悪の反対はもう一つの悪。
その10
悪の反対はもう一つの悪。
日下部のパートナーの男は相変わらず黒ずくめ、若干ガイアがコイツにもっと輝けと囁いている感じではある。
そしていつも目立ちまくる格好をしている日下部の今日の格好は、相変わらずといか何というか。
ゴスロリ……というか、中世の貴族の女というか。
スカートがぶわっと広がった、フリルがグリグリで職人が端正込めて作りました的なドレスを着込んでいる。
頭に何だ……ヘッドドレスだっけか。
それに何かピカピカした鞄を手にしていたりと小物もバッチリ充実している。
ちなみに色は真っ赤だ。
何だっけ、俺達がやってるような事を幼女達が繰り広げる漫画の主人公みたいな格好。
幼女だっけ? 人形なんだっけ?
まぁ、どっちでもいいや。
とにかく、普通の閑静な住宅街にこの格好の女、なまじ美人なだけ余計に違和感である。
「……日下部!」
「瀬賀千鶴、自己紹介はいいわよ。既に東から聞いてはいるから。私に会いたかったんでしょう?」
この状況に俺は言葉が詰まる。
俺達の方はともかく、コイツが俺達に用があるとは思えない。
ならば、ここに何をしに来た。
「ウザぁイわねぇ。ちゃっちゃと答えなさいよ、あなたが私達から聞きたい事があるように、私達もあなたに聞きたい事があるのだから」
前言撤回だ、見当もつかないが日下部達も俺達に聞きたい事があるらしい。
「聞きたい事って何だ?」
「あら、素直ね。自分が下っていう立場を良くわきまえてるわね。素直すぎて、頭が回るっていうさっきの評価を撤回しようかしら?」
「この前から思ってけど、絶対に誉める事はしないのな」
「それはそうよ、たかが人間を私が誉めると思う?」
たかが人間……?
日下部は再参加者だよな、それでいてお父様でもあるのか?
可能性を考えろ。
ケース1、日下部は再参加者であると同時にお父様でもある。
ケース2、日下部は再参加者ではなくパートナーが再参加者、日下部がお父様。もしくはその逆のパターン。
ケース3、たかが人間の発言はブラフ、もしくは虚言癖や妄言癖が日下部にはある。
ケース3だった場合は実に悲しいが、前提が覆る全て事になってしまう。
そんな性格な奴がここまで勝ちあがってこれるほど甘いものではないし、天童さんが昨日の邂逅だけで一目起くほどだ。
天童さんの知力も大概だけど、こういった人を見る目は間違いは無いだろう。
ならケース1かケース2のパターンか、今まで一言も言葉を発していないガイアが囁いてるっぽい男はそういう意味では未知数だ。
俺が日下部の発言の真意を頭の中で考えるが、そんな俺の頑張りを。
「たかが人間とか頭おかしいんじゃないの? いつまで厨二病を煩ってるのよ、だいたい何なのその格好は? TPOをわきまえなさいよ。ってかその格好とか舞踏会とか以外では着て行く機会がないじゃないのよ!」
「前衛的なセンスは得てして常人には理解されないものよ、見た目も性格も一般的な防人さん」
「普通でいいじゃない、何がいけないのよ?」
「ウザぁイわねぇ、感情で話をされても進まないのよ。……お互い苦労してるわね瀬賀さん?」
日下部は手にした鞄から豪華な装飾の施された扇子を取り出し、口元を隠しつつ流し目で俺に同意を求めて来た。
その口調と様子に、そうなのかと言わんばかりにあさぎは俺をにらみ付けた。
この単純な口車と誘導に引っかかる頭の弱いあさぎを見て、さっきの涙目よりもよっぽど安心している俺は自分に驚くやら呆れるやら。
それよりもこれで確定したのは、日下部も東のように頭と口が回るタイプの存在だ。
性格や存在がやっかいではなく、この知能そのものが問題だろう。
日下部の言葉の真意を考えるよりも、まず先に日下部と対等に会話ができるように。
交渉を進められる要素を考えるべきだ。
まだ見当がつかないが、俺達にも聞きたい事があるって事と日下部も俺達が聞きたい事があるだろうと察しているのは明らかだ。
なら、いくらでもやりようはある。
だから、俺のあさぎに対する反応はこうだ。
「まぁ、それは置いておいて話を進めよう。東から俺達の何を聞いていたんだ?」
スルー。
ブーブー言ってるが無視する。
「……あら? さっきの言葉に探りを入れないの?」
「曖昧な事だし、聞いたところで裏は取れないからな。それなら前衛的な話をしたい」
相変わらず口元を隠しながらだが、それでも日下部の瞳は微笑みに緩む。
「結構、東と違ってパートナーには恵まれなかったのは惜しかったわね。何、簡単な話よ東は予選で脱落するから本戦ではあなた達と共闘するようにってね。たまに様子は見させてもらったけど」
さっきの発言につていの言及はそれで終わった。
本戦が始まってから、こういった切り出しが続くのは何か理由があるのか、そうしなきゃならない問題でもあるのか。
当面としては、今のはブラフと考えよう。
俺に疑わせるためにわざと言っている、疑心暗鬼にさせるためのものだろう。
仮に本当だとしても、俺達に裏を取る術はないのだからこだわっても仕方ない。
話を変えよう、できればお互いに反応をしやすいものに。
「ああ、あの時か。それでラーメンは美味かったか?」
「それなりにね、よければあなたとなら一緒に行ってあげてもいいわよ」
絶対に誉めないこの日下部の性格では、今の言葉が最大級の賛辞なのだろう。
「共闘、本戦ではあくまで個人戦だろ?」
「個人戦でも戦って勝たないといけないじゃない、今回はお父様のおかげで一筋縄ではいかない相手がいるからね。何の策も考えなかったら誰もあの女の勝てないわ」
「あの女……?」
「全部言わないとわからないほどあなたはお馬鹿さんじゃないでしょう」
確かに、勝ち残るためには絶対に避けて通れない相手。
竜巻のように全てを飲み込み、津波のように全てを浚う、区別も差別も無く破壊する天災翼子。
あの存在の全能性、無敵性は確かに上位の存在だと言われた方がかえってしっくりくる。
合点が、納得がいってしまう。
「つまりお父様が翼子さんなのか?」
「サービスで教えてあげるわ、大ざっぱに言えばそうだし、厳密に言えば違うでしょうね。東は言っていたわ、お父様が介入するとしてもそれはあくまで公平であると。天童は強すぎる存在だけど、戦いのバランスを崩すほどではない。予選なら共闘で攻略も可能だし、本戦ならばね」
「パートナーを倒せば攻略が可能」
地蔵院さんは絶対に天童さんに手出しをしない、自分に能力値を振る事さえしない。
それは地蔵院さんの気っ風の良さだと思っていたが、ならば天童さんがお父様ではなく。
「その地蔵院がお父様って事はないと思うわよ、お父様はあくまで静観の立場でしょう。そういう意味を持って前回の私は願ったらしいし。だから、天童と地蔵院は何も知らない、お父様が放った刺客ってところかしら。天童の天才性とか、地蔵院のその徹底した傍観姿勢はお父様が付与したものか、そういう性格だから選ばれたかの前後は察せないけど。ホント、ウザぁイわよねぇ」
「つまり、お前達の二回戦の相手は天童さんなのか?」
「違うわよ、その様子だとあなた達でもないのね」
ふぅんと企んだ顔をするも、きっとその言葉に意味は無い。
何かを企んだという事を俺に思わせたいのだ、それで俺に天童さんに注意を促させたいという事なんだろう。
それだけで俺からしたら日下部は天童さんの事を実質知らないという事になる。
策略が裏目に出たな。
「そんな事を言って体よくバサ子さんの事を詳しく聞きたいだけなんでしょ! 駆け引きとか、頭脳戦とか私たちには聞かないから!」
訂正してくれ。
利かないのはお前だけだ、俺を巻き込まないでくれ。
それはともかく、今回ばかりはあさぎのこれはファインプレーだ。
話の流れを脱線させる事によって、会話状況を再びイーブンに持ち直した。
脱線っていうか離陸する勢いだし、俺の大切な物が少し失われた気がしないでもないが。
日下部もこのあさぎの発言に怪訝な目をする。
「ウザぁイわねぇ、昨日も思ったけどあなたとは仲良くできそうにないわ」
「こっちから願い下げよ!」
「そんな事よりも日下部」
「またも私をスルー!?」
あさぎを無視して今度は俺が攻勢を取るために切り出す。
「前回の優勝って事はお前は意識というか性格が前回のままなのか、それとも人では無い何かなのか? だとしたらお前は勝ったら何を願う気だ?」
これを聞き出さないと日下部への傾向と対策が立てられない。
正体不明であるという意味では日下部の方が警戒をしなければならないのだ。
「それをあなた達を知ってどうするの? それ以前に私達があなたにそれを説明する事にメリットは?」
「俺達がそれを知ってどうしたいかたは言う必要はない、交換条件は天童さんのステータスと星座の加護。悪い話じゃないだろう」
「……その情報が正しいという根拠は?」
「それはこっちにも言えるし、それに今後の事を考えて嘘だとバレた時に険悪にあるような事を言うか? 交渉が成立した時点で俺の立場は言うなら二重スパイみたいんもんだ、リスクを賭ける事にブラフを使うか?」
あさぎに見せた時には別な意味で嫌がる日下部の瞳。
俺の真意を計りかねてなお、メリットがあるかどうかを探る。
着ている服のように、それなりに品のある日下部がチッと舌打ちを鳴らす。
「ウザぁイわねぇ……。そうね、この感覚は表現のしようがないし伝わるとも思えないけど。ある一定の目的意志が私の頭の中にいつからか芽生えていたのよ。小学生の低学年の頃にはもうこの戦いに参加する事も知っていたし、前の優勝した私の中の奴が何を思っていたのかも知っていた」
「つまり、お前は優勝者じゃなく日下部阿左美なのか?」
「さぁ、どうなのかしらね? その頃から日下部阿左美じゃないのかもしれないし。日下部阿左美の中に前回の優勝者がいるのかもしれないし。前回の優勝者の人格なんて私の中には無いのかもしれない。はっきりしない、あやふや、それこそ思春期の子みたいにね。自分が何者なのかわからない。……北海道にラーメン食べに行こうかしら?」
話ながら日下部の雰囲気がみるみると変化していく。
自分探し。
そしてそれに意味は無い。
ラーメン屋で言ってた事はこれか、ならその言葉の意味は。
それを考えると、日下部の心の闇部に思いを巡らせると、その恐ろしさから背筋が凍る。
さっしの悪いあさぎもどうやら気がついたようだった。
それほどまでに、この質問に対して受け答えをする日下部の一種異様な威圧感は。
水島のソレが、粘ついた生温い粘膜が身にまとわりつくような嫌悪感だとするならば。
その狂気は氷で作られた刃で皮膚を裂かれるような冷たさがあった。
「自分がないけど、誰かになれる。なれるならいっそ私はこの星そのものになりたい」
それが前回優勝者が狙って考えた事なのか、それとも狂気に走った日下部が考えた事なのか。
知覚し察する事ができる存在に今は成り下がっているミライ、だからこそ今回だけは使える願い。
戦いを止める事はできないが、継続をする上で開催者を変更できる事は可能。
「あの星のミライの人格を殺して、その立場に私の意識を流し込むのが私の願いよ」
想像だにしていない願いだった。
星殺し。
ミライ殺し。
未来殺し。
もし、仮にそれが現実になったらこの世界はどうなるんだ。
「そんな事が可能なのか?」
「可能でしょうね、この条件下なら。東のお墨付きもあるし、あの……」
何かを言おうとして日下部は言葉を控えた。
それだけで十分な収穫だ、つまりそれができる事だという裏をもっと別な何かから聞かされているという事だろう。
お父様か、さもなくば死んでしまった大和か。
「それじゃ、今度はあなたの番よ」
俺は天童さんの能力や、立場や地蔵院さんの事を話す。
話してしまった以上はもう後には引けない。
もっとも、本戦は決められた進行で進むのだから引く事も戻る事もできない。
だからか、だから本戦が始まったこのタイミングで再参加者達が動き出したのか。
「ふむふむ、なるほどね。現状はその情報だけで十分よ。思ったより長話しちゃったわね。どこかに移動すれば良かったかしら?」
「それは次回だな。それじゃ、ここでお開きかな。雨も降りそうだし」
「そうね、また会いましょう」
「次はラーメン屋かな、約束もしたし」
「あんな口約束を鵜呑みのするの? ……ウザぁイわねぇ」
どういった反応なのか、ジト目で俺を睨みながらも日下部の口元は薄く緩んでいた。
そして今日のところはといった様子で、俺達に背を向ける。
だが、そんな日下部をあさぎが呼び止めた。
「ウザぁイわねぇ、何かしら?」
「アンタじゃねぇよ!」
あさぎは黒服の日下部のパートナーを睨むようにして聞いた。
「あなたの名前は?」
黒服は少し驚いた様子を見せるが、それでも言葉を発しない。
「烏丸慧よ」
烏丸は代わりに名乗る日下部の言葉に合わせておじぎを一つしてあさぎに返す。
敵意をむき出しにするあさぎと違って、烏丸は敵意など見せず。
それ以前にずっと烏丸は何も喋らないし、何の感情も無いようにも見える。
やはり、こいつがお父様……?
最後にまた疑問を残して、日下部と烏丸は去って行った。
「私あの女嫌い」
あさぎはほっぺたを膨らませながら腕を組む。
「それしてもバサ子さん対策はそろそろ考えないとね」
確かにそれも視野に入れなければならない、さらに二回戦は四日後、それも考えなければならない。
やらなければならない事は山積みだ。
それでも。
この戦いがどうなるにしても、あさぎの願いは叶うのだ。
いや、もう叶ったのだ。
今更だけど、しらじらしいけど、俺は今になってやっとそう思えた。
今にならないとそう思えない、あさぎと違ってねじまっがた自分に嫌悪感を覚えながら。
そんな薄汚れた涙がこぼれそうになったが、グッと堪えた。
「大丈夫? どーした?」
そのあさぎの純真が、今の俺には痛かった。
俺を心配するあさぎだったが、不意あさぎの携帯が鳴った。
端末ではなく携帯が鳴ったのだ。
着メロは侵略タコ娘のオープニングだった、緊迫感が台無しである。
それにしてもあさぎは相変わらずブレないな、良いセンスだった。
「ん、加賀美ちゃん?」
加賀美?
牧田加賀美、東のパートナーだった女子高生か。
俺はやっとピンと来る。
加賀美ちゃんは合法的に戦いから退場した、それは愛だなんて東は言ってたが。
……いや、アイツは意地悪でも嘘はつかない。
その愛とやらが恋愛感情かはわからないが、それも本当なんだろう。
でも、彼女を残す事に意味があるのではと俺も何で考えなかったのか。
「それ、本当!?」
あさぎの声が裏返る。
どうしたと俺が聞き返すまでに、あさぎは続けた。
「加賀美ちゃんがお父様の正体を知ってるって!? え、加賀美ちゃんどうして!? え、電話はまずい!? 何で!?」
どういう事かわからないが電話がまずいって事は逆探知とかそういうのが問題になるのか。
「ヨアンナさんも一緒に来てって、どういう事なの? 必要になるって……」
「渡せあさぎ」
らちがあかないので俺はあさぎから携帯を奪った。
「もしもし、加賀美ちゃん。今のは話はどういう事なの?」
「ああ、千鶴さん。えっと……一樹からの言葉です。電話がまずいって」
『電話は』まずいではなく、『電話が』まずい。
その言い回しには大きな意味があるはずだ。
「私は世界をまたげません、なので千鶴さんが居てくれてよかったです。今、私の居る場所をメールしますんで」
あさぎにこれまでの経緯を話して電話を返す。
とにかく事情がわからないが、東が何かを残していたという事はわかってくれているようだ。
「つまりどういう事なのよ!?」
「わからない、ただいろんな事が起こりすぎてる。加賀美ちゃんが何か知ってるなら行くしかない」
「っと、メール来た。遠いなぁ、じゃあ私は車を回してくるね」
あさぎは車を持ってたのか、これは助かるな。
あさぎが車を取りに行く間に俺は考える、お父様の正体、電話がまずい。ヨアンナさん。
そういえばヨアンナさんの旦那さんは世界を関知する装置だか何だかを研究していて投獄されたんだよな。
……待てよ。
何か朧気だけど、これまでの事情が繋がるような気がしてきた。
この本戦が始まったタイミング。
これが一種の引き金になったように事態が変化していく。
考えろ、考えろ瀬賀千鶴。
そもそも、俺は東に何を期待されたんだ?
戦う事ばかり考えていたが、常に戦うわけじゃない状況になってそれを考える余裕ができた。
その余裕が仇になったわけではないが、考えに集中しているあまり、何が起きたのか気がつくのが一瞬遅れた。
気がつくと俺は地面に倒れていて、後頭部に鈍い痛みが広がる。
「…………………!」
誰か、何かを言っている。
朦朧する意識は何を言っているのかハッキリと聞き取れず。
次の瞬間、その誰かの蹴りが俺の腹部を捕らえた。
何が起きているのか理解できない中、俺の意識はそこで途切れた。




