四面楚歌の未来。
その10
四面楚歌のミライ。
「大丈夫、千鶴!?」
気がつけば船の上、今日はミライともう一人。
黒いワンピースに黒いミュール、そして黒く長い髪を腰まで伸ばした女性。
全てが白いミライとは対照的に全てが黒い女。
穏やかな笑顔を黒い女性が浮かべていたが、表情さえも対照的にミライは苦虫を噛みつぶしたような顔を浮かべている。
確実に初対面だというのに、どこかで見た記憶がある。
「おお千鶴よ、死んでしまうとは情けない」
黒い女はいきなり死人にむち打つような発言をしてくる、いつも思うけど、あまりに勇者が気の毒な言い方だと思う。
というか、俺は死んだのか?
いや、考えろ。
死んでしまっているなら、俺はここに来れないはずだ。
「ミライ、その人は?」
さっきのダメージがここではあるわけではないけど、ミライの差し出した手を掴んで俺は立ち上がった。
「……お姉ちゃん」
えっ、という言葉を飲み込む。
ニヤニヤと笑いながら、ミライの姉を名乗る女は。
その言葉が本当ならば、星乃サキであろう女は気さくに手をあげた。
「や、調子はどう?」
「どうって……まぁ、それなりです」
「そう? そうは見えないけどね」
ニヤニヤと笑いながらサキは俺を見据える。
明らかに俺の出方を、反応を誘っている。
俺の何を期待している、何を引きだそうとしている。
「この前は上手くはぐらかされたが、アンタがお父様じゃないんだよな。じゃあ、誰だ?」
「言ってるでしょう、ミライの姉だって」
その言葉を受けて、俺の後ろに隠れているミライが俺の上着をぎゅっと握る。
それだけで怯えているとわかる。
「その人の言ってる事は本当だと思う、もう一つの地球……。つまり正常に成長するはずだったもう一人の私……」
ミライの言葉を俺は理解できず、サキの方を見る。
「そう、未来の先。だから私は星乃サキを名乗ったの。でも、正直なところ名前なんてどうでもいいのよ、どっかの寄生生物みたいにね。ミライも会った時にそう言ったんじゃない?」
状況を掴み切れてはいないが、ミライと初めて会った時に星乃ミクか星乃ミライか、どっちにするか何てくだらない事を話したな。
いや、でもそれだけで信じられるか。
「それで、もう一人の地球意志が今頃何をしに来たんだ?」
「今頃?やだなぁ、言ったじゃないとっくに会ってるって。これでどう?」
言って、星乃サキの身体がみるみると犬の姿に変身する。
犬。
その犬を俺はよく知っている。
「は、ハチ?」
「そうだワン、ちゃんとヒントは開示したワン。地球の支配者である人間、その友人ってね。最初の王ギルガメッシュの友人、ヌルハチ。皆がハチと略して呼んでいたけど本名としてはヌルハチと最初に名乗ったはずだワン」
驚きを隠せない。
なんだこれはなんなんだこれは。
何の冗談なんだこれは!?
「何だその語尾は、お前そんな話し方じゃなかっただろ、それにそれだけでわかるか!?」
いや、俺も語尾に突っ込みいれてる場合じゃないだろ。
混乱する、そんな俺を楽しむようにハチはサキの姿に戻る。
「あら、東はわかったわよ。そもそもパートナーが犬って時点で違和感しかないじゃない? 犬ってだけで優遇される端末の性能とかさ、だいたいゲームの趣旨と合ってないでしょう、あなたは何回も聞いたはずよ人の意思を喰うのが目的ってゲームの意味もね。それにネタがわかればヒントはいくらでもあったでしょう?」
サバンナマスクの名前の変化のタイミング、東にやられた時の対応、それに変に心を読んでくるその様子。
振り返ってみれば、この前の会話の内容もヒントじゃないか。
変にネット用語に詳しく、そもそも俺とハチがやったやり取りをサキは知っていたんだ。
わかっていれば確かにそれは、特異な状況ではあるけど、この戦いが最初っから異常だったために違和感が働かなかった。
くそっ、どうして気がつかなかった。
東は言っていたはずだ、確かに何度も言っていたはずだ。
俺は考えるだけ考えて、いつもいつも後手に回る。
考えるだけで結果を出せなきゃ、何の意味もないじゃないか。
それでも考えろ、俺の思考で駄目ならば。
東の思考で考えろ、東ならいったいどうする?
「東も何度も言っていたでしょう、前提をまず疑えって」
ウザいほどのドヤ顔でハチ……。
いや、サキは笑って見せた。
「それなら何で最初から名乗らなかったんだ?」
「名乗らなかったじゃなくて名乗れなかったのよ、私がそれを最初に言っていたら戦いの進行に問題が起きてしまうでしょう。それは私としても困るし、それにバランスを整えるためにお父様が強いた条件ね。見破ってしまえばその限りではないけど、私の本格的な参戦条件は本戦が開始されるまできなかったのよ。本戦が始まれば、後は順当に進むだけだからね」
「つまり本戦はお父様の意志って事か?」
「強制執行っていう点はね、組み合わせはランダム。ルールの改竄も無し、しかし持っている情報が多すぎるから不確定要素が強い予選では正体を明かせない」
「なるほど……急に正体を皆がバラシ始めたのはそのせいか。それも条件の一つなんだろ」
「ご明察、本戦になったら今度は秘密にしすぎても駄目ってペナルティね。私の場合は存在からそうだし。でも、安心してそうであっても人間のレベルで戦うし優遇もされていないから」
「それにしても何で、地球意志が参加してるんだ?確か地球に力を循環させるための戦いだとか何とか。食事みたいなもんなんだろ?」
「ま、そういう事。パラレルでも平行世界でもないけどね、二つの星が意志みたいなものを送り合い生存欲求を続ける。回遊魚みたいなものよ、生きる方向性を持って成長を続けないと死んでしまう。さて、ここで問題。同じように成長を続けていたはずの私とミライ。どうしてこんなに差ができたのか?」
成長度っていう事なのだろうか。
確かにミライとサキでは十歳くらい差があるように見えるけど、これはそのように身体を形成しているとかそういう話ではないのだろうか。
「そういう話じゃないのよ、成長の度合いを参考にしたインターフェイスの形に合わせている。ミライが私のようになるのは年月が必要よ。人間の言う十年という単位を私達の尺度に合わせると文字通り桁が違うけどね」
「じゃあ何でそんなに歳の差があるんだ?」
「ま、ぶっちゃけ成長障害。だから、このミライはね未来がもう無いかもしれない」
その言葉の意味を俺は理解できず、その言葉を受けたミライの表情を伺う。
だが、特にこれといった変化は見受けられなかった。
「病気だと思ってくれたらいいよ。この戦いは薬みたいなものかな。延命処置、処置であって治療ではないの。だから戦いを止める事を願う事はできない。生きようとする意志、弱肉強食の縮図を発生させる事によって私からの流れてくる生存意志を吸収させやすくする。そういう事よ」
「それをミライは知ってたのか?」
サキの説明を受けて、その審議を確かめるように訪ねるも、ミライの表情はあまりにも衰弱していた。
それもそうだろう。
地球意思と呼べば聞こえはいいが、俺達に、人間の縮図に合わせたら少し厨二病をこじらせた天真爛漫な少女なのだ。
それが不治の病を宣告された。
まともでいられるはずがない。
「いったい何が言いたいの? いきなりそんな事を言われてもわけがわからない」
「でも、事実よ。本当はわかってるんでしょう?
「私の招待も無しにここに来れるんだから……そうとしか考えられないわけけど……。生存意志が食事ってのは知ってたけどそれでどうすればいいのよ?」
不安そうにサキに尋ねるミライ。
そのミライの言葉を事もなげに返した。
「どうもしなくていいわよ、私が勝ったらあなたには消えてもらうし。私が勝たなくてもどのみち長くはないわよ、だってあなたは病気なんだから」
「そん……な?」
「生きる意志をここまで圧縮したおままごとをしてもあなたは変わらなかった、変われなかった。もう、私の波長と合わないのよ。あなたが私にソレを送るんだから。私は死にたくないし、私の星の人も死なせない。だからあなたには消えてもらうしかない。ここまで人の苦しみを生きる意思を意味を間近で見ていて、命を学べず遊び半分なあなたに何も期待できない。前半終了まで私達が何もしなかったのはそういう意味もあるのよ」
「嘘よ!」
「認めないのは自由、それも子供のする事ね。いいんじゃない、子供はかく幸せであるべきだし」
地球が死ぬって事は人が死ぬって事だぞ、そもそも死ぬ事に対して何の感情も持ってないのか。
恐怖とか、そういった……。
成長障害。
つまり精神が成長しないって事か、死ぬ事に真面目に向き合えない、向き合ってもどこかあやふやで現実味を帯びてない、逆に美的に、賛歌的に考えてしまう。
まるで思春期の子供のように、成長がそこで止まっているように。
心が育たない病気。
何だよそれ、コイツの言った通りとんだ厨二病じゃねぇか。
だが。
だけど。
確かに、こいつは最初からそうだった。
「その厨二病の治療に付き合わされてるって事よ、最も私は星の立場からも考えられるからミライの気持ちがわからないわけじゃない」
「どういう事だよ、俺達だけじゃない。自分達だって死ぬんだろ?」
俺の言葉にサキは今までに無いような嘲笑を見せながらハッキリと告げた。
「自分の尺度で物を語るなよ人間、私達の価値観は生きるとか死ぬとかそんな二極的な物の見方じゃないし、最初からそんなくだらない物に意味なんて無いのも知っているのよ。それでも何故そうするかを、あなたもミライも考えた方がいいわよ。それにさ……」
俺を試すかのような口調。
それは確かにミライがこの性格のまま成長したかのような黒幕を気取った様子で、ミライよりもさらに完成度に磨きが掛かった自然でありながらもどこか芝居めいた雰囲気で。
「お前だってここに呼ばれ時点で生きるとか死ぬとか、そういった物に頓着が無いから、ミライと波長が合うからここにいるんだろ?」
そう言い切る調子は東が俺に見せる様子にも酷似していた。
「私に嘘は通じないわよ、ミライはともかく私は人の心……精神とか魂って言い方くらいは変えてもいいけどね。存在をカテゴライズするなら私達は鉱物、あなた達と比べるなら悠久に近い年月を過ごすために、生きる意志を喰らわないといけない。喰べ続けた結果が、あなた達の心や感情を読めるようになった。これは星座の加護じゃなくて私の能力ね、天童の天才性みたいなものよ」
いわゆるパーソナルスキルって事か。
戦闘力以外の個人スキル、それも確か予選のランキングでは順位に影響していた。
ん……、待てよ。
なら、その心を読む能力は大した事ないぞ。
だけど、騙されたふりはしておこう。
どうしてこんな性格になったかしらないが、この地球は自分自身はどうだか知らないが心理戦が得意じゃない。
きっとこれも読んでるんだろ?
でも、いや。
構わない読み続けろ!
「何……だと……馬鹿な……心を……読む……だと……!?」
うわぁ、俺って演技力ねぇ!
もうちょっと俺はデキル子だと思ってたのに、自分でもわかる学芸会レベルの演技力。
服を摘んだままのミライが『うわー、それはないわー』って顔を俺の顔をのぞき込んでる。
お前のように演技過剰の厨二病にそんな顔をされる筋合い無いわ。
「クククク……驚いているようね」
可哀想な地球が目の前には居た。
そうだよな、よく考えればミライの正当進化がサキなんだものな、根本的には頭がよろしくないのか。
……女性蔑視じゃないけど、俺の周りには頭が弱い子が多すぎやしないか。
学力だけなら天童さんやヨアンナさんは半端なさそうだけど、そういうのとはまた違う意味で。
日下部ほどに回りすぎるのもいかがなものだと思うが。
そもそも、コイツはどっちかわからないけど地球そのもの何だよなテレビで言ってるけど地球がヤバイ。
話を聞く限り、こういった性格にしてしまったのも人類のせいだよな。
環境破壊とかそれ以上に危険な事を人間はしていたのだな、つまり人類は滅亡する。
「な、なんだってー!!」
「そういった考えばかりを読むんじゃない!」
サキが心を読むのは間違い無いにしても、読む規準が酷すぎる。
それにしてもネット知識が豊富すぎるぞ、この地球。
「それは、仕方がないのよ。私たちの知識の収集は電気信号のようなものだから、ここんとこ十数年でネットが発達して私は膨大な知識、成長を得た。」
「何?」
「そもそも人間だって脳組織の活動から人体の操作まで全部電気信号での操作よ、情報を脳というCPUに入れて演算し構築していくのが心。なんて言うとロマンが無いかな?だけど私は人じゃないから、心の病気はバグみたいなものって言っちゃうけどね。話をつなげるけどさ、ぶっちゃけ千鶴。アンタはバグってるよ」
今の言葉にこそ『何…だと…』と言うべきなんだろうけど、声がでなかった。
いや、出せなかった。
それは、俺も心のどこかで思っていた事だから。
「現代病よね、口では良い事を言ってても結局は他人任せ。私にはわかるのよ、あさぎの為って言って内心ではどうでもいいって自分の気持ちを隠してる。本当に友達ならパートナーなら喜びを共有するもんでしょ?なのに千鶴、君ときたら何だ、あさぎを戦わせるための算段かい?」
「それは……強制的な……戦いの……進行を……」
「まぁ、家族を取り戻すためにそう思うってなら救いはあるよ。でも、君はそうじゃないよね。あさぎに促されるまま、東にも言われて、東に殺されかけてなお、それでも根本的なところは変わってない。今だって誰かに襲われて死にかけてるってのに気にもしていない。それは千鶴のこれまでの情報がそうさせたのかもしれないけどさ、君は生きている人間としては生死に対して冷静すぎる」
「……黙れよ」
「あーあーあー、聞こえなーい。結局のところ君はあさぎが君を連れだした時から何も変わっちゃいないのさ。まるで成長していない。おっと、この台詞を言ってみたかったのよ。夢叶っちゃった」
「黙れよ」
「君は本当は家族の事なんてどうでもいいんだろ?いや、違うな終わった事としてるんだろ?別にそれはいいよ、死んだ人間にいつまでも拘るのも一つの方向性としてはよくない人間性としては薄情だと思うけどね。さて、ここで話に繋がるわけだ、君のそういった心がバグで僕やミライにリンクする部分でもあるわ……」
「黙れよっ!!」
思わず怒鳴ってしまった。
悔しいが、腹立たしいが、認めたくないが、自分が嫌になってしまうが。
きっと。
いや。
サキの言った事は全部正しい。
俺の怒声にミライは怯えた目をしている、ゴメンな。
「……ま、最初に生まれた怒りって感情まで否定する気はないけどね。それにバグってるから正しくないって言ってるわけじゃないんだよ。それを君が受け入れてないだけでね、あさぎもそんな君に迷惑しているどころか、感謝さえしてるしね。パートナー関係に口を出す気はないんだ。君の場合はね」
サキは言葉区切り、話を切り替えた。
俺からミライに切り替えた。
「パートナー関係に問題がある場合はこの限りじゃないよ、私とヨアンナの関係じゃなく。私とミライの関係。私はミライから、ミライは私から、エネルギーを相互供給してるわけだけど、ここまで差がでてしまうと円滑に供給ができなくなってしまう。だから私は」
サキは続ける。
「私は日下部にミライの代わりをやらせる事にしたい、治すよりそっちの方が楽だし、話してみたら問題無さそうだしね」
ミライの顔色が氷付く。
サキの狙いは、望みはコレか。
このサキの狙いをヨアンナさんは知っているのか、そもそもヨアンナさんはサキがハチだと知っているのか?
サキは答えない。
そして、理解する。
俺を襲撃した奴の黒幕はコイツか。
「さっすが、頭の回転が早いわね。あなたを襲撃したのは私の差し金よ。もっとも、こんなに早くあなた一人になるタイミングが来るとは思わなかったけどね。東が加賀美に何かさせようとしてたけど何だったのかしら、私も気になるけど、あなたはここでゲームオーバーね。そろそろ意識を取り戻すんじゃないかしら?それじゃ、息災の有らんことを」
肉体の意識が覚醒するようだ。
まずい、ここで戻ってしまったら本当におしまいだ。
「ミライ!」
「千鶴!」
そして俺は目を覚ました。




