65 ククルカン
アイナたちがこのダンジョンに飛ばされて体感で一週間が経過した。草原エリアを更に三層進んだ後は洞窟エリアに変化した。
迷路のように道が入り組んでいるため、キュイックが上空から階段を見付ける手段も取れなくなった。また、昼夜の区別がつかなくなってしまったため「体感」で夜と思われる時間に眠っている次第だ。
洞窟エリアに入ってすぐ、階層ボスと思しき魔物と遭遇した。赤黒い体毛に覆われた体長五メートル級の熊の魔物だったが、テンがワンパンで倒してしまったので強かったのかどうかは分からない。
ただ、テンが「ここは階層ボスがいるタイプのダンジョンのようじゃ」と言っていたので、きっとあれが階層ボスだったのだと思うアイナであった。
最初に飛ばされた階層を起点にしてここまで十階層降りて来たが、その間ほかの冒険者をただの一人も見かけていない。
「ほかの冒険者、いないねぇ……」
「キューイ」
「そうじゃなぁ」
キュイックはあれから風魔法で浮かんでいることが気に入ったらしく、アイナの胸の高さくらいをふわふわ進んでいる。時々思い出したかのようにアイナの頭や肩に降りて来るが、しばらくするとまた浮かんでいる。
「出口まであとどれくらいかな……」
「確実に近付いておる。もう一息じゃ」
「キュイっ!」
このやり取りも既に百回は下らないだろう。
あと何階層、とゴールが分かっていればいくらでも頑張れるつもりのアイナだったが、さすがに先が見えないのは辛い。あと何階層進めばいいのか。あと何日頑張ればいいのか。こんな状態は初めてだ。
本当に出口に向かって進んでいるのかも分からない。この状況で挫けないのは、ひとえにテンとキュイックがいるからであった。
壁が仄かに発光し、全体が夕暮れのような明るさの洞窟をテクテクふわふわと進む。しばらくすると目の前に丁字路が見えて来た。さて、右に進むか左に行くか――
(っ!?)
どちらへ進むか考えていたとき、右から左へ壁が動いた。
(て、て、テンちゃんっ? 壁が動いてるよ!?)
精一杯抑えた声のアイナが、思わずテンに縋り付いた。
(どうやらでっかい蛇のようじゃの!)
洞窟を塞ぐほど巨大な蛇。表面は洞窟の壁と似た、岩のような質感になっている。最初はゆっくりだった動きが徐々に加速し、ようやく尻尾の先と思われるものが左に消えて行った。
三十秒以上かかったのではないだろうか? 全体がどれだけ大きいのか想像がつかない。
しばらく立ち止まっていた二人と一匹は、巨大蛇がこちらに戻って来る気配がないと判断して先へ進む。
「よし、右に行こう!」
蛇が向かった方へ行くほどアイナも肝が据わっていないので、当然右へ向かった。
「さっきの、おっきかったねー」
「うむ! 我も初めて見るタイプのヤツじゃった」
「キュイ、キューイっ?」
「いや、下級神とは気配が違った。少し邪な感じじゃったな」
「ヨコシマ?」
「我のような神獣のほかに『邪神獣』というのがおるんじゃ。いや、おったと言うべきかの…………ここ何百年か見ておらんから」
「ジャシンジュウ……テンちゃんみたいに強いの?」
「我より強いのもおったぞ」
「キューイっ!?」
「うそっ!?」
「本当じゃ。そいつは神獣二体がかりでようやく倒したのじゃ」
「ふぇー!?」
テンや光竜が人間には計り知れない強さを持っているのはアイナも知っている。そんな神獣を二体相手に闘える存在がいるなど俄には信じ難い。
「神獣の力を授かったものの、世界を救う使命が芽生えんかったのが『邪神獣』じゃ。本能と欲望のままに力を奮うからたちが悪い」
「今はもう居ない?」
「どうじゃろう? 我の知る範囲ではおらんけど」
「そっかぁ、よかった。さっきのでっかい蛇は、その『邪神獣』の気配がしたの?」
「いいや、ちっとばかし似た雰囲気があっただけじゃ」
「それでも強そうだよね?」
「まぁ、そこそこ強そうじゃったな」
ちなみに、テンの言う「そこそこ強い」は人間にとっては「災害級」であるが、アイナはそのことを知らない。
「そこそこかー」
「そこそこじゃ」
「キューイっ!」
そこでふと考えを巡らせるアイナ。テンの「そこそこ」は、人間にとっては「ハチャメチャ」なのではないだろうか?
「ねぇ、テンちゃん。このダンジョンで冒険者を見かけないのって、もしかして――」
「うむ。あやつのせいかも知れんな」
やっぱりかー! アイナはがっくりと膝を着きそうになった。太刀打ちできないような強力な魔物が出たら、並の冒険者はダンジョンに近寄らなくなる。
(アレが居る限り、冒険者に会うのは難しそう)
ふぅっ、と溜め息をついたアイナが顔を上げると、五十メートルほど先にいる巨大蛇と目が合った。真っ黒な目に細い金色の光彩が、真っ直ぐにアイナを見ていた。巨大な舌がチロチロと出たり入ったりしている。
「ひぃっ!」
アイナの口から小さな悲鳴が漏れたのと同時に、蛇がこちらに向かって動き出した。
アイナは、目の前にふわふわ浮いていたキュイックをがしっと左腕で抱き、右手でテンの手を握って後ろへ駆け出した。
「アイナ! どうしたのじゃ!?」
「てててテンちゃん! さっきのが! でっかい蛇がっ!」
「何もおらんけど!?」
「……へっ?」
アイナは走りながらチラッと後ろを振り返る。テンの言う通り、こちらに迫る巨大蛇はおろか、何もいなかった。ただただ仄暗い洞窟が真っ直ぐ続いているだけだ。
「あ、あれっ?」
あれだけ巨大な生き物が隠れられるような場所はない。道の分岐すら見える範囲にはないのだ。
「大丈夫か?」
「う、うん……ごめんね、テンちゃん。キュイックも。おっかしいなぁ……確かに見たと思ったんだけど」
「うーむ…………蛇の目を見たか?」
「うん。目が合っちゃった。真っ黒な目で、細い金色の……瞳? みたいな」
「黒に金か……さっき見たような岩みたいな肌質じゃった?」
「あっ……そう言えば違った、気がする……暗いからはっきり言えないけど、なんだかフワフワしてるっぽかった……ねぇ、テンちゃん、私おかしくなっちゃったの?」
「キューイィ……」
テンが腕組みして考え込む。キュイックも心配そうな鳴き声を出した。
「ふーむ……我は見てないから断言できんのじゃけど、アイナが見たのは『ククルカン』かも知れん」
「くくるかん?」
「うむ。金色の羽毛に覆われた巨大な蛇じゃ。ケルベロスのように神獣に近い生き物で、普段は温厚なヤツ、のはず……もしヤツがククルカンなら、何らかの呪詛を受けてるのかも知れんな」
「呪詛? 呪いか……どうして私に見えたんだろう?」
「ククルカンは幻を見せる力があるからの。アイナに…………いや、待つのじゃ。確かヤツは他の者が持つ能力を見抜くことも出来たはず」
テンは後ろで手を組み、その場をウロウロと歩き始めた。
「うむ! ヤツはアイナに用があるのじゃ!」
「ええぇぇぇぇ……」
テンがアイナに出会ってから見たことがないくらい、アイナは嫌そうな顔をした。
アイナたちはお昼の休憩タイムに突入した。
『天翼』を張り、途中で狩った白い一角兎を捌いて塩焼きにする。最初は可愛らしい見た目の一角兎を捌くことを躊躇したアイナだったが、今ではもう慣れっこである。慣れってこわい。
「つまり、ククルカンは『拒絶』の力で呪いを解いて欲しいってこと?」
「うむ」
「でもそんなこと出来るのかな?」
「お主の『拒絶』が、我の知っている『拒絶』と同じなら出来る、と思う」
アイナはこれまで、『拒絶』というスキルとちゃんと向き合ってこなかった。自分の死を拒絶し、酷い事をしようとした者を拒絶したことはある。
でも、呪いを拒絶? 一体どうやって?
「それでも、もし呪いを解くことが出来なかったらどうなるの?」
「ふむ。あやつはやがて呪詛に呑み込まれ、理性を失い暴れまくるデカい蛇に成り下がるじゃろう。もしヤツが本当にククルカンなら、そうなる前に我の手で引導を渡してやらねばなるまいな」
「テンちゃんが? どうして?」
「かつて一緒に闘った仲間じゃから、かの」
仲間――もし『銀獅子団』の誰かが呪われて、正気を失って、自分が殺さなければならないとしたら…………そんなことは絶対に嫌だ! 絶対に耐えられない!
そんな気持ちになることをテンちゃんにさせたくない。
「私、やってみるよ」
作中に登場する地名や魔物、その他生き物の名前は色んな神話や伝承からお借りしております。
統一性がありませんがご容赦頂ければ幸いです。




