僕はもうここしか居場所がないのです。
その2
僕はもうここしか居場所がないのです。
サバンナマスク。
身長は二メートル近く、職業はプロレスラー。
筋肉の塊、鋼のような筋肉という言葉がしっくりくる。
職業柄格闘能力が高く、体格からは考えられないほど敏捷性に優れる。
見た目とは裏腹に粗野な部分はなく、性格は温厚。若干ではあるが消極的で優柔不断な面も見られる。
獅子のマスクを被り、素顔はわからない。
同じく、未だにその星座もわからない。
三ノ輪健太
身長は百四十センチ前後、小学生。
年齢は十歳前後といったところだろう。
格闘能力は無いだろうが、その生い立ちから痛みに対しては抵抗が無いように感じる。
性格は年齢を考えると不気味なまでに成熟しており、同じく年齢にそぐわないクレバーさを持っている。
歳相応の諸さも持っていたようだが、戦う術を手にした今はそれも見受けられない。
能力値は俺達とほぼ同等、これは同じように数のポイントを振り分けたサバンナマスクにも言える。
その星座は天童翼子と同じヘラクレス座。
「何と……声をかけたらいいのだろうか?」
重い沈黙を破ったのはカサバンナマスクだった。
「こういう戦いだと解っていたが、まさか一回戦から知人と戦う事になるとは……」
「こうなったらルールの上では誰かが死なない限りはここから出る事もかないませんからね」
俺は確認するようにそう言った。
不思議と。
恐ろしくも、声に躊躇いはまじらなかった。
「ならば私が……」
「自分が犠牲になるなんて事を言っちゃ駄目だよサバンナ!」
サバンナの自己犠牲の精神を健太君が真っ向から否定した。
それは俺達だって同じ気持ちだった。
サバンナのそれは美しいようでいて、ただの逃げだ。
強さのようで、ただの弱さだ。
健太君は、サバンナのその弱さを見抜いていた。
死ぬ事さえも許されなかった健太君だからこそ、言える言葉だった。
「僕の憧れるサバンナは最強なんだ、強いんだ。だから、勝とう!」
「健太……だが……」
なお迷うサバンナに俺達も続く。
続きたくはないが、どうしようもない。
「私にも、千鶴にも目的があるわ。譲ってもらっても、次も勝てる保証はない。だったら、強い人が残った方がいい」
それ以上の言葉は不要とあさぎは構えた。
「私は……私は……」
サバンナが自分の両手で頬を張った。
自分に克を入れるように。
自分を切り替えるように。
そして健太君を見据える。
健太君もまたサバンナマスクを見据える。
「私は戦う! 戦って勝つ! 瀬賀君、あさぎ君、悪いが本気でやらせてもらうぞ!!」
その迫力たるや戦慄のプレデターという二つ名に偽りのない強烈な物だった。
もはや別人かと思える変貌だった、参加者サバンナマスクではなくプロレスラーサバンナマスクがそこにいた。
「レグルス!」
サバンナマスクが、獅子が吼える。
これでサバンナの星座が判明した。
まさにサバンナマスクにおあつらえ向きの星座だ、この姿で獅子座じゃない方が嘘だ。
それでも出来すぎだとも思ってしまうが。
ラテン語で小さな王の意味を持つその星を有する星座は獅子座に他ならない。
獅子の男は野生の王は当然のように獅子座の加護を受けていた。
「リゲルキーーーーック!!」
最初から全力で襲いくるサバンナマスクにあさぎもまた最初から全力せ応えた。
これまで幾多もの敵を、三人の参加者を倒したその蹴りはサバンナマスクのテニスボールか何か詰まっているようなクッキリと割れて盛り上がった腹筋に突き刺さる。
「んんんッ!!」
まるでホバー移動するように、地面を削り後ろに吹き飛ぶサバンナマスクだったがされど倒れない。
それこそがプロレスラーたる理由だと雄弁に語るように、そのあさぎの必殺の一撃を見事に受けきってみせた。
「次は私の番だな!」
気合いを入れるように、攻撃を予告するようにサバンナは告げると一跳びで円形闘技場と客席をしきる縁に俺達に背を向けるように着地し、深く溜めるるように膝を曲げる。
壁のような背筋と丸太のような太股の筋肉が皮膚の下に違う生き物が入っているかのように脈打ち、動き、膨張する。
とたんにカタパルトで発射されるかのようにサバンナマスクの体が宙返りの要領で打ち出された。
技としてみるならそれはプロレス技のムーンサルトプレスに近い。
しかし高く跳ね上がった宙返りをしながら自由落下をするそれとは違い、サバンナマスク自らが定めた角度と斜度で多少は重力に引っ張られはしたのだろうがほぼ誤差なく俺に向かって、風の抵抗をモロに受けるであろう姿勢と体格であるにも関わらず飛翔してくる。
「危ない!」
あさぎが俺を庇うために突き飛ばす、とっさの判断ゆえにそうしたところであさぎも避けられるはずもなく、その肉弾をもろに食らってしまった。
バゴンという人と人がぶつかったというより交通事故の現場に遭遇したような金属と金属がぶつかりあうような重低音が響く。
見た目には派手。
だが、
「すっごいね補正って……痛いけどさ……」
倒れたままあさぎは噛みしめるように言う。
「戦えるッ!!」
決してダメージが無いわけではない、それでも膝を付いて立ち上がったのだ。
「ラス・アルゲティ!」
立ち上がったあさぎに健太君が飛びかかる。
あさぎよりも俺よりも、その行動に驚いたのはサバンナマスクだった。
「健太!?」
サバンナマスクの動揺した声とは裏腹に健太君は迷いもためらいも無い様子であさぎの膝に足をかけ、そこを踏み台に膝蹴りを放つ。
小学生なんてできても子供の喧嘩だろうと思っていたが、これには俺も驚かされた。
プロレスに詳しくなくても、聞いた事や知識としては持っていても不思議では無い技。
ようはただの膝蹴りなのだが、屈んだ相手の膝を踏み台にして放つこの技はシャイニングウィザードという大層な名前がついている。
ややアクロバティックなこの技を健太君は見事にやってのけたのだ。
「やるじゃないのよ!」
だがあさぎに決まってはいない。
ここにきて実戦経験の差ができてしまった、それでもぶっつけ本番に技を放てたというところを素直に賞賛すべきだろう。
悲しい事に、評価だけではこの戦いに意味は無い。
膝を受け止めたあさぎは膝を健太君の膝を掴んでそのまま地面に叩きつける。
健太君の短い悲鳴。
地面に倒れ込む健太君を、かつて天童さんが少女を踏みつけたように、あさぎは踏みつけようとする。
シルエットさえ全く同じ。
違うのはカットに入ったサバンナマスクがあさぎを弾き飛ばし健太君を救った事だ。
「健太!? 何をやっているんだ!」
常に穏やかな語りだったサバンナマスクが怒声をあげる。
それは当然といえば当然の対応だ。
子供の喧嘩に親が出るという諺があるが、この状況は比喩するならば大人の喧嘩に子供が出てくるだ。
それでも、そんなサバンナマスクの迫力を物ともせず健太君は言い返した。
「見てくれた!?僕だって戦える!!」
決起表明をした。
「戦い方はずっとサバンナ達を、サバンナを見ていたから知ってる! 能力値も振った! だから真似じゃなくて、できるんだ! サバンナは勝つよ! 勝つに決まってる! それでも、その時に僕は何もしなかったじゃ嫌なんだ!」
思いを吐露した。
「サバンナは僕を助けてくれた! サバンナは僕の憧れなんだ! いつも隣にいたかった! 隣で戦いたかった! タッグパートナーとして戦いたかった! その夢が叶うのはいつだ! 今さ!!」
想いを吐露した。
物事に責任が問われるというのならば、憧れにも責任があるのだろう。
ならば野生の王は、責任を果たすだけだった。
サバンナマスクはそっと右手を差し出した。
健太君の。
彼の。
いや、この敵の居場所はこの獅子の隣なのだ。
対等な敵なのだ。
「タッチだ、今はダメージを回復しろ。タッグはコンビネーションだけじゃない、パートナーを信頼し助けなければならない」
サバンナの言葉に健太君は満面の笑みを浮かべてサバンナマスクの大きな手を叩く。
迷いの無くなっていたサバンナマスクの瞳にさらに激しい闘志の炎が灯る。
気持ちを共有するというという事はこういう事なのだろう、理解だけじゃ足りない。
お互いを守りあえる。
一人より二人。
俺はそっとあさぎに手を差し出した。
「引き起こす必要は無いわよ、私は一人で…」
「タッチだあさぎ」
「……は!?」
「ダメージはあるだろ、だから俺が戦う」
「ちょっと千鶴、あんたがサバンナと戦えるわけ……」
「俺が戦う」
バトルロイヤルは終わった。
作戦だけじゃ、この先は戦い続ける事なんてできないのだ。
だから戦う。
しかも相手はサバンナマスクだ、見た目からして一般人の俺が受けるプレッシャーはとんでもないし。怖さだってそれに比例している。
それでも健太君でさえも。
あんな少年さえもパートナーを助けるために戦うのだ。
ここで勇気を出さなきゃいつ出すというのだ。
この偉大なる敵の隣が無敵の獅子の隣ならば、俺はこの無鉄砲な女隣なのだ。
「カッコつけちゃってまぁ……そんな事をされても、惚れてはあげないよ?」
「こっちから願い下げだよ」
「ハハッ!……タッチだ! 負けるなよ!」
あさぎが俺の手を叩く。
「応!」
立ちふさがるは筋肉の壁サバンナマスク。
「千鶴君、君もか。だけど容赦はしない! 」
これから先の人生でプロレスラーを相手に啖呵を切るのはこれが最初で最後だろう。
そんな経験はほとんどの人がしないし、俺だって進んで経験したいとは思わない。
だけどやってみると思いの外気持ちの良い物だった。
「さぁ、改めてゴングだぜ!」




