ネネはどう思う?」
「ん、私もヘルムスがいいと思う。大きな支部は情報が入るのも早いし」
「うん、そうだな。そうしよう」
身体を動かしていないと、どうしてもアイナたちのことを考えてしまう。
アイナとテン、キュイックが飛ばされたダンジョンは危険な場所ではないだろうか? ちゃんと食事は摂れているだろうか? 睡眠は?
寂しくて、心細くて、泣いたりしていないだろうか……?
ネネは溢れそうになる涙をぐっと堪える。飛ばされたのがアイナたちではなく、自分だったら良かったのに。
ネネだけではない。アレスも、ヒューイも、モニカも、ペネドラも全く同じ気持ちだった。想いを口に出し、感情を爆発させ、涙を流し、お互いを慰め合いたかった。だが、そんなことをしてもアイナたちと再会できるのが早まる訳ではない。
三十分も経つと、全員が居ても立っても居られなくなった。
「なぁ、もう行こうぜ」
「そうね、休憩はもう十分だわ」
「早く行くっす」
「ん、行こう」
「うぉん!」
まだ全員疲れた顔をしているが、どっちにしてもダンジョンを出るまでは気が休まることはないだろう。いや、アイナとテン、キュイックが見付かるまでは。
「そうだな、出発しよう」
『銀獅子団』は再びダンジョンの出口に向けて駆け出した。
* * * * * * * *
キュイックが下層に続く階段を見付けるコツを掴んだことで、アイナたちは翌日の夜までに四層進んでいた。
変わらず草原エリアだが、草の背丈がだんだん低くなっている。見かける魔物もどんどん小型化していた。大きさが四十センチと、最早普通のニワトリくらいになった魔物?を狩って食事にした。
「ねぇ、テンちゃん」
『天翼』の中で、満腹になって眠そうなテンにアイナが声を掛けた。キュイックはすでに丸くなって眠っている。
「うむ?」
「私のスキルのこと聞いてもいい? 『拒絶』なんだけど」
「うむ」
「いまいち『拒絶』のこと分からないんだよね。自分が死ぬのを拒絶したり、すっごく嫌な事をしてきた人がいなくなったり…………スキルって魔法の一種って教えてくれたでしょ? これってどんな魔法なのかな?」
「ふーむ……アイナと同じか断言は出来んのじゃが、かつて『拒絶』という名のスキルを持った人間に会ったことがある」
「えっ? ほんと?」
テンは『天翼』越しにダンジョンの夜空を見上げた。その瞳は何かを懐かしんでいるようだった。
「うむ、本当じゃ。その者の『拒絶』は…………まるで神の力のようじゃったよ」
テンは、およそ六百年前に起きた「人間と魔族の戦争」について教えてくれた。
ある時、どこからともなく現れた魔族が人間を滅ぼそうとした。実際、この大陸の半数近くの人間が死んだそうだ。
そして、一人の英雄が立ち上がり、テンと光竜のほかに二体の神獣、八体の精霊、そして五人の人間の仲間と共に魔族を滅ぼし、人間を救ったのだと言う。
「その英雄は『退魔王』と呼ばれ、無尽蔵の魔力を持ち、あらゆる『魔法』を駆使して闘ったのじゃ。それはそれは凄まじい闘いじゃった」
五人の仲間のうち一人が『拒絶』のスキルを持っていたそうだ。
「その者は、強く拒むことで何でも『拒絶』出来たのじゃ。例えば――」
夜空を見上げていたテンがアイナに向き直った。
「物凄く恐ろしい魔物がお主に襲い掛かって来たとしよう。その者の『拒絶』は、二つの方法でその魔物を撃退できた」
「二つ?」
「うむ。一つは魔物そのものを拒絶し、魔物を『いないこと』にする方法じゃ」
アイナには思い当る節があった。
「もう一つは?」
「魔物がお主に『襲い掛かる事実をなかったこと』にする方法じゃ」
「ん?」
アイナの頭に盛大に「?」が浮かんだ。
「それって……どういうこと?」
「うーむ……その者は『魔物が私たちを襲おうとする敵意を拒絶した』と言っておったのじゃが…………我にも良く分からんのじゃよ」
テンは肩を竦めながら答える。
「じゃが実際に、今にも喰い殺さんと我等に迫っていた魔物が、急に我等のことが見えなくなったと言うか……急にやる気を失ったと言うか……とにかく、我等に興味を失ってどこかに行ってしもうたのじゃ」
「それって……すごく……すごいことだよね?」
「うむ。もし相手を傷付けることなく敵意だけを拒絶できるなら、この世の争い事は全てなくなるじゃろうな」
実際にはそう単純ではないかも知れない。特に人と人の争いというものは、敵意だけではなく利益の追及や価値観の違いでも容易に起こる。単に自分の立場を良くするためだったり、理由もなく相手を傷付けることが快感だったりする場合もある。
でも――アイナは思う。
争いがなく、大切な人たちと一緒に楽しく暮らせたらそれだけで幸せだな、と。
「争い事がなくなったら……いいね。私のスキルでもそんな事出来たらいいなぁ」
「うむ。スキルは魔法の一種。そして魔法には無限の可能性がある。そのうち出来るようになるやも知れんぞ?」
アイナは、自分の『拒絶』を何か忌まわしいものではないかと感じていた。しかし、テンの話を聞いて、もしかしたら凄く素敵なスキルなのかも知れないと考え直した。
「うん! 私、がんばるよ!」
アイナとテンは、それからしばらくお喋りをして眠りに落ちたのだった。
相変わらずミノタウロスの扱いが酷い……




